第11話 土御門動乱

福井県某所、土御門本庁。



「…と、いうことのようです」


その日、土御門咲夜は土御門本庁の一室で、土御門家現当主・土御門永時つちみかどながときと対面していた。


「それで、どうもあの時の戦い。席番剥奪者ロストナンバーズに依頼を出したのも…」


咲夜がそこまで言うと、永時は髭を撫でながら、深刻な表情で答えた。


「そうか…。やはり…、あの者と席番剥奪者ロストナンバーズに繋がりが見えてきたか。のう、咲夜…」


「はい、何でしょうか御祖父様おじいさま…」


永時は、咲夜を悲しげな眼で見ると言った。


「すまんのう。こんなことを、お前に頼んでしまって…。正直、わしの思い違いであったらと思っておったのじゃが…」


咲夜はその永時を真っ直ぐな目で見つめながら、


「構いませんわ。私自身のことにもかかわってくる問題ですし…。何より、本当なら許すわけにはいきませんもの」


そうきっぱりと言った。永時はその言葉を聞くと、一息ため息を吐いて考え始めた。


「さて、これからどうするかのう。あの者の処遇をどうするか、考えねばならんな…」


…と、その時、部屋の扉が何者かによってノックされた。


「? 誰じゃ? 今大切な話をしておると、番の者に言い含めておいたのじゃが」


永時は立ち上がると、扉に向かって歩いていった。そして、


「いったいなんの用じゃ?」


そう扉を開いた。其処にいたのは…、


「父上。咲夜と大切なお話をしていたそうですが。お邪魔して申し訳ありません」


土御門永昌つちみかどながまさであった。


「む…。永昌か…」


「はい父上」


永昌はそう言ってにこりと笑う。そして、


「父上、大切なお話し中申し訳ありませんが。私も父上に急ぎお話しておきたいことがあるのです」


そう言った。


「…むう? なんじゃ、それはすぐに済む話か?」


「いいえ。場合によっては会議を開く必要もあるでしょう」


「なに? どういうことじゃ? 簡潔に申せ」


「それは…」


そう言って、部屋の奥にいる咲夜の方を見る。永時はそれを見て察すると、


「聞かせても構わん、言え。咲夜はお前の娘であろう?」


そう言って、永昌を促した。


「…そうですか? では…」


永昌はそう言って永時の方を見ると次の言葉を紡いだ。


「…父上には土御門現当主を退いてもらいたいのですが」


「???!」


永時は、一瞬永昌が何を言ったのか分からなかった。代わりに咲夜が立ち上がって永昌に言葉を返す。


「お父様? いったい何をいきなり!」


その言葉に永昌は静かに答える。


「いきなりではありませんよ。私もゆっくり考えての結論です。まあ、父上にお話するのはいきなりになってしまいましたが」


永時はその言葉に目を細めて言い返す。


「やはり…そうか…。そうなのだな」


その言葉に永昌は、


「何が『そう』なのですか?」


そう首を傾けて言った。永時は永昌を指さすとまくしたてる。


「何ではない! わしはすでに知っておるぞ! お前が席番剥奪者ロストナンバーズの者と繋がっていることは!」


「…」


「かの世界魔法結社アカデミーを動かして、蘆屋一族を潰そうとした…、その裏にも貴様がいたこともな!」


「…」


「永昌! 何か申し引きをしてみよ!」


「…そう、その通りですよ父上」


「なに?」


永昌は目をつぶると、永時に言い含めるように言った。


「私はこの日本を守護するものとして、当然の行いをしたのです。かの蘆屋は日本から除かねばならない」


「なんじゃと?」


「そのためならば、かの犯罪者どもを使うぐらい、別に構わんでしょう?」


「なんということを言うか貴様!」


永時はそう言って永昌に掴みかかろうとした。しかし、


「そこまでだ!!」


いきなり扉の向こうから数人の男が現れ、永時の周囲を取り囲む。それは、


「まさか貴様。新進派しんしんはと…」


それは、『新たな土御門の新生を望む』新進派の陰陽師達であった。


「フフフ…。そう、私こそが、今の新進派の長ですよ。古いものは、蘆屋との因縁を含めて取り除くのです」


永時は永昌を睨み付けて言う。


「貴様、本気でいっておるのか? 本気でそんなことを…」


永昌はニヤリと笑うと言った。


「ええ、本気ですとも…。今日を境に土御門は新生し、より強い土御門となるのです」


それまで、黙って聞いていた咲夜が口を開く。


「お父様の妹・咲菜様の遺志を壊してもですか?」


その言葉に、永昌はふと真顔になる。


「? 何を言っているのですか?」


咲夜は続ける。


「咲菜様は、土御門と蘆屋が争うのは望まなかった! その証こそ蘆屋との婚姻だったはずですわ!」


その咲夜の言葉に、それまで真顔だった永昌が表情を変えた。怒りの表情に。


「何を言っている!!! 我が妹が死んだのは、あの化け物どものせいだろうが!!!」


「な?」


「私は、決して蘆屋を許しませんよ!!! 妹を見殺しにした蘆屋など!!」


そう言うと、永昌は周囲の陰陽師達に命令する。


「さあ、お前たち、この者たちを拘束なさい!!!」


その命令に、陰陽師達が一斉に動く。咲夜たちは取り囲まれてしまった。


「お父様…」「永昌…」


そう言って、二人は永昌を睨み付ける。

こうして、土御門にとって長い一日『土御門動乱』の幕が上がったのである。



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「さて、父上…大人しくしてもらいましょうか?」


そう言って永昌がにやりと笑う。しかし、永時は、そう言われてはいと答えるほど素直ではなかった。


「急々如律令!」


永時が周囲に無数の符をばらまく。そして、起動呪を唱えた。


「「「うわああ!!!」」」


次の瞬間、周りにいた陰陽師達は木の葉のように風に巻かれて飛んだ。


「ち…、やはり抵抗しますか」


その風の中を、平然と佇む永昌。永昌は印を結ぶと呪を唱えた。


「オンマリシエイソワカ…」


土御門流真言術つちみかどりゅうしんごんじゅつ連環隠形秘法れんかんおんぎょうひほう


「む? それは摩利支天の?」


…次の瞬間、永昌の影がすっと動いて、永時の影をとらえた。


「ぬお!!!」


「御祖父様!!!」


それは、一瞬の出来事だった。永時の影が大きく口を開けて盛り上がり、永時を食べてしまったのである。それに続いて永昌も、自身の影に取り込まれてしまう。


「まさか…これは、『異界渡り』の秘法?」


その通りであった。今使った、呪は自身ともう一人を異界に引き込む秘法。永昌は永時とともに、摩利支天の秘法をもって異次元に移動したのだ。


「…ふん。これで邪魔者はいなくなったな」


さっき、永時の呪で吹き飛ばされた者たちが、再び立ち上がってそう言った。


「あなたたち…」


「フフ…。少し早まったが、これも予定通りですよ咲夜様? これで、永時様はこちらのことに手出しできない」


「なるほど…。お父様は御祖父様の動きを封じるために自ら…」


「その通りです…。あとは、我々が、こちらを制圧すればよい」


「そんなこと、簡単にできると?」


咲夜は男たちを睨み付ける。しかし、男たちは平然とした表情で言う。


「まさか…。我々が、なんの準備もなくこんなことをしたとでも?」


「まさか!」


「そう、すでに土御門本庁の人間の7割は我々の軍門に下っておりますよ?」


「そんなこと…御祖父様に内緒でできるわけが…」


男たちはにやりと笑う。


「そこが、永昌様の凄い所ですよ。すべてはあの方の段取り通り…」


「く…」


咲夜は唇をかむ。どうやら、自分が外国に行っている間に、本庁の人間が新進派に大きく傾いてしまったようだ。…だが、それでも7割。残りの3割の者と連絡が取れれば…。


「オンバザラタラマキリクソワカ…」


咲夜は素早く呪を唱える。男たちはそれに反応して言った。


「抵抗は無駄ですよ咲夜様! 今本庁は、我々の部下が制圧を初めています」


それを聞いて咲夜は、


「…ち、分かってるよ、そんな事!」


そう言って、手のひらに握ったものを男たちの方に投げてよこした。それは…


「手榴弾?!」


男たちはいっせいに地面に伏せる。次の瞬間、すさまじい閃光が部屋を埋め尽くした。


「じゃあな!」


その、手榴弾は閃光弾であった。咲夜は地面に伏せた男たちの間をすっと通って部屋の外に出た。外に出ると、周囲いたるところから、何やら破裂音や剣戟が聞こえてくる。どうやら、戦いは始まっているようだ。


「く…土御門本庁ともあろうものがこうもあっさり…」


土御門本庁は、いわば日本の呪術師を統括する組織の本拠である。こうもあっさり混乱に陥るところではなかったはずだ。しかし、永昌一人の企みによって、今こうして混乱に陥っている。


「…とにかく。仲間を見つけて、外に連絡をつけないと…」


咲夜は、それも難しいことになるだろうと予測できていた。



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「これは…」


暗い闇の底、永時は周囲を見渡して言った。


「フフフ…。どうも、すみませんね。もっとしっかりお話をしようと、場所を変えさせてもらいました」


そう言って永昌が、闇の向こうから現れる。


「まさか…。これで、わしの動きを封じるつもりか」


「フフフ…。よくお分かりで。この異界は、私の意志でないと出られないようになっております」


永時は永昌を睨み付けて言う。


「わしの動きを封じて、どうするつもりじゃ…。そんなことをしても本庁の者たちが…」


「本庁の者たちなら、あらかた買収済みですよ? 残った者もすぐに我々の軍門に下ることでしょう」


「まさか…。これではクーデターではないか?!」


永昌は笑う。


「フフ…、そうですね。でも、父上が悪いのですよ? いつまでも、当主の座にしがみついて降りようとしなかった」


それを聞いて永時は、


「…それは、お前の心の裏に黒い影を見たからこそじゃ。それの正体にもっと早く気付いておれば…」


そう言って唇をかんだ。


「フフフ…。その言では、相当前から私のことは気づいていたようですね。さすがは父上です」


「しかし、いきなり、こんな強引な手で来るとは思わなんだがな…」


その永時の言葉に、永昌は目をつぶって何かを思い出しながら言った。


「私としても、此処まで強引で、いい加減な方法はとりたくなかったのですが、こちらのことを嗅ぎまわっている者もいましたし…。それに…」


「それに?」


永昌は笑いながら言う。


「それは…まあ、こちらの話ですよ。お気になさらず」


永昌のその態度に、永時は何か感じるモノがあったが…。


「永昌よ…。さっき、この異界を抜けるには自分の意志がなければならんと言ったな?」


「はい、そうですね」


永時は永昌を睨み付けながら言った。


「もう一つ方法があるじゃろう? お前を倒せばよい」


「ふむ…、それは確かにその通り。しかし」


永昌は一息ため息とつくと言った。


「あなたで、私に勝てますかな?」


その言葉に、永時は符を構えながら、言葉を返す。


「…うぬぼれるな永昌! もうわしに勝ったつもりでいるのか?!」


「…ええ、あなたでは私には勝てません」


永昌はニヤリと笑って言った。永時は顔を怒らせながら、


「どうやら、本当にうぬぼれておるようじゃな! ならば、土御門現当主の力をとくと見せてくれよう!!」


そう言って永昌に向かって駆けた。

土御門永時と永昌、その二人の戦いが、深い闇の底で始まろうとしていた。



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「急々如律令!」


永時は駆けながら符を8枚取り出して投擲する。次の瞬間には符が無数の風の帯となって飛んだ。それに対し、永昌はいたって冷静に懐から符を取り出すと投擲して言った。


「ふ…、金克木ですよ?」


永昌の取り出した符は、次の瞬間には無数の剣に変わって風に向かって飛んだ。

永時が使用したのは木気の呪術、それに対して永昌が使ったのは金気の呪術、その二つがぶつかった場合、木気が死気に転じて一方的に消滅させられてしまうはずである。


両者はそのままぶつかるかと思われた、その時、


「ナウマクサンマンダボダナンアギャナウエイソワカ」


永時が印を結んで『火天』の呪を唱えたのである。その瞬間、渦巻く風に大きな変化が起こった。


「むう! これは…」


渦巻く風が、突如深紅に輝いてはじけた。それは、巨大な炎の渦であった。


「…木生火じゃよ」


そう、永時は火天の呪を用いて、木気から火気を発生させたのである。火気の呪が金気の呪とぶつかればどうなるか? それは…


「火克金ですか!」


永昌は急いで次の印を結ぼうとした。しかし、


「オンヒラヒラケンヒラケンノウソワカ!」


土御門流天狗法つちみかどりゅうてんぐほう


呪を用いて身体を強化、さらに加速した永時が永昌に迫った。


「ちい…」


永昌はたまらず、それを避けて後方へと飛んだ。空中では、紅蓮の炎が、無数の剣を焼き溶かしてしまっている。


「それ!!!」


永時が永昌に向かって指をさすと、紅蓮の炎は龍の姿となって永昌へと向かう。永昌は、


「急々如律令!」


符を数枚取り出して投擲する。その符は今度は水の龍となって炎の龍へと向かっていった。その時、


「ナウマクサンマンダボダナンハラチビエイソワカ!」


永時がそう唱えると、今度は炎の龍が岩石の龍へと姿を変えた。


「ちい…また…」


永昌はそう言って、今度は自分が印を結んで呪を唱える。


「ナウマクサンマンダボダナンバヤベイソワカ!」


永昌の水の龍は、一瞬にして巨大な竜巻へと姿を変えた。そのまま両者はぶつかる。


ドン!!!


激しい衝撃とともに、岩石の龍が砕け散った。木克土の理によって土気を死気に変えられてしまったからである。永昌はニヤリと笑った。しかし、


「判断が遅いぞ!」


天狗法で身体強化していた永時は、永昌のすぐそばまで来ていた。


ドン!!


激しい衝撃とともに永昌は後方に吹っ飛ばされる。なんとか『被甲護身』は間に合っていた。


「くう…。ははは…、さすがは父上…、そのご老体でここまでやるとは…」


永昌は永時に殴られた腹を抑えて立ち上がった。それを見て永時は驚いていた。一応急所は外していたが、その一撃を受けて永昌が立ち上がることは想定していなかった。


「むう? 貴様…」


その時、永時は、永昌に対して何やら、いやな気配を感じていた。


「では…私も…」


そう言って永昌は印を結び呪を唱える。


「オンヒラヒラケンヒラケンノウソワカ!」


土御門流天狗法つちみかどりゅうてんぐほう


それを聞いた永時が、一瞬早く永昌に向かって駆ける。しかし、


「こちらですよ父上」


永昌はすでにそこにはおらず、永時の背後に回っていた。


く!」


永昌が剣印を結んで、指を横に一閃する。その瞬間、指先から鎌鼬が発生、永時を切り裂こうとした。


「く!!!」


永時はそれを、地面に転がって何とか避ける。しかし、完全に避けることはできなかった。


ドシュ!!!


永時の衣が切り裂かれて、血しぶきが飛ぶ。


「急々如律令!」


永時は痛みに耐えながら符を投擲した。それは、火や水を生み出すことなく、衝撃波だけを発生させた。


ドン!!!


永時はそのまま、永昌との距離をとった。それを見た永昌はニヤリと笑って言った。


「五行の呪では属性を変えられてしまいますからね。それ以外の呪で茶を濁しましたか」


永時は疲れを感じ始めていた。このままでは、持久力のある若い永昌に押される一方だ。だから…


「悪いが、永昌…これで終わりにしてもらうぞ!」


そう言って印を結んだ。


「オンウカヤボダヤダルマシキビヤクソワカ!」


土御門流式神使役法つちみかどりゅうしきがみしえきほう式神召還しきがみしょうかん


六合りくごう! 参りたまえ!」


次の瞬間、深い闇の底から、一人の少女が姿を現す。それは、目に深い悲しみをたたえていた。


【永時…。戦いなのですね、これは…】


「申し訳ない! 六合よ、だがこれも後の平和のためなのです!」


【わかりました。私の力、使ってください】


そう言うと、少女は光の玉になって永時の手に収まった。そして、


「ナウマクサンマンダボダナンバヤベイソワカ!」


永時は風天の呪を唱える。次の瞬間、


ドン!!!!!!!


永時の周囲に見たこともないほど巨大な竜巻が現れた。


「行くぞ永昌!!」


土御門流式神使役法つちみかどりゅうしきがみしえきほう風天暴龍裂陣ふうてんぼうりゅうれつじん


それは、ビルに相当するほど巨大な風の龍となっていた。


「ほう! 十二天将の力を使いましたか!」


永昌は心底うれしそうにそれを眺める。


「いつまで笑って居るつもりじゃ! その暴風の龍は並の金気では打ち消せんぞ!!」


そう、その通りなのである。普通、木気の呪は金気の呪を受けると、死気となって立ち消えてしまう。しかし、目の前の呪は十二天将の力を加えて練った合体呪。それに対し並の金気呪では、『相侮そうぶ』となって逆に金気が打ち消されてしまうのである。


「なるほど、これは確かに、私の呪では打ち消せませんね。これは困った…」


永昌は少しも困った様子を見せずそう言った。


(なんじゃ? 永昌のこの感じ…。何かおかしい…)


「しかし!」そう叫んで永時は、永昌に向かって呪を放った。少なくとも、この戦いはこれで終わる…。


ハズであった…。


「sigeleolh wirdwirdwirdwirdwirdwird…」


風障陣ふうしょうじん


次の瞬間、永昌の全身から風が渦巻き出て、その身を包み込んだ。風の龍は的確に永昌に命中、それを呑み込んでしまう。


「やったか? …しかし、先ほどの呪文、西洋魔法のものであったような…」


永時が、そう疑問に思いながら、風の龍が収まるのを待っていると。


「その通りですよ父上」


突然、永昌の声が、永時の背後から聞こえた。


「まさか!!!」


「フフフ…」


風の龍に押しつぶされたはずの永昌は、そこに無傷で立っていた。そして、


く!」


その、剣印が一閃される。


ドシュ!!!


再び永時から血しぶきが飛んだ。


「ぐ…が…」


永時は完全に油断していた。そのために、永昌の攻撃を避けることが出来なかった。


「永…まさ…」


「フフフ…。父上…、これで終わりにしましょうか?」


「何を…永昌…」


永時は血を吐きながら、永昌に縋り付く。その腕に、永時は違和感を感じた。


「永時? これは…」


「やっと気づきましたか父上…」


「まさか貴様…」


「フフフ…」


その腕を…衣服をめくると、金属色の肌が見えた。


「貴様…人をやめたのか?」


「それは、心外ですね…。これは、呪術と魔法と科学の粋を集めた、新たな肉体ですよ」


そう言って、自身の上着を脱ぎ棄てる。其処には…


「な…」


それは、驚くべき光景だった。永昌の肉体は金属色の肌で鎧われていたのである。無論それだけではなく。


「その身体…」


「俗にいう、サイボーグというやつですね。多分に呪術と魔法の技術を込めておりますが」


そう言って永昌はニヤリと笑う。


「この肉体では、土地の霊力を無制限に引き出すことはおろか、式神使役法のような合体呪を精霊体を用いて行使することも出来ます。初めから、父上に勝ち目などなかったのですよ?」


「く…愚かな…」


永時はそう言って地面に突っ伏す。永昌はその姿を笑いながら言う。


「愚かなのは父上でしょう? そこで、新たな土御門の門出を眺めているとよい」


その永昌の言葉に永時は答えることが出来なかった。永時の意識がもうろうとし始める。


(このままでは…。永昌…。咲夜…。咲菜…)


永時は意識を失いながら、最後に一人の人間を思い出していた。


(…道…禅…)



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永時と永昌の戦いの少し前。


咲夜は、土御門本庁の廊下を駆けていた。しかし、


「全然、外に出れる気配がありませんわね。これは、無限回廊の呪でしょうか…」


新進派の連中はクーデターなどという大それたことをしているのだ。当然、これくらいの用心はしているだろう。


「とにかく、この呪を解かないと、どうしようもありませんわ」


そう言って精神を集中して周りを霊視ようとした。しかし、


「見つけたぞ! 咲夜様、大人しくしてください!」


新進派の陰陽師達が、わらわらと現れる。


「く…しつこいですわね。まずは貴方たちからなんとかしないといけませんか?」


咲夜は素早く印を結ぶ。


「オンバザラタラマキリクソワカ…」


その手に現れたのはブルパップ式小銃。


「とりあえず死ねや!」


そう言って咲夜は引き金を引く。言葉に反して、なるべく急所を外すように。


「うあああ!!!!」


陰陽師達の数名がそれを受けて吹き飛ぶ。それ以外は、なんとか防御呪で防いでいた。


「ち…。そっちにも優秀な奴がいるじゃねえか」


残った陰陽師の一人が、咲夜に話しかけてくる。


「咲夜様! もう投降してください。抵抗してもお怪我をするだけです」


「…ん? てめえは服部はっとりか」


咲夜はその一人に見覚えがあった。ともに世界魔法結社アカデミーに留学した服部という男だ。咲夜もよく知っている、かなりの呪術の使い手だ。


「てめえも、そっちの側かよ…」


「はい、その通りです。でも、それよりも私は、あなたがお父上に抵抗される気持ちがわかりません」


「何?」


「あなたは、土御門の誰よりも新進的な方だった。それが、なぜ我々に抵抗なさるのです?」


「…」


咲夜は黙って服部を見つめている。


「咲夜様…。我々とともに来てください! そして、土御門の革新を見届けてください!」


「…ふう」


咲夜は一息ため息をついた。


「言いたいことはそれだけか?」


「え?」


「なあ服部…。革新とか言いながら、やってることは犯罪者の片棒担ぎか?」


「それは…」


咲夜は目を細めて、睨み付けながら言った。


「あたしは、新進だろうが何だろうがどうでもいいんだ。ただ、あたしの楽しみを潰そうとするてめえらが許せないだけだ」


「楽しみ? それは」


「おめえには関係ねえよ服部」


「く…」


服部は懐から符を取り出して構える。他の者もそれに倣う。


(ち…。服部も厄介だが、この数はさすがにまずいな…。強力な術具アイテムはあらかた、あの吸血鬼に使っちまったし…)


「さてどうするか…」そう、咲夜が考えを巡らし始めた時である。


「咲夜ちゃん。ちょっとしゃがんで」


「え?」


そう言って、咲夜は反射的にその場でしゃがんでしまう。


「そう、それでいい」


ドカン!!!!


それは、一瞬の出来事であった。旋風が咲夜の頭を超えて、目の前の服部たちを薙ぎ払ったのである。


「うがああ!!!!!」


「な…」


咲夜はあっけにとられていた。どうやら、助けが来たことは確かなようだが。


「あなたは…」


咲夜はすぐに振り返って、旋風が来た方を見た。

其処にその男がいた。



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「ふむ…さすがに頑丈ですね。父上」


永昌は、永時の息があることを確かめていた。さすがに、永時を殺してしまったら、後でいろいろ厄介ごとになりかねないからだ。


「さて…」


永昌はすぐに意識を切り替えると、精神を集中して呪を唱えた。


「ナウマクサンマンダボダナンセンダラヤソワカ」


すると、闇に光が差してくる。その光の中には…


「ふむ…。うまくいっているようですね」


外の光景が浮かんでいた。


外では今まさに、新進派による土御門本庁の制圧が行われていた。騒ぎに気づいて止めようとする者、外に助けを求めようとする者を新進派の陰陽師が捕縛して、一つ所に集め監禁していた。そして、新進派に組しない陰陽師は、新進派の者と戦いそれらの者を救出しようとしていたが、多くが新進派に下っている状況では戦況は思わしくなかった。


「フフフ…。父上、見えますか? 新たな土御門の歴史が始まろうとしています」


そう言って、永昌は虚空に呟く。と、その時。


「よう…。なに空気に向かってしゃべってるんだ? やっぱ、いかれちまったか、お兄ちゃん?」


「…、私を兄と呼ぶな…汚らわしい化け物」


そう言って、怒りの表情で、声の主の方に振り返った。


「どういうことです? なぜあなたがここに?」


そう言って、永昌は怒りを消さず問いかける。問いかけられた主は、闇にある唯一の光を指さす。それを見ると…。


「これは!!!!」


それは、驚くべき光景であった。さっきまで押していた新進派が押し返されている。新進派の陰陽師と戦っているのは、本庁の陰陽師だけではない。


「蘆屋一族!!!!」


そう、それは、蘆屋一族の陰陽法師たち。それが、本庁に張られている結界を破って本庁に侵入。本庁の陰陽師とともに新進派を押し返しているのである。


「これは、まさか…」


永昌は、倒れて動かない永時を睨み付けて言った。


「永時の策か…」


「…そう、その通り。こういう状況を予測してたんだな、永時の爺さんは…」


声の主はそう言ってにやりと笑った。


「そうですか…。父上は…、永時はそこまで化け物どもに…。蘆屋に憑りつかれていましたか。まさか、本庁に化け物どもを、自ら招き入れるとは…」


永昌は怒りの表情を隠さずそう呟いた。


「なあ、お兄ちゃん。もうやめようぜ、こんなことは…」


「私を兄と呼ぶな!」


「…」


永昌は、押し黙った声の主を指さしながら言った。


「ちょうどいい! 本来なら、本庁を制圧し終えてから向かうところだったが、ここで決着をつけてやる蘆屋道禅あしやどうぜん!」


「ふう…。本当に、どうかしちまったようだなお兄ちゃん…。いや、土御門永昌つちみかどながまさ…」


声の主、蘆屋道禅はそう言って、金剛杖を構えた。

深い闇の底、古き時代からの因縁の戦いが始まろうとしていた。



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「さてどうすっかね…」


道禅はそう言って、懐に手を入れた。

道禅はついさっき、この連環隠形の結界内に入ってきたばかりである。永昌と永時の戦いは見ていない。それに、永時は少なくとも、自分と同じかそれ以上の実力を持っていたはずだ。それが負けてしまったということは…


(マトモにやりあったら負けるってことだ…)


なにより道禅は、永昌のその身体が気になっていた。その金属色の肌を。


「それは、一体どうしちまったんだよ永昌…。世界魔法結社アカデミーに行って改造手術でも受けたか?」


「ふん…。これは、わが技術の粋たる最強の肉体だ。お前にもそれを思い知らせてやろうか?」


そう言って永昌は道禅に向かって手のひらを向ける。次の瞬間、


ズドン!!!!


轟音とともに稲妻がほとばしり出た。


「く!!」


道禅は稲妻を金剛杖で捌いて叩き落した。道禅はその稲妻が発生する瞬間、永昌の周囲に精霊が動くのを感じていた。


「西洋魔法か!」


「そう、その通り…。呪式回路を組み込んだ『戦術義体タクティカルフレーム』による無詠唱魔法。そして、この義体はこのようなことも出来る」


そう言うと、永昌は両手で印を結んで呪を唱え始める。


「ナウマクサンマンダボダナンバヤベイソワカ」


戦術義体複合魔法タクティカルフレームふくごうまほう雷旺滅陣らいおうめつじん


永昌のその全身がまばゆく輝いたかと思うと、その全身から巨大な雷が現れ空中で龍の姿になった。


「な!? 西洋魔法と東洋呪術の合体呪?!」


「その通りだ!!!! 喰らうがいい!!!!!!」


ズドン!!!!!!!


激しい轟音とともに雷の龍が飛翔する。それはあまりにも大きなエネルギーを持っており…。


(五行じゃ克せねえか!!!)


もはやそれは、避けるしか身を守る手段がなかった。


ドン!!!!


激しい衝撃とともに龍が打ち据えた地面が裂ける。そんなものがまともに当たっていたら、道禅は一瞬で消しズミになっていただろう。

道禅は素早く印を結ぶ。


「浄三業! 仏部三昧耶、蓮華部三昧耶、金剛部三昧耶、被甲護身!!」


それを見て永昌は笑う。


「フン…なにをしても無駄だ! 私は最強の体を手に入れたのだ!!」


ドン!!!


再び、永昌の全身が輝いて雷の龍が現れる。


「砕き散らせ!!!!」


龍が道禅に向かって飛翔する。


ドカン!!!


龍の尾が大事を打ち据え、抉り、破壊する。道禅はそれも何とか避けた。


「く…」


道禅は懐から十数枚の符を取り出し、投擲。


「急々如律令!」


蘆屋流符術あしやりゅうふじゅつ金鱗飛龍迅きんりんひりゅうじん


道禅が投擲した符が巨大な黄金飛龍となって永昌に向かう。


「無駄だ!!」


永昌は不敵に笑って意識を集中した。


炎旺龍陣えんおうりゅうじん


雷の龍が一瞬にして、炎の龍に変化して、黄金飛龍に巻き付き、溶かし焼き尽くしてしまう。


「ちぃ…」


道禅は舌打ちした。さっきの符術は、今自分のできる最大の攻撃呪であったのだ。これが効かないということは…。


「フフフ…。どうした、道禅ばけもの…? それで終わりか?」


「はん…。その言い方…。マジで懐かしいな…」


「?!」


道禅の、突然のその言葉に、永昌は困惑した。


「どういう意味だ?」


「フン…。あんたは…『お兄ちゃん』は、ほんとどうかしちまったみたいだな」


「! 私を兄と…!!!」


「…呼ぶなってか? そのやり取りも、懐かしいぜ…」


「!!」


道禅は懐かしげに永昌に笑いかける。


「…覚えてるか? 俺と咲菜が、初めて二人きりで出かけようとしたとき…」


「…?!」


「あんた、無理やりついてきてこう言ったよな」


『咲菜に変なことをしたら、分かっているだろうな。道禅ばけもの!!!』


「…フフ。咲菜は、そんな言い方はないだろうって怒ったが。俺は別に悪い気はしなかった…」


永昌は困惑した表情で言った。


「なんだと?」


道禅はにやりと笑って言う。


「それが、あんたの照れ隠しだって、俺にはわかってたからな…。そう、俺たちは、ずーっとそうだった…」


道禅は思い出す。


『よう、お兄ちゃん』


『私を兄と呼ぶな道禅ばけもの


『そんなこと言ったって。もう、俺と咲菜は結婚すんだぜ? お兄ちゃん』


『フン…。道禅ばけもの、よーく覚えておけよ。もし、貴様が咲菜を、わが妹を泣かすようなことがあれば。私は必ずお前を縊り殺しに行くからな!! 覚えておけ道禅ばけもの!!』


はたから見れば、ひどい言い方に見えたかもしれない。しかし、道禅は理解していた。誰よりも、自分たちの結婚を祝福していたのが、永昌であったことを。


「あんたは、俺にとって最高の兄貴であり、ダチだった」


「…」


道禅はふと真面目な顔になる。


「…だからわかる。お前は…誰だ?」


「何?」


永昌はさらに困惑した表情になる。


「お前は、永昌じゃねえ」


道禅はそうきっぱり言い切った。永昌は困惑気に言い返す。


「何を言っている! 私は土御門永昌だ! それ以外のなんだと?!」


「だったら、あんたは。何のためにこんなことをしてる?」


その道禅の言葉に、永昌は怒りの表情で答える。


「それは、わが土御門の未来のため…」


「そうじゃねえ! そうじゃねえだろ?! 本心を言ってみろ!!」


「く…」


言葉を詰まらせる永昌に、道禅は叫ぶ。


「死んだ咲菜の恨みを晴らすためだろうが?!」


その言葉に永昌は叫び返す。


「…!! ああその通りだ! 貴様らのせいで死んだ咲菜を、その無念を晴らすために。蘆屋を潰すのだ!!!」


その言葉を聞いて道禅はにやりと笑った。


「やっぱりそうか…。だったら…。やっぱりあんたは永昌じゃねえ」


「なんだと?」


道禅は思い出していた。あの日、咲菜が亡くなって、その葬儀の日…。


『…泣くな、道禅ばけもの…』


…そう言って、自分の肩をたたいた永昌のことを。


「…あんたは、あの時、咲菜が死んだのは蘆屋のせいじゃねえって言ってくれた。咲菜を守ることが出来なかった、ふがいない俺を怒るでもなく…」


道禅は叫ぶ。


「本当なら、俺はあの時に、あんたに八つ裂きにされてなきゃおかしかったんだ! 俺は咲菜を…真名を泣かしちまったんだからな! それをあんたは、あの時許してくれたんだ! 馬鹿でどうしようもねえ俺を! なあ『お兄ちゃん』!!!」


「…く!!」


「なんで変わった?! 何が変わった?!」


「私は…」


永昌はそう言って頭を押さえる。永昌は何かを思い出しそうになっていた。


「…そうだ、あんたは変わった…。いや、変えられたんだ…、あいつに…」


「な…に?」


あいつ? それはいったい? …そう言おうとした永昌に向かって。道禅ははっきりと言った。


「乱月にな!!!!」


「!!!!!」


その名を聞いた瞬間、永昌の意識は真っ白に塗りつぶされた。



-----------------------------



土御門本庁の地下。様々な呪物が保管されている保管庫の扉が開いて男が現れた。その男は、土御門永昌の付き人である『元次郎がんじろう』だった。


「まあ、こっちの仕事は終わったし。とっとと帰るか」


そう言って、階段に差し掛かった時、


「どこに帰るって? 元次郎?」


そう言って引き止める影があった。


「だ、誰だ?!」


「フン…」


そう言って現れたのは。


「げ…蘆屋の小娘じゃねえか…」


そこにいたのは、蘆屋真名と矢凪潤であった。


「こんなところで何をしているんだ? 元次郎」


そう聞く真名に対して、


「それは、こっち位のセリフだろうが小娘。ここは、土御門の者しか入れない領域だぜ」


元次郎はそう言い返す。


「こっちは、咲夜から許可を取ってる。許可を受けていないのはお前じゃないのか? 元次郎」


真名はそう言って元次郎を睨み付ける。


「ちっ…困ったもんだな。咲夜様にも…。蘆屋の者にここまで入る許可を与えるなんて」


「…で、そう言うお前は、此処で何をしている? …いや、していた? と言った方がいいか」


「永昌様に言われて、倉庫の検査に来てただけさ。しっかり許可は受けてるぜ」


「ほう…こんな時にか?」


「…こんな時って? そう言えば、外が何か騒がしいが。何かあったのか?」


「…今、土御門で何が起きているかわかっていないと?」


「何のことだ? 俺は、朝からここにいたから、何も知らねえぜ?」


「…永昌様が、永時様を結界で封じて、新進派を扇動してクーデターを起こしたことを知らないと?」


「なんだと?!」


元次郎は、心底驚いた顔をした。


「まさか、永昌様が?」


「そうだ、だから、我々はここにいる。新進派を押さえてクーデターを止めるためにな」


「…そんなことになってたのか。どうりで騒がしいわけだ…」


「…」


真名は一息ため息をついて言った。


「いい加減、お芝居はやめないか、元次郎?」


「なに?」


真名は元次郎を睨み付けて言った。


「いや…乱月…」


「…は? 乱月? 何のこと」


「こちらはすでに分かっているんだ。お前の計画のことを」


「…」


元次郎は黙って真名を見つめる。


「永昌様と新進派を扇動し混乱を引き起こし、その間に何かを手に入れる気だったのだろう?」


「…」


その言葉をだまって聞いていた元次郎は、一息ため息をついて、


「…まさか。こうも早く見つかっちまうとは。ちょっとばかし予想外だったな」


そう言って元次郎は、懐に手を入れた。真名たちは、すぐに警戒態勢に入る。


「ははは…!! さすがは蘆屋だな! 数年かけていろいろやった工作を見抜かれちまったか」


「…」


「いや…。これは、お前の鼻がよく効いたと言った方がいいのかな? 仲間をほとんど連れずここに来たところを見ると…」


元次郎はそう言ってにやりと笑う。


「誰かが、裏で永昌を操っている可能性をお前は考えた。だがそれが誰かはわからなかった。それを、お前は『乱月』だと予想した…」


「…」


「…よく効く鼻だな蘆屋の夜叉姫…」


…そう、実のところ永昌がクーデターを引き起こす可能性までは、永時と道禅が予想していた。それから先を考えたのは真名であった。


「お見事! その通りだよ、蘆屋の夜叉姫…。まさしく執念ってやつか?」


「乱月…」


「しかし、よく乱月おれが、永昌を裏で操ってるって気づいたもんだ…。俺はいわば永昌にとって妹のかたきだ…。普通はあり得ないだろう?」


「…だからこそ、だ。お前の術、死怨院呪殺道は相手の恨みを糧とする。ならば、お前を人一倍恨んでいるであろう、永昌様の心の隙間に付け入ることも容易だったろう。…そうでもなければ、あの永昌様が何者かに操られるなどありえない話だ」


「なるほど…確かに、その通りだ。こりゃ簡単な問題だったな」


元次郎はそう言って手をたたいた。


「さて…。それじゃあ、これからどうするね? 俺はもう一仕事終えて帰るところなんだが…」


「おとなしく帰すと思うか?」


「いや…」


元次郎はそう言うが早いか、懐から符を取り出して投擲した。


「急々如律令!」


<符術・飛殺針ひさつしん>×3


符は空中で無数の針になって真名に向かって飛んだ。



-----------------------------



「あああああああ!!!!!!!」


その言葉を聞いた瞬間、永昌の中の何かがはじけていた。


「永昌!!!!」


道禅はそんな永昌に呼びかける。


「なあ永昌!!! お前はそんな術に踊らされるような弱い奴じゃねえだろ!!! しっかりしやがれ!!!!」


「ううううううるるるるるるるるるるさささささささいいいいいいい!!!!!!!」


そんな道禅の言葉を拒絶するように永昌は叫ぶ。


「しねえええええええ!!!!!!!!」


永昌の全身がまばゆく輝き、雷の龍が現れる。それは、それまでのものよりもさらに巨大であった。


「くっ…」


巨大な龍が道禅に襲い来る。それを何とか避ける道禅。しかし、


ズドン!!!!


突然、雷の龍が周囲に稲妻を迸らせた。道禅はそれをまともに受けてしまう。


「うがああああ!!!!!!!」


道禅は吹き飛ばされて倒れた。それを見て永昌は高らかに笑う。


「ははははははは!!!!! それ!!!!! 死ぬがいい、化け物め!!!!!!」


巨大な雷の龍が道禅に向かって飛翔する。


「くそ!!!」


道禅は、なんとか立ち上がってそれを避ける。


「どうした? 道禅? なぜ、お前はさっきから鬼神を使わない?」


「く…」


その言葉に苦い顔をして呻く道禅。


「わかっているぞ…。お前は、使いたくても使えないんだ。なぜなら、お前にとって鬼神とは『八大魔王』のこと…。乱月が蘆屋を狙っている以上、彼らをそうそう動かすわけにはいかないのだ。かつてのように、その隙を突かれる可能性があるからな…。あの、咲菜の時のように…」


「…」


「言っておくが…、鬼神を使えない以上、この私を倒せる可能性はゼロだ。かの永時ですら式神を使って私を倒せなかった…。ならば、鬼神が使えないお前に何が出来る?」


「フン…」


道禅は血を吐きながらにやりと笑う。


「なあ、お兄ちゃん。だったら、お前に見せてやるよ。てめえの目を覚まさせる。蘆屋の極意ってやつをよ!!!」


そう言って道禅は永昌を指さした。



-----------------------------



「おおおおおおお!!!!!!!」


永昌の咆哮に合わせて雷の龍が鎌首をもたげる。そして、道禅に向かって飛翔する。


「しねえええええ!!!!!!!」


「ふ!!!」


道禅はそれを寸でのところで避ける。しかし、


ズドン!!!


再び、龍が周囲に電撃を放出した。


「く!!!」


それを何とか金剛杖で捌き叩き落す道禅。それでも、完全には捌ききれず、ダメージを僅かに負ってしまう。


「くお!!!!」


道禅は地面に転がりながら、印を結んで呪を唱える。


「無駄だ!!!!!!」


それを、永昌が笑いながら指さす。すると、再び雷の龍が鎌首をもたげて、道禅に狙いを定める。


「いけ!!!!!」


再びの飛翔。道禅は、再び寸でのところでそれを避ける。


ズドン!!!!


「くがああ!!!!!!!」


今度こそ、道禅は放電に吹き飛ばされて飛んだ。


「さあ、まだまだ行くぞ!!!!」


その言葉とともに、さらに飛翔する雷の龍。それを、地面を這い転がりながら何とか避ける道禅。


「ははは!!! 無様だな化け物!!!!」


永昌は笑いながら更なる攻撃を加える。


「それ!!!」


ズドン!!!!


「それ!!!」


ズドン!!!!


「それ!!!」


ズドン!!!!


…道禅は、放電に巻き込まれて木の葉のように空を舞った。そして、


「く…」


道禅は、永昌の足元に突っ伏した。永昌はそれを笑いながら見下ろし、


「それ、どうした? 化け物…私に見せるんじゃないのか? 蘆屋の極意とやらを…」


そう言って脚で道禅の頭を踏みつけた。


その時、


「オン…」


そう言って、道禅が永昌の脚に触れた。


「?!!」


それを見た永昌は怒りの表情で、道禅を蹴り飛ばす。


「いったい何のつもりだ?!!! なにをしても無駄だということがわからないのか?!!!」


「く…」


道禅は呻きながら転がった。


「どうやら。本当に死ななければわからないようだな…。ならば…」


永昌は、その手のひらを道禅に向ける。しかし、


「く…。俺が…このまま、死ぬと思ってるのか?」


そう言って道禅が立ち上がってきた。そして、手で印を結びながら呪を唱える。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前…。バンウンタラクキリクアク…」


その瞬間、九字による格子と、五芒星…『ドーマン』と『セーマン』が道禅の前に現れる。


「は!!!!! まさかそんなもので俺の雷旺滅陣を防ごうというのか?!!!」


「フン…。やって見なけりゃわかんねえだろ?」


その言葉に、怒りの表情になった永昌は叫んだ。


「ならばしねええ!!!!!!!!」


永昌の全身がまばゆく光り、再び巨大な雷の龍が現れる。


そしてそれは、道禅に向かって一直線に飛翔した。


「こなくそ!!!!!!!!!!」


道禅がそう叫ぶと、目の前の『ドーマン・セーマン』がまばゆく輝きだす。そして、


ズドン!!!!!!


それは、確かに雷の龍を受け止めたのである。


「何?!」


その光景に、永昌は驚いた。雷旺滅陣は人ひとりの力では決して防げない呪のはずだったからである。


「くそがあああああああ!!!!!!!!!!!」


道禅はそう、気合の声を上げて龍を防ぎ続けている。永昌は、怒りのままにさらに龍に力を注ぎこんだ。


「おおおおおおお!!!!!!!!!」


それでもなお、道禅の『ドーマン・セーマン』を破ることが出来ない。

永昌は、さらに力を注ぎ込む。しかし、それでも道禅は倒れない。


(なぜだ?! なぜ、こいつはここまでのことが出来る?)


それは、明らかにあり得ない光景だった。そのあり得ない光景に焦った永昌は、自身の限界を超えて霊力を龍に注ぎ込んだ。その時、


ドカン!!!!!!!!!!!!!


「が?!!!!!!」


それは、いきなりだった。突然、永昌の体が、全身が吹き飛んだのは。


「が…これは…」


永昌の体が…サイボーグの体のいたるところにひびが入り霊力が噴き出していた。


「バカな…これは…」


それはあり得ない光景だった。いくら、限界を超えた霊力を放出したからと言って、こうも簡単に『戦術義体』が壊れるなどありえなかった。


「な…なぜ?」


「わかんねえかな?」


そう言って道禅が、ゆっくりと永昌の方に歩いてくる。


「さっき、俺はあんたの足に触ったろ? あんときに、お前の体にちょいとした細工をしておいたのさ」


「細工?」


「…そう、お前が龍に注ぎ込もうとした霊力を、お前の体内で循環させ、さらに巨大な霊力を生み出せるようにな」


「まさか…」


「そうだ、お前の体は、そうして生み出された霊力に耐えることが出来なかった。制御しきれず暴走して崩壊したってわけだ」


「バカな…我が『戦術義体』が…」


道禅はニヤリと笑って言う。


「まあ、人間の作ったもんだからな、こうやって簡単に壊れることもあるさ…」


「く…」


「さて…」


そして、道禅はこぶしを握り。


ガス!!!!


永昌を殴り飛ばした。


「…」


「目え覚めたか?」


「…私は…」


永昌は、先ほどとは打って変わって、すっきりした表情になっていた。


「私は…。操られていたのか…」


「そうだ。おそらく乱月の奴にな…」


「そうだ…。私は…」


永昌は思い出す。あの日、咲菜が乱月の手にかかって死んでから、乱月を必死に追い続けていた自分を。そして、やっと見つけたと思ったとき…。


「私は…奴の術中に…」


「お前ほどの男がやられたか…」


道禅は目をつむってため息をついた。


「永昌…。奴の本当の目的が何かわかるか?」


「それは…。おそらく…」


それから、永昌が語ったことは、道禅にとっても信じられない、とんでもない内容であった。



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真名は素早くマッチを3本取り出すと火をつけ…


【火克金】


無数の針を火の帯で防いだ。しかし、


<五行術・金行刺殺陣>


地面にばらばらに散った針が再び宙に舞い真名を襲う。


「フン!」


だが、次の瞬間、その場に真名はいなかった。


「ほう、避けたか」


そう言って元次郎はにやりと笑う。


「その連携は、我乱のものと同じ…そんなものを何度も食らってたまるか」


それを聞いた元次郎はケタケタ笑いながら、


「我乱か…。あいつにも困ったものだな。この程度の小娘一人殺せんとは…」


そう言った。


「…この程度…か。ならば、『この程度の小娘』の力見せてやろう!」


真名は元次郎に向かって駆ける。そして、


<金剛拳>


ズドン!!


その拳が元次郎に的確に突き刺さった。


「が!!!!!」


元次郎はそう言いながら後方に吹き飛ぶ。壁に激突して動かなくなった。


「…」


真名は戦闘態勢を解かなかった、乱月がこの程度でやられる奴なら苦労はない。


「クククク…」


「…乱月」


真名は元次郎を睨み付ける。元次郎はふわりと空中に浮かぶと、その身が大きく膨張を始めた。


「!!!」


バン!


それは突然大きな音を立てて破裂した。その中から、老人のようにひょろりとした白髪の男が現れる。


「ははは…。いやあ、真名姫様…。本当にお強くなりましたね…。正直信じられませんよ」


「…」


真名は、その姿を見て唇をかんだ。やはり、こいつはあの時の男だった。


「あの時、俺は言いましたよね? あなたは呪術師にはなれないと…。それが、まさかここまでの使い手になるとは」


「乱月…」


「…心も、なかなかにお強くなった。俺を前に、怒りと憎しみを抑え込んでいる。これでは、俺の力のほとんどは使い物にならない…」


乱月は三日月のような笑みを浮かべると続ける。


「でもね、そんな人間相手でも、こちらにはやりようがあります。いきますよ?」


乱月は印を結んで呪を唱える。


「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ」


<秘術・死怨霊呪しおんれいじゅ


「!!」


すると、乱月の背後から、何者かの呻き声が聞こえ始める。


「聞こえるか? 蘆屋の夜叉姫…。俺が殺した死者の呻き声が」


「まさか?!」


そう、それは、今まで乱月が、その手で殺してきた者たちの怨嗟の声。


「この声が、俺に力を与えてくれる!」


次の瞬間、乱月の体から巨大な霊力があふれ出す。


「さあ行くぞ。蘆屋の夜叉姫!」


一瞬にして乱月が姿を消した。


ズバ!


「くぅ!!!!」


乱月の剣印が一閃され。その瞬間真名の体から血しぶきが飛ぶ。


「ははは!!!! それそれ!」


さらに二撃、剣印が閃く。


「真名さん!!!」


たまらず、それまで見守るだけだった、潤が声を上げる。それに向かって真名は叫ぶ。


「お前は動くな!」


潤はその声を聴いて押し黙ってしまう。


「フ…。いいんだぞ? そこの小僧も一緒に戦っても。俺は一向にかまわん」


そう乱月はにやりと笑う。それに対して真名は、


「フン…貴様なぞ私一人で大丈夫だ…」


そう言って笑った。


「そうか…。ならばこれを受けろ!」


そう言って乱月は符を十数枚取り出す。そして投擲。


「急々如律令!」


<符術・銀鱗飛殺龍迅ぎんりんひさつりゅうじん


無数の符が一つに集まり、巨大な銀鱗の龍に姿を変える。そして、咆哮を上げながら真名へと向かう。


「く!!」


今度は真名は、マッチを使わなかった。目の前の呪があまりに強力すぎたからである。だから、真名はただその攻撃を避けた。


「はは!! それだけじゃないことは、分かってるでしょう?」


乱月は笑いながら印を結んだ。


「ナウマクサンマンダボダナンバルナヤソワカ」


水行怨毒龍すいぎょうおんどくりゅう


銀鱗の龍のうろこの各所から、毒の霧が吐き出される。真名は急いで口をふさいだ。


「く…」


それが、致命的な隙になった。


「はは! 行け! 炎乱えんらん


乱月がそう言うのと同時に、その影から巨大な鬼が現れる。それは、全身から炎を吹き出し、二対の腕と、二つの顔を持った異形の鬼だった。

その鉤爪が真名を襲う。


「か!!!!!!」


ズバ!!


真名は血を吐きながら吹き飛ばされた。


「ははは、どうした。夜叉姫? それでも、『夜叉姫やしゃひめ』か?」


そう言って乱月は笑う。


「知っているぞ。お前がどれだけ、俺を恨んでいるか。憎んでいるか。だからこその夜叉姫だったろう?」


「く…」


真名は呻きながら立ち上がる。


「お前は、俺を、そして人に危害を加える術者を憎んだ。そして、その憎しみを晴らすために、多くの術者を手にかけた。そしてついた名前が『蘆屋の夜叉姫』だ。思い出せ、あの時の憎しみを、恨みを…」


「乱月…」


真名は苦しみ呻く。


「さあ、恨め、怒りを開放しろ。さあ!!!」


「乱…月!!!!!」


乱月の呪詛のような言葉が、真名の心に浸透していく。そして、それは心の中の暗い部分を暴き出した。


「らんげつ!!!!」


真名は一心不乱に乱月に向かって飛翔した。乱月は心底うれしそうな笑みを顔に張り付けている。


「はははは!!! そうだそれでいい!!!! 怒れ! 憎め!!! それが俺の糧になる!!!!!」


乱月は印を結んで呪を唱える。


「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ」


<秘術・死怨鳴呪しおんめいじゅ


それは確かに起動した。それは真名が感情を抑えきれなくなった証拠だった。


(真名さん!!!)


その真名の姿を見て、潤は思い出していた。ここに来る前に真名と話した会話を。真名はその時言ったのだ。


『おそらく私は、奴の術中にはまるだろう。でも大丈夫、私は必ず奴に勝つ。お前は心配せず私を見守るんだ…』


だから潤は、ただ心の中で祈った。真名の名を…。


(真名さん!!!)


「ああああああ!!!!!!!」


真名は叫びながら、乱月の元へと駆ける。こぶしを握ってそれを振りぬく。


<金剛拳>


「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ」


<秘術・死怨奉呪しおんほうじゅ


だが、その拳に宿った霊力は、すぐに立ち消えて乱月に吸収されてしまう。


「ははは!!!! いいぞ!!!! そのままお前の魂を、俺が喰らってやる!!!」


乱月はそう言って笑った。…と、その時、


「…準備は終わったぞ、潤。美奈津。ご苦労だったな」


そう言う声が、階段の方から聞こえた。


「え?」


乱月は声の下法に振り向き…そして呆然とした。其処に、もう一人真名がいた。


「な、なんだと?」


「うん? 何を呆けてるんだ? 乱月」


「な…。どういう…」


乱月は何が起こったのか分からなかった。目の前に2人の真名がいる。


「なんとか間に合ったな。ごくろうだった美奈津」


そう言って、新たに現れた真名が、元からいた真名の肩をたたく。


「…遅いぜ。マジで『マジ』になるところだったぜ」


元からいた真名はそう言って、頭を押さえて左右に首を振った。その姿が美奈津のものに変わる。


「貴様…夜叉姫じゃない? 美奈津?」


美奈津は、呆然とする乱月を見てにやりと笑って言った。


「ああ、その通り。あたしは師匠じゃない。その姿をちょっと借りてたんだ」


「…馬鹿な…。でも俺の秘術が…」


「そうだな。お前の秘術が効果があるのは当然さ、あたしには我乱に対する恨みがあったからな。心の闇ってやつはそうそう消えないもんさ」


それでは、今まで戦っていた真名は。


「さっきまでは、師匠に変わって、あたしが相手になってたんだよ」


乱月は憎々しげな表情で、真名を見つめる。


「…これはいったいどういうことだ? なぜ、こんな回りくどい真似をした。夜叉姫…」


それに対して、真名は無表情で答える。


「それは、お前の力をゆっくりと見極めるため…そして、陣の準備をするためだ」


「陣だと?」


「そう、お前の秘術はこちらも研究している。それを無効化する方法をな」


真名はそう言って印を結んで呪を唱えた。その瞬間、


「なに?!」


今まで乱月の背後に響いていた、怨嗟の声が聞こえなくなっていった。そして、


「死怨鳴呪が…」


今まで美奈津から感じていた、憎しみや恨みが感じられなくなっていた。死怨鳴呪が無効化されたのである。


「バカな…」


「これでお前の力の大半は無効化した。観念するんだな乱月」


そう言って真名が不敵に笑う。乱月は憎々し気に真名を睨むと言った。


「この程度で…貴様ら小娘どもに私が負けると思っているのか?!」


「ほう。まだやるつもりか?」


「当たり前だ、蘆屋の夜叉姫! 今度こそ…」


「そうだな、今度こそ、私が直々に決着をつけてやる」


そう言って両者はにらみ合った。



-----------------------------



乱月は懐から符を取り出すと投擲する。


「急々如律令!」


<符術・飛殺針ひさつしん>×4


真名は素早くマッチに火をつけて…


【火克金】


無数の針を火の帯で防いだ。しかし、


「急々如律令!」


<符術・飛殺針ひさつしん>×4


乱月はさらに符を投擲し、金属の針をばらまく。

 

(針は奴の呪の触媒…。ならば)


真名は素早く印を結ぶと、呪を唱える。


「カラリンチョウカラリンソワカ…」


蘆屋流鬼神使役法あしやりゅうきしんしえきほう鬼神召喚きしんしょうかん


「酒呑百鬼丸、来い!!」


真名の目の前の空間が裂け、人影が姿を現した。


「姫様。お待たせいたしましたわ」


現れた人影は、真名の鬼神・酒呑百鬼丸である。


「百鬼丸行くぞ!!」


「はい! 姫様!!!」


「ナウマクサンマンダボダナンアギャナウエイソワカ…」


蘆屋流鬼神使役法あしやりゅうきしんしえきほう火天紅炎山かてんこうえんざん


「はあああああああ!!!!!!!」


百鬼丸が気合一閃。


ズドオオオン!!!!!!


凄まじい衝撃とともに、真名たちの周囲が紅蓮に染まった。その紅蓮の衝撃波に地面の針は溶けて消えていく。


「ち…」


乱月は、その衝撃波を自分の鬼神・炎乱えんらんを盾に防いだ。


「ならば…」


そう言って、印を結んで呪を唱える。


「カラリンチョウカラリンソワカ…」


鬼神使役法きしんしえきほう鬼神召喚きしんしょうかん


「来い! 地乱ちらん!!」


次の瞬間、コンクリートの床が盛り上がったかと思うと、岩でできた巨大な鬼が現れた。


「ナウマクサンマンダボダナンハラチビエイソワカ」


鬼神使役法きしんしえきほう地天土流礫ちてんどりゅうれき


地乱がカッと口を開くと、そこから怒涛の如く砂が吐き出される。


「これは!!」


真名達はそれを見て階段の方に駆ける。階下すっかり砂に埋まってしまった。


「乱月…」


乱月は、地乱とともにその砂の向こうに消えていた。まさか逃げるつもりなのか? そう、真名たちが考えた時。


「砕け地乱!!!」


階下の砂が盛り上がって、岩でできた鬼が現れる。そして、その巨大なあぎとで真名に食らいつこうとした。


「く!!」


真名は素早く後方に飛んだ。しかし、


「燃やせ炎乱」


そこに、紅蓮の炎が現れた。


「くあ!!!!」


真名は炎に巻かれて転がった。乱月が砂を割って現れる。


「フフフ…。蘆屋の夜叉姫。これでも、俺に勝つつもりでいるのか?」


「ち…。さすがは乱月、ほとんど力を失っていながら、これほどの力を残しているとは…」


…と、その時、


「…夜叉姫よ」


「? なんだ?」


乱月は至極まじめな表情で真名に語り掛ける。


「なぜだ?」


「何のことだ?」


「なぜ、自分の敵を。他人に任せるような真似をした?」


「別に任せたつもりはないが?」


「…」


乱月は眉を吊り上げて言う。


「嘘だ…。俺には、今、お前の憎しみをはっきりと感じ取る力はないが、お前からは俺に対する恨みが全く感じられない」


「…」


「なぜだ? なぜおれを恨んでいない? 憎んでいない?」


「…」


真名は無表情で乱月を見つめている。


「…なぜだ! 答えろ!!」


その乱月の問いに、真名は一息ため息をついた。


「…そうだな。私は、はっきり言ってお前を恨んでいない。かつては身を焦がすほど恨んでいたが…」


「なに?」


「はっきり言ってやろうか?」


真名は心底冷たい目で乱月を見つめる。


「今の私にとって、お前は道に転がっている石と同じだ」


「な?!」


「躓く可能性があるから、蹴り飛ばすだけの存在だ」


真名はさらに冷たい目で乱月を見据える。


「私は…。母と約束したんだ。母のような、そして父のような立派な呪術師になると…。その夢こそが私の生きる道であり、お前はその道に転がる、一つの障害に過ぎないんだよ…」


「く…!!」


その言葉を聞いて、乱月は目を怒らせた。


「俺を石ころだと?!」


「ああ…」


「取るに足らない存在だというのか?!」


「そうだな…」


真名は無表情でそう言った。乱月はそれを聞いて、目を怒らせながら叫んだ。


「だったら。またここで、お前の仲間を殺してやる! 俺をまた恨むように!!」


「そんなことはさせない」


真名はきっぱりと言い切った。


「炎乱!! 奴らを燃やせ!!!!」


真名はその言葉に合わせるように印を結んで呪を唱えた。


「ノウマクサマンダバザラダンカン…」


炎乱の周りに無数の蜘蛛糸が舞う。宙に舞っていた蜘蛛糸が一瞬炎をまとったように赤く輝く。

そして、次第に糸同士が絡まりあい、無数の縄に姿を変えた。


蘆屋流鬼神使役法あしやりゅうきしんしえきほう妖縛糸不動羂索ようばくしふどうけんじゃく


「な?!」


炎乱は完全に動きを止められてしまっていた。


「だったら! 地乱!!」


今度は地乱が口を開けながら、真名に向かってくる。


「ナウマクサンマンダボダナンハラチビエイソワカ」


鬼神使役法きしんしえきほう地天土顎撃ちてんどがくげき


その瞬間、地乱は龍の姿に変わる。そして、空を飛翔して真名たちに襲い掛かった。それは圧倒的な土気の攻撃合体呪。並の木気では防ぐことが出来ない。


「カラリンチョウカラリンソワカ…」


蘆屋流鬼神使役法あしやりゅうきしんしえきほう鬼神召喚きしんしょうかん


「来い!! 大口おおぐち!!!!」


そうして現れたのは、スーツ姿の一人の男。顔は髪が目まで覆っていてよく見えない。


「大口!! 呑み込め!!!」


次の瞬間、男の口が不気味に巨大化した。そして男は一つの巨大なあぎとと化して、地天土顎撃ちてんどがくげきを呑み込んだのである。


「な!!! その鬼神は!!!!」


だが、乱月はそれ以上喋ることが出来なかった。なぜなら、


金剛拳こんごうけん


ズドン!!


気合を込めた金剛拳の一撃が腹に突き刺さったからである。そして、


「おおおおお!!!!!!!」


気合一閃、真名は乱月を天井へと吹っ飛ばした。乱月は激しく天井にぶつかり、バウンドして地面に転がる。


「が…は…」


それでも、乱月は意識を保っていた。


「さすがにしぶといな乱月」


「…が、は…」


乱月は血反吐を吐きながら、なんとか立ち上がろうとする。


「ま、さか…。あんな…隠し玉をもって…いたとは…」


そこまで言うと、足をもつれさせて地面に転がった。


「まあ、ちょっとした理由で、そうそう使えんのだがな、こいつは…」


真名は、そう言って自分の隣で大あくびをしている『大口』を見た。


「…これでは、もはや、俺は勝てないな…」


「言っておくが、逃げようとしても無駄だぞ」


そう言って真名は乱月の元へと歩いていく。その手には『封』と描かれた符がある。


「俺を…殺さず、封印するか…」


「お前には、話してもらわなければならないことが沢山あるからな…」


「ククク…」


乱月はこの期に及んで笑い始めた。真名は思わず足を止めた。


「はははは!!!!!!! 神藤しんどうよ! 俺はここまでのようだ!!! これを頼んだ!!!!!」


そう言って、懐から何かを取り出して天に掲げる。


「な?! それは?」


乱月が手にしていたのは、術符で封印の施された古ぼけた木箱。真名は急いでそれを乱月から取り上げようと駆けた。


「無駄だ!!!!!」


ドン!!!


次の瞬間、乱月の体が、内側からはじけて爆発した。その爆風は、真名たちを軽く吹き飛ばすほどだった。


「くう…」


爆風が消え土煙が収まったとき。其処にもはや誰もいなかった。いや、かつて乱月だったモノは確かにそこにあったが。


「乱月…。自爆したのか…」


それは、母のかたきのあっけない最期であった。しかし、真名は少しも心が晴れなかった。なぜなら、乱月はその目的を、どうやら達成したようだからだ。


「あいつが持っていた木箱…あれは一体」


そう、真名が逡巡していた時だった。


「真名! 無事か?」


そう言って階上から道禅が現れたのは。


「父上…」


「真名? 乱月は…」


そう聞いてくる道禅に、真名は黙って乱月だった残骸を指し示す。


「…そうか」


道禅は一瞬逡巡した後、真名の頭に手を置いた。


「それで、奴は何か持っていなかったか?」


「ええ、何かの木箱を持っていましたが…。どこかへと転送されたようです」


真名は淡々と事実だけを述べる。


「ふう…そうか。それは、厄介なことになったな」


道禅のその言葉に、真名は不穏なものを感じて聞いてみた。


「あの木箱は…一体何だったんですか?」


「…」


道禅は一瞬言葉を詰まらせると、大きくため息をついてから話し始めた。


「あれは…。土御門家の最高位にして最古の呪物…」


真名は次の道禅の言葉を聞いて、どれほど重大な事態が起こっているのかはっきりと理解した。


「安倍晴明の聖遺骸せいいがい…。すなわち、遺骨だ…」

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