2章 闇と勇者と聖女

第24話

 国境の検問を抜け、ラース公国側に入る。その先にラース公国側の辺境都市があるが城壁があちらこちら崩れていて、シーラン王国の辺境都市と違うのが一目瞭然である。


 片や城壁に兵士が立っているのが遠目でもわかるが、もう一方は城壁が壊れそのまま修繕されずに歳月が流れ、城壁の見張り台に人影が見られない。

 ここまで違うとこの国の抱える問題の大きさが見えるようだ。


 二人は都市には入らずに、そのまま騎獣に乗り、城壁沿いに進み、北の街道を目指す。


 トーセイを出発するのが遅く日が暮れ始めたのは、国境から50キロメル程離れた街道沿いの農村跡だった。

 放置されてから幾分か年月が流れているようで、壊れた家、燃やされた家の残骸が散らばっている。


「今夜はここで野宿でいいのかな。」


 辺りを見渡しながらカイルがたずねる。


「ここでいいです。」


 答えるシェリーは地面にしゃがみこみ何かを書いている。


「『サンクチュアリ』ここを中心に村跡全体に結界を張っていますので夜は出ないようにしてください。」


 聖魔術

 サンクチュアリ

聖人のみが術式を組むことができる聖域結界。結界の中は穢れを浄化し聖域を保つことができる。


 通常の旅ならここまでのことはせずに、生き物の出入りを拒む結界を施すだけなのだが、ラース公国に入ってからは今までと状況が異なるのだ。


 シェリーが人の悪心と呼び。シェリーに啓示を出したモノが人々の闇と表現したものがあちらこちらに見られた。シェリーの目には街道沿い一面に薄く黒いもやがかかり、人の集落跡には50メル先も見えないほどの黒い濃霧状態だった。それを聖結界で浄化したのだ。


 結界を張ったシェリーは腰に着けてある鞄からテントを出し、結界の中心に置いた。そして、テント自体に通常の結界を施し中に入る。


「しかし、確か15年前ぐらいだったよね。勇者の番狂い。森は焼けたままで、新しい草木が生えた様子がないし、街道沿いの町も人が戻ってきた様子がない。気味が悪いね。」


 続けて入ってきたカイルが言う。カイルの目にはいもやが見えていないので、時が止まったかにように変わらない風景は奇妙に思えたのだろう。


「その光景は聖女を囲って閉じ込めた権力者が、番が、作り出した結果ですよ。」


 そう言いながら、シェリーは外套を脱ぎ、キッチンへ行き、作りおきの食事を暖め直す。


「そこに責任転嫁するのはどうかと思うよ。大陸の6分の1を破壊したのは勇者だよ。」


「狭いので後ろに立たないでください。勇者は原因の一要素かもしれませんが、もともと世界中には人々の悪心が蔓延っていたので、このような状態はどこでも起きる可能性があります。シーラン王国は私がいたので大丈夫ですが。腰を撫でないで下さい。キッチンに入らないでください。」


「なんか新婚夫婦みたいだね。奥さんの手料理って嬉しいな。」


「籍はいれてません。入れません。これを持っていってください。」


 カイルにサラダの入った皿を渡して遠ざける。

 カイルが近づく度に、スープ、パスタ、お茶を渡し、テーブルに持って行かせる。

 ダイニングテーブルの席に着こうしたら、何故か一ヶ所に皿がまとめられていた。


「失敗した。」


「ほら、シェリー膝の上」


 カイルが己の膝を叩く。

 シェリーはテーブルをぐるりと迂回し、向かいの席に着き、食事の皿を引き寄せる。


「シェリーは恥ずかしがりやだね。」


「・・・いただきます。」


 カイルの言葉を無視し、食事を始めるシェリー。

 今日の夕食は口に突っ込みにくい料理を選択したのに、横に座り直したカイルからパスタ攻撃をシェリーは受けていた。


「シェリー、あーん。」


「・・・。」


 カイルは己のフォークをシェリーに差出しながら、無言で食事をするシェリーのフォークを掴み己の口に運んで行く。とうとうシェリーが


「カイルさんいい・・んぐっ」


 文句を言おうとカイルの方を向かって口を開けた時、フォークを口に突っ込まれたのだ。


「シェリーの分を大分食べてしまったから、俺のをあげるよ。」


「んっ。カイルさんの分は・・あぅ」


 咀嚼し終わって、口を開ければまた入れられる。

 夕食はラブラブ?に終わりをつげた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る