二章31 『雲には敵わない』
「さあて、一打目だ」
そう彼女が告げた直後に、柚衣は「お待ちください」と一声にて制した。
「こちらからも規則の追加をお許しいただけないでしょうか?」
「ふうん? 言ってごらん」
「これから挙げる役も追加していただきたいのです」
そう言って柚衣が口にしたのは以下の役だった。
単竜(タンロン)、花龍(ファロン)。
槓振り――他家(ターチャ)がカンをした直後の打牌に対してロンすること。一飜。
天地開闢(ティエンティ・カイピー)。
「――ってなんだ?」
「手牌を公開して立直をかけることよ。それだけで二飜になるの」
つまりオープン立直のことらしい。
清盃口(チンペーコー)――二盃口(リャンペーコー)を構成する各々(おのおの)の順子(シュンツ)が同じ数の牌だった場合に成立する役。三飜。
燕返し――他家の立直宣言牌でロンすること。一飜
他に配牌時にかかわる役を二つ追加させたが、さすがにそれは青天井では無意味なのではないかと思った。
計八つの役が柚衣の願いによって採用された。
「こんなことで神と人間の力量差が埋まるとでも思ってるのかい?」
「……さあ、どうでしょう」
挑発的な盤古の問いを、柚衣はさらっと流す。まるで意に介していないといった風だ。
その様を鼻で笑った盤古が、手に持った黄金の斧を振り上げ。
「――ッラァアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!」
手牌の真ん中にある一枚目に叩き落とした。ただの打牌とは思えぬ気迫だ。
牌は斧の刃を受けた途端、ガラスの爆ぜ割れるような音を響かせて砕け散り、宙に再構築された。
それはスーソウだった。
途端、四本の剣が宙に生み出される。鋭利な刃は夕焼けの光を受けて赤々と染まる。
紅の刃は柚衣目掛けて立て続けに射出される。
一打目ということもあり、まだ守りもロクに築けていない。この状況下での神からの一撃――否、四撃を耐えることができるのか?
柚衣は迫り来る刃を目にしても、泰然とした様子で中国刀を構え。
「――はぁあああああッ!!」
気合の雄叫びを上げ、刃目掛けて空を切る。
一閃、一閃と重ね、クモの巣を作るがごとく刀を振るう。剣先の通ったところからは白翼之刃(はくよくのじん)が放たれ、スーソウの剣目掛けまっしぐらに突進していく。
宙にて風と鋼の剣が交差する。
数と威力、その突撃は互角に終わった。互いの力で競り合った結果それ等は相殺し合い、風は立ち消え四本の刃は落下していく。
その様を目にした盤古はヒュゥと口笛を吹いた。
「やるねえ。まさか完全に防がれるとは」
「……神の貴様から褒められるとは、身に余る光栄です」
俺はちょっと興奮気味に麻燐に言った。
「か、神の攻撃を絶えたぞ!? こりゃ、いけるんじゃないかっ!?」
「おおお、落ち着きなさい。まっ、まだ、一発耐えただけよっ」
「……いや、お前の声も上ずってるけどな」
麻燐の反応を見てたら、なんか俺の方は落ち着いてきた。
しかしいきなりのスーソウ……。
基本、第一打というのは么九牌を切っていくのが定石である。
字牌(ツーパイ)は重ならなければ使えないし、一、九牌では順子を作りにくい。ゆえにそこら辺を先に処理するわけである。
四、六は順子を作りやすく、かつ赤ドラも絡む重要な牌だ。初手から切ったりなど普通はしない。
切るとしたらチャンタ系か染め、あるいは役満……。
不安材料は今まででインフレするぐらいに積み上がっている。もうこのイヤな予感が杞憂で終わる気配が全然しない……。
柚衣がツモってきたのは南。役牌ではあるが何にも重ならず、手が進まない。さほど嬉しくない一枚だろう。
柚衣は迷いなく西を切る。
途端、盤古と娘娘を暗い闇が覆う。確かあの牌は相手の次の牌の効果を下げるデバフ効果だったはずだ。決定打にはならないが、一巡だけでも自分の麻雀に集中できるように環境を整えるありがたい牌じゃないだろうか。
娘娘は流星錘(りゅうせいすい)を振るい、重石を直撃させて打牌を行った。見かけによらず超人的な軽い身のこなしだった。さながら猿のように。
表示されたのはリャンピン。
盾となる光円を増やす、手堅い一打。
それからも対局は大して長考もなく進んでいった。
「……ねえ、気付いてる?」
麻燐に問いかけられ、俺は「何を?」と問い返した。
「これ、三麻なのに、萬子の2から8の牌も入ってるのよ」
「え、あ、本当だ……」
三麻では通常、萬子は1、9牌のみを使用する。牌を少なくして対局をスムーズに進めるためだ。
なのに現在の対局では手牌や川に萬子の数牌が何食わぬ顔で並んでいる。
「……どういうことだ? まさか見えない四人目でも参加してるってのか?」
「牌山を見てる限り、そんなことはないと思うんだけど……」
話を受けてもう一つ、気にかかることがあった。
三麻なのに誰も北(ペー)をしていないのだ。
それ自体はそこまで珍しいことでもないのだが、さっきの話を聞いたばかりだと少し気にかかってしまう。
「なるほど……。神たる者は、あらゆる事象を意のままにする、ということですのね」
ふいにヒミコがぽつりと呟いた。
「何かわかったのか?」
「まだ憶測の域を出ていませんので、つまびらかにするのは避けさせてもらいますが……。そうですね、一つだけ申すなら」
彼女はすっと空を――茜色に萌える雲を指して言った。
「いかに脚の速い者であっても、空を飛べる者であっても。天をゆったり漂っているはずの雲には敵いっこない……ということですわ」
俺と麻燐は顔を見合わせ、『はて?』と首を傾げた。
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