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 この町にも畑はあった。畑ではヘチマの代わりに、夕顔が育てられている。これで人はカンピョウをつくるのだ。

 夕顔農家の人や、犬や、猫や、牛や、ニワトリや、鍋や、座布団や、仏壇は、収穫の季節になると、まずは花の裏側に立って、息をひそめる。早朝から弁当を持って集まり、ずっとそこに待っている。

 午後五時頃になると花から大きな顔が出てくるから、それをすかさず、後ろから鎌で刈り取る。夕顔に見つかると顔は引っ込んでしまうから、タイミングが大切だ。

 夕顔は植物なので血は出ない。だから、夕顔農家には、血液恐怖症の元・外科医志望が多い。

 取れた顔のうち、割合に綺麗なものは「顔がいい」といって観賞用に高く売れる。たった一晩で枯れてしまうのに、お金持ちに売れば三十万円にはなる。汚いもの、歪んでいるものは「顔が悪い」といい、安い時は八千円で買い叩かれる。こういう「顔が悪い」ものが、カンピョウの材料として使われる。

 ぼくはヒツジだった頃、一度だけカンピョウになったことがある。

 カンピョウ工場では絶えず音楽が流れていた。ギターでドラムを叩く、という新感覚パンク・ロック・ミュージック。工場長がそのバンドの熱狂的ファンだった。けれど、有線で流されたって、ただドラムを緩慢なペースで叩いているようにしか聞こえない。そのバンドがギターでドラムを叩いていることを知ったのは、ヒツジでなくなって、テレビを見ることのできる身になってからだ。

 天井からは無数の細いチューブが降りてきて、ぼくらはそれに吸われていった。子供の小指程の太さしかない中に吸われて、夕顔たちは細く、細くなってゆく。

 ある程度細くなったら、係の人が刷毛でイカスミを塗りたくり、セピアの色をつける。何度も塗り込める内にカンピョウはあの色になるのだ。生憎ぼくはヒツジだったから、チューブに吸われることはなかった。ただぼくの毛はすべて吸い取られてしまって、それからしばらくは毛虫の真似すらできなくなった。ヒツジの白い毛はイカ墨によく染まり、その点でぼくは工場長に随分と誉められ、工場長は自分もヒツジになりたいと言った。

 ぼくが死んだ時に、死んだヒツジであるぼくと身体を取り替えてくれたのが工場長だ。工場長は死んだヒツジになってから、ずっと嬉しそうにニヤついていた。身体が腐って、顔面筋が虫に食べ尽くされてしまうまで、ずっとだ。

 ぼくは工場長の身体をもらったけれど、ぼく自身は工場長ではなかったから、ぼくはぼくのまま新しい家に住むことになった。お陰で工場は倒産し、カンピョウの作られることはなくなったけれど、夕顔は今でも休まずに育てられ、出荷され続けている。

 何せ、今の世の中では「顔が悪い」夕顔だって、ちょっとペンキで色をつければ好んで買ってくれる人がいるのだ。おかしな時代だと思う。

「いい時代じゃないか。皆に、平等の可能性があるんだ」

 虚空は、本当におかしそうに笑った。

「夢のある時代じゃないか」

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