遭遇、シベリア郵便鉄道特急編 最終話 遭遇、ヤマト朝廷!
しばらくうずくまっていると頭痛は自然と収まった。
「あれ!?」
ナツキが悲鳴を上げ、泣きそうな顔で全身をまさぐったあと、床に這いつくばり調度品の下を覗き込み始めた。
「どうした?」
ついには未だ爆睡中のタグチの服の中まで調べようとしだしたのを見かねて俺は訊ねた。
「あ、ヤマトくんトライ見かけなかった!?」
「トライ……?」
そう言えばナツキの首からぶら下がっていたインカンが存在しない。
「そういえばさっき持って行ってたぞ」
「誰が!?」
「え……いや誰だろう……誰かいたよな、さっきまで? 三人でババ抜きやってた形跡あるし」
「これはタグチくんとやってたんだよ?」
あれ、そうだったか?
「じゃあトライはどこ行ったんだ」
「だから探してるの!」
その時部屋の入り口をノックする音がし、続いてドアが開き乗務員の格好をした男が入ってきた。
「失礼します、お客様。お部屋の前にこちらの品物が落ちておりました」
手には銀色をしたインカン。捺印面には三つ巴の印章。
「トライ! 良かったぁ。なんで外にいたの?」
『まあ、色々ありまして。少し外の空気を吸おうかなと』
「お前自分で動けたのか……?」
それより呼吸してるのか?
「そろそろお食事の時間ですので、よろしければ食堂車までお越しください」
俺達がほっとしていると乗務員は笑顔……のような表情でそう言って退室した。
「トライどうしたの? ずっと乗務員さんの方見てたけど」
ナツキが首を傾げた。視線とか分かるのか。
『いえ。それよりもタグチさんをそろそろ起こして食堂車に行きましょう。ビュッフェ形式で中々美味しそうでしたよ』
トライの言う通り、食事は中々の物だった。もちろんポストの中身から取り出したものである以上、軍用レーションや保存食等が主なのだが限りなく「料理」に見えるような努力が施されていた。ポスト・ポストカリプス世界にはスーパーカブ以外の畑は存在しないし、家畜も絶滅したので生鮮食材という概念は存在しない。
「うむ。酒にあう味だったな」
「まだ飲むのかよ……」
食堂車で更に酒を買い込んだタグチを見て俺は呆れた。窓の外はもう暗い。秋のシベリアの日照時間は短い。所々光って見えるのは発光ポストだ。赤、白、緑、青。様々な色が楽しめる。ナツキはその不可思議な光景に夢中になってさっきから窓に張り付いていた。
トライはじっと黙って、先程のマナカとの会話をどうナツキに伝えようかと思い悩んだ──
『……やはり、そうでしたか』
「ヒソカ団長とも俺は会ってるから、あの大郵嘯で何が起こったのかは大まかに知ってるよ。ローラの肉体は地球恒星化を阻止して、ローラの精神とガブリエルは君たちを逃がした」
『……』
「君たちが知ってるのはここまでだと思うけど、その先があったんだよ。ローラがポストの無限増殖を停めた方法が不味かった。ポスト・ヒューマンテクノロジーに対抗するために、彼女は禁断の力を用いた」
『――モノリス・ポスト』
「そう、あれの封印を少し――ほんの一瞬だけ解いたんだ。そこから溢れた万郵便力は世界を書き換えた」
『万郵便力――? 世界を書き換えた?』
「この宇宙に本来はない、あってはならない物が存在するとどうなるか。宇宙は、物理法則は強い。本来なら存在を禁止された物は物理法則に押し潰されて消える。だが万郵便力は別の宇宙の確固たる法則だ。法則と法則が喰らいあって、宇宙は破れ、再編された。因果律は壊れた。
あの大郵嘯がきっかけで、全ての歴史が書き換えられたんだ。ある意味あれこそが、ビッグバンだった」
『私が確認不可能なのをいいことにデタラメを述べている可能性を排除しきれません』
「だから、騙してなんになるのさ。こうやって話してるのも俺の目的のためなんだから」
『では、私が信じたていで話を進めてください』
「慎重なやつだなあ。まあいいや。それで、俺はその改変に取り残されちゃったわけ。だからこの世界を戻して、元の世界線に帰りたいんだ」
『しかし貴方はこの世界で生まれたのでは?』
「そうだよ、小さい頃の記憶もある」
『矛盾しています』
「因果が壊れたって言っただろ。結果が原因なんだ。この改変を元に戻す方法は一つしか無い」
『むしろ一つだけで済むのですか、そこまで複雑な改変が』
「ああ、宇宙は強い。侵蝕している物を取り除けば修復力が働く」
『それはつまり、万郵便力の排除という訳ですか』
「そうだ。ダーク・ガブリエルを倒すことで、この世界は元に戻る。やっと本題に入れるな。
君達で、ダーク・ガブリエルを倒して宇宙を救って欲しいんだ」
──シベリア郵便鉄道は、車体表面はナノマシン制御により自動で気流を最適化し、揺れも低級AI制御によってサスペンションが全て吸収している。リニア駆動なのでレールの継ぎ目を乗り越える振動などもなく、故に時速800Km近くで走る超高速列車に乗っているという実感はまるで分かない。ポストカリプス前文明の技術の名残である。
俺はこの鉄道に乗るのは人生で二度目だが、もう少し「列車の旅」感を演出してもいいのではないかと、以前と全く同じ感想を抱いた。
「ふあ……」
俺はあくびを噛み殺す。昨夜は中々寝かせてもらえなかった。ナツキに教えて貰ったカード遊戯の「七並べ」をずっとやっていたからだ。ナツキがババ抜きに続いて圧勝したが、意外な事にタグチも中々強く俺はまた最下位を一人独占して罰ゲームの酒の一気飲みや隠し芸披露などをさせられた。
明るくなっても窓の外は相変わらずポストの赤と雪の白。遠くに霞むシベリアンポスト山脈。勝景という言葉はポスト・ポストカリプス世界では死語である。奇景ではあるのかもしれないが。
大郵嘯によって元々人口密度の低かったシベリアは完全に無人地帯となった。未駆除のポストから湧出する怪物や肉食性配送システム群、あるいは剣呑な発狂ポストが徘徊するポストのツンドラは通常のスーパーカブによる移動では危険すぎ、シベリア郵便鉄道が唯一の移動手段と化していた。この鉄道がなければ、俺もヤマト朝廷から逃げ出すことなど出来なかっただろう。
変わらない憂鬱な景色のせいか――あるいは故郷が近づいてきているからか、俺の気分は優れなかった。
「おはよう、ヤマトくん」
床に転がって眠るタグチを跨ぎながら、ナツキが眠そうな声で挨拶をしてきた。
「おはよう、ナツキ。朝食を食べたらもう少しで終点だぞ」
「え、もう!? 鉄道の旅ってもう少しのんびりしてるんじゃ……」
「途中停車の駅もないし、夜間はずっと最高時速でぶっ飛ばし続けてたからな。一万キロの行程も15時間程度だ」
「何日か車中泊するかと思ってたよ」
「それなら荷物もっと持ち込むだろ。おい、タグチお前も起きろ」
足先でタグチの脇腹を軽く蹴ると、唸り声を上げながらむくりと起き上がった。
「むう……なんだもう着いたのか?」
酒焼けした声で辺りを見回していたタグチは俺の顔を見ると吹き出した。
「ぶふっ……いやすまぬ。昨日のお前のあの踊りを思い返すとどうしても……」
俺は黙って脇腹を再度蹴り上げた。だがタグチの強靭な筋肉は衝撃を苦もなく受け止めてしまう。
「さて、飯だったか。今朝は何が出るか愉しみであるな!」
タグチがボキボキと音を鳴らしながら柔軟を始めた瞬間の出来事だった。突然ドアがロックされ、窓も不透過処理が施され真っ黒になったのだ。
CRAAAASSSHHHH!!!!
続いて衝撃!
「うおおおおおお!?」
屈伸の体勢から踏ん張ろうとしたが堪えきれずタグチはベッドの角に後頭部を激しくぶつけ、床をのたうち回った。俺は即座にナツキを抱えテーブルの下に避難する。
室内灯が赤と青に明滅し、非常ベルが鳴り響く。明らかに緊急事態!
『ただ今当列車は発狂ポスト群による攻撃下にあります。姿勢を低くし、決して窓の外を見ないでください。象徴災害〈シグノ・ハザード〉に曝露する恐れがあります』
流石シベリア郵便鉄道の乗務員というべきか、アナウンスの声には些かの動揺も見られない。恐らく日常茶飯事なのだろう。
「な、なに発狂ポストって……」
珍しくナツキが怯えた声を出す。まあ確かに初めて聞いたら不安になるかもな。
『発狂ポストなるものの詳細は不明ですが、象徴災害兵器は戦時中にも存在し、郵政省も運用していました。唯我論的攻撃兵器です』
トライが淀みなく解説した。
「よく分かんないよぅ……」
「簡単に言えば『見たら狂う』だ。まあチラ見くらいじゃそれほどでもないんだが」
「いや分からないのは、動くポストってあるの? ってことなんだけど……」
『実際に襲われているのですから、存在するのでしょう。人類の臨機応変さを発揮してください、ナツキ』
トライが冷静に指摘した。
「トライは臨機応変すぎると思うな」
「うむ、戦闘ならば我輩も何か役に立てるかもしれんな。ちょっと乗務員にかけあってみるか」
頭をぶつけたダメージから回復したタグチが部屋の外に出ていこうとするのを俺は足払いをかけて止める。後頭部を床に強打し、タグチはまたのたうち回った。
「何をするか貴様ァッ!!」
「お前は話を聞いてなかったのか? 見たら狂うポスト相手なんだぞ。大砲撃ってはいお終いじゃ済まないんだ。プロに任せて大人しくしておくのもプロの仕事だろ」
「ぬぅ……」
プロという言葉が効いたのかタグチは大人しく床に臥せって頭を守る姿勢を取る。
「シベリア郵便鉄道の死亡事故確率は大体12%程度だから安心しろ」
「むしろそれを聞いて不安が高まったんだけど」
『10回乗れば凡そ72%の確率で遭遇し、30回乗れば99%死亡しますね』
「煽らないで欲しいなあ、不安」
そんなのんびりしたやり取りをしている間も間欠的に振動が列車を襲う。そして再度車内放送。だが先ほどとは声が違った。
『もしもーし。あれもうこれ繋がってる? あはは。いやあ、面白いもの見えたから俺だけ独占するの勿体無いし君たちにも見せてあげようと思って。左手をご覧くださーい』
なんだこのふざけた内容の放送は。
だが俺たちは困惑しながらも言われた通り、何故か不透過処理が解かれている窓から左手を――トライが『何を考えてやがるあいつ!』と叫んでいる――見た。
宇宙が何故広いかを考えたことはあるだろうか。人の頭は何故一つしかないのかと疑問を抱いたことはないだろうか。何故自分だけが特別なのだろうと思ったことは? そのポストはそれらの疑問に答え得る真理だった。真理が飛び回りながら投函口から時折砲弾をこちらに向けて放っている。三本の人間そっくりな足を高速で動かしながら時速800Kmにぴったりと並走している。真理は複数存在し、統率された動きをしながらこちらを見返している。凝視。あれは。ポストが。真理。俺。ナツキ。タグチ。放送が語る『いやそんなに怒るなよトライ。悪かった悪かった。ただあと少しでいいモノが見れ――』
世界が唐突に戻ってきた。俺は床に激しく嘔吐する。朝食前で良かった。涙目で横を見るとナツキもぐったりとしていた。タグチは白目を剥いて気絶している。
『皆さん、正気に戻りましたか?』
「なんだ、今のは――」
『認識災害野郎が象徴災害攻撃を仕掛けてきたと言ったところでしょうか。気付けのために副交感神経を少し弄らせていただきました。ご了承下さい』
「どういうことだ」
『判断を保留していた私の落ち度です。ナツキ、マナカ・タダナオです。カンポ騎士団の。彼がこの列車に乗っていて――乗る前に既に術中に掛かっていたのです』
「マナカくんが……!?」
さっぱり事情が飲み込めない俺に、トライはモスクワ駅のホームでのマナカとの出会いから、ヤツが語ったという「目的」までを詳細に説明してくれた。
「さっぱり信用できねえ」
話を聞き終えた俺の素直な感想だった。
「あのダーク・ガブリエルを倒したら宇宙が元通りになる? そんな証拠も何も存在しないし、そんなことで宇宙がどうのといった事態になるとも思えないぞ」
「――マナカくんもダーク・ガブリエルを倒したいと思ってる、ってことなんだよね。あの……無敵の彼が」
無敵か。確かに『認識できない』相手なんてどうしようもないから無敵である。
「ダーク・ガブリエルは、パトリックを連れ去ったがナツキの事は無視した。わざわざ藪をつついて蛇を出す必要もないと思うぞ。予定通りなんとかしてヤタガラスを起動させてトライの機体を再生するのを第一目標にしよう」
そもそもダーク・ガブリエルを倒せる気がしない、というのは口に出さないでおいた。
「そうだね――あんまりマナカくんとはお話したことないから、彼の考えてることはよく分からな……」
ZOOOM! ZOOOOGM!! ZZZGGGGOOOOOM!!!
炸裂音! 破壊音! 破裂音!
背景ノイズとして聴覚モジュールで選択消去していた先ほどまでの戦闘音とは比べ物にならないその音に、一瞬俺は身体が浮いたと錯覚した。だが錯覚ではなかった。車体がビリビリと震え、速度が明らかに落ちている!
「忙しすぎるだろ! 今度は何だ!?」
窓の不透過処理再び全て解かれていた。そこからちらりと見える景色が――流れていない。列車が停止している!
「くそっ……。トライ! また俺がおかしくなったら正気に戻してくれよな!」
『お安いご用です、ヤマト様』
俺は意を決して、窓の外を――覗く!
「なっ――」
そして、声を失った。
発狂ポストの攻撃とは明らかに異なる様子の俺を見て、ナツキも窓の外をそろりと覗う。
「なにあれ!?」
そこに見えた物は、空中に浮かぶ黒鉄の艦船。
そしてその下の地面に穿たれた多数の巨大なクレーター。発狂ポスト達は一匹も見当たらない。空の『アレ』が、先程の極大破壊音を伴う攻撃で全て駆逐したのは明白だった。
『データベース照合完了。船体に多少の改装が加えられていますが、郵西暦2200年代に日本環太平洋連合艦隊旗艦として登録されていた戦艦と一致します』
「俺は、あれを知ってるよ。良く知ってる」
トライの説明を引き継いで、俺は呆然と言った。
見間違う筈もない。陽光を受けて聳える主砲の五十四円切手砲。ハリネズミのように生えた対空収入印紙。超巨大常温核融合炉の煙突。船底の常温超電導制御装置。
「あれは万能戦艦大和。現在の所属はヤマト朝廷軍の総旗艦だ」
ピガガーピー!!!
ハウリングを起こしながら、宙に浮かぶ大和が外部放送をオンにした。
『我々は神聖ヤマト朝廷軍である。シベリア郵便鉄道に告げる。
貴車に搭乗している、ヤマト・タケルという男を当方に引き渡せ。
我々は謀反人の捕縛、処刑の為ならAPOLLONとの争いも辞さない。
繰り返す。大逆犯、ヤマト・タケルをこちらに引き渡せ』
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