第9話 憎しみと悲しみと…
静岡県某所、夜11時。
(ついてない…。今日はまったくついてない…)
その時、
今、和己は得体のしれない何かから逃げていた。「それ」が、目の前に現れたのはちょうど10分ほど前。いつものように、「遊び相手」を物色していた時であった。
和己には特別な力があった。もっとも、それは生まれつき持っていたものではなく、上司からもらったあるモノによる能力であったが。そのモノとは、上司たちの間では「呪物」と呼ばれていた。
「呪物」は、和己に催眠術のような能力を与えた。他人を一睨みして命令を送ると、その人間はその命令の通りに動くのだ。和己は、その能力によって、さまざまな店舗でタダで物を手に入れたり、気にいた女を手当たり次第に犯したりしていた。そして、今日もいつものようにそこいらの女を物色して、弄ぼうとしていたのだが…
(まさか…。俺のやってることが組長にばれたんじゃ…)
和己は、そう考えて冷や汗をかいた。上司からこの呪物をもらったとき、「あんまりこれで遊ぶな」と釘を刺されていたのだ。あんまり手広く遊びすぎたから、始末されるのではないかと考えた。しかし、
(あんな奴ら、見たこともない…。どう見ても子供だし…)
そう…。今自分を追いかけてきているのは、少年少女の3人組だった。あんな連中は組でも全く見たことがなかった。
そう考えているうちに、和己は路地裏に追い詰められてしまった。目の前に、3人組が現れる。
「もう、逃げても無駄だ…」
そう、3人組の中で最も年下に見える少女が言った。
「く…何なんだお前ら! なんで俺の呪物が効かない?!」
…そう、目の前の3人組には呪物の催眠が効かないのだ。初めて呼び止められた時、一度使っていたのだが、彼らには何の効果も発揮しなかった。
「はん! それは対一般人用の術具だぜ。そんなのあたしらに効くわけないだろ!」
3人組の中で、一番気が強そうな目をした、ショートカットの少女がそう言った。
「一般人? …なんなんだよ前ら!」
和己には訳が分からなかった。自分は、どちらかというと一般からかけ離れた人間であったはずだ。なぜなら…。
「お前ら! どこの組のもんだ?! 俺に手を出せば、松羽組が黙っちゃいねえぞ!!」
そうだ。自分は
「…指定暴力団・賢誠会松羽組。お前はそこの構成員の一人だったな」
「ああそうだ!! …で? 俺をどうするって?」
和己は勝ち誇った様子でそう言った。しかし、少女は…
「それがどうした」
「な?!」
意外な答えを返した。和己は素っ頓狂な言葉を返す。
「…てっ、てめえら。俺が怖くない、の、か…」
和己は狼狽えながらそう言った。それに対し、
「わかんねえかな?! あんたのその組とやらは、もうなくなるんだよ!」
ショートカットの少女がそう言って笑う。まさか、そんなことが…
「ば、ばかなことを言うな! 組がなくなるだって?!」
自分のいる松羽組はそれなりに大きな組だ。それに、その上には大本の賢誠会が君臨している。警察だって手を出すのをためらうほどの組織なのだ。
「残念だが…お前たちは、少々我々の世界に足を踏み入れすぎた。そうでなければ、我々も手を出すことはなかったが…」
一番年下に見える少女が、冷たい目でそう言う。和己は、まるで死刑宣告を受けてるかのように身が震えた。
「ま、まて…あんた…何なんだ? 何者なんだ?」
和己はそれだけを震える口で言った。それに対し少女は答えた。
「我々は…、
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今日も、賢誠会松羽組の事務所で、組長・
なぜ、顔をしかめなければならないか。…それは、目の前のこの男「
「それで、今日はどのような用向きで、いらしたのですか?」
「は、はい…きょう、わら、私が来た、の、は…」
加藤は極めて滑舌が悪い。聞き取れないような言葉を発することも頻繁にある。しかし、恒弘はそれをとがめることはない。なぜなら、彼は大切な取引相手なのだ。
「…とり、とり、取引…」
「次の取引の日時ですかな?」
恒弘は、そう言ってカレンダーを見た。しかし、
「と…、ち…違う…ち、取引」
恒弘は訝しんだ。取引の日時を決めに来たのでなかったら何の用なのだろう?
「もう…でき、ない…取引」
「!!!!」
加藤のその言葉を聞いて、恒弘は仰天した。
現在、賢誠会松羽組にとって加藤との取引は、最も重要なものである。その取引のブツとは「呪物」であった。
「呪物」は、いわゆる拳銃などと違って、法的に取り締まられているわけではない。その上、効果は拳銃以上のものがあり、彼らがいろいろ厄介ごとを解決するのに役に立っている。
「な、なぜいきなり?! どういうことですか?」
「お、お、前た、ち…す、こし、て、広くやり、す、ぎた…」
「そ、それはどういう…」
恒弘は席から立ち上がって言った。
「…て、回った…。すぐ、くる…」
「?」
どういうことだ? 恒弘はそう考えた。手が回ったとは…。警察が「呪物」に関して動けるはずがない。
それに、加藤は「すぐ来る…」と今言ったのか?
「いったい何が来るというのです? 警察?」
「け、いさつ、違う。あ、しや…」
「あしや?」
…と、それだけ聞いたとき、いきなり事務所の扉が大きな音を立てて開かれた。
「組長!!!」
そう叫びながら扉を開けて現れたのは、組の幹部・
「なんだ、柏木?! 今大事な話の最中…」
「…大変です! 事務所の玄関に変な3人組が!!!」
「…なに?」
いきなりなんだというのか。その時、いくつも修羅場を潜り抜けてきたゆえのカンが働いた。
「!!! まさか?! 加藤さん!」
恒弘はそう言って加藤を見る。加藤は頷いた。
「そ、いつ…、あし、や」
どうやら「あしや」とやらが、組に襲撃をかけてきたらしい。その目的はおそらく「呪物」。だから、加藤はもう取引できないなどと言ったのだ。だが…。
恒弘は伊達に組長を名乗っているわけではない。いきなり「取引しない」と言われて、「はいそうですか」とは言わない。
「その、あしやとやらを返り討ちにすればいいんでしょ? そうすれば取引も問題ない…」
「…」
加藤はその恒弘の言葉を黙って聞いている。
「ふん…。どこのだれかは知らんが。組にたてついたらどうなるか思い知らせてやる」
そう言って恒弘はにやりと笑った。
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<
ズドン!
「が!!!!」
賢誠会松羽組の事務所の玄関先で、その構成員の一人が吹き飛ばされた。それをしたのは、ショートカットの少女・美奈津であった。
「美奈津…。相手は一般人だ、余計な呪は使うな」
それを見た一番年下に見える少女・真名は、美奈津をとがめる。
「ち…。わかったよ…」
美奈津は、真名のその言葉に、しぶしぶ霊装怪腕を解く。その後ろでは、3人組の最後の一人・潤が金剛杖で組員を昏倒させていた。
「く!! なんだてめえら!! どこの組の…」
組員の一人がそこまで言いかけた時、不意にその場に崩れ落ちる。
「急々如律令…」
…そう、真名が唱えるたびに、一人また一人と、組員は倒れていった。
それは、恐ろしい光景だった。見た目はまだ成人していない少年少女。その3人組に次々と組員が倒されていくからである。
「く…こうなったら…」
組員の一人・石井が、懐に手を入れて何かを取り出した。それは、一丁の拳銃だった。
「死ね!!」
拳銃を持った石井は、真名に拳銃の狙いを定めた。そして、
バン!!!!
…次の瞬間、拳銃の銃口から鉛玉が発射された。しかし、
「…な?」
真名は石井のことを気にも留めず立っていた。石井は必死に拳銃の引き金を何度も引いた。
しかし、拳銃の弾は、真名に当たることはなかった。
「無駄だぜ…」
それを言ったのは美奈津だった。
「あいつは、<
石井には何のことかわからなかった。ただ、目の前の連中が化け物であることだけははっきり理解した。だから、石井はすぐに…
「ひいい…」
その場から逃げようとした。しかし、
「逃がすかよ!!」
美奈津は、素早い動きで石井に追いつくと、その腹に拳の一撃を見舞った。
「が…」
「眠ってろ…」
美奈津はさらに、石井の頭をもってそれを床にたたきつけた。石井はあっさりと昏倒する。
「さて…と」
美奈津は事務所の階段を見つめた。その先は、組長の部屋につながっているはずであった。
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一通り、組員を無力化した3人は、組長室の扉の前に立っていた。真名がその扉のノブに手をかけた時、扉の向こうから声をかけられた。
「入ってきたまえ…」
真名が扉を開けると、そこには組長・後藤恒弘一人が椅子に座って待っていた。
「君たちかね? 『あしや』とかいう連中は」
その言葉に真名が答える。
「ああそうだ。我々は…、播磨法師陰陽師衆・蘆屋一族に所属する、正式な陰陽法師。お前たちが、扱っている『呪物』を回収しに来た」
「ほう、陰陽法師と来たか…。ははは…。冗談のようだが、こうなったからには信じるしかあるまいな…」
恒弘は笑いながら真名に言った。
「なるほど…。いまだに信じられんが、そちらの世界にも、警察のような組織がいたということか…」
そう言うと、恒弘は音を立てて椅子から立ち上がった。それを見て、美奈津と潤が警戒態勢に入る。
「ふふふ…。それで、私はこれからどうなるのかね?」
恒弘のその言葉に真名が答える。
「お前たちは、我々の世界に足を踏み入れすぎた。我々の法で裁かれることになる」
「なるほど…」
そう言うと、恒弘は煙草に火をつけた。
「…悪いが、そう簡単に裁かれるわけにはいかんな」
恒弘はそう言って煙草を一服吸った。その答えに真名は。
「ならば、どうする? 抵抗は無駄だぞ?」
「さて? それはどうかな?」
恒弘はそう言ってにやりと笑った。次の瞬間。
「う?!!!」
突然、真名がうめいてその場に膝をついた。潤は慌てて真名を支える。
「どうしたんですか? 真名さん?」
「く…これは…。貴様…」
そう言って真名は恒弘の背後を睨み付ける。其処に、もう一人の人影が、いつの間にやら立っていた。それは加藤であった。
「…ふ、せい、こう…。やっ、た」
「こいつは!?」
美奈津は、すぐに気が付いた。周囲の気の流れがおかしくなっていることに。
「く…、<術無効>の呪か…」
真名は、苦しげにそう呟いた。
今、真名たちの周囲に発揮されているのは、気の流れを阻害して、呪への変換を無効にする呪いである。それならばなぜ、真名は一人苦しんでいるのか…、それは真名の体質が原因であった。真名は、『欠落症』という病気を生まれつき患っている。欠落症はその患者の気を枯れさせ、生命力を奪ってしまう。それゆえに、真名は生まれつき寝たきりであった。そして、それは今も…。真名が普段、普通の人間以上に動けるのは、呪による<身体サポート>によるものである。それがないと、真名の肉体は生命維持が難しいほど弱ってしまう。今、真名は<術無効>の呪によって、<身体サポート>をはがされ、身動きが取れなくなってしまっていた。
「く…は…」
苦しげな真名のその姿を見て、恒弘は大きく笑いながら言った。
「はははは!!! よくわからんが、うまくいったようだな!」
「ちっ…。やってくれたな」
美奈津は、そう言って悪態をついた。今、自分たちは最悪の状況にあった。
真名は無力化され、残りは、少し体術がうまいだけの2人のみ、それに対し…。
「ふふふ…」
恒弘は懐から拳銃を取り出した。いくら彼らでも、呪を無効化されては銃弾を防ぐ術がない。
「さよならだな、陰陽法師諸君…」
そう言って、恒弘は拳銃の銃口を真名に向け、その引き金を引こうとした。そのとき、
「わん!!!」
「…う、え?」
加藤は、いきなり脇から現れた白い柴犬に襲い掛かられて、その場に倒れた。その瞬間、<術無効>の呪が解ける。
「ふ!!!!」
その瞬間、真名が一気に加速した。それと、恒弘が引き金を引くのは同時であった。
真名は、高速で迫る銃弾を軽く避けた。そしてそのまま、恒弘を無視して加藤に迫った。
<
ズドン!
「がああ!!!!」
加藤は思いっきり後方に吹き飛ばされた、そのまま部屋の壁に激突して動かなくなる。
「な?!!!」
恒弘はあっけにとられていた。そんな、恒弘に美奈津の拳が飛ぶ。
「ぐふ」
恒弘は、呻いて拳銃を取り落とした。美奈津の拳が、正確に腹に突き刺さっていた。
「終わったな…」
誰にしゃべるともなく、美奈津が言った。そんな美奈津のそばに真名が歩いてくる。
「…ふう、少し肝が冷えたな。ありがとう潤」
「え? いえ…」
潤は少し照れながら頭をかいた。いくら<術無効>でも源身を表していない、通常状態のシロウを消すことはできなかったのだ。
「でも、いったいこいつはなんだ?」
美奈津が、動かない加藤の方を見て言った。
「<術無効>とは…。そんなものを扱えるのは、明らかに我々の世界の者だ…。それに…」
「それに? なんです?」
真名のその物言いに、潤が聞き返す。…と、その時。
ドン!!!!!
「む?!!」
いきなり、事務所の窓を突き破って、巨大な何者かが入ってきた。
「妖魔?!!!」
それは、全身を革のひもでがんじがらめにされ、両腕が翼になった鬼であった。
鬼は、翼をはためかせると、加藤をその足の爪でつかんで空へと舞いあがった。
「てめえ! 逃がすか!!!」
美奈津がそう叫んで鬼を追う。そんな美奈津に向かって真名が叫んだ。
「まて! 深追いするな!!」
美奈津は、そんな真名の言葉を聞いてなかったかのように無視して、事務所の窓から外へと飛び出していった。
「く…、美奈津の奴…」
「真名さん…」
潤が心配そうに真名のそばにやってくる。真名は潤の方に向き直ると言った。
「潤、美奈津を追って、彼女を守ってやってくれ。私は、この場を片付けてからお前たちを追う」
「え…? は、はい!!」
潤は真名のその言葉にすぐに答えて、事務所の窓から外へと飛び出した。
「…」
真名は、潤を見送りながら、先ほどの加藤のことを考えていた。
(奴は…)
真名は金剛拳の一撃を加えた時に、その一瞬で、あることを加藤から感じ取っていた。
(奴は…、死人だ…)
そう、加藤からは生命の息吹が全く感じられなかった。おそらくは、死霊使い等が生み出したゾンビの類だろうと結論付けていた。ならば、先ほどの鬼は…
(ちっ…。とっとと、片づけて美奈津を追わないと…)
真名は、加藤のその背後にいる者の存在を敏感に感じ取っていた。
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事務所のあった街から離れ、森に差し掛かった時、潤はやっと美奈津に追いつくことが出来た。
「ちっ…なんでついてくるんだ人間!」
森の木々の間を駆け抜けながら美奈津が悪態をついた。
「君を一人になんてできるわけないだろ?」
潤はそう言って、美奈津の後方を走る。今、目標の鬼は、二人の30m先を飛行していた。
(しかし…。あれって…)
潤は、鬼と、それが捕まえている加藤に妙なものを感じていた。美奈津は潤にさらに悪態をつく。
「何ぼーっとしてんだ?!」
「え? いや、あの男…」
潤は鬼が捕まえている加藤を指さした。
「はん?」
美奈津は訳が分からない様子で加藤を見た。…と、その時、
鬼は、足に掴んだ加藤を、こちらに投げつけてきた。それは、空中でバラバラになり、潤と美奈津に降りかかってくる。
「く…? なんで?」
潤は、その行為に驚いていた。目の前の鬼は、加藤を救出するために来たのではないのか?
救出対象であるはずのそれをバラバラにして、こちらに投げつけてくるとは…。
「ちっ…、糞が!!!」
美奈津は、その行為に激高して、さらに加速する。
「美奈津さん!!!」
潤は、そんな美奈津に必死に追いすがる。
「美奈津さん! そいつは何かおかしい! これ以上は深追いすべきじゃないよ!」
「うるせえ!! あたしの邪魔をするな人間!!!」
美奈津は潤の言葉を無視した。美奈津は懐から符を1枚取り出す。
「急々如律令!」
<
ドン!!
激しい音とともに、美奈津の投擲した符が電光に姿を変える。そしてそれは、前を飛行する鬼に向かって飛んでいく。
「当たれ!!!」
…だが、その電光は、鬼にあっさりと避けられてしまった。
(ちっ…。結構素早い…)
美奈津は心の中で悪態をついた。美奈津はさらに3枚符を取り出す。
(次こそ当たれ!!)
「急々如律令!」
<
ドン!! ドン!! ドン!!
三つの電光が鬼に向かって飛んでいく。しかし…
「く…。また」
それらもひょいひょいと避けられてしまう。
(畜生…! まだ呪符の投擲が上手くいかねえ…!!)
そう、美奈津は呪符の投擲が苦手であった。無論、相手の鬼が鋭敏である故、当たらないということもあるが。
美奈津はすぐに、呪符で相手を撃ち落とすのをあきらめた。
(だったら…)
さらに加速して追いつけばいい。と、美奈津は考えた。空飛ぶ鬼と、潤たちは、闇夜の森を疾走していく。
そして…
「む?」
不意に、鬼が軌道を変えた。鬼は翼をはためかせて地上へと降りていく。
「はん!! 逃げるのをあきらめたか!!」
美奈津はにやりと笑ってその後を追う。潤もそれに続いた。
バサバサバサ…
激しい羽音とともに、鬼が地上に舞い降りる。そして、
「追いついたぜ!!!」「美奈津さん!!」
そのすぐ後に美奈津と潤が現れた。
「ぐるる…」
鬼は一声うなると、潤たちの方に向き直った。
「観念しろよ!!」
そう言って美奈津はこぶしを握る。その時、美奈津の肩に誰かの手が置かれた。
「美奈津さん!!」
それは潤であった。潤は、美奈津を守るかのように、美奈津の前に進み出た。
「てめえ、何のつもりだ?」
「こうなったからには。一緒に戦う…」
そう言って潤は、美奈津を見つめた。その目を見て、美奈津は心底不機嫌そうな顔になる。
「いらねえよ…。あたし一人で大丈夫だ、人間…」
「そうはいかないよ…。君は今、周りがよく見えていない」
そう言って、潤は金剛杖を構える。美奈津はそんな潤に言葉を返した。
「はん? どういう意味だよ? あたしのどこが見えていないって?」
美奈津は潤を睨み付ける。潤はそんな美奈津を諭すように言った。
「目の前の鬼はただの妖魔じゃない…」
「何?」
美奈津は鬼を見た。あれのどこが、普通の鬼じゃないと?
「よく
「え…」
美奈津は驚いた表情で鬼を見返す。
目の前の鬼が『使鬼』である、ということは…。
「おそらく僕たちは…。この『使鬼』の術者に誘い出されたんだ」
「な…!」
…そう、それなら、さっき救出すべきだった加藤をバラバラにしてよこしたのも納得できる。初めから加藤を救出する気などなかったのだ。
「それじゃ…」
「ああ…。おそらく、今ここに…こいつの主人がいる…」
そう言って、潤は金剛杖を構えなおした。と、その時、
ガサガサガサ…
鬼のいる向こう側の草むらが、音を立てて揺れた。そして、
「ご名答だ…」
そう言って、一人の男が現れた。
その年のころは、20代後半に見えるだろうか。線が細い頬の痩せこけた白髪の男だった。漆黒のローブで身を覆っているその姿は、森の幽鬼に見える。
「お前は…。お前がその鬼の、主人か…」
潤はそう言って、美奈津を庇うように前に出た。しかし、
「…」
その男は、潤を無視して美奈津を見つめている。そんな男に対し美奈津は、
「お、お前は…」
やっと、それだけの声を発した。その顔は青ざめているようであり、喜びに打ち震えているようでもあり…。
そして、美奈津は、一歩、また一歩と足を踏み出し、次の瞬間、
「がらああああああんんんんんん!!!!!!!!!!!!」
空に響くほどの、悲鳴のような声をあげた。
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収穫だ…
収穫だ…
いや、まだ早いのではないか?
まあいいじゃないか。俺の果実は彼女だけではない…
そうだ、少し実がすっぱいが食べてしまおう…
収穫だ…
収穫だ…
ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ!!!!!
-----------------------------
その時、美奈津はかつての記憶がフラッシュバックしていた。
自分を守ろうとしてくれた
「がらああああああああんんんんんん!!!!!!」
美奈津はただ加速した。憎き我乱へと向かって。
「美奈津さん!!!!!」
潤は、美奈津のその姿に悲鳴に近い声を上げた。なんとか、止めようと肩に触れる。
「邪魔をするなああああああああ!!!!!!」
美奈津は、潤の手を拳ではじくと、我乱へと向かって飛んだ。もう、潤は追いつけなかった。
「死ねええええええ!!!!!!」
<
「フ…」
激高して襲い掛かってくる美奈津を見た我乱は、慌てた様子もなく印を結んで呪を唱えた。
「バンウンタラクキリクアク…」
「! その呪文は!!」
潤は、その呪文を聞いて驚いた。それは、自分がよく防御で使う<
…だが、その呪で生まれた五芒星は、自分のものとは明らかに違った。
<
ガキン!!
その五芒星は、潤のものとは上下が逆になっていた。美奈津の拳は、その逆五芒星の盾で防がれてしまう。
「くう!!!!!!」
それでも美奈津は止まらなかった。今度は、素早く我乱の背後に回り込むと、
「ナウマクサンマンダボダナンバヤベイソワカ」
<真言術・
その瞬間、美奈津の拳の周りに風の渦が生まれた。その渦に包まれ、美奈津の拳は加速する。
「おおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
ズドン!!!
風呪で加速した拳は、我乱が防御呪を唱えるより早く、我乱の胴に突き刺さった。美奈津はさらに咆哮をあげる。
「あああああああ!!!!!!!!」
<
ズドドドドドドドドドドン!!!!!!!
霊装怪腕を含めて2対の拳が超高速で我乱に突き刺さる。我乱は木の葉のように吹き飛んだ。
「まだだ!!!! まだ!!!!!!」
美奈津は、興奮した様子で、吹き飛んだ我乱の方に向かって加速した。そのとき、
「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ…」
そう言ってにやりと笑うのを美奈津は確かに見た。
「!!!?」
<秘術・
次の瞬間、信じられないことが起きた。美奈津の霊装怪腕が、霞のごとく消えてしまったのである。いや、これは…
「な?!」
一部始終を
「く!!!!!」
美奈津は、消えてしまった霊装怪腕にかまわず、我乱を殴りつけようとした。しかし、
「それでは、俺には効かないよ? 美奈津…」
いつの間にか、立ち上がっていた我乱の手が、美奈津の拳をつかんで止めていた。そして、
「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ…」
再び不気味な呪を唱える。
<秘術・
次の瞬間、潤の目にも…、美奈津の目にすら分かるほど、我乱の霊力が巨大化した。
「な?!!!!」
「フフフ…いい顔だ…。美奈津」
そう言って、我乱は美奈津に笑いかけた。
(いけない!!!!!!!)
その時、潤は美奈津に向かって加速した。目の前のこの男はただものではない。潤ははっきりと理解していた。
「カラリンチョウカラリンソワカ…」
<
「しろう、かりん、来い!!!」
潤は、シロウとかりんを素早く召還すると。我乱に向かって飛ばした。シロウの『風のつぶて』と、かりんの『火炎燐』が我乱に襲い掛かる。
「バンウンタラクキリクアク…」
<
ガキン!
「ふむ…、邪魔をするなよ、小僧」
呪とともに現れた逆五芒星が、二人の攻撃を防いでしまう。しかし、潤は二人の攻撃が防がれるのは予想していた。潤の本当の狙いは…
「美奈津さん!!!」
我乱が、印を結ぶ為に美奈津の拳から手を離したすきに、潤は美奈津を掻っ攫った。
「人間!!! 何しやがる!!!!」
美奈津は驚いて自分を抱えている潤に叫ぶ。潤は、怒る美奈津にかまわず、我乱から離れるように森の中を走った。
「はなせ!!!!!! 我乱を!!!!! 我乱を殺す…!!!!!!!」
「ダメだ!!」
潤は問答無用とばかりにそう言った。
「フフフ…。俺から逃げるか…」
森の向こうから、そう言う我乱の声だけが響いてきた。
「放せ!!!!!!!!!」
ついに怒りを爆発させた美奈津は、霊装怪腕を出して潤を殴りつけた。
「ぐ!!!!」
潤はもんどりうってその場に倒れてしまう。
「邪魔をするな人間!!!!!」
「そうはいかないよ!!!!」
潤は殴られた腹を押さえて、呻きながら叫んだ。
「…このままだと、君は奴に殺されるかもしれない!!!!」
その言葉を聞いた、美奈津は叫ぶ。
「ああ!!! かまわねえよ!!!!! 復讐が出来ないってんなら死んだって!!!!」
「美奈津さん!!!! ダメだよそんなこと!!!」
潤はその言葉に悲鳴のような言葉を返した。その時、
「フフフ…どうした? もう逃げないのかね?」
潤たちのそばで我乱の声がした。
「!!!! がらあああああんんん!!!!」
再び美奈津が激高する。潤はこのままではまずいと思った。
(何とかしないと…何とか…。真名さん…)
そう、潤が祈るように考えた時であった。
「すまん…遅くなった…」
我乱の声がした方とは、逆方向から真名の声がした。
「真名さん!!!!」
潤は「地獄に仏」とはこのことかと思った。森の向こうから、真名が走ってくる。
「ほう…。蘆屋の
そう我乱の声が聞こえてきた。その声に、また美奈津が反応する。
「がらああんんん!!! 殺すうううううう!!!!!」
美奈津は潤の手を振りほどいて、我乱のいる方向へと走ろうとした。しかし、
「悪いが…。それをさせるわけにはいかん」
美奈津のもとにやってきた真名が、懐から出した符を美奈津に張り付ける。
「急々如律令」
<
それは、木行の気によって、土行の妖魔を短時間縛する符であった。美奈津は身動きが取れなくなる。
「逃げるぞ、潤…」
真名は、潤にそう言って促した。
「はなせ!!!!! なんで逃げるんだ!!!!! 奴が目の前にいるのに!!!!!」
「無駄だ…奴には、お前では勝てん」
真名は美奈津にきっぱりと言い切る。美奈津は叫ぶ。
「うるせえ!!! あたしは死んでも、命と引き換えにしても奴を!!!!!」
「無駄死にだ…。今の奴には…」
そう言った後、一瞬逡巡した真名は、はっきりと言い切った。
「私でも勝てない…」
「真名さん…」
潤はその言葉に驚きを隠せなかった。真名は、それ以上何も言わずに、潤を促した。
「は…はい…」
潤は美奈津を抱えて森を駆けた。真名もそれに続いた。
「はなせ!!!! 我乱!!!!!!」
夜の闇に、美奈津の悲鳴のような叫び声だけが響いていた。
-----------------------------
潤たちは森を駆けていた。我乱から逃げるために。
「はなせ!!!!」
美奈津はいまだに叫んでいた。あれからもう、10分は経っているのに。
「あ…」
不意に美奈津が暴れだした、<木行縛符>の効果が切れたのだ。
「うわ!!」
いきなりのことに、潤はその場に倒れて、美奈津をほおってしまう。
「大丈夫か? 潤」
倒れた潤に真名が手を差し伸べる。
「あ、はい…大丈夫です」
潤は真名の手を取って立ち上がった。すぐに、美奈津の方を見る。美奈津は、その場にうなだれていた。
「…なにが…」
美奈津は、怒りを押し殺すような声で言った。
「何が…あたしを弟子にする、だ…」
美奈津は怒りと涙でぐちゃぐちゃな顔を真名に向けた。
「何が、私のことを研究すれば敵討ちもしやすくなる、だ!!!」
「美奈津さん…」
潤は、叫ぶ美奈津の方に歩み寄ろうとした。しかし、それを真名が止めた。
「てめえ、我乱に何もできないじゃねえか!!!!!」
真名は黙ってその叫びを受け止める。
「逃げることしかできないじゃねえか!!!!!! 何が…!!!!!!」
美奈津はそれだけ言うと、真名に掴みかかった。
「ふざけんな!!!!!!! 結局お前も、他の師匠どもと同じかよ!!!!!!!」
真名は黙って美奈津を見つめる。
「『憎しみは何も生まない』? 『死んだ者は復讐を望んでない』? そんな綺麗ごとばっかり言ってる糞どもと一緒じゃねえか!!!!!」
潤も黙って二人のやり取りを見つめる。
「あたしは死んでもいいんだ!!!!!! あいつを殺せるなら!!!!!」
その時、不意に真名が言葉を発した。
「本当にそれでいいのか?」
美奈津はその言葉に一瞬戸惑う、しかし、
「ああ!!! 構わねえよ!!!!」
そう悲鳴のように叫んだ。
「やっぱり、あんたにはあたしのことはわからねえよ!!! 道摩府でぬくぬく育ったお姫様にはな!!!!!!!」
そう美奈津が言った時だった。真名が再び言葉を発したのは。
「同じなんだよ…」
「ああ?!!!」
何が同じだというのか。
「私の母を殺した『乱月』…。そいつが使っていた呪と…」
「え?」
美奈津は言葉が出なかった。
『母を殺した乱月』? 『そいつが使っていた呪』?
「奴の使っている呪は『
「しおんいんじゅさつどう?」
「他者の自分自身への憎しみを、自身の力へと変える、邪法の中の邪法…」
「!!!!!」
その時、美奈津は思い至った。なぜ、自分が生かされたのか。
「君だけが生き残った…。そのことを聞いたとき、私は嫌な予感を感じていた。そしてそれは当たっていたんだ。君は『奴が自分の糧にするためにわざと生かされた』のだと…」
美奈津は真名から手を離した、そして、
「それじゃ…あたしは…」
うなだれながらそう言った。
「美奈津さん…」
潤が美奈津の肩に手を置く。真名は、うなだれた美奈津に言葉をかける。
「私が『私でも勝てない』と言ったのは、君の憎しみが奴のエネルギー源になっているからだ…」
「それじゃあ…」
美奈津はその場に突っ伏して泣き始めた。
「それじゃ、あたしはどうしたらいいんだよ!!!! 憎めば憎むだけ、敵が討てなくなる?!!!!! そんなの!!!!!」
「…」
真名はしばらく、泣き崩れる美奈津を眺めた後言った。
「美奈津…。君にお願いがある…」
「?」
涙でぐちゃぐちゃの美奈津は、ゆっくりと真名を見上げた。
「私に…」
「え?」
真名ははっきりと言った。
「私に、君の家族の、仲間の、敵を討たせてくれ…」
「!!!!」
美奈津は驚いて真名を見上げる。
「お前たちは、このまま逃げろ…。奴は私が討つ…」
「で、でも…」
さっき、真名は「自分では勝てない」と…。美奈津は聞き返す。
「私は、こういう時のための修練を積んでいる。だから、私ひとりなら大丈夫だ」
「でも…なんで…」
それでも、美奈津は聞き返した。なぜ、自分の敵を、代わりに討とうなどと言うのか。
「それは…」
「それは?」
美奈津はわけもわからず聞き返した。そんな美奈津に、優し気な微笑みを浮かべて、
「私は、お前の師匠だからな…」
…そう言って真名は美奈津の頭を撫でた。
-----------------------------
「ほう…、お前は…」
真名たちが、自分から逃げ出して15分あまり。目の前に意外な人物が現れた。
「我乱…」
「ふん、もう逃げないのか? 蘆屋の夜叉姫?」
我乱はそう言って、現れた真名にやりと笑う。それに対して真名は。
「逃げる必要はない。お前は、此処で私が討つ…」
「フフフ…。それはそれは…楽しみだな」
真名は素早く印を結ぶ。
「オンソワハンバシュダサラバタラマソワハンバシュダカン」
<浄三業>
「さあ始めようか! 我乱…! いや…」
真名は不敵に笑って言った。
「
こうして、闇夜の奥、邪悪との決戦が始まった。
-----------------------------
(死怨院…。やはり俺のことに気づいたか…)
我乱は厄介だなと思った。なぜなら、自分を死怨院と知って立ち向かってくるのは、何も考えていないバカか、それとも自分に立ち向かえる何かがあるのか…。目の前の、この蘆屋の夜叉姫は、おそらく後者であろうと予想できた。
真名は懐に手を入れると、符を四枚取り出した。そして、無駄のない動きでそれを投擲する。
「急々如律令…」
<
真名が起動呪を唱えた瞬間、投擲された符は二枚ずつ一組となって、電光の帯となって飛翔した。
「バンウンタラクキリクアク…」
<
ガキン!
我乱は慌てず呪を唱えて、逆五芒星の盾でその電光の帯を防ぐ。しかし、
<
ズドン!!!
「く!」
目にもとまらぬ速さで、我乱との間合いを詰めた真名が、その拳で我乱を打った。
我乱はその衝撃に耐えながら、さらなる呪を唱えた。
「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ…」
<秘術・
…だが、それは効果を現さなかった。
「なに?!」
『死怨奉呪』
それは、対象となる術者の呪を霊力に変換して吸収する、死怨院呪殺道の秘術の一つである。その前提条件として、対象となる術者は、死怨奉呪の使い手のことを少なからず憎んでいなければならない。それは、ほんのわずかの憎しみでも構わない。死怨奉呪の使い手に敵対する心があれば機能するのである。しかし、
(く…。こいつ、こちらを攻撃していながら、俺に敵対する意識を向けていない?!)
それは恐るべきことであった。普通、戦いの最中は敵対者のことを少なからず敵視するものだが、目の前のこの娘は…。
(ちい…。こいつ、我ら向けの精神修養を積んでいるのか…。ならば…)
これでは『
こうなったら普通に戦うしかない。
(
我乱は待機させていた『使鬼』を呼んだ。鬼はその翼をはためかせながら我乱のもとに飛んできた。
「乱飛! 雷だ!」
次の瞬間、乱飛の全身が明滅して雷の帯が発生、真名へと向かう。
ドン!!!
轟音とともに雷が真名に襲い掛かる、しかし、真名は慌てた様子もなく、懐から小瓶を取り出してスナップをきかせて宙に投げた。
【金克木】
法則が成立する。雷の帯は「死気」となって立ち消えた。
再び真名の拳が加速する。
<
ズドドドドドン!!!!
「バンウンタラクキリクアク…」
<
ガキン!
我乱は真名の拳が到達する前に、なんとか呪を唱え終わっていた。金剛拳の連撃は、逆五芒星の結界で防がれてしまう。
「フ…」
我乱は後方に飛翔して、真名との間合いを取った。この目の前の娘には、近接戦闘は無謀だ。我乱は懐から六枚の符を取り出した。
「急々如律令!」
<符術・
空中に投擲された符は、バラバラに千切れ飛んで、その破片の一つ一つが金属の針となって飛んだ。
「無駄だ…」
真名は懐に手を入れると、マッチを3本取り出す。そして、火をつけ…
【火克金】
法則が成立する。マッチから放たれた火の帯が、飛翔してくる金属の針を燃やし溶かす。
…だが、それは我乱の予想通りだった。なぜなら…
バラバラ…
明後日の方向に飛んでいたために、炎の帯から逃れた一部の金属針が地面に落下する。その、金属針に向かって我乱は念を放つ。
<五行術・金行刺殺陣>
その瞬間、無数の金属針は、再び宙に舞って真名を全方位から襲った。
「く!!!!!」
ザクザクザクザク!!!!
真名は、針の一部を何とか避けた。しかし、すべてを避けきることはかなわなかった。
「フ…、まだ行くぞ」
我乱は再び地面の金属針に念を込めた。再び、金属針が飛翔する。
真名はマッチをさらに数本取り出して火をつける。そして、
【火克金】
その場で回転しながら、法則を成立させた。炎の帯が、真名をすっぽりと包みこむ。
「む?!」
周囲から殺到した金属針はすべて溶かされていた。それを見て我乱はニヤリと笑う。
「フフフ…さすがだな。蘆屋の夜叉姫…。まさかこれほどとは…」
そんな、我乱に真名が言葉を返す。
「褒めても何も出んぞ。見逃すつもりもない」
「フフ…だろうな。俺もこのままむざむざ負けるつもりはない」
我乱はそう言って剣印を結ぶ。真名はそのしぐさに警戒した。
「さあ、来い…我が『
「!!」
それは、おぞましい光景だった。地面からボコり、またボコりと、人が無数に這い出てきたのである。それらは…
「死人!!」
そう、みな生きてはいなかった。加藤と同じ「死人」だったのである。
「お前は、格闘術も五行術もかなりの使い手だ…。しかし、この数の尸鬼と乱飛に狙われて、まだ俺の呪を防御する余裕があるかな?」
尸鬼は今10体ぐらいはいるだろうか。地面からは更なる尸鬼が這い出ようとしてきている。そして、
バサバサ…
乱飛がその腕の翼をはためかせて宙に舞い上がる。これは、明らかに、
(多勢に無勢か…)
真名は素早く印を結んだ。
「カラリンチョウカラリンソワカ…」
<
「酒呑百鬼丸、来い!!」
真名の目の前の空間が裂け、人影が姿を現した。
「姫様ぁ…わたしをおよびですね?」
呼ばれて現れた人影は、少々間延びした声を真名にかける。それは、真名の『使鬼』の一人『酒呑百鬼丸』であった。
「すまん…。またお前の力を借りるぞ」
「お安い御用ですわ」
百鬼丸はおっとりした表情で微笑む。そして、腰の打刀に手をかけた。
「来るぞ!!!」
次の瞬間、尸鬼たちが、ゾンビとは思えない鋭敏な動きで駆けた。
「ちっ…」
<
ズドドドドドン!!!!
五体の尸鬼が、真名の拳を受けて綺麗に宙に舞う。そして、
「はあ!!!」
百鬼丸は、気合一閃、五体の尸鬼をその打刀で切り捨てた。
「フフフ…。まだ終わりじゃないぞ」
我乱はさらに10体の尸鬼を地面から呼び出す。
「これは…きりがないな…」
真名は我乱の方を見ていった。我乱は、自分に向けられた真名の視線を軽く受け流し、そしてさっきとは別の形の印を結んだ。
「念のために、ダメ押しをしておくか…」
そう我乱が言った時である。
「う…?」
真名がうめいてその場に跪いた。
「姫様!?」
その様子に百鬼丸が驚いて声をかけた。
「ちっ…やはり、そうか…」
「姫様、霊力が…!」
さらに五体の尸鬼を切り捨てつつ百鬼丸が真名の傍らに立つ。
「フフフ…。どうだ? 俺の秘術の味は…」
我乱は心底うれしそうに真名に笑いかける。
「<術無効>の呪か…」
…そう、今真名の周囲に展開されているのは、加藤が使った<術無効>の呪であった。
「尸鬼の目を通じて、例の事務所の時のことは見ていたからな。お前が、<術無効>の呪を受けると、身動きが取れなくなることも知っている」
それは最悪の状況であった。無数の尸鬼、鬼神・乱飛、そして<術無効>の呪。真名はそれらに囲まれて、苦しげに呻いた。
「フフフ…」
そう言って、我乱は不気味に笑った。
-----------------------------
今、潤と美奈津は街に向かって森を駆けていた。目の前に街の明かりがちらちらと見え始めている。
「美奈津さん…。疲れていませんか? 少し休みましょうか?」
「…」
潤の心配そうなその言葉に、美奈津は無言で答えた。
「なあ人間…」
無言でしばらく走っていた二人だったが、不意に美奈津が潤に話しかけてくる。
「…あいつ、母親を殺されたって…」
美奈津はそれだけを言った。潤は、
「ええ、そう聞いてます。昔、蘆屋一族と土御門の同盟の強化を望まない者が、両者の友好の象徴とも言える真名さんの命を狙ったそうです。そのとき、真名さんの暗殺は失敗しましたが、代わりに母親の
「…そうか」
真名は自分と同じ痛みを知っていた。無論、家族と仲間を皆殺しにされた自分よりは…。
(あたしは! 何を考えてる!!! 数なんて関係ないだろうに!!)
…そう、殺された人の数なんて関係ない。それではまるで、数を競っているようではないか…。
美奈津は、必死に頭を振った。そうして心の中のもやもやを振り払おうとする。
(結局私は…)
何もわかっていなかったのは、本当は自分だったのではないのか?
だから、自分は真名に、「道摩府でぬくぬく育った姫様」などと…。
「美奈津さん!!」
その時、不意に潤が足を止めた。美奈津は驚いて潤の方を見る。
「なんだよ…どうし…」
「あれは…」
美奈津の言葉を遮って潤が指をさす。
その方向には…。
-----------------------------
「く…ふ…」
真名は苦しげに呻く。普段、自分の肉体の各種機能を支えている<身体サポート>を剥がされているのだ、当然のことであるが。
「蘆屋の夜叉姫…。そう言えば、君は欠落症だったね」
我乱は楽しそうに笑いながら話しかけてくる。
「…人間として欠陥品。呪術師にもなれない。…そう言われている欠落症の患者が、よくもまあここまで成長したものだ。正直信じられんよ…」
そう、我乱が言う間にも、尸鬼たちが真名たちに向かって襲い掛かっている。
「はあ!!!」
百鬼丸は打刀でそれを切り捨てていく。
「く…姫様…」
尸鬼たちの体液を浴びながら百鬼丸は、真名の方を見る。真名の顔は、真っ青に青ざめている。
「後学のために聞くが。どうやって呪術師になった? 霊力が扱えないハズの者が、呪術師になど…」
「…うっとうしい」
「?」
その時、真名がやっと声を出した。真名は、顔を青ざめさせながらも、必死に足を支えて立ち上がった。
「ほう…」
我乱は純粋に感心した。<身体サポート>を失った欠落症患者が立ち上がるなど普通はあり得ないはずだ。
「…私は、そうしないと…。呪術師になれなかった…。だから、『なんとかした』ただそれだけだ」
その姿を見て我乱が笑いながら言う。
「『なんとか』など早々出来るモノではないだろ?」
「フン…。それは、貴様がその状況に身を置いていないからだな。そう言った状況の中でこそ見えてくるものもある…」
「見えてくるもの?」
真名は青ざめた顔でにやりと笑う。
「そうだ。この世には信じられないほどの数の『道』がある。物事を不可能だと考えている者は、ただ『道』が目に見えていないというだけだ」
真名はそうきっぱりと言い切った。
「ならば…」
「ならば?」
「ならば、貴様に見せてやろう…。見えざる『道』を照らす蘆屋の極意を…」
真名はそう言って下腹部に両手の平を当てた。
「?」
真名はこの状況で何をしようというのか? 我乱は理解できなかった。
「すーはー。すーはー…」
真名は下腹部に両手を当てながら呼吸を整えている。
「なんのつもりだ? 貴様の呪は封じられているぞ?」
「すーはー。すーはー…」
真名は我乱を無視して呼吸を整える。しばらくすると…
「?!!」
信じられないことが起こった。霊力が枯渇していたはずの真名の体に霊力が宿り始めたのである。
「なに?!!! 貴様何を?」
「フン…。私の弱点を、私がそのまま放置していたと思うか?」
「まさか!!!」
「これが、この状況を打開する一つの『道』…その名も…」
<
真名が今手を当てている場所、そこにある臓器、「子宮」それは生命を生み出す根源である。其処に流し込んだ、肉体に残るわずかな霊力を、回転させ、流転させることによって新たな霊力を得る。それがこの秘術の基本である。
「ははああああああああああ!!!!!!!」
次の瞬間、真名の全身からすさまじい霊力が吹き上がる。
「…ち…これは…」
それはまさしく『女の呪い師特有の秘術』であった。その秘術の前では<術無効>は通用しない。
「行くぞ百鬼丸!!!!」
「はい! 姫様!!!」
真名はそうして得た霊力を、百鬼丸に流し込むそして…。
「ナウマクサンマンダボダナンアギャナウエイソワカ…」
<
「はあああああああ!!!!!!!」
百鬼丸が気合一閃。
ズドオオオン!!!!!!
凄まじい衝撃とともに、真名たちの周囲が紅蓮に染まった。その紅蓮の衝撃波に尸鬼たちが巻き込まれていく。
我乱は乱飛を下がらせると。素早く印を結んだ。
「バンウンタラクキリクアク…」
<
ガキン!
我乱が紅蓮の衝撃波に巻き込まれるのと、逆五芒星が完成するのはほとんど同時であった。
「く!!!」
逆五芒星は、なんとか持ちこたえ、衝撃波を防いでくれている。しかし、
「ふ…」
いつの間にか、真名が我乱の背後にいた。
<
ズドドドドドン!!!!
「があ!!!!!」
我乱は金剛拳を受けて吹き飛ばされる、そしてそのまま紅蓮の衝撃波に巻き込まれてしまう。
「がああああああ!!!!!!!!」
我乱は激しい衝撃とともに宙を舞った。
「…ふう」
「姫様…御無事で?」
少々疲労気味の真名に、百鬼丸が声をかける。
「ああ、大丈夫だ。これで、奴が倒れてくれればいいんだが…」
それは、おそらく叶わないだろうと思えた。そして、その通り…
「フフフ…。まさか、これほど…。これほどとは…」
我乱が吹き飛ばされていった森の向こうから、声が響いてくる。
「我乱…しつこいな…」
「フフフ…こうなったら、仕方がないな…」
そう言って我乱は印を結ぶ。真名は警戒態勢に入った。
「これを見ろ…」
「?」
我乱が今起動した呪は幻術であった。空にどこかしらの風景が映し出される。
「なんだ?」
「フフフ…わからんか?」
そう言って我乱は笑う。その言葉を聞いて真名ははっとなった。
「まさか!!!」
その映像に映し出されているのは、潤と美奈津であった。
「フフフ…。私の『使鬼』がこの乱飛だけだと思っていたのか?」
そう言って、我乱は不気味に笑った。
-----------------------------
その方向には…。
「グルルル…」
それは、全身赤い毛並みの巨大な鬼であった。それが、草むらをかき分けて現れたのである。
「これは!!!」
潤はすぐに気付いた。目の前のこいつが『使鬼』であることに。
(まさか我乱の?!)
それは、その通り我乱の使鬼であった。我乱は別の使鬼を美奈津の追跡に回していたのだ。
「く…畜生!!」
美奈津はこぶしを握って、鬼に向かって加速する。しかし、
【ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ…】
<秘術・
「な?!!!!!」
それは、我乱が使った秘術であった。美奈津の霊装怪腕はすぐに立ち消えてしまう。
(まずい!! こいつは我乱の『使鬼』…だから我乱の呪も行使できるんだ!!)
…と、不意に別の方向からも鬼が一体現れた。そいつの腕は両方とも巨大な剣になっている。そして、その鬼はその剣を美奈津に向けて…。
「危ない、美奈津さん!!!!」
「え?」
ドシュ!!!!
鬼の腕の剣が、腕から離れて宙に飛んだ。それはまっすぐ美奈津に向かって飛んでいく。防御呪は間に合わなかった。
ドス!!!
「が!!!!」
それは、深々と突き刺さった…潤の体に。潤は美奈津をかばって剣を受けてしまったのだ。
「人間!!!」
美奈津は悲鳴を上げる。潤の体からとめどなく血が吹き出てくる。
「くそ!!!」
美奈津は潤の傷を手で押さえながら叫んだ。そんな美奈津をあざ笑うかのように、地面からボコリボコリと尸鬼が現れる。
美奈津たちは完全に敵に囲まれてしまっていた。
-----------------------------
真名は素早く呪を唱え、潤達の安否を確認する。すると、はっきり理解することが出来た。
その光景は幻覚ではない、現実に起こっていることであることを。
「貴様!!」
真名は我乱を睨み付けた。我乱はその表情を見てケタケタ笑う。
「そうだ! お前のその表情を見たかったんだ!」
「く…」
真名はその言葉を聞いて、乱れ始めた精神を何とか鎮めようとする。
「急々如律令!」
<符術・
我乱が符を4枚投擲、それが無数の針になって飛ぶ。
真名はマッチを2本取り出すと火をつけ…
【火克金】
なんとかそれを防いだ。しかし、
<五行術・金行刺殺陣>
地面にばらばらに散った針が再び宙に舞い真名を襲う。
ザクザクザクザク!!!!
「が!!!」
真名は完全に精神を乱されていた。呪に対する対応を失念していた。
「姫様!!」
百鬼丸が真名に向かって叫ぶ。真名は苦しげに呻いた。
(く…いかん…。落ち着け…)
「はははは!!! どうした? あの二人が殺されそうになっているところを見て心を乱されたか」
真名は全身の痛みを無視して、我乱に向かって加速した。
<
「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ…」
<秘術・
その呪は今度こそ効果を発揮した。金剛拳の霊力は我乱に吸収され、呪が立ち消えてしまう。
我乱はいずこかより逆五芒星の描かれた木製の両刃の剣を取り出した。そして、
ザク!!!
それを、横凪に一閃したのである。真名の体から血しぶきが飛ぶ。
「くあ!!!」
真名は後方に飛んで間合いを取る。すると、
<五行術・
地面に散らばっていた金属の針から水行の霊力が立ち上り呪が発動する。
突如、地面から巨大な蛇が鎌首をもたげ現れ、その長い胴で真名を取り囲む、そしてその身体のいたるところから緑の煙を吹き出し始めた。
「毒か!」
真名は素早く口を追押さえる、しかし一息遅く少し毒を吸ってしまう。
(あ…かは…)
真名は吐き気を感じてその場に膝をつく。それを我乱は楽しげな表情で眺めている。
「さて、もうそろそろ終わりにしようか? 三人仲良く死んでいけ…」
…と、その時。
ザシュ!!!
百鬼丸が真名を囲む毒龍を切り捨てた。
「姫様! 信じるのよ!!!」
「…」
真名は苦し気に百鬼丸を見る。
「あの二人は負けないわ! あなたの弟子なんだから!!」
真名はその言葉を聞いて、なんとか立ち上がる。
(そうだ…。私は何を考えていた…。師匠の私が、二人を信じなくてどうする…)
そうして再び印を結ぶ。
「オンソワハンバシュダサラバタラマソワハンバシュダカン」
<浄三業>
(まだまだ…私は未熟ということか…)
そう考えながら我乱を見た。
そして…。
-----------------------------
「なんで! なんで?!」
美奈津は理解できなかった。潤が自分をかばって剣の一撃を受けたことが。
「人間! なんで?!」
潤は口から血を吐きながら答える。
「…僕は、一応、君の兄弟子だからね…」
そんな事…。自分はこれっぽっちも、彼のことを兄弟子だと思っていなかった。それどころか、憎い人間の一人として接していたつもりだった。しかし彼は、
「…それに、君を助けるのに…理由なんて必要ない」
そうきっぱり言い切った。
(くそ!!! なんだよ!!! なんなんだよ!!!!)
敵に囲まれ、絶望的な状況で、美奈津は潤を膝に抱きながら涙を流した。
(…あたしは…。あたしは…)
…本当は、美奈津もわかっていたのだ。人間のすべてが憎むべき存在でないことを。でも、我乱への憎しみが、その心を曇らせていた。
かつて、真名は言っていた。
「その憎しみが、お前の視野を狭めている」
それは確かにその通りだったのだ。
その時、潤が呻きながら体を起こそうとした。
「人間! ダメだ! 傷が!!!」
「大丈夫…。僕は使鬼使いだから。動かなくても戦える…」
そう言って印を結んだ。
「カラリンチョウカラリンソワカ…」
<
「しろう、かりん、来い…」
【主!!!】【お兄ちゃん!!!】
シロウとかりんが心配そうな顔で現れる。
「シロウ…申し訳ないけど、僕を担いで。かりんは鬼たちの迎撃を…」
そう言うと、潤はシロウの背に身を預けた。
「…あたしも…戦う…」
「…君はできるなら、このまま逃げてくれた方が」
「そうはいかねえ…。お前をこのまま残していくわけにはいかねえ!!」
美奈津はそう言って、潤を見つめた。潤は少し考えてから頷いた。
「それじゃあ…一緒に戦おう…」
「ああ!!!」
美奈津は決意のこもった目で周囲の鬼たちを睨み付けた。
「いくぜ!!」
美奈津は霊装怪腕を起動、拳を握ると尸鬼のもとへと加速した。
<
ズドドドン!!!!!!!
3体の尸鬼が綺麗に吹き飛ぶ。さらに、
<
ズドドドン!!!!!!!
加速した美奈津はさらに3体の尸鬼を吹き飛ばす。そして、
【
かりんの腕から炎が渦巻き現れ、それ以外の尸鬼を焼き尽くしていく。
ふと、それを眺めていた。一体目の鬼が動いた。
「がああああ!!!!」
その口から炎がほとばしり出る。
「ちい!!!」
美奈津たちはなんとかそれを回避した。しかし、もう一体目の腕が剣になっている鬼が、一気に駆けて美奈津に迫る。
「この!!!!」
美奈津は地面に手をついて飛翔、なんとかその一撃を防いだ。
(あの無数のゾンビはなんとか倒せた…。でも、あの二体の鬼はどうすれば…)
潤はシロウに抱えられながら考えていた。尸鬼どもはともかく、あの二体の鬼には「死怨院呪殺道」の秘術がある。少なくとも、それを超えるほどの呪で倒さねばならないのだ。
「がああ!!!!」
腕が剣になった鬼が何度も、美奈津に切り付ける。それを美奈津は綺麗に避けていく。しかし、避けるだけで攻撃できなければじり貧である。
(畜生どうすれば…。どうすればいい?)
そう考えているうちにも、美奈津は鬼に追い詰められていく。
(くそ…。あたしはここで死ぬのか? こんなところで…)
その時、再び真名の言葉を思い出した。
「本当にそれでいいのか?」
(…)
確かに、あの時は死んでもいいと考えていた。奴を我乱を殺せるならと…でも…。
(バカな話だ…。あたしは今、人間を心配してる…あれだけ憎んでいたはずの…)
自分が死んだら…、残った潤達はどうなるのか…
(本当にバカだな…。蔵木…)
自分を守ろうとして死んだ蔵木の顔を思い出す。今の自分なら、その思いが分かるような気がした。
その時、
「美奈津さん! こっちだ!!」
潤が何やら叫んでいる。
「?」
「美奈津さん、援護するから、そいつを何とか振り切ってこっちへ来るんだ!」
と、その時、鬼の背後から火炎燐が飛んでくる。
【ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ…】
<秘術・
そう鬼が唱えると火炎燐は立ち消えてしまう。しかし、その呪文詠唱が大きな隙になった。
「なんだ? どうしたんだ?」
潤のもとへとやってきた美奈津は、潤に言葉を促した。
「思いついたんだ…。奴らを倒せる、今できるたった一つの方法」
「本当か?!」
「それは…」
潤は美奈津に耳打ちした。それを聞いて美奈津は。
「…な? そんなこと…」
「できない?」
潤の心配そうなその言葉に、美奈津は潤の顔を見て少し考える。そして…
「やってやろうじゃねえか!!」
決意のこもった表情でそう答えた。
-----------------------------
そして…。
「はああああ!!!!」
真名は一気に加速した。我乱は慌てず印を結ぶ。
「ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ…」
<秘術・
しかし、その呪は効果を現さなかった。
「バカな!! 貴様また?!」
真名には再び死怨奉呪が効かなくなっていた。今度こそ我乱は慌てて乱飛に命令する。
「乱飛! 私を守れ!!!」
「そうはいきませんわ!!」
我乱を守ろうと飛び立つ乱飛に、百鬼丸が向かう。
「はあ!!!」
ザシュ!!
百鬼丸は気合一閃、乱飛のその翼を切り落とした。
「な?!」
「覚悟!!」
<
ズドン!!
気合を込めた金剛拳の一撃が我乱に突き刺さる。そして、
「ふん!!!!!!」
真名はそのまま我乱を上空にぶっ飛ばした。
「これで決める!!!!!」
真名は素早く印を結ぶ。
「ナウマクサマンダボダナンアビラウンケン…」
<
次の瞬間、真名の体が輝きだした。
-----------------------------
「それじゃあ行くよ?」
潤がそう美奈津に声をかける。美奈津は少し緊張した表情で答える。
「ああ、やってくれ!!」
その言葉を聞いた潤は、意識を集中して、美奈津の背に触れた。
<使鬼の目>
次の瞬間、潤と美奈津の間に呪の
「受け取れ! 僕の全霊力!!!」
そして、そのまま潤は自身の霊力のすべてを美奈津に注ぎ込んだ、美奈津はそれを体内で自身の霊力と掛け合わせ練り上げる。
「おおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!」
そして、次の瞬間、信じられないほど巨大な霊力が美奈津から発せられる。
「これなら!!!!」
美奈津は一気に加速した。
<
【ナウマクサンマンダボダナンアギャナテイソワカ…】
<秘術・
鬼も秘術で対抗する。しかし、金剛拳の霊力があまりに巨大であったために、完全に吸収できなかった。
ズドン! ズドン!
美奈津は二体の鬼を金剛拳で上空に吹き飛ばした。
その時、美奈津と真名の動きがシンクロする。
-----------------------------
「「はあああああああああ!!!!!!!」」
真名と美奈津は気合の声を上げる。そして、足を踏みしめ、上空にいる敵に向かって飛翔した。
「「金剛拳!!!!」」
次の瞬間、真名の、そして美奈津の体から霊力の帯が噴き出す。それは、2対の霊装怪腕。
「「サンゲサンゲ…六根清浄!!」」
2対の霊装怪腕と、1対の腕が、超高速で敵に連続で突き刺さる。
「「サンゲサンゲ…六根清浄!! サンゲサンゲ…六根清浄!! サンゲサンゲ…六根清浄!!」」
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドン!!!!!!!!!
さらに、超高速の連撃が我乱に、そしてその使鬼に突き刺さっていく。
「「サンゲサンゲ…六根清浄!! サンゲサンゲ…六根清浄!! サンゲサンゲ…六根清浄!!」」
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドン!!!!!!!!!
20発…40発…
「「サンゲサンゲ…六根清浄!! サンゲサンゲ…六根清浄!! サンゲサンゲ…六根清浄!!」」
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドン!!!!!!!!!
60発…
「「サンゲサンゲ…六根清浄!! サンゲサンゲ…六根清浄!! サンゲサンゲ…六根清浄!!」」
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドン!!!!!!!!!
80発…
「「サンゲサンゲ…六根清浄!! サンゲサンゲ…六根清浄!! サンゲサンゲ…六根清浄!!」」
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドン!!!!!!!!!
そして、100発…
「ががっがあががっががががががががががががががっががががががが!!!!!!!!!!!」
我乱は、そしてその使鬼は、空中でズタボロになり、木の葉のように舞い続ける。
そして、
「「サンゲサンゲ…六根清浄!!」」
ズドドドドドドドン!!!!
さらに7つの連撃を与えた真名と美奈津は、そのまま地上に着地する。その上に、我乱たちがズタボロになって落ちてくる。
「「聖 根 注 入 ! ! ! ! !」」
おおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!
二人は、その身に残ったすべての霊力を拳に送り込んだ。そして、
<<
ズドン!!!!!!!!!!!
108回目の最後の一撃を敵に見舞ったのである。
「ぐげははあっはははははあはあはあああああ!!!!!!!」
我乱は血反吐を吐いて宙に舞った。そのまま意識を喪失する。
かくして、闇夜の決戦は幕を下ろしたのである。
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我乱との戦いから10日が経った。今、真名たちは播磨土蜘蛛一族の、墓所の美奈津の家族の墓の前にいた。
あの後、我乱は蘆屋一族の回収班に回収された。彼はこれから、仲間に関する尋問を受けたのち、処刑される予定であった。彼が今までやってきたことを思えば、処刑は当然の報いであった。
「父上…母上…蔵木…。敵はとったぞ…」
美奈津はそう言って墓に手を合わせる。
「まあ、あたしがとったわけじゃないが…」
そう言って美奈津は、自嘲気味に笑った。
「…これで、あたしも…もう…」
そう言った時だった、真名が美奈津の肩に手を置く。
「これで、じゃないぞ…。これからだ…。これからお前は、新しい道を歩むんだ…」
それを聞いた美奈津は、真名と潤の方に向き直る。
「ああ…そうだな。これからだ! あたしはこれから、師匠や潤のような呪術師になるんだ!」
そう言って美奈津は、太陽のような笑顔で笑った。
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「なに? 我乱が?」
闇の奥深く、乱月がそう言って驚いた表情を浮かべた。
「ああ、蘆屋一族に捕まって、処刑されたようだ…」
「そうか…」
乱月は無表情でそう答える。
「一応お前の弟子だったのだろう?」
「ああ、出来の悪い弟子だったが…」
そう言って乱月はにやりと笑う。
「で…、どうするんだ?」
「どうするとは?」
乱月は心底思いいたらない様子で言った。
「報復はしないのか?」
「ははははは!!!!!!」
乱月はいきなり笑い出した。会話の相手は、それをぎょっとした目で見ている。
「それは! 思い至らなかったな!!! そうか、報復か!」
「…」
乱月はひとしきり笑うと言った。
「ならば『アレ』を動かしてみるかな…」
闇の奥、いまだ邪悪は消えることなく存在していた。
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