ラグナロクの前に【星・金貨・カタツムリ】

「これが最後だ……我々には、もう機会は残されていない。この戦いが――すべてを決する。世界を賭けた戦いだ」

 静かだが奥に強いものを感じさせる声で、男は言った。

 彼らは地下にいた。わずかばかりの照明が揺らぎながら、男と、彼とともにそこにいる三名の顔を浮かび上がらせている。揃いの青い装束に身を包んだ彼らの面持は、一様に厳粛だった。

「だが、これまでの戦いは五分五分だ。すべては神の手の中……まるで予測はつかない。だから、占術の見立てを聞きたくて集まってもらった。こちらに神はいるのか、風は吹いているのか――」

「……心配は無用。その神が、勝利は私たちの手にあると言っている」

 ひとりが口を開いた。頬に紋章を描いた女だった。

「我々『青き志士』を表す星は、今まで常に悪しき凶星に伴われ、苦戦を強いられてきた……でも、今日からは星の配置が換わる。凶星は今日を境にゆるやかに離れ出し、代わりに栄冠を示す星が良き角度を築き出す。この配置から暗示されるのは――勝利」

 女は言葉を切り、艶然と微笑んだ。

「私たちは、栄光の星の力と導きにすべてを賭けて、ただ祈り、見守ればいい。すべてはきっと、上手くいく」

「……そう思うか?」

 星読みの隣にいた、細身の男が口をはさむ。

 星読みが目を細めて、隣を見つめた。金色の髪を短く刈り、面を白く塗って鼻を丸く赤く染めた若い男。一見すると異様な姿であったが、彼の眼光は鋭かった。

 彼は、ずっと右手の中ですり合わせていた3枚の金貨を、やにわに放り出す。チャリン、チャリン……高い音を立てて散らばった金貨が、卓の上を彩った。

「裏、裏、表――ほら、また同じだ。何度やり直してもこうなる」

 彼は金貨を見つめながら両手を広げた。

「これは苦難を表す暗示だ。おそらく、この戦いは身を削られるような試練になる。持ちこたえれば勝機はあるが、苦しい戦いになるだろう――。この戦いについて、ただ勝利だけを信じて祈れとは、俺には言えない」

 星読みの女が、低い声で言った。

「金貨見は、私の星読みが間違っていると?」

「そうは言っていない、俺はただ俺の見立てを言っただけだ。ただ、金貨を投げてそれが落ちる、その結果は常に偶発的であるはずなのに、ここ数回、何度やり直しても同じ結果しか出ない。つまり、結果はそれほど確定的ということだ」

「金貨に何か仕掛けていないとも限らないと思うけど?」

「するものか! 俺とて完全勝利と言いたいんだ。それなのに、わざわざ苦難の暗示を細工する理由があると思うのか!?」

 険悪になる星読みと金貨見を、「まあ、待て」、最初に話していた男が遮った。

「熱くなるな。ふたりとも読むべきものを読んだだけだろう? それに……忘れていないか。もうひとり、見立てを聞いていない占者がいるのを」

 星読みと金貨見は口をつぐみ、最後のひとりを見やった。

 視線を受け止めた最後のひとりが、くくっと笑った。ごくごく平凡な、身体の丸い男だが、装束と同じ青色に染め上げた髪がやたらと目を引く。

「……そう。それを『カタツムリの選択』という」

 彼は左手の指を這わせていた大きなカタツムリを、そっと目の前に掲げた。

「カードに戦う両者の名を書いて置き、離れたところからこいつを這わせる。そして、どちらのカードを先に這うか、それを見る――今まで、こうやって事の勝敗を占わせて、このカタツムリが間違えたことは、たった一回しかない……ふふ」

 カタツムリの主は、どこからか2枚のカードを取り出し、金貨が散る卓の上にそれを置いた。そして、「さあ、行け」――カタツムリを放す。

 ゆっくりゆっくり進んでいくカタツムリの姿を、そこにいるすべての者が見守った。静かな緊張が高まる。

 到達した、カードに書かれた名は――


「俺たち――」

 

じゃ、ない!!


「う……うおおおおおーーーっ!!」


 全員が絶叫しながら天を仰いだ。


「そんなことがあってたまるか! 絶対に負けられない戦いなのに!」

「でも星は良い兆候を示しているのよ!」

「そうだ、そうだそうだ! たかがカタツムリの言うことなど当てになるものか!」

「あっ、それはひどい! 金貨見だって苦難を予言していただろう!」

「あれはちょっとした言葉のあやだ! 苦戦するが最終的には勝つという意味だ!」

「……おーい、奥のテーブルで盛り上がってる皆さーん」

 占術師らと彼らを集めた男は、はっとして声のかかった方向を見つめる。


 いつの間にか他の席も満席だった。彼らと同じ青い装束――ユニフォーム姿の人が席を埋め尽くしていた。顔ごと日の丸メイクの金貨見みたいなのはさすがにいないが、星読みと同じく頬に日の丸ペイントをした人は少なくない。その人たちが、手に手にグラスやら応援グッズやらを持ちつつ、パブリックビューイングに注目している。

 マスターが言った。

「試合、始まるよ」


『さあー、いよいよこのときが来ました! 世界への切符を賭けた、絶対に負けられない戦い! サムライブルーのユニフォームが、今っ、入場してきまーーーーす!!』


「うおおおおーーーっ!! がんばれ、SAMURAI BLUEーっっ!!」

 スポーツバーの片隅で、今日の試合結果を占っていた熱烈サポーターの一団は、あっという間に応援の熱狂の中に飲み込まれていったのだった。

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