第40話 夫婦の時間はとても甘い
「ん~~~~~おいし~~~~~!」
「全く、はしゃぎすぎだ」
「そういう君も、頬が緩んでるの隠しきれてないよ?」
「むっ…仕方ないだろう、旨いのだから」
現在、登山を開始してだいたい3/4を登った辺り。屋台で俺はチョコバナナの、妻はイチゴのクレープをそれぞれ頼んだ。程よく疲れた身体に甘さが広がり、力がまた湧いてくる…気がした
「一口食べる?」
「いいのか?」
「その代わり一口貰っていい?」
「それが狙いだな?まぁいいだろう、ほら」
差し出したクレープを食べたのを確認し終え、差し出されたクレープを一口食べる。口に残っていたチョコの風味とイチゴが交わり、より一層美味しさを感じさせる。このままチョコクリームイチゴクレープも頼みたいところだけど、休憩は十分に取ったのでそろそろ再開だ
「脚は大丈夫?痛くない?」
「問題ない、そんなヤワではないさ」
「んじゃ、行こうか」
普通の人にとってはまだ長い道のりでも、俺達にとっては頂上までは目と鼻の先。ひいひい言ってる他のお客さんを横目に、俺達は慣れた足取りで山道をノンストップで歩き続ける
ここからの道は、なるべく傾斜が緩くなるよう案内されている。遠回りにも思えるけど、安全を考えたらそうした方がいい。たまに残り少ないからとチャレンジ精神が燃え上がるのか、ショートカットをしようと危ない道に行こうとする輩もいるけど、ラッキーさんがドでかい警告音を出してくれるので安心だ
「皆さ~ん!がんばってくださ~い!」
「あともう少しですよ~!」
山頂近くのフレンズ達のエールに背中を押されてか、皆がスピードを少し速めて歩く。その後ろをゆっくり着いていき、数分歩けば…
「とうちゃ~く。おつかれ~」
「お疲れ様」
吹き抜ける風が心地好い。ここは広大な景色が一望できる、キョウシュウ地方の有名スポット『ジャパリカフェ』のある山頂。その中でもやはり一際目を惹くのはサンドスター火山であり、多くの人が写真を取ったり絵を描いたりしている。俺達にとっては見慣れた景色でも、他人からしたら驚きの連続なのだ
「いらっしゃ~い!今日は2人だけなんだねぇ~!」
「記念日だからね」
「なるほどねぇ~。注文が決まったら呼んでねぇ~」
早速カフェに入り、外からも周りからも見えづらい席を選ぶ。お通しの紅茶を飲みながら、メニューを開いて何にしようか一通り眺める
「今日は好きなだけ頼んでいいぞ」
「…いいの?」
「ああ。子ども達もいないし、せっかくの記念日だからな。チートデイだったか、それみたいな扱いでもいいだろう」
子ども達の前では抑えている食事の量も、今この瞬間は気にする必要がない。あとでこっそり食べる必要もない。頬が緩み、口角が上がるのをなんとか堪えるけど、どうやら妻にはバレバレだった。コホンと、一息入れて誤魔化した
「すみませーん」
「はーい、ご注文をどうぞ?」
「ここのページに載ってる全メニュー1つずつお願いします」
「…はぁ~い」
瞳を見開いて、ゆっくり頷くアルパカさん。ごめんね相変わらずの量で。でも今日は特別な日だから許してほしい、厨房のトキさん達も頑張れ。因みに妻は、俺が頼んだ分の中から選んで、少しずつ摘まんで食べることにしたようだ
少しして、次々と料理がテーブルに運ばれてくる。周りの視線も増えていっているようだ。でもそんなの気にしません、だってこんなに美味しさを噛み締める時間をそんなのに割くのは勿体ないからね
「…どうしたの?」
「本当に、幸せそうに食べるなと思ってな」
「だって美味しいからね。それに」
「それに?」
「君と一緒だから、美味しいんだよ」
「…そうか。私もだ」
二人きりの時に遠慮なく見せてくれる、ふにゃっと笑う妻の可愛い姿。王でも母親でもなく、どこにでもいるような女の子の笑顔。何年経っても変わらないのに懐かしさを感じて、俺は追加で注文を頼んだ
「これは…また懐かしいものを頼んだな」
「どうする?あの日と同じことする?」
「…周りからは」
「大丈夫、二人だけの空間だよ」
念のために結界を発動して、外からの意識をある程度遮断する。邪魔をされたくないし、あまり見せたくもないし
頼んだのは、昔デートをした時に店主がサービスで出してくれたジャンボパフェ。昔は『カップル限定メニュー』と実質俺達用だったこれも、今ではカップルであれば誰でも注文できるようになった。内容はほとんど変わってなく、あの日と同じくスプーンが一本しか付属していない
「あーん」
「あーん…ふふっ、相変わらず甘いな。ほら、あーん」
「んっ…ん~!」
途中で分けあったクレープとはまた違う、味わいと幸せがここに詰まっている。甘いクリームがより甘く感じるこの時間を過ごしながら、ゆっくりと2人で食べ終えた
*
次に目指すはゆきやまの宿、ここに泊まって今日はおしまい。夫婦水入らずでゆっくりするなら、やっぱり旅館での宿泊は外せない
バレないよう気を付けながら、空を飛んで目指すは白の世界。幸いこっちも向こうも天気は快晴で、何事もなくキツネフレンズが女将を勤める宿へと脚を踏み入れることが出来た
と思ってたのも束の間、早速問題が発生した
「コウ、良いところに!お願い、源泉に行ってもらえないかしら!?」
「何かあったの?」
「アカギツネからセルリアンが発生したって連絡があったの!それも例のやつよ!今はホワイトライオンが食い止めてくれてるんだけど…」
全くこんな時に出やがって、せっかくの記念日が台無しだ。しかし見逃すわけには行かない、ダッシュで源泉へと向かう
「寒くない?」
「問題ない、これがあるからな」
“これ” とは、俺がけものプラズムで作った分厚いコート。もこもこフレンズのアルパカさんやヒツジさん等のプラズムを組み合わせた、世界に1つだけのファーコートだ。これぞキメラの特権、使わなきゃ損ってね
「っと、いたな…あれは!?」
「厄介なのが復活してるなホント…!」
いたのは
「こっちは任せろ」
「了解。いくよっ…と!」
「はわわわわっ!?」
「ひゃあっ!?」
『ッ!?』
客の瞳に映らないよう地面を高速で駆け抜け、セルリアンと彼女の間を掻い潜り、雪を巻き上げ視界を奪う。ホワイトライオンさんと避難誘導をしていたアカギツネさんは、妻に任せておけば問題ない。これでタイマン、舞う雪のおかげで人目を気にすることはなく遠慮もいらない
『グルオオオオオ!!!』
「獲物に逃げられてご立腹って感じだな」
鋭利な爪、強靭な尻尾。叩きつける度に起こる地響き。流石の巨体だ、雑に動いても攻撃に成り変わる
ただし、それが通じるとは一言も言っていない。避けて、いなして、源泉と妻達から自然と距離を取る
『ギャルウオオオオッ!』
痺れを切らしたのか、翼を広げ、大口を開けての突進。能力のない龍の残った攻撃方法なんて、それくらいしかないのは明白。半端者になったお前と、守護けものに成った俺。昔とは立場が正反対だ
『ゴアッ!?』
「やっぱ硬いな。まぁ関係ないが」
時間稼ぎは終わり。炎の弾幕を食らわせる。懺悔も反撃も許さない。ただひたすらに、その身が砕け散るまで撃ち込むのみ。大技なんてこいつには必要ない
「出直してこい、リメイクでもしてな」
負ける道理は万に一つもない。討伐完了、ミッションコンプリートだ
*
「俺見たんだって!あれは間違いなくあの『キュウビキツネ』さんだって!」
「ええ~?見間違いじゃないの~?」
「ホントだって!尻尾それくらいあったし!」
客から聞こえてきたのはそんな会話。おそらく突っ込んでった時に微かに見えたんだろうけど、真実にたどり着いたわけじゃないので問題ない
「本当に助かりました~。ありがとうございます~」
「ごめんなさい、せっかくの記念日だったのに巻き込んでしまって…」
「巻き込んだなんて言わないで。気にすることじゃないよ?」
「いつでも頼れ。そのための私達だ」
「でも本当に助かったわ。ありがとう。お礼と言ったらあれだけど、今夜のご飯は期待してて」
「楽しみにしてるよ」
他の客はバイキング方式での食事だけど、俺達には頼んだ料理を部屋に持ってきてくれるようだ。気を遣わせてしまったけど、せっかくの記念日なのでお言葉に甘えさせてもらうとしよう
「コウ、久しぶりにデュエルやろう?」
「こらキタキツネ、邪魔しちゃ悪いわよ」
「ええ~…一回だけでいいから~…」
「別にいいよ。ね?」
「ああ、せっかくだし私もやろう」
「やった!ならタッグデュエルだよ、ギンギツネも準備して」
「もう…仕方ないわね…」
夕食まで時間はまだあるし、アカギツネさんとホワイトライオンさんがお手伝いをしてくれるということで、ギンギツネさんも参戦することに。やっぱりなんだかんだ言って、彼女はキタキツネさんに甘い
さて…やろうじゃないか。君達おキツネの絆パワーが勝つか、俺達夫婦の愛パワーが勝つか…いざ尋常に!
「「「「デュエル!!!!」」」」
そして、激闘は始まった
「私のターン!小さな妖精が、仲間を呼んで強くなるわ!」
優秀な下級モンスターを次々と出し、盤面を固めるギンギツネさん
「俺のターン!深淵の獣が、このフィールドを支配する!」
墓地の光と闇を利用し、強力な大型モンスターを簡単に場に出す俺
「僕のターン!人魚姫による、華麗な連続融合召喚だよ!」
墓地のカードをデッキに戻し、展開を途切れさせないキタキツネさん
「私のターン!赤き武人達の、異次元の戦術を篤と見よ!」
除外により相手を封殺し、何もさせまいと仕掛けるキングコブラ
流石は最近登場した、名だたるカードテーマ達。まさに四天王、どれもこれもレベルが違う…これは激戦になりそうだ…!
「エラー。エラー。エラー。デッキヲ確認シテ下サイ。デッキヲ確認シテ下サイ」
「「「「…え?」」」」
突如、映像が消える。変わりに映ったのは、赤色で『🚫』『①』『②』がズラッと並んだ、さっきまで俺達が使ってた禁じられたデッキレシピ達だった。どうやら最新のデータに更新した結果だそうで、つまりはこれらを使うには、ここから更に調整しないといけないということだ。いやこうなるのなら最初からやっといてよラッキーさん
「…とりあえず、他の選んでやろうか」
調整はまたの機会にして、今はすぐに使えるやつで遊ぼう。そんな俺の提案に、三人が同時に頷いた。『やりすぎは良くない』というのは、ゲームでも何でも同じということである
Q:何がいけなかったんですか?
A:生まれてきたことです
Q:なんで創っちゃったんですか?
A:調整中
*
「ふぃ~…あったまるぅ~」
「ああ…いい湯だな…」
激闘を終え、豪華な食事に舌鼓を打ち、夜の散歩を少しした後で、こうしてゆっくりと温泉に浸かる。肩まで浸かって、腕と脚を思いっきり伸ばすと、疲れがお湯に溶けていく。そのまま寝てしまいそうになるけど、ここで堕ちたら溺れてしまうので堪える
職員専用の部屋に、職員専用の露天風呂。今は貸し切りで、ここにいるのは俺達だけ。だからピタッと肩をくっつけて、妻がこてんと頭を乗せてくる。濡れた髪を優しく撫でると、気持ち良さそうに瞳を細めた
「今頃、トウヤとシュリは何をしてるのかな」
「ふふっ、同じ事を考えていた。向こうもお風呂に入っているかもな」
月を見上げて、我が家でお留守番をしている子ども達を思い浮かべ、お互い色々と考えては言葉にしていく
「ちゃんと夕飯食べたかな?」
「食べたさ。誰かさんに似て、好き嫌いもないしな。いや、トマトは駄目だったか?」
「それは10年も前の話だよ!?」
「おや、そうだったか?」
くつくつと妻が笑う。本当に楽しそうに笑うから、俺はすぐに許してしまう。全く、ズルいったらありゃしない
「…二人きり…だな」
唐突に、妻が言う
「? うん、そうだね」
「今も、今夜も…だな」
ちらり、と見れば、頬を赤らめた妻の顔。逆上せたわけではなく、風邪を引いたわけでもなく。強調されたそのワードで、彼女が何を求めているのか直ぐに察せた
「くっついて寝る?」
「それもいいが…その…」
「他に何かある?ハッキリ言ってくれないと分からないな~」
「なっ…コウ!」
直接言うなんて恥ずかしい。だから遠回しに『お誘い』をする。そんな妻が可愛くて、ついつい意地悪をしてしまう
「アハハ、冗談冗談」
「…バカ」
唇を尖らせて、そっぽを向いてしまう。それでも離れることはしない姿が、本当に愛おしくてたまらない。強く抱き寄せ、顎に手を添え、優しく持ち上げ口づけをする
ただし、口づけはいつもより少し激しく。自分でもスイッチが入ったのがよく分かる。そしてそれは、身体を震わせている妻も同じだ
「…じゃあ、そろそろ上がるぞ」
「っ…ああ…」
久しぶりの二人きりだから。誘ったのは君だから。そう言い訳をして、髪を乾かす僅かな時間さえも削り、一緒に布団に入り、愛で何度も彼女を満たした
その夜はここがゆきやまちほーだというのに、とても暑く、熱く、そして長い長い夜だった
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