第27話 ウィザード・スプリーム


 力推しならば負けるような気がした。

 技術合戦でも負けるだろう。ならば、落としどころを変えてしまえばいい。


 ディズは腕を動かし、車のハンドルを回すように魔法陣を動かす。

 魔法陣の回転に合わせて、倉庫が動き始めた。

 まるで立体的なパズルだ。


 倉庫の構造がグチャグチャになっていく。壁や床が組み代わり、その在り方は前衛芸術のようだ。そこに規則性はない。

 ディズからしても横取りを邪魔する為だけにやっている事なので、そこに法則性などは求めていない。



『ガァァァァァァァァァァァァァァァァ! めんどくせぇ事しやがってぇぇぇ!』

(やっぱりか! ヤツは直接【現象】を使えねぇ! 横取りしかできない!)



 つまり、倉庫の『捩じれ』に『パズル』を上書きしてしまえばいい。

 ディズは捩じれを緩めて、パズルの影響をより大きくしていく。



『なんでそんなことできるぅぅぅぅ!?』



 苦しそうなラプソドゥノールの声が響く。

 ラプソドゥノールの介入を突き放し、影響は完全に消えた。


 やがて捩じれが止まり、動きがパズルだけになる。


 無規則に動く倉庫。

 窓が壁に、窓が階段に、階段が天井に、もはや言葉で形容するにも難しいオブジェになりつつある。

 外にいたディズが壁の動きと共に内部へ入り、倉庫はドーム型競技場のように形を変えていく。だが、そんな中でもディズが上でラプソドゥノールが下の構図は変えない。

 高さ・イズ・パワーだ。



「オルウェイ!」

「なに?」

「ぬわっ!?」

「ディズ? 指示をお願い」



 いつの間にかディズの隣いたオルウェイが隣にいた。

 驚く彼を尻目に、オルウェイは淡々と聞いた。



「こ、声のする方向に撃て!」

「了解」



 オルウェイは杖を声のする方向へ向ける。

 無詠唱で【爆撃の魔術】を放つ。

 当たり前のように無詠唱で撃つ辺り、彼女は呪文と魔法陣が魔法でどれだけ重要か理解していない。しかし、だからこそ速射で撃たれた魔法は声のする方へ着弾する。



『ちっ!』



 水煙の中からラプソドゥノールが飛び出して壁を伝う。

 オルウェイが的確にラプソドゥノールを射貫いたので、ヤツは爆撃を避ける為に飛び出したのだ。



「登らせるな! オルウェイ摩擦!」



 オルウェイは【摩擦の呪術】を放ち、ワンテンポ遅れてディズは【爆撃の魔術】を撃つ。

 オルウェイの呪術は壁に直撃。

 壁から一時的に摩擦が消える。

 ラプソドゥノールは壁に爪を当ててしがみついた。

 やはり範囲が広い所為で効果が薄い。だが、それも問題はない。重要なのは落下させる事だ。


 一方、ディズの【爆撃の魔術】がダイレクトに着弾した。

 火炎と黒煙とラプソドゥノールは消える。そんな中、ディズの位置からでも聞こえてきたのはブチブチッという何かが切れる音だ。



『チィィッ! こんなガキに奥の手を使うなんてなぁ!』



 ラプソドゥノールから発せられた波動のようなドーム状の光は、倉庫一帯に一瞬で広がり消える。

 そして、それを合図に【現象】だけを残したまま、全ての魔法の効果が消失する。



「嘘だろ」

「まずい?」

「かなり」



 オルウェイの聞いた通り、まずい。



『ここからは俺の時間だ!』



 ラプソドゥノールは猿のような跳躍力で壁から壁へ移動する。



「ちっ!」



 ディズはもう一度【現象】を起こす。

 もはや慣れた手つきで引き起こされた現象により、今度は高速でグルンと回転。通常の倉庫とは完全に逆さとなる。



『ジャァアアアアアアアアアアア!』



 しかし、そんな事など気にも留めない。

 ラプソドゥノールはディズへ向かって突進してきた。

 ディズが魔法陣を張って、ラプソドゥノールを迎え撃つ。



「させるか!」

『それは――もう見た!』



 バインッっという間の抜けた音。

 ラプソドゥノールの巨体があり得ない方向へ方向転換し、壁に戻ってしがみつく。



「空中で!?」

「【現象】だ!」



 オルウェイの気付きは正しかった。

 ラプソドゥノールの奥の手とは、【現象】を限定的に使えるようにする事だった。

 それはラプソドゥノールがゴライアスラットの操作方法でもあったが、その範囲をより拡大したものだ。



「あんなこともできるのか!」



 空中に浮いている訳じゃない。

 空中で方向転換しただけだ。



「そこまで大きな事はできないのかも……」



 そうならばすばしっこくなった程度と言い聞かせ、無理矢理己に喝を入れる。



(考える時間を確保しないと――――)



 経験値不足ゆえのロスタイム。

 この時間を確保しなければいけない。

 相手が新しい戦術が出てきた時点で、実質振り出しに戻った。

 それでもディズは下を向かなかった。



「なに考えてる?」

「打開策!」

「なら、考えがある」

「え?」



 驚くことにオルウェイには策があるらしい。

 ディズは思わずオルウェイを見つめるが、彼女の目には見覚えのある強い意志が見えた。



「あいつを倒す為に――――」

「いや、倒さなくてもいいんだ」

「どういうこと?」

「あいつの腕……前足か? そこにガントレットが付いてる。それさえ取り上げればいい。奴の本体だ」



 その瞬間、オルウェイの目が光ったように気がした。

 オルウェイの目線が前足に集中する。



「なら!」



 オルウェイが火炎を杖から放出した。

 猛烈な火炎放射がラプソドゥノールへ向かって放たれる。



『今更!』



 ラプソドゥノールが火炎放射を避け、『天井になった床』へ着地する。

 ディズから見れば、両足だけ天井に着いて宙ぶらりんだ。

 そこへ立て続けにオルウェイは魔法を叩きこむ。



『カァァァァッ!』



 ラプソドゥノールは冷凍ブレスを吐き出す。

 オルウェイの火の魔法とぶつかり合って、周囲に水蒸気が拡散する。



「くっ」



 水蒸気で視界が塞がる。



「まずい」



 人間の視覚とネズミの視覚なら、ネズミの方が劣化している。だが、中身は歴戦の妖霊。

 ディズにとってのデメリットが、ラプソドゥノールにとってのデメリットになるとは限らない。

 現に、ラプソドゥノールは自ら視界を遮った前科がある。



(来るとしたら――――下ッ!)



 上へいると見せかけての下からの攻撃。

 ディズは先手を打って、立ち位置から下へ魔法障を右手で張る。



『クラァァァァァァァァ!』



 案の定だった。



「よし!」



 奇襲。

 上方にいた状態から落下するシンプル過ぎる動き。

 そこに待ち構える魔法陣の壁。


 その瞬間、バインッという間の抜けた音がした。

 ラプソドゥノールが軌道を変え、下方へ移動。



「そう、来るよなぁ!」



 流石に読める!

 ディズは左手で下方へ魔法陣を張る。


 ラプソドゥノールは魔法陣に衝突する。

 その魔法陣は、初めてラプソドゥノールの突進を食い止めたものと同様の効果を持つ。ただし、今度の魔法陣に込めた魔力量は比べ物にならない程に多い。


 ラプソドゥノールは吹っ飛んで対面の壁に衝突――――しなかった。


 魔法陣に衝突した瞬間、ラプソドゥノールの身体が砕けた。

 衝撃で体中に亀裂が入り、そのまま砕け散り、吹き飛んだのだ。



「……え?」



 ――――氷?



『……死ね』



 上へ向けた障壁。下へ向けた障壁。

 そこへ向かってきたラプソドゥノールは氷の塊だった。


 本体は、上下の間を通り抜ける。

 ゴライアスラットの大口が、ディズの目前にあった。



「――――ディズゥ!」



 オルウェイの声がした瞬間、ディズの目の前は真っ暗になった。



『はっ?』



 声が聞こえた。

 その声の主は――――眼前の巨大なネズミだ。


 辺りが白い。

 一瞬、真っ暗になった視界が回復する。

 視界が明けると、ディズに触れる寸前でラプソドゥノールが硬直していた。



「はぁはぁ、間に合った」



 声のする方へ向く。

 いつの間にか倉庫で言う3階の位置にいるオルウェイが、ゴライアスラットに向けて杖をかざしていた。



「私だって……【浮遊の魔術】くらい使えるもん!」



 それは【浮遊の魔術】という。

 基礎中の基礎である魔術。

 その魔術がゴライアスラットをピタリと空中で停止されていた。


 ――――一瞬、静寂が訪れる。


 ディズは拳を作り、そこに魔法陣を作る。



「オラァ!」



 ディズはラプソドゥノールの鼻っ面を思い切りぶん殴った。



『させるかぁ!』



 ディズの拳の魔法陣が炸裂。

 連続花火のような爆裂が発生。

 ラプソドゥノールの身体が瞬間的に炎上し、すぐに鎮火し、ラプソドゥノールはきりもみしながら飛んでいく。



「よし!」

『ダボがぁ!』

「うそぉ!?」



 完全に決まったと思った。

 だが、しぶとくもラプソドゥノールは耐える。

 空中で跳ねて、天井になった床にしがみついてぶら下がる。



「ウワッ!? くそ!」

『ケケケケケケケケ! 認めてやるよ! お前らは強い! 小僧! お前は強い! 稀に見る天才だ! だが、足りない。一歩足りない!』

「ちくしょうめ……え? あ、え?」



 ディズは何かに気が付き、呆然とする。

 だが、瞬間、何かを察して、右手に魔力を貯め始める。



『ケケケケケ! 足りないという事は! 終わらない! 終わらなければ! 俺が勝つ! この身体じゃなきゃ瞬殺だったが、その強さと才覚! 認めてやる! だが! だが! だが! だが! だが! 勝つのは! 俺だ!』



 ジリ貧は勝利。

 その確信をもって、ラプソドゥノールは宣言する。

 勝つのは俺だと―――――。



「――――そうはならないよ」



 その言葉通り、そうはならなかった。

 ディズから見れば、上でコウモリのように逆さで立っている一人の影。

 いつの間にか『天井になった床』に立っているオルウェイの姿がそこにあった。



「え!?」



 驚いたのは、3階にいるオルウェイ。

 逆さ吊りの自分がいれば驚いて当然だ。



『は!?』

「―――――そうは、ならねェんだよ」



 彼女の手の中にはラプソドゥノールのガントレットがあった。

 オルウェイの姿が崩れ、その姿は東洋人の少年へ変わっていった。



「なんせ、オレのダチだからな」



 そう『炎と虚偽の妖霊』は告げた。



『……テメェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!』



 ガントレットから響き渡る慟哭は戦いを終わらせる終焉の合図。



「決めろやァ! ディズ!」



 すでに準備は終わっていた。

 ディズの右手に溜めた魔力が、手のひらの上で球体となり、高速回転している。

 周囲一帯のマナを巻き込で一点に集中する。

 八歳ほどの子供の手のひらのサイズなど、たかが知れている。だが、そこの集中するマナの量は常人の魔法使いに操れる量ではない。


 ディズのやっている事がどれほどの事なのか。

 それは歴戦の炎の妖霊以外、知り得ない。

 ただ一つ言えるのは、【現象の魔術】の象徴的光景だという事だ。



「――――至高の魔法使いウィザード・スプリーム



 ヴェルフリーディの呟きはディズには聞こえなかった。



「オルウェェェェェェェェェェェェェェェェェェイ!」



 ディズの叫び。

 ずっと3階層にいた本物のオルウェイへ届いた。



「たぁああああああああああああああああああ!」



 オルウェイは杖を掲げ、大規模な炎と雷を空中で輪にして回転させる。

 呼び声と共に『天井になった床』へ、輪になって回転した炎雷をフリスビーのように飛ばし、宿ゴライアスラットの足元を燃やす。


 ゴライアスラットの足がついている場所は『古い木の床』だ。

 年代物の木製は良く燃える。


 掴む場所が燃えてしまう。さらに強力な炎と雷をぶつけられ、妖霊のサポートも無くした巨大ネズミごときが、体重を支え切れる訳もなく、『床になった天井』へ落下した。


 その落下に合わせて、ディズは魔力の弾を弾丸のように飛ばし、ゴライアスラットにぶつけたのだった。


 ゴライアスラットは吹き飛んだ。

 その渦を見たゴライアスラットは声を上げることすらできず、壁に猛烈な衝撃と轟音を上げて倉庫の壁に叩きつけられて動かなくなった。


 絶望を砕くのは、いつだって最後まで足掻く希望の決意である。






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