第29話 解放
「解放したい」
「ほらな!」
「は? なにが?」
「なんでもねェよォ! クハハ!」
思い通りに面白い。ただそれだけだ。
「で? 解放する理由は?」
「落としどころだ。ガントレットそのものをなかった事にする」
結論に至った経緯をヴェルフリーディは即座に察する。
「お前はどうしたい?」
『……………………………………………………』
ガントレットに問いかけたが、返事は来ない。
それが何を意図するかは分からない。だが、ヴェルフリーディは察知する。
「パニックになってんな?」
『……も~ど~でもい~わ~』
「投げ出し過ぎだわ」
オルウェイは純粋にラプソドゥノールが気の毒に思っているとして、ディズの場合は完全に善意での行動だ。
人間からの善意を受け慣れていない妖霊だからこそ、この反応は正しい。
ディズはそんなことお構いなしだ。こういう我を押し通すのを意識してやっているのが彼の特徴でもある。
「お前の好きにしな」
「ヴェルフリーディはやり方わかるか?」
「【現象】を使えばいくらでも出来るだろうよ。そもそもガントレットに封印されているってことは、ガントレットと契約させられているってことだしなァ」
ヴェルフリーディはガントレットを指さす。
確かにその通りだ。ラプソドゥノールは藍色だ。
「どうしたらいい?」
『知らね~よ』
「……ヴェルフリーディ」
「オレは知恵袋じャねェんだがなァ? ま、良いけどよ。ガントレットを付けろ」
ディズは躊躇いなくガントレットを装着する。
グワンッと体に衝撃が波のように走る。
「……不思議な感覚」
「あとはお前がねじ込め」
ヴェルフリーディの言葉通り、後はディズ次第である。
『……本気でやるのか?』
「やるさ。君を自由にする」
「ディズ。頑張ってね」
ディズはオルウェイの鼓舞を確かに聞き届けた。
『俺がお前らを殺さない確証も何もないんだが?』
「答えを怖がって何もしないのは、もう止めたんだ」
大事なのは結論だ。だが、その為には過程を求めないといけない。
この選択は最悪を招く可能性もある。
「約束してくれ。ここを出たら大人しく帰るってさ」
『…………わーったよ! 帰る! このまま出れないよりはマシだ!』
結局、折れたのはラプソドゥノールだ。
ラプソドゥノールをガントレットから出したところで素直に帰る保証は無いが、ディズとオルウェイは被害者ながらもラプソドゥノールに同情している。
なにより、このままではあまりに目覚めが悪い。
「オルウェイはどうする?」
「ここにいるよ。最後まで見てたい」
オルウェイは当事者としての自覚を持っていた。
最後まで見届けることが幼心に必要だと理解していた。
「いくぞ」
ディズは【現象の魔術】でガントレットに干渉する。
ディズの脳裏に映ったのは、真っ黒い空間に細い光の線が無数に広がっている。
その光の線が集まる場所がある。そこに藍色の火の玉のようなものがある。
藍色の火の玉に光の糸が大量に絡まっている。
藍色の火の勢いは非常に弱々しい。
「あれが……ラプソドゥノール?」
ディズは光の線に触れる。
すると光の線は張り詰めた蜘蛛の巣のような感触で、ちょっと力を籠めるとパチンッという音と共に糸が切れた。
「こんなもので?」
強靭な妖霊を縛るにはあまりに心もとない。
ディズは魔力を使って光の糸を全て切った。
すると、藍色に絡まっていた糸がシュルリと解けた。
「ウワッ!?」
バチンッと意識がはじけ飛び、ディズは一気に現実に戻された。
「だ、大丈夫ディズ!?」
オルウェイの心配そうな顔が目の前にある。
「大丈夫」
ディズは簡素に答える。
「上手くいったか?」
「…………多分」
ディズはガントレットを見つめる。
するとガントレットから藍色と青が混じった光が溢れ出す。
「うぉ!?」
「キャアァ!」
光がガントレットから漏れ出している。
その光がドバドバと液体のように溢れ出し、それが外に出ていく。
「自由だぁあああああああああああああああああああああああああああああ!」
光が集まって現れたのは巨大なケンタウロスだった。
ただ、それはフォルムだけだ。
オオカミの下半身。猿の上半身。
2つが合わさり、ケンタウロスのような見た目をしている。耳は横方向へ長くとがっており、エリマキトカゲのようなトサカがモヒカン上に付いている。
「うわわわわわわ!?」
「これが真の姿か」
腕を、足を自由に動かし、身体が動くことを確認している。
顔は満面の笑みでステップを踏み、全身で体の動きを表現している。
「……怖い」
「まぁ、妖霊なんてこんなもんだよ」
「こんなもんなの!?」
ヴェルフリーディの姿はベースが人間だったので、そこまで威圧感は無かったが、ラプソドゥノールの大きさは馬ほどある為、見た目と大きさが合わさり、かなりの威圧感がある。
「ケケケケケ! 感謝するぜガキぃ!」
「契約は消えてるのか?」
「ああ、消えてるな。さて――――」
「じゃ、帰れ。はよ」
「……お前たちを――――」
「いやぁ~、とりあえずこれで全部終わりだな」
「るせぇな! 言わせろや!」
「脅かそうとか思ってんじゃねぇのか? その手に乗るかよ」
「おま? 危機感皆無か?」
くだらない問答に付き合う気はない。
ディズはそれだけだった。テンションが上がるのは分かるが、ディズは疲れているので、とっとと休みたい気分なのだ。
「やめとけ。無駄だから」
ヴェルフリーディが真顔で言った。
「チッ、まぁいい。これで取引成立だな」
取引と言う取引はしていないが、一応そう言う事になる。
礼を言われる必要もないし、貸し借りの話も必要ない。
「…………一つ」
「は?」
「そのガントレット。俺が長い間入っていたからな。多分、力が定着してる。使え」
「使うって?」
「ソイツは杖みたいなもんだ。レジェンダリー級のシロモンだぜ?」
ラプソドゥノールはそう言って、恨めしそうにガントレットを見つめる。
「レジェンダリーか……ま、多少過大評価だが、一級品は間違いねェ」
「なんだテメェ」
「レジェンダリーってなんだ?」
ディズの聞いたことのない単語が出てきた。
「私、知ってるよ。冒険者とかランクにある最高のレベルだよね?」
「最高峰のアイテムなのか?」
オルウェイの言葉でディズは思い出した。
ジョセスターの冒険者時代の話の中でランクの話が出てきた。
冒険者ランクは12階級に分かれる。その最高位がレジェンドだ。
アイテムでも同じようなランク分けがされるのだ。
「俺の力だぞ? 当然だろ?」
「当然かァ?」
「なんだテメェ」
ディズが呆れている時、オルウェイが手でガントレットを撫でる。
レアアイテムで杖の代わりになるというなら、ぜひ欲しいと思う。
「杖以外の使い方もある。そいつの所有者は防具としても武器としても使ってた。具体的にはソイツでぶん殴ってた」
「それは痛そう」
「確かに痛いと思う」
オルウェイとディズの感想通り、このガントレットは普通の鉄じゃない。
魔法使いが触れば分かるが、かなり強い魔石で造られている。なにより、手のひらにクリスタルがはめられていること自体が普通ではないことの表れでもある。
「こんなのしてたら目立つよね?」
「魔力を込めてみろ」
「え?」
ディズはラプソドゥノールに言われた通り、魔力を込める。
するとガントレットから、小さな金属製のチェーンをこすり合わせたような金属音が聞こえてきた。
赤い金属が液体金属のように動き、ディズの手首に収まっていく。
「バングル?」
「それが収納状態だ」
つまり、収納状態時はバングルであり、それに魔力を込めるとガントレットへ早変わりするという事だ。
「魔法具だな~」
「何当たり前のこと言ってんだよ」
前世では実現できていなかった技術。
それはディズにとって魔法と言えるものだった。
「じゃあな」
「え?」
ラプソドゥノールは告げるべき事は告げたと言わんばかりにぶっきらぼうに言った。
そのまま、光に包まれたかと思うと一瞬の強い発光と同時に、複数に光の球体となって空へ昇って消えてしまった。
「帰ったのか?」
「ああ、帰ったらしいな」
これで……この事件は本当の意味で終結したのだった。
「それじゃ、オレも帰るか」
「――――分かった」
「えぇぇ!?」
ヴェルフリーディの言葉にあっさりと答えるディズ。そして、オルウェイが驚く忙しい構図。
「そら」
「なにこれ?」
「今回の報酬だとよ」
「金貨!? 六枚も!?」
オルウェイが驚く。
日本円にすると6万円。
「……あんだけ苦労して少なくない?」
「少なくないよっ!?」
「人間の相場なんざァ知るかよ」
元日本在住のディズからすれば、6万円に見合った労働とは思えなかった。
実際には採掘者ならば、1年以上働かなければ稼げない給金だった。
「2人で分けて3枚ね」
「わ、わわ! 良いのかな? こんなに貰って」
ディズが金貨を手渡すと、オルウェイは割れ物を触るように慎重に金貨を受け取る。
「良いじゃん。貰える物は貰おうよ」
「で、でもいいの? ディズの方が多く貰った方が良いんじゃない? 大活躍はディズなんだし」
「ええ子やな~。あのね、オルウェイ。君も頑張ったし、オルウェイがいなきゃ勝てなかったから、これで良いんだよ。正当な報酬だよ」
「そ、そうかな? えへへ、ありがとうディズ」
オルウェイは可愛らしい笑顔を浮かべる。
内心に宿るのは充実感だ。
偉業と言っても差し支えない。それを子供ながらに理解した事は彼女にとって大きな成果と断言できる。
「ところで、ヴェルフリーディは何をしたんだ?」
「知らない方が良いだろうよ。そうすればボロは出ねェ。ゴライアスラットと妖霊って言葉だけに注意しておけば、お前らは晴れて無関係だ」
「……それもそうか」
ヴェルフリーディは別に気を使った訳ではない。
金貨を事実上盗み取ったことに近い訳だが、そんなものは些細な事だ。知らない事が武器なるという一点を重視しているに過ぎない。
「じゃ、帰るわ」
「了解。ヴェルフリーディ。これで契約を破棄する」
ディズはヴェルフリーディとの契約を断ち切った。
ヴェルフリーディは首をボキボキと鳴らす。首にあった違和感が消えた事を確認したのだ。
「さようなら妖精さん。えっとヴェルフリーディさん」
覚えにくい名前を口にして別れを告げるオルウェイ。
一方のヴェルフリーディは呆れた顔をする。
「結局、最後まで妖精かよ」
「いいじゃん。カワイイ感じでさ」
「オメェはバカにしてんだろッ?」
「はは…………ヴェルフリーディ。また呼んで良いか?」
「へッ、好きにしな」
ヴェルフリーディはそれだけ言うと、あっさりと帰還したのだった。
「ねぇ、お腹減らない?」
「だな。ホットドック食べたい」
「それじゃ、あそこだね」
オルウェイがディズの手を握り、それを握り返して2人は歩き出した。
「行っちゃったけど、寂しい?」
「別に……いや、ちょっと寂しい。まぁ奴らしい別れ方のような気がするから湿っぽくならなくて良かったよ。それに……また会える」
「私も会いたいな。今度、花冠でも作ってあげようか?」
「……それは、面白そうだな」
きっと嫌がるだろうけど、その姿を笑ってやろう。
そう決心して、ディズは長い1日を終えたのだった。
時は少し進み――――
オルウェイは自室のベッドの上で見悶えていた。
なんかもうよく分からないけど、興奮して眠れない。
「かっこよかったなぁ。ディズ」
オルウェイは隠れてディズの指示で動いていただけだ。
それでもディズの姿は常に目の中に入っていたわけだが。それがかっこよくて仕方なかったのだ。
オルウェイはゴライアスラットが怖くて仕方なかった。
一方のディズはそれに果敢に立ち向かっていった。そして、ディズの励ましが自分を奮い立たせた。
その時、オルウェイは確信を得たのだ。
この人が隣にいれば大丈夫。自分は戦える。
その気持ちを得た瞬間のオルウェイは一種の高揚感に似た感覚を得て、そして遂には町の存亡すら関わる事態へ立ち向かうことができたのだ。
「はぁ~♡」
思い出すだけで、その勇姿が瞼の裏に浮かぶ。
不敵な笑みを浮かべ、ラプソドゥノールと対峙した姿は思わず見惚れた。
ちょっと悪い感じ。だけど、勝利を確信しているような表情。
きっとそこからの流れは聡明な脳裏に宿っていたのだ。
ディズがヤケクソ状態だったことにはオルウェイが気付いていない。
どちらにしても彼女にとっては些細な問題だ。
「……顔、熱い」
オルウェイは顔を両手で触れる。
ヴェルフリーディという妖精を友達に持ち、一緒に背中を合わせ、そして戦う姿はさながら物語の勇者。
それを間近で見た自分。そして、ディズに守れた自分はお姫様。もしかしたら一緒に戦った相棒的な女騎士とか?
どっちにしても自分はディズと一緒にいたのだ。そういうものなのだ。
「~~~~っ」
ダメだった。
元々オルウェイはディズに対して好意的だった。
オルウェイは同年代の中では、かなり大人と過ごす時間が多かった。
父親や祖母の職業柄、性別問わず大人と関わることが多い。
子供と言うのは大人が思っているより賢く聡いものだ。
オルウェイも大人が周りにいれば、それだけの影響を受ける。
オルウェイを甘やかす者もいれば、厳しく接する者もいる。町の権力者の娘という事で腫れ物を扱うように接する者もいる。
どのような人間でも、親や祖母の立場上、付き合っていく必要がある事をオルウェイは幼心に察していた。
どちらにしても、それがオルウェイに影響を与えていたのは言うまでもない。
良くも悪くも、オルウェイは普通の子供より賢く他人の分析し、評価を下すような人間となっていた。
同年代の子供は見下してはいなくとも、同じ土俵に立っているという考えは無かった。
「ディズ、ディズ、ディズ、ディズ~」
オルウェイは枕を抱きしめて目を瞑り、瞼の裏に映るディズを思い出しながら、うわ言を漏らす。
あの時、ディズと出会ったのは運命だった。
ディズという貴族の子は、ハッキリ言って自分より聡明だった。
いや、それこそ下手な大人よりもずっと頭がキレる。
印象的だったのは、祖母とジョセスターのオルウェイでも分からない会話を理解している節があったことだ。
思えばあの時から、この少年は何かが違うと思ったのだろう。
遊ぶ事になった時、当初はお互いが探り探りだった。
ディズと遊ぶ前、帳簿の話をした時、実はオルウェイは帳簿がどういうものか知っていた。伊達に採掘長の父と内務長(採掘関係の内務業務のトップ)の母を持っている訳ではない。
少々意地悪だったが、質問してみた。
子供ながらの少しだけ嗜虐的で、少しだけ試すような質問だった。
そこで驚きだったのは、それを噛み砕いて説明することのできたディズだった。
しかし、それを子供にも分かりやすく、あえて大雑把にしていた。
それからは少しずつ、お互いの事を知る内にオルウェイは思った。
「この子は私より全然賢い」
なんなら、大人であっても自分より頭の悪い人もいる。
それは採掘業という力仕事と職人的職業だからこそ、自分の職業以外に関しては疎いだけなのだが、オルウェイがそこに気付いてはいない。
狭い世界で生きる子供の評価は、単純かつ短慮。だからこそ残酷で残忍でもある。
そんなまだまだ子供であったオルウェイより、遥かに賢い。
初めて同年代で自分より賢い子にあった。
そして、彼は色々と理解している。オルウェイの知らない事を理解して、大人との会話にだって普通についていける。
そして、なにより魔法だ。
身の回りで魔法を使える人間はいた。いつか自分も使えるようになるかもしれないという意識はあった。
そんな簡潔な思いしかなかった中、よりハイレベルで使われる魔法を目の当たりにした。
それも同年代が使っていたのだ。
今まで見たどの魔法よりも高度で、どの魔法よりも凄かった。
それを見た時、新しい何かが訪れる予感がした。
その決定打こそ、魔法であり、戦いだった。
ディズのように魔法が最初から日常に存在している少女では世界の捉え方が違う。
生まれた瞬間から、大いなる幻想を自覚して生きていたディズとは違い、彼女は戦いの中で大いなる幻想を知見し、それは彼女の全てをかき乱した。
そして、その中心には好感を持て行った男の子がいた。そして、その隣には自分が立っていた。
興味は関心へ。
関心は好感へ。
好感は恋心へ。
今日、この日。オルウェイの日常は一変する。
そんな確信を彼女自身が理解している。
ここで一つだけ、オルウェイが知らないことがある。
それは自分自身の事である。
オルウェイと言う少女は想い出したら一途である。
そして、想い人の為なら躊躇いなく世界を敵回せるような人間だ。
少女がそれを自覚するのはもう少しだけ先の話である。
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