第11話 キャプテン
三人は猛ダッシュで三階から一階へ降りると、靴を履き替えて体育館裏へと直行した。先ほど男女のカップルが曲がったところで静かに壁に寄りそう。
「ごめん!」
「あたし…他に好きな人ができたの。…ホントに悪いんだけど…別れて…くれないかな」
三人がこっそりと覗くと、まさに告白のシュチュエーションで男女がお互い向き合っていた。しかし話している内容は…。
「なんだ、告白じゃなくて別れ話か」
「うーん、正直言ってめちゃくちゃ残念だけど…しょうがないか」
悲哀の感情が一点も感じられない声だった。女の子が意外そうに顔を向ける。
「許してくれるの? あたしのこと…やっぱり恨む?」
「恨まないよ。他の人が好きになっちゃったんじゃしょうがないよな。逆の立場になることだって十分あり得たわけだし。むしろさ、俺と付き合ってくれてありがとな。俺、ナツと付き合えてすげー楽しかった」
予想もしていなかった反応のようで、女の子が急に泣き出した。
「おいおい、泣くなって」
男が女の子に近づいていく。その所作から、女の子の涙を拭ってあげていることが後姿からでも想像ついた。
「ナツが好きになったんだから絶対そいつ、いいやつだよ。今日から俺たち友達に戻るけど、俺にできることがあったら遠慮なく頼ってくれよな。俺、ナツとはせめていい友達でいたいから」
「くあ~、なんて爽やかなお人や!」
舜也が覗きを止めて静かに呟いた。浦瀬も同様に納得する。
「うん、すげえな。普通別れ話切り出されたらああは言えねえよ」
「とか言いながら、お前まだ彼女と付き合ったことねえだろ」
最後に長塚も顔を引っ込め、三人は無言のまま互いを見合った。
「バスケ見学、行くか」
「そだな」
三人は何かを悟ったような顔で再び靴を履き替えるべく下駄箱へ向かった。心なしか、タンポポが一層輝きを増して咲いているように見える。
体育館へ続く渡り廊下を歩いていると、三人の目の前で
「あれ? 先に体育館行ったんじゃなかった?」
「や、たまたまカップルが告白のシュチュエーションに入るところ目撃してさ」
長塚が答えた。
「ちょっと寄り道しわたけよ」
浦瀬が答える。
「俺ら、男として一つ成長できたと思うわ」
舜也の答えに広宣は首を傾げた。浦瀬が説明する。
「ちょうど体育館の裏でな、カップルが別れ話してたんだ。彼女が別れ話を切り出したんだけど、男の反応が最高でさ。…あ、あれだよ。今出てきた」
ちょうど四人が立っている吹き抜けの渡り廊下から、今しがたのカップルが体育館の角から出てくるところが見えた。お互い積もる話を終えたらしく、さっぱりとした顔をしている。
「げ、兄貴じゃん」
広宣がボソリと呟いた。舜也が目を丸くして広宣を見る。
「あ、兄貴?」
「ああ、あれ俺の兄貴。三年で、バスケ部のキャプテンやってる…って話はしたっけな。浦瀬らは知ってるだろ? うちで何回か兄貴と会ったじゃん」
「いや後姿しか見えてなかったから…。そういえば聞き覚えのある声だったな」
長塚が後ろ頭をポリポリとかいた。
三日前に舜也と広宣が訪れたときと違い、体育館にはすでに二十人以上のバスケ部員が気ままにシュートを打っていた。まだ本格的な練習に入る前のウォームアップらしい。体育館の真ん中でネットが仕切られ、向こう側は女子バレー部が練習している。舜也をはじめとする新一年生たちは二十人前後が体育館の隅で体操服に着替え、緊張した面持ちで大柄の先輩たちが放つシュートを見つめていた。
舜也がふくらはぎを伸ばすストレッチをしていたとき、体育館の入り口から先ほど彼女と別ればかりの男子生徒が入ってきた。部員たちが一斉に部長に向かって挨拶する。舜也の横で同じく準備体操をしていた広宣が言った。
「俺、ちょっと兄貴に
広宣は一人でキャプテンの方へ走っていく。広宣と兄がやり取りする様子を見ながら舜也は二人を見比べた。兄弟とあって顔は似ている。特に耳の形がそっくりだ。当然ながら兄の方が広宣より二十センチ以上背が高く、百七十センチ以上ある。ただ顔つき以上に纏っている雰囲気が特徴的だった。広宣自身、爽やかな印象を受ける人間だが、あの兄はその倍も優しげな顔つきをしている。
広宣と兄は何やら話しながらこっちに近づいてきた。やがてキャプテンが集まっている一年生たちの前に立つ。
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