序章

序章

「せこいなぁ。こんなところに隠れとんなんて、俺じゃなかったら見つけられへんかったでぇ」


 黒髪の青年が片手に剣を持ち、漆黒の瞳に狂気を宿し、月の光に照らされた地面を踏みしめながら歩いている。


「見つけられないようにしていたのですが、流石勇者というわけですか」


 狂気を振りまいている黒髪の青年とは対象的に、穏やかな笑顏を浮かべている金髪の青年がいる。ローブを纏い、手には身長程の長さがある杖をもっている。


「勇者!そうや!俺はなぁ決めたんや。全てを壊そうってなぁ!」


 勇者と呼ばれた黒髪の青年は勇者というには似つかわしくない言葉を吐き捨てた。そして、一気に金髪の青年との距離を詰め、剣を振り下ろす。


「それで、俺はお前を殺して嫁と娘を連れて帰るからなぁ。世界なんて知らん!俺と家族がいれば、それでええんや!」


 振り下ろされた剣は金髪の青年を頭から叩き切るかと思われたが、寸前で止められてしまう。金髪の青年と剣との間にはうっすらと膜が張られている。結界だ。勇者の剣は結界によって阻まれてしまった。


「言っておきますが、貴方の戦い方はわかっていますよ。何年共に戦ってきたと思っているのですか」


 そう言っている金髪の青年は背後に向かって光の矢を飛ばす。その矢が黒髪の青年の右頬をかすめた。

 金髪の青年の正面にいた黒髪の青年は瞬時に背後に回り、一撃を加えようとしていたのだ。


「それはこっちも同じことや!お前の戦い方は知ってるんや。全方位攻撃してきても無意味やで」


 黒髪の青年は剣を大きく振り回した、それに合わせるように爆発が連続して起こる。

 勇者と魔術師。そして、言葉からかつての仲間とうかがえる二人の殺し合いが始まった。




 戦いの音が薄暗い部屋にまで響いて聞こえてくる。それはまるで嵐に遭遇しているかのように屋敷自体を揺らしている。


 室内から幼女はちらりと窓の外に目を向けた。窓に切り取られた風景は濃紺の空に満月と弓形の月が浮かんでいる。そこに時々色とりどりの光が混じり込んでくる。

戦いの決着はまだつきそうにないと、ほっと少女はため息を吐き出した。


 普通であれば、決着が早くついて己の身の安全の確保を望むものだが、その幼女は戦いの早期決着を望んではいないような態度だ。


 なぜなら、今の状況が幼女にとって決着がつくことで不都合が起こる可能性があるからだ。

 しゃがみこんだ幼女の前には、妊婦の女性が息苦しそうに悶えている。いや、妊婦だったと言うべきか。その腹部には僅かな膨らみが見え、床には大量の水たまりが広がっていた。それが、何なのかは室内が薄暗くよくわからない。

 だが、幼女の腕の中には泣かない赤子がいた。それが全てを物語っている。


 外から大きな轟音が鳴り響いた。慌てて幼女は赤子を布で包み込み、側に置いてある布を敷き詰めた籠の中に置く。決着がついたのだ。


 そして、何かを破壊する音に続き、床を壊さんばかりに踏みつける音が鳴り響く。

 幼女が大きく息を吐いた瞬間、部屋の扉が吹き飛んでいき、反対側の壁に刺さっていった。


 そこに立っていたのは黒髪の青年だった。漆黒の瞳には未だに狂気を宿しており、全てを射殺さんばかりに回りを見渡している。

 その姿を見た少女は室内をうっすらと照らしていた光源のランプの光を強め、立ち上がって己の姿がわかるように照らしたのだ。


 室内が明るくなり、部屋の状況がわかった黒髪の青年は、己の目にした光景に驚きを顕にした。


「あっ」


 そう黒髪の青年の目には、己と同じ黒髪の幼女の姿が映ったのた。ただ、その瞳は桜の色に揺らめいており、少女が誰の血を受け継いでいるかは一目瞭然だった。


「後産の処置がまだなので、その汚い格好を清めてもらえませんか?あなたの番が汚れてしまいますよ。それから、左に持っている者は本人の身体のところに返しておいてくださいませんか。泣かない赤子と一緒にしておきますよ。勇者コジマ ナオフミさん」


 黒髪の幼女はどう見ても5歳ほどだ。だが、口から発せられた言葉には5歳以上の知能があることがうかがえる。


 全身を血で染めた黒髪の青年は、右手には片刃の剣を左手には金色であったであろう血染めの髪を持っていた。そう、勇者コジマナオフミと呼ばれた青年の左手には首だけになった金髪の青年の姿があった。


 幼女はそのような汚れた姿で室内に入ってくるなと、牽制したのだ。桜色の瞳を揺らめかせながら、言葉にしたのだ。








 勇者がつがいという女を連れ去ったあと幼女は赤子の入った篭を持ち外に出る。

 少し歩くとそこには仰向けになった身体の上に頭部が乗っている死体が横たわっていた。


 幼女は死体の側に篭を置き、死体の頭部を持ち上げ首をくっつけてみる。切り取られた首に手をあてると淡く黄金に光ると傷が消えていっている。そして、傷口があったところには棘のような黒い紋様が浮かび出ていた。


「ねえ、一度死んだ気分はどう?」

 

 幼女は淡々と死体に呼び掛ける。

 すると幼女の言葉にまぶたがパチリと開き、青い瞳が月の光を捉えている。


「清々し気分だ。世界の楔から外れるとは素晴らしい。今までの自分がバカらしく思える」


 血がこびりついた死体の男がムクリと起き上がった。血にまみれたその姿でも女性を虜にする微笑みで幼女に笑いかける。首が切られ、死んでいたはずの金髪の青年が息を吹き返したのだ。


「あなたは勇者に負けた。約束通りに私のために動いてもらう。ああ、弟は私が育てるから、生活費と養育費は稼いで欲しいわ」


「それでいい。それ以外は俺の研究する時間を貰えればいい」


「そう。では契約を施行するわ」


 幼女と大人の男がする話だろうか。これは結婚10年目にすれ違いにより仲違いしてしまった夫婦の言葉ではないだろうか。


 幼女と金髪の青年しかいない空間に突如として大きな赤子の泣き声が小さな篭の中から辺りに響き渡る。幼女は篭を持ち踵を返すと、金髪の青年も立ち上がり幼女の後を追い、誰もいない屋敷に戻っていった。


 これを見ているのは二つの月だけ。幼女と金髪の青年の契約は、これから幼女が生きていく上で、秘密にしておかなければならなかった。そう、勇者とよばれた青年にも、勇者のつがいの女性にも知られてはならないことだった。

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