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「つまりどういうこと」
ぼくは問うた。
「今この瞬間、私が私の一番最初に生まれた場所を宣言すれば、そこが私の生まれ故郷になるということなのよ」
彼女は言いながら立ち上がり、
「ちょっとトイレに行ってくる」
と部屋を後にした。
ぼくは彼女の発言の真意を考えようかと思ったけれど、一人で考えても混乱を招くだけだし、それでは彼女の思う壺に嵌められてしまう。ぼくは無念無想のまま布団の上に座っていて、意識が戻ったのは彼女がぼくの肩を揺らしながら、
「おーい、サワッキーってば」
と呼びかけるのを聞いた時だった。
「それで、君の生まれ故郷の話だっけ」
何事もなかった風を装って話を続ける。
「そう、それで、生まれ故郷を何処にしようかなって」
さっきから何一つぼく自身の状況は変わっていないのだから、相変わらずぼくには彼女の考えが読めなかった。あのヘチマ畑を故郷にしようという話だ、と安易に考えると、ろくなことにならない。何故なら彼女は悪戯好きの大人で、人の考えを裏切ることを何より楽しむからだ。
「何処にするの」
とぼく。すると彼女は突然、笑い出した。
「何、笑ってるの」
ぼくは笑い声を上げた覚えもないのに、そんなことを言われて心外だった。
「笑ってなんかないさ」
そうしてそっぽを向く。
「今度は口尖らせて。怒ってる」
彼女は何を言っているのか、と鏡を覗き込むと、確かに鏡の中のぼくは口を尖らせて、怒ったような表情をしていた。
それを見てぼくは眼を丸くし、口を大きく開いていた。
「サワッキーのそんな顔、ヒツジじゃなくなってから、初めて見た」
ぼくもそうだ。もう一度鏡を見ると、今度は眼を細め、口角を上げたぼくの姿が映っていた。
ヘチマの町で生まれたことを宣言して、ミドリはそれより前の記憶を失った。
彼女は今、夕顔を育てる仕事をしている。いろんなところが変わってしまったけれど、土いじりが好きなのは変わらない。
しばらく虚空には会っていない。虚空に会えないのはとても寂しい。寂しい、とそう思えば虚空が出てくるかと思ったけれど、虚空のことを意識している間は、あれは出てくることはないのだろう。最後に虚空と会ったのは、レコード・プレイヤーが壊れてしまった時だった。虚空はレコード・プレイヤーを埋めるのを手伝ってくれた。それから少しして、ぼくはミドリと一緒に暮らし始めた。
ぼくがミドリと一緒にいる間、ぼくは虚空に会えないし、これから先で虚空といる時というのはミドリがいなくなってしまうか、ぼくがいなくなってしまうかした時だけだ。
ぼくは免許を取って、車を買った。サイコロを三つ投げて、ちょうどセレナに宛てた数字が出たからそれを選んだ。ミドリは新車のセレナの胴腹に、油性ペンキで丸太の絵を描いた。
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