第14話 一夜城③
昨晩の報告会では特筆すべき内容はなく、各々順調に準備が進められていたことが報告された。
そして今日から領民への指教の方はファティマの一団に任せ、俺は残りの100人に
先に指教した100人とは異なり、この100人は
そのため今まで使用していたような小さな鍋では力不足で、大規模な釜が必要であった。
釜はクウネルに手配してもらった。金属製が理想ではあったが、この世界の技術では難しいようで陶器製のものとなった。
陶器製は金属製に比べて、熱の伝達が起こりにくいため釜自体が温まりにくいという欠点がある。そのため、
俺たちはそのことを念頭におき、陶器製の釜を用いての演習を早速開始した。
まずは
そして、釜を火にかける。ここでは釜全体に満遍なく火を渡らせることが重要だ。特に大型の釜である場合には中央の火力が落ちやすい。フイゴでしっかりと空気を送ると共に、燃え尽きにくい燃料も必要になる。
そこで俺は
これで
そして俺はこの手順をファティマの配下100人へ指南した。
続けて俺は100人に
そうこうしているうちに、この日も1日が終わった。
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それから3日後。
夜の報告会のことであった。
ファティマが顔をしかめながら部屋へ入ってきた。
そして開口一番こう言った。
「クソ虫が勘付いた」
瞬間、室内の空気が緊迫する。
「そんな!」
俺は驚きのあまり語調が強くなってしまった。
「いや、正しくはクソ虫が新しく登用した臣下が気付いたようだ。存外優秀な奴を従えているようでな。奴の下についているのは勿体ないくらいだ」
「なるほど......。それで計画の方は......?」
「ああ。おそらくだが明日1日はなんとかかわせるはずだ。だが、2日となると厳しいだろうな。どうやら奴らに計画の決行日が漏れたようだ」
俺は少し考えたのちにこう言った。
「あと1日......。じゃあいっそのこと明日の夜に決行しませんか!?」
「はあ? なにをいっているのだ。明日の夜ではそもそも指教が終わってなかろう」
「いえ、実は指教自体は明日で終わるんです」
俺は現場監督のクセで日程に余裕を持たせていた。雨や不測の事態に備えて予備日を設けておく通例が幸いしたのだ。
「はああ? そんなこと聞いてないぞ」
「はい。誰にも伝えていないので!余裕があると知れたらどこかで気の緩みが出ちゃいますからね」
そう言う俺の顔はしたり顔をしていた。
だがここで俺は当然の疑問に行き着く。
「でも決行日まで知られているということはどこかから情報が漏れているということですよね?」
「街中を巻き込んでの計画だ。漏れてしまうのも仕方あるまい。領民の中には領主側に寝返ったものもおるやもしれん。今からでは探し当てるのも難しいな」
「それじゃあぁ、明日決行するのも漏れてしまうのではぁ?」
クウネルの言っていることはもっともだ。どんなルートで漏れてしまったのかはわからないが、決行日を変更しても同じように漏れてしまうことは十分にあり得る。
「そこが問題だな」
ファティマが珍しく表情を曇らせた。
室内の空気が重い。
「あ、それじゃあこんなのはどうでしょうか??」
--------
翌日、日没と共に俺たちは行動を開始した。
街には松明に火が灯され、街をぼんやりと照らしている。
「さあ、始めましょう」
俺のその一言に端を発し、釜が火にくべられた。
街の各所からパチパチと火の粉が飛び交う音がするとともに、ヤナギが風になびくかのごとく橙色の灯りが揺れていた。
どうやら他の釜にも火が入れられたようだ。
それに呼応して、領民達が各々の住居から姿を見せた。
一刻一刻とたつ毎に街中の屋根が黒くなっていくのがわかる。
そしてついに各所からの報告が上がり始める。
「北東①班、終了しました」「北西②班終了しました」
俺達は無事に一夜城を完成させたのだ。
段取り8分とはよく言ったもので、実行段階は瞬く間に終了した。
街の異変にようやく気付いた領主が慌てて館の外へ顔をだした。気付くには遅すぎたのだ、すでに朝日が登りはじめている。
そしてファティマが領主へこう告げる。
「遅かったではないか。クソ虫」
「きさまあぁああ! なにを勝手なことをおぉお!!」
領主は叫びにも似た口調でファティマを責め立てる。
そんなことはお構いなくファティマが続けた。
「なにを言っておる。お主が許可したのであろう。では、工事代金として金貨100枚頂こうか。手持ちがないというのであれば分割でもよいぞ」
ファティマが告げた金額は全く良心的なものではなかった。
クウネルが見立てた額の倍を吹っかけたのだ。
「なにをおおおおぉお!!! もうよい!! 兵を集めよ!!!」
領主の叫びが街中に轟く。
その叫びに先に反応したのは俺達であった。
ファティマとその一団は臨戦態勢を整える。その背後には血気盛んな領民も集まっていた。
「領主様、ここは引くのが得策かと」
領主の脇に控えていた男が発した。
いままでは領主の影に隠れていてわからなかったが、その男は他のものとは明らかに異質で、領主の配下には似つかわしくない雰囲気を漂わせていた。その様は品があり、聡明さすら感じるほどだ。
「ぐうぬぅうぅ。......いくぞ」
領主は唸り声をあげながら館へと戻っていった。
そして聡明そうな男はこちらに近付き、ある申し出をした。
「先日より領主様にお仕えしているルッカと申します。早速で申し訳ありませんが、先程提示いただいた金額はいささか高額ではないでしょうか。私の見立てでは金貨50枚が妥当とは思います。──ですがファティマ様にも事情があるのでしょう。金貨70枚まででしたらお支払いする準備がございますがどうでしょうか」
「ふん。まあよい。それでは金貨70枚だな」
そう言うファティマはしたり顔をしていた。
「ご理解感謝します」
ルッカはそう言うと館へと姿を消した。
それと同時に領民達は歓喜に沸く。この計画は俺達の完全勝利で終わった。
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その日の夜、俺達は祝宴を開いていた。
「お主の作戦、上手くいったのう」
そう言うファティマはえらく上機嫌であった。
領主に一泡吹かせることができて満足しているのであろう。
「上手くいって本当によかったです。まさかあんな作戦が通用するとは」
俺の提案した作戦というのはとても単純なものであった。
決行日が変更になることをその日の夕方まで秘匿しておいたのだ。そして夕方になると同時に伝令を出し、決行日の変更を一気に伝えた。
変更の知らせを領主に伝えるためにスパイが動くと俺は踏んだのだ。
だが普通に伝えてはいつ動き出すかはわからない。それを制限するために決行までに時間のない夕方を選んだのだ。
そして案の定スパイは飛び出し、捕縛することができた。
「単純であるが故に防げないこともある。そんなものだよ」
ファティマはニヤリとしながらそう語った。
「それはそうと、金貨の大半を領民へ渡してしまってよかったんですか?」
「領民自身が工事を行ったのだ。当然の対価であろう?」
確かにそうではあるが、ファティマはクウネルへ支払った材料費等を除いたそのほとんどを領民へ手渡していた。
それではファティマの一団の食い扶持が確保できないのではないか?
そう考えているとクウネルが俺に声をかけてきた。
「心配しなくてもぉ、大丈夫ですよぉ。ファティマさんはぁ、他の稼ぎがありますからぁ」
その言葉を聞いたファティマは釘を刺すかの如く、クウネルを睨み付ける。
「あらあらぁ。すみませんねぇ」
そんなやり取りも今は楽しかった。仕事をやり遂げた達成感と言えばいいのだろうか。
この日は1日、そんなものに包まれていた。
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