第1話 力の在りか 17

(承前)


  *


「相変わらずブリッツ兄さんはレインに厳しいね」


 柔和な笑みを向けて次男のブレンはレインに言う。


「長兄は同時に家の長でもあります。重責を負っていれば仕方のないことです」


 レインもまた薄笑とともに答える。


「模範的だなあ、レインは。それでいてただ良い子にしてはいられないんだから、釘をさしたくなるのもわかるけどね」


 軽いため息とともにそう言うが、ブレンは以前のまま、レインに悪印象は抱いていない、とレイン自身感じている。



 新興の中産階級メディの家として、ここリンメルだけでなくウィルダム国じゅうにも名が知られつつあるルッツ家で、レインは長男のブリッツとは腹違いでありながら、この家の末男として認知されている。

 そして、このリンメルの下町、先程ロイディと会ってきたワールズ・エンドなどでは、『スマイリィ』の名で通ってもいる。

 

 そういう、通り名持ちなどを気取って下層民街をうろつくような真似は控えろ、とブリッツは言っているのだ。

 その一方でグレンは、


「ただ、僕はさっきも言ったけど、レインがそうして家の中に、いや、家のしきたりの中にいては見えないものを見ようとするのは有益だ、と思ってる」

 こう、レインの擁護に回ることが多い。


 中産階級メディの雄としての責任を内外から問われる立場のブリッツに比べて 比較的、気楽な立場でいられるのはある。

 さらに、ブレンはブリッツほどレインとの年の差も開いておらず、またブレンという人自身が社会の中というよりは学問や研究という世界に身を置いているような性質であることもあるだろう。


 国の機工産業や金融の世界から名を上げて、今や国政・軍事にまでその動向が影響をもたらすまでにルッツ家が成ったのは、ひとえに彼らの父、バルドの功績だった。

 3年前の父の急逝によってその績と同時に責を追うこととなったブリッツの心中はどれほど重かろう、とはレインも常々思ってはいる。


(が、それを責と、荷としか感じていない、それも長兄の器の底だ)


 というのもレインの本音だった。

 だから、その余裕のなさを末子にまであからさまに、晒す。


「兄さんの目くじらを立てないように、ほどほどに、上手くやっていくこと。処世の術を知るのも、大事なことだよ」

「……はい、ブレン兄さん」


 彼は、レインを受け入れる余裕がある。

 妾の子が、と内心蔑むようなことはない。

 それに、


「それに、僕も、機巧には興味がある。レインと同じくね」

 それまでとは違う、好奇の笑みをブレンは浮かべつつ

「下町では法の規制を掻い潜ってでも機巧づくりを続けようという動きが盛んだからね。いろんな意味で危険ではあるけど、その一方で自由でもある。

 兄さんは父さんの事業を継ぐために機工推し一本だし、僕も大っぴらには言えないが、安定した機工とは別の可能性を、機巧には感じる。……レインもそうだろ?」

「……ほどほどに、と言ったばかり方の言葉には聞こえませんよ」

 つい、嫌みのように返してしまうが、レインもまんざらではない。


「君を応援してるってことさ。それに同じ家の兄弟として、助け合っていきたい。それだけさ。…兄さんも体面があってああ言うけど、僕にこういう役目を残してくれてるってことさ。役得」


 本人のいないところでお世辞を言っても、と苦笑してしまうが、それもブレン兄の人柄だ、とレインは安心する。


「そういえばブルーメ姉さんはどうですか? 姉さんも機巧には興味がある、と以前僕に少しだけ……」


 レインが尋ねると、ブレンは一呼吸置いて、


「姉さんかぁ……どうだろうね。兄さんよりは気にしてるんだろうけど、どちらかというと勘定をつけるような目線じゃないかなあ……」


 いつも優雅な物腰を絶やさず、嫁いだ先の上流階級フィオルの気品を携えんとする姉のブルーメ。

 だが、その姿をそのままに受け取ってよいか、と思わせる雰囲気を、レインは同時に感じている。

 それを察知しないブレンではなく


「でも、いきなり無下にしようなんて姉さんは考えないと思うよ。それに機工の急進さに内心難色示す人も上流階級フィオルにはいる話も聞く。機巧の発展の助けになってくれるなら心強いね」


 ブレンは前向きだ。

 余裕か……。

 スマイリィなどと呼ばれているが、その笑顔に、心からの笑顔はあるのか。

 いや、とレインは思う。


 それがつまり、生まれの違い、育ちの違いだ。

 後からの努力で埋めがたい、違い。


「そうだね、兄さん」


 レインは笑顔する。

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