第7話 世界魔法結社(アカデミー)
「それで
携帯電話を片手に道禅がそう言った。携帯電話の向こうで土御門永昌が答える。
「すでに特務が動いていると言われましたよ。いったいどこで情報を得たのかは知りませんが」
「その特務とかいうのに奴を、レスターを引き渡せばいいのか?」
「ええ…それで問題ないはずです」
「問題ないはずねぇ…」
道禅は渋い顔になって言った。
「なんか嫌な予感がすんだよね」
「やはり…ですか…」
永昌もそう言った。
「特務は、
十分気を付けた方がいいでしょうね」
その言葉を聞いて、道禅はさらに渋い顔になった。
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中国自動車道の北、深山の中腹にその三人はいた。
「なあおい。こんな辺境の山奥で死ぬとは、シルヴィアの奴も耄碌したもんだな。
まあ妖魔らしい死に方といえばらしいがな。なあおい」
三人の中で一番若そうな一人が、残りの二人に偉そうに言った。
「ふう…一応彼女も昔は我々の仲間だったのですが。
あなたの妖魔嫌いも相当なものですね、ウルズ」
ウルズと呼ばれた若い男は、心底嫌な顔をして言った。
「あいつら
反吐が出るぜ。」
ウルズにイサと呼ばれた男は「はいはい」とあきれ顔で答えた。そして、もう一人の男に向き直る。
「それでソウェイルこれからどうしますか。ここでの調査は大体終わりましたが」
ソウェイルと呼ばれた最後の男。三人の中で最も体格がよく、口髭を生やした初老の一人。は二人に向かって言った。
「これから、レスターを回収するために、この地でレスター達と戦った組織に接触する」
「たしか、蘆屋一族とかいう日本の妖魔の組織と聞きましたが」
それを聞いてウルズが「ケッ」と吐き捨てる。ソウェイルはそれを気にせず続ける。
「正確には日本の妖魔を庇護する人間の組織だ。蘆屋は結構な歴史を持つ魔法使いの家系なのだ」
ウルズが言う。
「そんなのどっちでもいいぜ。なあおい。とっととレスター回収して帰ろうぜソウェイル」
イサが口を挟む。
「そんなこと言っても、その組織の本部の場所がわからなくてはどうしようもないでしょう?」
「それなら問題ない」
とソウェイルは言う。
「どうやら、向こうから接触してきたようだ」
そう言ってソウェイルは南の方を向いた。その先に現れたものがいた。
「あなた方は、
そう言って現れたのは。黒ずくめの少女・蘆屋真名であった。
「ああその通りだが。君は?」
「私は、播磨法師陰陽師衆・蘆屋一族所属の陰陽法師、蘆屋真名と申します。
「それはどうも。我々も今からそちらに伺おうと思っていたのだ
助かる…」
「それではご案内いたしますので、ついてきてください。
この先のサービスエリアに車を用意してあります」
「わかった…」
ソウェイルはそう言って残りの二人を促した。
イサはともかくウルズは最後までぶつぶつ言っていたが、二人ともソウェイルに従って真名についていくことにした。
(ケッ…。見せてもらおうか。
ウルズはそうひとりごちて、にやりと笑った。
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加西サービスエリアまで下りた一行は、そこから車で佐用へと向かった。
その途中の旅路で、イサが真名に話しかけてくる。
「なるほど、それでは、レスターを倒したのはそちらのお嬢さんだったのですね」
「ええ、なかなか面白い魔法を使ってきましたが…」
「なるほど、あの『同一存在』を見てなお勝利したと。ほほう…」
イサは興味深そうに真名を見た。それを見てウルズは「ケッ」と吐き捨てると言った。
「あんなもん。みんな速攻で殺せばいいだけの術じゃねえか」
「まあ、あなたならできるでしょうけどね…」
イサはそう言って苦笑いした。
車は、佐用に入り、さらに山奥へと入っていく。そして、道摩府へと続く小さなトンネルへと差し掛かった。
「ここから先が、我々の領域、道摩府になります」
車の運転手である獅道さんがそう答える。ウルズはそれを聞くと目が細く鋭くなった。
車はさらにトンネルを抜けて、道摩府の鎮守の森へと入っていく。
「ほう…これは」
イサが驚いた声を上げた。
「もしかしてあれが、妖魔族の隠れ里ですか?」
「はいそうです。一応人間も住んでいますが」
獅道がそう付け加える。
車はさらに、防街門をこえて市街地へと入っていく。
「ほう…これは、まるで人間の街ですね」
それを聞いてウルズが「チッ」と舌打ちする。イサはそれを気にした様子もなく続ける。
「なんと近代的な街でしょうか…。東京にも負けていませんよ」
イサは観光客のように周りをきょろきょろと見た。
さらに、車は蘆屋一族本部の屋敷へと向かう。車は本部屋敷の門の前に止まった。
「ここが、蘆屋一族宗家の屋敷にございます。みなさまお疲れさまでした」
そう言って、獅道は車の扉を開ける。イサたち三人と、真名は車を降りた。
「ここに、レスターがいるのですね」
そうイサが真名に聞く。真名はすぐに答えた。
「はい、魔法を封印して閉じ込めております」
「そうですか」
「では…道禅様がお待ちですので…こちらに」
そう言って真名は、三人を促した。三人は言われるままに真名についていった。
そして、八天の間。そこに蘆屋道禅はいた。
「道禅様。
「そうか入れ」
そう言うが早いが、突然ウルズが襖を勝手に開いて、ずかずかと入っていく。
「ウルズ!」
イサがそう言って止めようとするが、全く聞く耳持たずといった感じであった。
「なあおい。お前が日本の妖魔どもの親玉か?」
「いや、親玉とかそんな偉いもんじゃないよ」
「まあ、どっちでもいいや。それで?
レスターはどこにいるんだ? なあおい」
「今から、こちらに連れてくる予定だが…」
「どっちにしろ。ここにいるんだな? なあおい」
「ああそうだ」
ウルズは、ソウェイルとイサの方に向き直って言った。
「なあおい。もう茶番はいいだろう?
ぶっちゃけ、俺もう我慢できないんだわ。この妖魔臭い所はよ」
「ウルズ…私としてはレスターを確認してから。…と思っていたのですが。
ほんとせっかちですね」
その二人の会話を聞いて、道禅の目が細くなる。
「それはどういったことですかなお客人?」
その言葉にウルズがケタケタ笑いながら返す。
「もう観光ごっこは終わりってことだ。なあおい。レスターを回収して…
この蘆屋一族とかいうやつもつぶさせてもらうぞ」
その言葉を聞いて真名が立ち上がる。
「何を! 我々は
「しらねえよそんなの。こっちは
それを聞いて道禅が笑った。
「ははは…。確かに俺たちは辺境の妖魔組織…。
とても分かりやすい理由だな」
ウルズは笑っている道禅を見て、ニヤリと不気味に笑う。
「なあおい。余裕ぶっこいてるのも今のうちだぞコラ。
俺たち三人は
それを聞いて、真名は真剣な表情で身構えた。
道摩府、それも蘆屋本部内で前代未聞の戦いが始まろうとしていた。
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「いやあ…
困ったもんだ…」
道禅はそう言って苦笑いする。イサはそれに返す。
「勘違いしないで下さいよ。我々は別にいつもこんなことをしているわけではありません。
いつも我々の友好の門は開いています。…もしあなた方が、
「要するに、潰れるか、自分達の傘下に入るか、選択しろということか」
道禅は心底呆れた顔で首を振った。
「悪いがどっちもNOだな。こっちにはこっちのやり方や立ち位置があるんでね、
「そうだぜ! それでいいんだ、なあおい!
これで心置きなく潰せるってもんだ!」
ウルズが嬉しそうに手を叩いて言った。それを見て道禅はにやりと笑う。
「さて…そううまくいきますかね?」
そう言ってパチンと指を鳴らした。その瞬間。
「!!」
突然足元から樹木の蔓が伸びて三人を絡めとろうとした。
「く!」
三人のうち二人は見事にからめとられ。そのまま地面へと吸い込まれていく。
その場に残ったのは、蔓の攻撃を避けたウルズ一人であった。
「は! 何のつもりだ? なあおい。
この程度で俺を絡めとろうなんて無駄だぜ」
「ほう…これは驚いた。今のを避けるとは」
道禅は心底感心した様子でウルズを見つめる。
「抵抗した以上、潰されても文句言えねえよな。なあおい」
「抵抗しなくても潰すんだろ?
それより、二人の心配はしなくていいのか?」
「はは…。あの二人は何があってもやられねえよ。なあおい。
心配なんて必要ねえな」
そう言ってウルズは空に手を掲げた。
「武装召喚! きやがれファング!」
その瞬間、ウルズの両手にそれぞれ一本ずつ、獣の牙のような形をした短剣が現れる。
「さあ! 行くぜ妖魔どもの親玉!
俺の牙で切り裂いてやるぜ。なあおい」
そう言ってウルズは武器を構えるが、それを遮るものがいた。
「そうはいかんぞ。貴様!」
それは真名であった。
「ふん…小娘が先に死にたいかよ! なあおい」
…と、不意にウルズの姿がかき消えた。
「何?!」
次の瞬間、真名の体から血しぶきが飛ぶ。
「が!! 速い?!」
そう、ウルズは目にも止まらない速さで、真名との間合いを詰めて、ファングで切り裂いたのである。
「はは! 俺は特務の中でも最高速のスピードを持つんだよ。
驚いたか? なあおい!」
「く…」
「今のは、挨拶代わりだ、次は確実に喉を切り裂くぜ!」
そう言ったが早いか、再びウルズの姿がかき消える。
(ならば!)
真名はすでに呪物を用意していた。それはある術の触媒であった。
<
その瞬間、真名もまたその場からかき消えていた。
ズドン!
超高速の攻防ののち、真名の拳がウルズの腹に突き刺さる。
「が!! なんだと!!!」
ウルズはたまらず後方に吹き飛ばされる。
「ばかな? 俺と同じスピードだと…」
ウルズは腹を抑えながらそう呻く。
「まあ…お前のスピードについていく方法はこっちも持ってるということだ」
そう言って真名はにやりと笑う。
『かさね』
それは、蘆屋一族の八つの秘術のうちの一つである。
相手と魂の波長を合わせることによって、相手の戦闘速度と同じ戦闘速度を獲得する術である。
それを使用するには、特別な触媒が必要であるため、そうほいほい使えないのが欠点だが、どんなスピードの敵とも互角に渡り合うことが出来る。
無論、一対一の時しか使用することはできない。
その時、どこからか話しかけてくるものがいた。
「すみません。お待たせしました」
いつの間にか、犬の仮面をかぶった女がウルズの後ろに立っていた。
(ばかな! この俺が気付かなかっただと?!)
驚き顔のウルズをほおっておいて真名が叫ぶ。
「瞬那!」
「はい姫様…。あとは私にお任せください」
そう、その女は蘆屋八大魔王の一人『狗神王代理・瞬那』であった。
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樹木の蔓に絡みとられ地中に消えた二人は、それぞれ鎮守の森の別のところにいた。
イサがふと呟く。
「なるほど…。貴方が私の相手ということですか」
イサの前には一人の男が立っていた。
「一応名乗っておこうかな? 俺様の名前は蘆屋八大魔王『狒々王・笑絃』だ」
イサの目の前の男はそう名乗ってにやりと笑った。
「では…ソウェイルの方には…」
「ああそっちなら…。うちらの筆頭が向かってるぜ」
「なるほど…それは手厚い歓迎ですね」
イサはそう言ってフフフと笑う。
そのころソウェイルは。
「…お前は…」
ソウェイルは、目の前に現れた龍頭の男に声をかける。それに対して、
「私は『毒水悪左衛門』と申します。
とりあえず、『蘆屋一族八大天』の筆頭を務めております。
よろしくお願いしますね。ソウェイル殿…」
ソウェイルの目の前の者はそう名乗ったのである。
此処、道摩府に、八人の魔王のうち三人が集結していた。
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「私は、蘆屋一族八大天の一人、瞬那でございます」
そう言って瞬那は律儀にウルズに会釈した。
「はちだいてん? …この感じ、妖魔族か…」
「はい、半分だけですが」
「半分?」
そう言ってウルズは驚いた表情になる。
(こいつ…妖魔族と人間のハーフか…)
そう考えてから、ウルズはチッと舌打ちする。
「そんなことは関係ねえ…。
まさかてめえが、この小娘の代わりに相手になるとか言うんじゃないだろうな?」
なあおい」
「はい、その通りです」
瞬那はきっぱりと言い切った。その言葉にウルズは顔を険しくする。
「は! てめえごときが、この俺のスピードについてこれるかよ。なあおい」
「さあ、どうでしょう…」
そう言って瞬那はにこりと笑う。ウルズの表情はさらに険しくなった。
「だったら、思い知らせてやるぜ。なあおい」
次の瞬間、真名たちの前からウルズがかき消えた。
ガキン!
「!!」
不意に、消えていたウルズが姿を現す。その表情は驚きに満ちていた。
(こいつ…今の攻撃を、腰の刀で打ち払いやがった)
いつの間にか、瞬那は腰の刀を抜いていた。瞬那がいつ刀を抜いたのか真名には全く見えなかった。
「さて…、あなたの攻撃はそれだけですか?」
「くっ!!」
そう言われて、再びウルズは加速する。
ウルズは、目にもとまらぬ速さで瞬那の背後に回り込むと、両手の刃を振り下ろした。
だが、その瞬間にはもはや、そこに瞬那はいなかった。
「!?」
驚いたのもつかの間、ウルズは背後に気配を感じて振り返った。いつの間にか、そこに瞬那は立っていた。
「閃光と化せ我が太刀筋…」
瞬那が手にした刀を構える。そして。
シュパパパパパパパパパ…
次の瞬間、無数の閃光が瞬那の前方、ウルズに向かって走った。
「うがあああ!!!!」
ウルズはその閃光を全身に受けて吹き飛ばされる。
「安心してください。我が刀『
あなたが死なないように、こちらで斬撃数を調整します」
吹き飛ばされた先で、ウルズは呻きながら立ち上がる。
「てめえ…俺をなめてんじゃねえぞ。なあおい!
何が、俺が死なないように、だ!!」
ウルズは全身に力を込めた。さらに加速するための準備である。
「行くぜ!」
そう言うが早いか、ウルズは再び加速した。超高速で瞬那との間合いを詰め、両手の刃を振り下ろす。
しかし、そこにもまた瞬那はすでにいなかった。ウルズの背後に再び気配がする。
シュパパパパパパパパパ…
再び無数の閃光がウルズに向かって走る。しかし
「なめるな!」
ウルズはさらに加速すると、その閃光を回避したのである。
背後に向かって刃を一閃、瞬那の体から血しぶきが飛んだ。
「く…」
「はは! まだだぜ!」
ウルズはさらに刃を一閃する。
ガキン!
今度は瞬那の刀によって打ち払われてしまう。だが、それだけで終わるウルズではなかった。
「刻め! ファング!!」
光の刃がウルズの手にした刃から無数に飛んだ。
その光の刃は、瞬那の体に到達すると、その身を縦横無尽に切り刻んだ。
「あああ!!!!」
瞬那はたまらず吹き飛ばされる。ウルズは、さらに加速して追撃にかかる。
「これで終わりだぜ!」
床に倒れている瞬那に向かって、ウルズは両手の刃を容赦なく振り下ろした。
…だが、そこに倒れているはずの瞬那が、忽然とウルズの前からかき消えた。
「なに?!」
再び、ウルズの背後から気配がする。
「さすがですね…。こちらも本気でいかなければなりませんか」
瞬那のその言葉に、ウルズはチッと舌打ちすると自身の背後に刃をふるう。しかし、そこにはもう瞬那はいなかった。
瞬那はウルズの真横に現れていた。そして、刀の柄でウルズの腹を打ち据える。
「うぐ…」
ウルズはたまらず腹をおさえて呻いた。その瞬間、再び無数の閃光が瞬那より放たれる。
「くお!!!!」
ウルズは無数の閃光に包まれながら吹き飛んだ。
「まだです…」
瞬那はそう言うと、その場からかき消える。
そして、吹き飛ばされて倒れているウルズのそばに現れ再び刀を振るう。
無数の閃光が再びウルズを包み込む。
「ぐうう!」
ウルズは身を固めてそれを受ける。なんとか足で踏ん張って耐えた。
だが、瞬那の攻撃はそれで終わりではなかった。
再び瞬那は、ウルズの前からかき消える。危険を察知したウルズは、全身に力を込めて加速、回避行動をとった。
しかし、ウルズは瞬那を振り切ることが出来なかった。
(ちくしょう!)
ウルズが心の中で悪態をついていると、瞬那の刀が三度閃いた。
無数の閃光がウルズを包み込む。その閃光が、ウルズの全身を切り刻んだ。
「があああああ!!!!」
ウルズは血反吐を吐きながら吹き飛ばされた。
(ちくしょう! この俺が奴のスピードに追い付けないだと?
ウルズは床を自身の血反吐で濡らしながらそう考えた。
「さて、あなたのスピードはこれで打ち止めですか?
それなら、私にはもはや追いつけないことになりますが」
瞬那は、刀を構えたまま、ウルズにそう問いかける。ウルズは怒りに顔をゆがめながら立ち上がる。
「わかったよ…。なあおい。
こうなったら、俺の嫌いな『本当の姿』を見せなきゃならねえよな…」
ウルズは再び全身に力を籠める、そして今度は肉体の内側に潜んでいる力を開放するために吠えた。
「おおおおおおお!!!!!!」
次の瞬間、ウルズの全身に大きな変化が起こる。全身から剛毛が生え始め、牙や爪が凶悪に伸びていった。
「ほほう…。ワーウルフですか…」
そう、瞬那が言うと。
「ハーフだがな…」
そうウルズは忌々しげに答えた。
「本当はこんな姿見せたくなかったんだがな…。なあおい」
「それはなぜです?」
「フン…昔から、妖魔族とのハーフということでいろいろ排斥されてきたのさ」
「なるほど…だから妖魔族は嫌いだと?」
「当然だろうが! なあおい。だから、今回も喜んでこの任務を受けたんだ」
「逆恨みですか…」
その言葉を聞いて、ウルズはチッと舌打ちする。
「逆恨みだろうが関係ねえ。お前らは潰すぜ。なあおい!」
ウルズはそう言って、全身に力を込めて加速した。
「!?」
瞬那にはその動きが見えなかった。あまりのスピードに感覚が追いついていかなかった。
「そらよ!!」
次の瞬間、瞬那の体から血しぶきが飛ぶ。ウルズがその刃で瞬那を切り裂いたのである。
でも、ウルズはそれだけでは止まらない。
「そら! そら!」
ウルズの刃が二閃する。さらに瞬那の身に刃の傷がついた。
「く…速い…」
「はは! どうした?! お前のスピードはそこまでか? なあおい!」
瞬那は脚に力を込めて加速する。そして、ウルズの攻撃を回避しようとする。
しかし、ウルズの超加速による攻撃を避けきることが出来なかった。
「そら! そら! そら! そら!」
四つの刃の光線が瞬那に襲い掛かる。瞬那は刀で何とか受けるが、そのまま吹き飛ばされてしまう。
「フン!」
その瞬間、ウルズが瞬那の前からかき消えた。そして、いつの間にか瞬那の背後に立っていた。
ザク!
ウルズの刃が、瞬那の胴に深々と突き刺さった。
「が…は…」
瞬那は血を吐いた。そしてその場に膝をついてしまう。
「てめえには…恨みはねえ。同じ妖魔ハーフだしな…。
だから、殺すのはやめにしといてやるぜ。なあおい」
「…く…う」
瞬那は呻きながらも、なんとか立ち上がろうとする。
「やめとけよ…。もういいだろう? お前じゃ俺には勝てねえんだよ。なあおい」
瞬那はそれでも立ち上がって刀を構える。
「申し訳ありませんが、私は仲間たちのためにも。負けるわけにはいかないのですよ」
「仲間? 妖魔どもが仲間かよ?
あんな連中ほおておけばいいだろう」
「…あなたは、本当に仲間運が悪かったんですね」
「仲間運が悪かった?」
ウルズがそう答えると、瞬那はにこりと笑って言った。
「確かに、私もハーフということで、いろいろ排斥された記憶があります。
でも、妖魔の中には私を認めてくれる者もたくさんいました」
「……」
「妖魔と言っても、結局人間と同じなんですよ、いい人もいれば悪い人もいる…。
そんなこと、本当は貴方もわかってるんじゃないですか?」
「…チッ」
瞬那の、その心を見透かすような言葉にウルズは舌打ちした。
「…俺は妖魔が嫌いだ。妖魔の血を引く俺の半身が嫌いだ。それだけだぜ、なあおい」
「…私は好きです」
「何?」
瞬那のその言葉にウルズは驚いた顔を向けた。
「人間も妖魔も…。私という存在を生んでくれたのですから」
そう言って瞬那はニコリと笑った。
「く…。だったらなんでだよ」
「何がですか?」
「なんでてめえは、そんな仮面をかぶってんだ! なあおい。
お前も、排斥されるのを恐れてるんじゃねえのかよ!」
「……」
ウルズは両手の刃を再び構えて走る。
「もういい! 殺しはしねえ! …だが、
死ぬほど痛いから覚悟しろよ! なあおい」
そう言って、ウルズは瞬那の前からかき消える。それに合わせて瞬那も足に力を込めて加速する。
ガキン!!
二つの閃光が交差した。
「…あなたは怖いんですね」
「…なに?」
その時、瞬那の顔から仮面が割れて落ちた。
「排斥されるのが怖いから、こちらから嫌ってやる…。それがあなたの心」
瞬那は微笑みながらウルズを振り返る。
「!!」
ウルズは見とれていた、瞬那のその顔に。
それは、ウルズが今まで見たこともないような美しい女性だった。
「ウルズ…。一つ間違いを訂正しましょう。
この仮面は…私の力の封印なんです」
「…え?」
瞬那の、朱を引いた唇が言葉を紡ぐ。
「源身…開放…」
次の瞬間、瞬那の全身が光に包まれる。
そして、その光が収まったとき其処にいたのは、半透明の羽衣をまとい、銀色の狼の耳と、銀色の尾を持った美しい天女であった。
「な…」
ウルズはその芸術作品から抜け出てきたかのような美しさに言葉もなく、ただ茫然としていた。
「ウルズ…もう怖がらなくてもいいのですよ。貴方は強く優しいのですから」
瞬那はその手にした刀をウルズへと向ける。そして、
「無音と化せ我が太刀筋…」
次の瞬間、ウルズは全身に強烈な痛みを感じて吹き飛んだ。
スピードを極限まで高めて、不可視・無音と化した刃が、何千撃もウルズの肉体を打ち据えたのである。
ウルズは吹き飛ばされながら考えていた。
(そうか…これが…日本の…
そのままウルズは幸福な気持ちで意識を失った。
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「いやあ…いいねえ…」
笑っているイサを見て、笑絃は心底楽しそうに笑う。
「?」
イサがその言葉の意味を考えていると、笑絃は笑いながら言った。
「あんたの笑顔…不敵で素敵だぜ!」
そう言って笑絃は親指を立てる。イサはそれを聞いて真顔になった。
「おっとわりい…。別に深い意味はないぜ。
別に俺はホモじゃねえしな。
どっちかっていうと女の方が好きだから!
がはははは!」
イサはそれを聞いて、不機嫌な顔になった。
「いやいや、ちょっとシャレになってなかったか?
がははは」
笑絃はイサのその顔を見て豪快に笑った。それを見てイサは
「どうやら私をなめているようですね…。
そんなに自分の強さに自信があるのですか?」
そういった。それに対し笑絃は
「いやいや。俺はあんたをなめてるつもりはないぜ。
『笑い』は俺のすべてなんでな」
そう言って背中を見せた。彼の身に着けているジャンパーには、背中に『笑』の文字がでかでかと描かれている。
「フン…よくわかりませんが。まあいいでしょう。
私の力で笑えない状況に追い込んでやるだけです」
「ほほう…そりゃおもしれえ。
期待してるぜ。がははははは」
そう言って豪快に笑う笑絃をイサは一瞬睨み付けて呪文詠唱に入る。
「ishagallradeohsigel wirdwirdwird…」
<アイストルネード>
イサの眼前に突如、氷を含んだ竜巻が現れる。それは笑絃に向かって飛びそれを包み込もうとする。
笑絃は笑顔のまま印を結び、素早く真言を唱える。
「ナウマク・サンマンダ・ボダナン・ハラチビエイ・ソワカ」
<
笑絃の前に土の壁がせりあがる。竜巻はその壁を少し削ってから消滅する。その時
「isjarahagall…」
笑絃のすぐ横で呪文詠唱の声が響く。いつの間にかイサが笑絃の真横にいた。
<アイスブレイド>
イサの手刀が氷で覆われ剣に変化する。
「おお!」
笑絃はとっさに身をかばう。其処に氷の剣が振り下ろされた。
ザク!
笑絃の体から血しぶきが飛ぶ。
笑絃はすぐに後方に飛んでイサと距離をとる。だがイサの攻撃はそれで終わりではなかった。
イサはその手の氷の剣を空中で何度か降りぬく。そのたびにキラキラと輝く半月の刃が空中に現れ笑絃へと飛んでいく。
笑絃はその刃の一つ一つを綺麗にかわしていく。そして
「急々如律令」
笑絃は懐から符を数枚出すとそれをイサに向けて投擲、起動呪を唱える。
符は空中で光を放ち電光を発し超高速でイサを打ち据えた。
「ぐ…」
イサの周りにいくつも魔法陣が浮き雷光の威力を削減する。
「まだまだ行くぜ」
笑絃はそう言って再び懐から符を出そうとする。イサはそれを待たず、笑絃に向かって跳躍した。
「isjararadniedur…」
イサの手から氷のつぶてがいくつも飛ぶ。笑絃はそれを短い動きでかわした。
「どこ狙ってるんだ? あたんねえぞ」
「フン…」
笑絃の言葉にイサはそう言ってにやりと笑う。
「?!」
その時、笑絃は自身の身の異常に気付いた。どういうわけか身動きが取れないのである。
「まさか!」
そう言って笑絃は足元を見る。足元の地面に刺さっている氷のつぶてからキラキラとした粒子が現れ、笑絃の脚を覆っていた。
「身動きをとれなくする魔法か!」
「その通り!」
イサは笑絃背後に回ると氷の剣を振り下ろした。
ザク!
再び笑絃の体から血しぶきが飛ぶ。
「私の力の基盤である氷は、魔法理論的に『停止』の意味も持つのです」
そう言ってイサは氷の剣を笑絃の腹に背中から突き刺した。それは容易に貫通して笑絃を串刺しにする。
「がは…」
笑絃はたまらず、血を吐いてその場に膝をついた。
「フフ…どうです?
もはや笑ってはいられないでしょう?」
イサはそう言ってにやりと笑う。そして、笑絃から氷の剣を引き抜いてそれを笑絃の首に当てる。
「これでとどめです…」
そう言ってイサが氷の剣を引こうとした時である。
「ククク…」
「?」
「がはははは…」
笑絃が豪快に笑いだしたのは。
「ナイス…笑顔だぜ」
そう言って笑絃は親指を立てる。
「いやあ…なかなかやるねえ。
さすが
こんな魔法を…」
その瞬間、笑絃の肉体が倍にまで膨れ上がる。
「持ってるなんて」
バキバキバキ…
そう音を立てて足元の氷のつぶてが壊れていく。
(バカな! ドラゴンの動きすら止める氷の杭が…)
イサはそう考えながら後ずさった。
「それじゃあ今度はこっちの番だな」
笑絃は筋肉が膨れ上がったことによって、傷が塞がった腹を撫でながら言った。
「く…」
イサは次にくるであろう笑絃の反撃を警戒して身構えた。
「狒々王妖術…」
笑絃はイサに向かって一気に加速した。笑絃の鉤爪が閃く。
イサはそれを何とか回避するが、小さな血のスジが頬についた。
笑絃の鉤爪の先にはイサの血がわずかについていた。笑絃はそれをぺろりと舐めながら言った。
「さ る ま ね …」
ドン!
その瞬間、笑絃の周囲に白い煙が現れる。そして、その煙は笑絃の体を完全に覆い尽くしかくしてしまった。
「煙幕か?!」
イサはそう言いながら再び身構える。煙の中から攻撃が来るのを警戒したのである。
しかし、予想した攻撃はいつまでたっても来なかった。
しばらくすると、周囲に充満していた白い煙が薄れていく。
その先に、先ほどより明らかに体格が小さくなった笑絃の影が見えた。
「なんのつもりです? 『猿真似』?
ふざけてるのですか?」
そう笑絃であろう人影に言うイサだったが。その人影から思わぬ返事が来た。
「ふざけてないどいませんよ」
それは、笑絃の声ではなかった。そう、イサならいつも聞いているであろう、自分自身の声だったのである。
「な?!」
白い煙が完全に消えた先には、笑絃ではなくもう一人の『イサ』が立っていた。
「フフ…どうしたのです?
そんなに驚いて…」
『イサ』はそう言って笑う。イサはそれを睨み付けて言った。
「なるほど『猿真似』…
私の真似をする魔法と言ったところですか?」
その言葉に『イサ』はフフフと笑う。
「だが…それがどうしたのですか?
猿真似は猿真似…姿を同じにしたところで!」
そう言ってイサは『イサ』に向かって跳躍する。氷の剣が閃く。
『イサ』はその攻撃を何とかかわすと呪文を詠唱した。
「isjarahagall…」
<アイスブレイド>
「!!」
イサは驚愕した。『イサ』が自分と同じ呪文を行使したからである。
まさか、奴の『猿真似』は能力すらコピーするというのか?
そうイサが考えた時、『イサ』がその手の氷の剣をふるった。するとキラキラと輝く半月の刃が空中に現れイサへと飛んでいく。
イサは後方に跳躍しながらそれをかわした。
イサはすぐに呪文を唱える。
「ishagallradeohsigel wirdwirdwird…」
<アイストルネード>
イサの手から氷を含んだ竜巻が現れる。それは『イサ』に向かって正確に飛んでいった。しかし
「ishagallradeohsigel wirdwirdwird…」
<アイストルネード>
再び『イサ』が呪文を唱え、それが生み出した竜巻で、イサの竜巻を相殺してしまった。
その事実にイサは動揺を隠せなかった。それではまさか、動きを止める氷の杭すら…
(呪文まで完全にコピーできるというのですか…)
イサがそう思考したとき、『イサ』はフフフと笑い言った。
「試してみますか?」
イサはさらに驚愕した。それは、目の前の『イサ』が自分の思考に対して返答をしたからである。
(いや…偶然でしょう…まさかそこまで…)
「まさかそこまで?」
『イサ』はそう言って微笑みながら小首をかしげる。これは、もう偶然ではなかった。
「外見・能力だけでなく思考までコピーですって…
そんなバカな…」
イサはそれほどの強力なコピー魔法の存在を一応は知っていた。
だが、それらはたいてい長大な準備儀式を必要としたものだった。
こんな簡単に相手のすべてをコピーできるなんて信じられなかった。
(だったら…。どこかに穴があるはず…)
「さて、どうでしょう?」
イサの思考に『イサ』はそう返答する。
(そういえば、さっきから相手がコピーして使っているのは、私が以前に使ったことのある術だけです…
ならば…)
イサは一つの魔法を思いついた、その魔法は過去においてもイサしか使ったことのないオリジナルの魔法。
イサの、強力な氷の魔法力があってこそ成立する魔法。魔王クラスの妖魔を破壊せしめるために使用される最終兵器。
当のイサですら、1回使えば霊力のほとんどを使い切ってしまうが…。
(その魔法なら!)
イサは決意して呪文を唱え始めた。
「isishagallur…isishagalltir…isishagalllagu…isishagallmann…isishagalldaeg…」
イサの体から強力な霊力が吹き上がり始める。
…と、その時
「isishagallur…isishagalltir…isishagalllagu…isishagallmann…isishagalldaeg…」
『イサ』が同じように呪文を唱え始めたのである。
イサは思わず呪文詠唱を止めてしまった。しかし、『イサ』の呪文詠唱は止まらなかった。
「凍結せよ…肉体も…精神も…時間も…空間も…」
「バカな! まだ唱えていない部分まで!」
『イサ』の呪文は完成した。イサのすぐ後ろの森で。
<アブソリュートゼロ>
その魔法は森を一瞬にして氷漬けにしてしまった。
その瞬間、イサの体に大きな変化が起こった。まるで自身が魔法を行使した時のように一気に霊力を失ったのである。
「が…これは…」
「まだわかんねえかな?」
『イサ』がそう砕けた言葉でイサに言う。
「なに?」
「お前の体をよーく”
イサは言われた通り自身を霊視してみた。すると
「!!」
イサは驚愕した。一本の霊力の糸が、イサと『イサ』をつないでいたのだ。
「これは、要するに使鬼の技術の応用でな。霊力の糸を相手と繋げて、そこから相手の思考を読み取るとともに、その技術・知識そして霊力まで借りてしまおうっていう術さ。
ちなみにこの外見はただの『変化』ね。」
そう言って『イサ』は不敵に笑った。『イサ』の姿が笑絃のものに変化する。
「く…そう言うことか」
イサはそう言いながら、地面に膝をついた。もはや、大半の霊力を失ったイサに勝ち目はなかった。
イサは諦めの表情で言った。
「殺すなら早く殺しなさい」
「……」
その言葉を笑絃はきょとんとした表情で聞いた。
「どうしたのです? 早くしなさい」
「いや…なんで殺さなけりゃならねえの?」
「なぜって…。我々は、あなた方をつぶしに来たのですよ?」
「いや…。俺は、不敵で素敵な笑顔のあんたを殺す気なんてさらさらねえぜ」
笑絃はそう言ってやんちゃな子供のように笑った。
「笑顔…? そんな理由で…」
「さっきも言ったろ? 笑いは俺のすべてなんだよ」
「なぜそこまで…」
その言葉に、少しだけ笑顔を消して笑絃は言った。
「師匠の教えなんでな…」
「師匠?」
「そうさ、おれの師匠、笑源法師のじいちゃんのな…。
まあ人間なんでもう数百年前に死んでるが」
笑絃はそう言って目をつぶる。そうすると今でも師匠の笑顔を思い出すことが出来た。
「俺はお前を殺すつもりはねえ。
そもそも俺はお前に笑っていてほしいんだ。
そして、できれば、あんたの背後にいる
その言葉を聞いてイサは一瞬驚いた表情をしたあと、笑いだした。
「ククク…ははははは…。
これは本当にばかばかしい話だな。
まさか、この世の中に、そんな背筋が寒くなるような綺麗ごとをいう妖魔がいるとは…」
「がははは…。そんなに褒めるな! 照れるぜ!」
「ははは…ほんとうに、ばかばかしい。
どうやら
そう言ってイサはその場に座り込む。イサはもう一度笑絃の顔を見た。
イサが見た笑絃の顔には、まるで昔からの友人を見つけた時のような笑顔があった。
「本当にばかばかしい…」
そう言ってイサは空に向かって微笑んだ。
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「まさかあなたほどの人が直接動くとは思いませんでしたよ、ソウェイル殿」
「…私のことを知っているのか」
悪左衛門のその言葉に、ソウェイルはたいして驚いた様子もなくそう言った。
「ええ、
世界でも五本の指に入ると呼ばれている魔神殺し(スレイヤー)の剣士。
太陽のソウェイル…、又は勝利のソウェイル…」
「…」
「はっきり言って、私が言うのもなんですが、今回の蘆屋一族潰しは貴方一人で十分だったのではないですか?」
「…こちらには、こちらの事情というものがあるのでな」
そう言ってソウェイルはフッと笑った。
「まあいいです。こちらにはあなたに対抗できうる戦力がなかったので、直接私が動くことになってしまいましたが…。
さて、どれだけ食い下がれるか…」
「フン…謙遜はよせ。日本の魔王の中でも最高位の者の力がどれほどか、見せてもらうぞ」
そう言うとソウェイルは片手を空に掲げる。すると空中に美しい装飾の入った
「ほう、それが『無銘』ですか。その力他に比べるもの無しゆえに『銘無し』とされた、地上最強とも呼ばれている魔剣」
「ほう…よく知っているな」
「まあ、伊達に長生きしておりませんので」
そう言うと悪左衛門は懐から扇子を取り出す。その扇子には大きく『悪』と描かれている。
「まさか、それでこの剣に対抗するつもりか?」
ソウェイルの言葉に悪左衛門はにこりと笑う。はっきり言って手にしている扇子は、魔剣の一撃を受ければすぐに粉々になるように思われた。
「ご安心を。この扇子はその魔剣ほどではないとはいえ、ただの扇子ではございませんので」
「フン…ならばいい。速攻で終わるのは、いくら何でもつまらんからな」
そう言うと、ソウェイルは手にした魔剣を下段に構える。悪左衛門は手にした扇子を閉めて、ソウェイルの方にそれを向けて立った。
次の瞬間、ソウェイルが一気に加速する。
ソウェイルの一太刀は正確に悪左衛門を狙っていた。しかし、悪左衛門はそれをあらかじめ知っていたかのように、魔剣の軌道を扇子でそらして防いだのである。
「む?!」
ソウェイルは一度剣を引くと、再び下段に構えて一気に加速する。しかし、その攻撃も、まるであらかじめ知っていたかのような動きで、悪左衛門は扇子でそらしてしまった。
(ならば…)
ソウェイルは再び剣を引いて上段に構えて叩き落す。そして、そこから腕に力を込めて上に切り上げる。
悪左衛門はその二連撃も綺麗に避けてしまう。
(これは…)
ソウェイルは、悪左衛門の動きに妙な感覚を得ていた。それを確かめるため、ソウェイルは剣を中段に構えて、悪左衛門にフェイントを仕掛けた。
悪左衛門はフェイントに乗ってこなかった。まるであらかじめ知っていたかのように…。
(先読みの魔法か?)
再びソウェイルは剣を中段に構え、その刀身に力を籠める。刀身が青白く輝いた。
「はあ!!!」
そして、気合一閃。魔剣を横凪に振りぬいた。
「…く。これでも」
そこに悪左衛門はいなかった。まるで知っていたかのように横に避けたのである。
「今のは、異能の効果を抹消する『魔斬剣』ですか…」
悪左衛門がそう答える。
「残念ですが。私の『これ』は異能ではありませんよ」
「なるほど…。それがお前の
「フフフ…その通りです」
『神位特効』
それは、神が神として持つ神の力のことである。
効果は魔法などの異能に似ているが、効果が特殊であるにもかかわらずそれらは『自然現象』として扱われる。
土地神の『地脈制御』や、一神教の神の『全知全能』などがそれに当たり、その能力はコピーしたり消去したりすることは不可能である。
「これは、私の神位特効の一つ『
私は特定の条件下のモノに対し、常に先制して行動できるのですよ」
「なるほど…ならば」
その言葉でソウェイルは理解した。こちらの行動は常に読まれるものとして行動しなければならないだろうと。
悪左衛門は言う。
「では、今度はこちらから行きましょうか?」
「む?!」
ソウェイルはそれを聞いて、武器を構え守りの姿勢をとる。
すぐにそれは来た。
<
悪左衛門の扇子の先から電光の帯が走り出たかと思うと、それは鞭のようにしなってソウェイルに襲い掛かった。
ドン!
電光の鞭が地面に命中した瞬間、その地面は深くえぐられる。
ソウェイルはその電光の鞭を素早くかわすと、悪左衛門の方に向かって飛んだ。しかし、
「残念読んでます」
悪左衛門がそう言うと、電光の鞭が再び翻って、ソウェイルの進行方向を正確に打った。
だがソウェイルは、すでに剣を構えていた。そして
「はああ!!!!」
気合一閃、その電光の鞭を切り裂いてしまったのである。
「おお?!!」
悪左衛門はそう言って、その場から飛び去って迫る刃を避けようとした。しかし
「逃がさん!」
ソウェイルの剣が一瞬まばゆく輝いたかと思うと、その刃から光の奔流が扇状にほとばしり出たのである。
(こちらの行動が常に読まれるならば、その読みですら回避できない攻撃をすればいい!)
悪左衛門は驚きの表情で光の奔流に飲み込まれた。そして
「く…さすがですねソウェイル殿」
光が消えた後、そこには左腕を失い、胴体の三分の一を焼かれた悪左衛門がいた。
「…まさか今のを耐えきるとはな。普通の魔王なら消しズミに変わってるはずだが。さすが神の位を持つ大魔王だ」
ソウェイルは少し驚いた表情でそう言った。
「残念ですが、この程度では私は死にませんよ」
悪左衛門はそう言うと、失った腕の方に力を込めた。すると
「腕が…再生していく?」
そう呟くソウェイルの目の前で、悪左衛門の腕が元通りに戻ったのである。
「さて…、今のはこちらがやられましたが。ならば、これならどうです?」
そう言うと、悪左衛門は大きく口を開いて、その口から大量の水を迸らせる。
「む?!」
その水は、悪左衛門の体内から出たとは思えないほど大量であり、すぐに悪左衛門の周りは巨大な池のようになっていった。
悪左衛門を中心に渦を巻く大量の水は、さらに広がりソウェイルの足元をも覆い尽くしていく。
ソウェイルは水で足を取られないようにするため、近くに立っていた巨大な樹木の枝に飛び乗った。
「これは、何のつもりだ?」
「フフフ…あなたは五行相生の理を知っていますか?」
「五行相生…東洋魔法でよく扱われる思想だな。それによると、確か水は木を育てるとか…」
「その通り、なお、五行の考えによると、雷は木行に入るのですよ」
「!! まさか!!」
ソウェイルが一瞬顔をこわばらせる。その時、悪左衛門の口から水とともに雷の帯が迸り出た。
次の瞬間、巨大に広がる池の水面がまばゆく輝いた。
ドン!!
それは、遠く道摩府本部からでも見ることのできる巨大な雷の柱だった。
それは、半径数十mの範囲を完全に焼き尽くしてしまったのである。
「対魔王調伏法・
全身に雷を纏った悪左衛門はそう呟いた。
『天雷滅陣』
それは、雷を操る攻撃呪の中でも最高位に位置する一つである。その威力は攻撃範囲にあれば、巨大なビルすら消滅させる威力を有する。
「さて、今の攻撃でもおそらく…」
悪左衛門はそう言うと周囲の気配を探ってみた。そして、確かにその気配はいまだ存在していた。
「く…少々肝が冷えたぞ…」
魔剣『無銘』を盾のように構えたソウェイルが生きてそこに立っていた。
「やはり…ですか…」
「なんとか、防御が間に合ってくれた…」
「これほどの攻撃を受け流せるとは。さすが世界でも五本の指に入る剣士。
もはや、常識はずれとしか言えませんね」
悪左衛門は心の底から、目の前の人間の強さに呆れた。
「まあ、分かっていたことですが…。こうなったら、私の源身をお見せしなければならないでしょうね」
そう言って悪左衛門は手にした扇子を懐にしまう。そして
「少し、場所を変えさせてもらいますよ?」
「む?」
その瞬間、ソウェイルたちの周囲の景色がガラリと変わった。
それは、森も何もない殺風景でだだっ広い草原の真ん中であった。
(まさか…今の一瞬で瞬間転移をしたのか)
ソウェイルがそう考えていると、悪左衛門の体が黒い闇に溶けて消えていった。
そして、
「む?!」
突如、ソウェイルを地震が襲った。草原の地面が盛り上がりうねり揺れている。
次の瞬間、草原の大地が割れて、巨大な何かが姿を現した。
「まさか!」
それは、それだけで数十mはあろうかという巨大な龍の頭であった。
「これは!!」
巨大な龍の頭が鎌首をもたげる。それは、ビルにも相当する巨大なものであった。
だが、ソウェイルを襲う地震はそれだけで終わらなかった。
さらに、八つ大地が大きく裂けて、さらに一つ、また一つと巨大な龍の首が現れる。
それは、合計九本にも及んだ。
「はは…なるほど。毒水悪左衛門とか言ったか? 貴様の正体がわかったぞ。
日本でも最大最強クラスの龍神であり。人間にも多くの信者を持つ神でもある。
すなわち『
【フフフ…その通りです。まあ、この姿は最近戻ったことがなかったのですが。
あなたほどの剣士が相手です。仕方がないでしょう…】
そう、龍頭の一つが話す。
「いや…、もう理解した。これならば大丈夫だろう…」
ソウェイルは、九頭竜権現前で、突然その手に持っていた剣を置いた。
【…ソウェイル? あなた…】
「ふう…。貴方なら、こちらの話を通しやすいだろう…」
ソウェイルはそう言ってその場に跪いた。
【あなた…。どうやら、戦いに来たのではないようですね…】
「ああ、そうだ。私は
【…なるほど。
「ああ…その通りだ。私に蘆屋一族殲滅を命令したのは、反土御門の者だ…。
【ほほう…。それがなぜ、我々を狙うことに?】
「いや…それは。貴方がよく知ってるだろう?」
そう言ってソウェイルは苦笑いする。
【フフフ…そうですね。我ら蘆屋一族…。その呪術の系譜は土御門と繋がっています。
なぜなら、もともと開祖である蘆屋道満様は、かの安倍晴明の弟子だったのですから…。その時、道満様は安倍晴明の秘術のすべてを手にしたとされています。
それゆえ、その秘術の多くが
「そう…。土御門と蘆屋一族がこのまま繋がると、かつての力を取り戻すと考え恐れている勢力がいる」
【そうですね…。かの第二次世界大戦の時、
それで、あなたはそことは別の勢力の?】
「ああ…そうだ。我々は、今の
【それで…これからどうするつもりです?】
「それは…。ここで私が負けたことにしてほしい」
【それは…、いいのですか? 結構大変なことになるのでは?】
「心配いらない。
【なるほど…。それは、こちらも願ってもないことですが】
「そのためにも、私が負けるほどの戦力という説得力が必要だった」
【どうやら、私は貴方のお眼鏡にかなったようですね】
ソウェイルはにやりと笑い。
「ああ…あんたなら、私が負けたとしても疑う者はいないだろう」
【なるほど、わかりました。貴方の言う通りにしてみましょうか…。面白そうですし】
「フフ…お願いする。
それで、一つ頼みがあるのだが」
【なんですか?】
ソウェイルは笑みを大きくしながら言った。
「私を死なない程度に痛めつけてほしい」
-----------------------------
「そうか…。
暗い闇の底、『乱月』はそう呟いた。
「まあ、そうだろうな。妙な思惑が動いている可能性もあるが」
その言葉を聞いていた、赤い髪の男が言った。
「で…? どうするんだ? お前は…」
その言葉に不思議そうな顔をして乱月は言う。
「どうするとは? 今までのとおり、俺は俺の計画を進めるだけだ」
「ふうん…。お前に『例の仕事』を回した連中は、
「さて…どうだろうね? フフフ…」
乱月は心底楽しそうに笑う。赤い髪の男はそれを無表情で見つめている。
「蘆屋一族…。土御門…。
すべてのものは俺の手の上で回っていく…。これから忙しくなるぞ…」
暗い闇の底で邪悪が大きく笑った。
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