第11話 カンデデ
俺とファティマは中央通りに戻り、街の中心に向けてまっすぐと進んでいた。
街を歩くファティマを見かけた領民が次々とファティマへ声をかける。ファティマは「ふむ。ああ」などの短い返事しかしていないが、領民は皆笑顔であった。
レイミの話通り、ファティマが領民の信望を集めているのは明明白白であった。
そんな中をしばらく進むとファティマの屋敷に負けずとも劣らない大きさの建物が姿を現した。
ファティマが言うにはあれが領主の館であるという。
柱の一本一本に巧みな細工が彫り込まれ、朱色の彩色もなされていた。
大きさ自体はファティマの屋敷と良い勝負であるが、建物の重厚感や細かな細工などは比較にならない程に手の込んだ作りをしていることが伺えた。
この世界でこのレベルの建物をつくるとなると、一体どれほどのお金と時間が掛かったのであろうか。考えるだけでも頭がおかしくなりそうだ。
「何をしている、いくぞ」
想像以上の荘厳さに圧倒されていた俺であったが、ファティマの冷めた声で我にかえった。
俺はファティマのあとに続き、館へ足を進めた。
館の入り口には門兵が立哨にあたっていた。
ファティマはおもむろに門兵へ近づくと、その1人に声をかけた。
「おい」
「ん? なんだ、おま......ファティマ様!? 今日はどうされましたか??」
遠目でも門兵の顔が引きつるのがわかった。
「領主はおるか?」
「は、はいっ!! こちらへどうぞ!!」
門兵はそういうと、ファティマを館へ招き入れた。
「待て。あいつもだ」
ファティマは俺を指差す。
「ファティマ様、あなた様の御入来は許可されておりますが、あの者には」
門兵の言葉を遮るように、ファティマが門兵を睨みつけた。
「ひっ......。そこの方、こちらへどうぞ......」
ファティマの無言の圧力に屈して、門兵は俺も館へ招き入れてくれた。
この門兵の態度や反応は一体......。ファティマがこの街で有名なのはレイミから聞いていたが、それだけでは説明がつかないものであった。まるでファティマを恐れているような......。
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俺たちは門兵の通された客間で領主のお出ましを待っていた。
「おい、まだか」
ファティマの声からは静かな怒気を感じた。どうやら待たされるのが嫌いなようだ。
「も、申し訳ございません。い、い、今しばらくお待ちくださいませ......」
客間の外で待機していた従者はどもりながら応えた。どうやらファティマに相当怯えているようであった。
先ほど門兵もそうであったが、ファティマとこの館の従者達の間で何かあったのだろうか......。
そんなことを考えていると、客間へ足音が近づいてくることに気づいた。
「領主様の御成です」
その声と共に、客間の扉が開いた。
それと同時に小太りの男がこちらへ向かって歩みを進めた。
男の背は小さく、ファティマとほぼ同じくらいに思える。しかし、その足音は響くように重く、それは男の身体が相当に重いことを暗に物語っていた。
「ファティマァァ! 貴様なにをしにきた!!」
小太りの男の言葉には怒気が込められていた。
従者達の反応に反して、この男だけはファティマに対し強気であった。
「うるさいぞ、クソ虫」
そんな男に構うことなく、ファティマは暴言を飛ばした。
「クソ虫だとおお!」
ファティマの言葉で男はさらにヒートアップしていく。
言葉にならない声が部屋中に響く。
「うるさいと言っておるだろう」
ファティマは語気を強めた。その言葉からは得もいえぬ凄みがあった。
「っ............」
その凄みに当てられたのだろうか、男は言葉を失う。
「わかればよい。それで今日はお主に話があったきた」
「話だと?」
血の気が少し抜けたのか、男は冷静さを取り戻していた。
「ああ。お主の所有している建物の屋根に
「なにを勝手なことを!!」
男は再びヒートアップする寸前であった。
「また痛い目にあいたいのか?」
そう言うファティマは不気味な笑みが浮かべ、異様な威圧感を放っていた。
それは黒い池で“ゴブリン”と対峙したときにも感じたものとは似て非なるもので、ファティマのそれからは純粋な“殺意”を感じとれた。
「わ、わかった......」
うつむき気味に男は答えた。その時の男の顔は怒りを必死で抑えている、そんな表情を浮かべているようにもみえた。
「では帰るぞ」
結局俺は一言も発さないまま、領主の館を後にした。
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ファティマの屋敷に戻った俺とファティマは、
だが本題に入る前に気になっていたことをする。
「領主の館であった男は誰なんですか?」
「ああ、あいつは領主のカンデデだ。ロクでもないやつだからクソ虫と覚えておくとよい」
薄々は気付いていたが、やはりあの男が領主だったようだ。というよりも、領主にあんな態度をとって許されてしまうファティマとは一体......。
「ファティマは領主様となにかあったのですか??」
つい気持ちが言葉となって現れてしまった。
「......知らないほうがお主のためだぞ。死にたいのなら話は別だが」
ファティマの顔には不気味な笑みが再び浮かべられていた。
「............」
俺はファティマの威圧感に当てられ、言葉を失っていた。
「まあまあぁ、それぐらいにしてくださいぃ」
突然部屋の外からねっとりとした声がした。
音を立てて開く扉の先にはクウネルが立っていた。
「カズトさんもぉ、大事なパートナーなんですからぁ」
「ふんっ。わかっておるわ。冗談だ冗談」
ファティマがそう言うと同時に、部屋を包んでいた威圧感が霧散した。
「それよりもクウネル、お主入る機会を伺っておったな?」
ファティマは先ほどまでとは違い、いたずらな笑みを浮かべていた。
「いやいやぁ、そんなわけないじゃないですかぁ」
おそらくファティマの言っていることは正しいのであろう。
彼らとは短い付き合いではあるが、俺は不思議とそう感じてしまった。
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