お前たち二人に話があるんだが

天使咀嚼

第1話 

 ファミレスのトイレからテーブルに帰還した俺は、ちゅうちゅうとストローでオレンジジュースを吸い上げる。そしていつもの癖で、中の氷をガラガラと掻き回す。

 「ねー、リョウちゃんそのガムシロ取ってくんない?」と、向かい側に座る幼馴染のミクルが頬杖を突きながら空いた手をこちらに伸ばしてくる。

 「しゃーない、取ってやろう」俺はそう一言強調しながら言うと、大袈裟にガムシロップを手渡す。

 「それよりどうすんの? 早く課題やらないと終わらないぞ」と俺の隣に座るケンジが焦り気味に言う。こいつは根っからのスポーツマンで、勉強の才は皆無。赤点でマシと言ったところ。

 「まあ焦るなって」俺は得意げにそう言うと、学生鞄の中から一冊のノートを取り出す。それを見たミクルが「お」と貪欲な視線を向ける。

 「リョウちゃんもしかしてカンニング帳?」

 「無論、そうだ」

 机の上に放りだされたそれの前で、俺はふんぞり返る。するとケンジが食い気味に「早く見せてくれ!」と懇願してくる。それをなだめる。

 「まあ、まて」

 脚を組み、腕を組みできるだけ見栄えの良い姿勢になってから、俺はカッと目を見開いた。

 「お前たち二人に話があるんだが」

 含みのある言葉に、ケンジは反応したもののミクルは携帯を弄るばっかりで手応えがない。

 「おいミクル!」

 

 ――パシャ、パシャ……!


 突然こちらに向けられた携帯がフラッシュを焚く。俺とケンジは思わず目を瞑る。

 「写真を撮るなミクル!」そう語気を強めてミクルに言うも、彼女はヘラヘラしてて反省している様子は皆無だ。

 「怒んないでよリョウちゃん。ちょいツイに載せるだけだから」

 ミクルはそう言うと、嬉しそうに再びスマホに視線を落とす。「顔はあのハートマークみたいなやつで隠せよ」と若干ご立腹なケンジが不貞腐れた様子で言った。

 まあ無理もない。ケンジは大事な県大会を控えているから、たかがSNSのトラブル如きでそれを不意にするようなことは避けたいからな。

 俺は別段そういうのはないし、自分で言うのもなんだがハンサム顔なので、積極的にアップロードしてもらって構わないのだが。


 ――パシャ、パシャ……!


 再びフラッシュが焚かれる。恐れを知らぬ二回目のそれに、流石にケンジの堪忍袋の緒が切れた。「いい加減にしろ」と一言言うと、彼はストローのゴミをミクルに向けて飛ばす。

 「やめろケンジ! 汚いだろ。それにミクルも写真撮り過ぎだ」と指摘するが、ミクルは首を傾げる。

 「は? 全然撮ってないじゃん」と一言吐き捨てると、機嫌を悪くしたのかぷうっと膨れてまたもやスマホの画面に視線を落とす。

 ああ、くだらないことで随分と話が脱線してしまった。ええと、何を話そうとしていたのか……そうだ。

 「お前たち二人に話があるんだが――」

 「ウチのクラスのみかっちと、三組の山岸さんがヤッたってマジ?」と、全く傍迷惑なところでミクルが話を挟んでくる。

 「ん゛ん、お前たち二人に話――」

 「マジらしいぞ、俺も実際に聞いたわけじゃねえけど」

 ケンジは身を乗り出してそう言った。それを聞いたミクルは何処か嬉しそうに「やっぱマジなんだ」と言ってケラケラと笑う。

 俺としたことが、これしきの事で我慢の限界を迎えそうになっていた。いかんいかん、賢人たるもの常に冷静であれと何処かの哲学者が……言ったような言ってないような。

 「兎に角だ」

 自分自身に言い聞かせるようにして、再び仕切り直す。

 「お前たち二人に話があるんだが」

 「ん、何?」とミクル。「話ってなんだよ」とケンジ。どうやら今度こそ聞いてくれているようだ。

 「全く、お前らが聞いてないせいで何回も言う羽目になったぞ」

 「んーと、リョウちゃん一回目でしょ、それ言うの」ミクルは面倒くさそうにスマホを弄りながら、たまに俺に視線を送る。

 「ああ、ミクルの言う通り」とケンジも賛同する。……何だ本当にこの二人は。それに一回目じゃなくて、ただ単に聞いてなかっただけだろ。ていうか前から思ってたけど、本当にこの二人デキてたりしないか? じゃないとこんなに息合わないだろう普通は。

 「じゃあ、改めて話すけどな」

 俺は邪念を振り払って話始める。

 「この三人の中に一人、“繰り返してるヤツ”がいると思うんだ!」

 そう自信満々に言ってのけたが、ミクルもケンジも別段興味無さそうな様子だ。ミクルも「ふーん」と言ってストローをしゃぶるだけで何も聞いてこない。ケンジに至っては、宙を見つめたままフリーズしている。

 凄く腹立たしい気分だったが、抑える。ここはまず興味を持ってもらわなければ。

 

 ――パシャ、パシャ……!


 フラッシュが煌めく。その鋭い閃光に、俺は目を瞬かせる。

 「だからなァ、ミクル! 撮り過ぎだって!」と俺が半ば憤慨しながらそう怒鳴ると、「ったくいい加減にしろよ!」とケンジが少しキレる。

 すると何を思ったのかケンジはテーブルのゴミをミクルに向けて吹き飛ばす。

 「汚い、やめとけケンジ」

 俺が必死になだめると、ケンジは落ち着いたのか再び席に深く腰を掛ける。全く、これじゃあ最初から何も進んでないじゃないか。

 「みんな気にならないのか?」

 そこはかとなく聞いてみる。

 「ん、何が?」

 「……何が気になるってんだよ」

 二人ともさっきよりかは話を聞いているみたいだった。

 「だから、なんで“繰り返してるヤツがいる”なんて口走ったのかとか」

 すると「んー」とミクルが分けわからない呻き声を上げた。それに追随するように、ケンジは「別に」とバッサリ切り捨てやがった。

 「どうせまたリョウちゃんの戯言でしょ?」

 ああ、腹痛くなってきた。なんで二人ともそんなに聞く耳を持たないんだよ……!

 「ちょっとまたトイレ行ってくるわ。帰ってきたら、きっとお前たちも気になって仕方がなくなっている――」

 「でさリョウちゃん、三組の山岸ってやつ……」

 もう勝手にしろ。俺は知らん。と心の中で毒づくと、ゲラゲラと笑う二人を後に、ファミレスのトイレに入った。……ったく、俺はいたって真面目な話をしているはずなんだがなあ。

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