第42話 僕はお兄ちゃん


「さぁシュリ、どっちがババか分かるかしら?」


「こっち!」


「んなっ!?」


「やったー!あがりー!」


ここはろっじアリツカ、に隣接する八雲家。ここのリビングでババ抜きをしているのは、この家に住むトウヤとシュリ、ろっじ組と称されるタイリクオオカミ、アミメキリン。そして、ここにふらっと立ち寄ったスナネコとツチノコだった


この家の主であり、トウヤとシュリの両親であるコウとキングコブラは、結婚記念日ということで、昨日からぷち旅行中。つまり、初めてのお留守番2日目である。最初は寂しそうにしていたシュリだったが、遊びに来てくれるフレンズも多かったため、すぐにその様子は見られなくなった


「お前はホント分かりやすいな。ババを見すぎだ」


「ぐぬぬ…!もう一回よ!次こそ勝つわ!」


「それもう何回目だよ…」


「ボクもう飽きました」


ため息を吐くツチノコと、横になって彼女の尻尾にぺしぺしとじゃれているスナネコ。王者のオオカミはその光景をスケッチしているが、少しばかり困ったように笑っていた


「キリンちゃん、私海いきたーい!」


「う、うみ?海は流石に危険じゃないかしら?」


「やー!うみいくのー!」


「僕も行きたい!」


「トウヤまで…」


シュリは、体を動かすのが好きな子である。ババ抜きは彼女にとっても楽しい遊びではあるのだが、流石に飽きが来ていたようだ。比較的室内での遊びが好きなトウヤも、どうやら同じ気持ちだったらしい


しかしそれは、コウとキングコブラが不在の中でのお出かけということになる。その行き先が海となれば、キリンが心配するのも当然のことである


「良いんじゃないかな。気分転換は必要だよ?」


「ですが…」


「僕もいるから大丈夫!僕お兄ちゃんだから!」


「それは…どうなのかしら?」


「ふふっ、頼もしいじゃないか。泳がなければ問題ないだろうし、私もついて行くよ。ボスも連れていけば更に安全だ」


「そ、それなら安心ですね。よしトウヤ、シュリ!出発の準備よ!」


「「らじゃー!」」


「なら、俺達はここらでお暇するか。行くぞスナネコ」


「行ってらっしゃい」


「だからお前も来るんだよ!」


見慣れたやり取りに、オオカミがくすりと笑う。アリツカゲラに言伝てを添え、出発の準備を終えて、各々目的地へと向かった



*



「うみだー!」

「つめたーい!」


「行っていいのはこの辺りまでよ。溺れたら大変なんだから!」


「「はーい!」」


道中特に危なげなく、4人と1機は海へと到着した。靴を脱いで浜辺を走り回るシュリとトウヤを、キリンが見守るように追いかける。パチャパチャと跳ねる水の音をBGMに、オオカミはその光景を絵に残す


「シュリ、何したい?」

「んーとね、旗取るやつ!」


「旗取るやつ…ってなんですか?」


「ビーチフラッグのことじゃないかな?刺さってる旗をどちらが速く取るか勝負するスポーツだったような」


「それ!」

「じゃあそれ!」

「ちょ、ちょっと待ってて」


提案は出たものの、旗はないので代わりのものを探すキリン。良さげな木の棒があったが、そのままだと危ないと考えたのか、彼女は自身のマフラーを巻いて砂に刺した。ビーチフラッグならぬビーチマフラーである


キリンの『よーいドンッ!』の合図で、2人はマフラー目掛けて同時に駆け出す。少しばかりリードしていたシュリが先に飛び付き、見事マフラーを勝ち取った


「シュリの勝ち!」


「やったー!」

「負けたー…」

「おにぃ、もっかい!」

「いいよ、やろっ!」


「じゃあ2人とも、位置についてー!」


マフラーを巻き直し、そして勝負を繰り返す。シュリのもう一回のお願いを、トウヤは嬉しそうに承諾する。両手で数え切れないほどの回数を重ねた辺りで、ようやくトウヤはシュリに先着した


「お城作りたい!お山もトンネルも!」


「砂で作るあれね。でも次は──」


「ううん、お城作ろっ!」


「──いいの?」


「うんっ!僕も作りたいな!」


「私も混ぜてもらおうかな」


傍観していたオオカミも参戦し、4人は砂のアートを作り始める。砂を積み上げ、ぺたぺたと砂を固めたら、中をほりほりとくり抜いていく。形が少し歪になっても、途中で崩れてしまっても、トウヤとシュリはとても楽しそうだ


「トンネル上手に掘れた!」

「お城おっきく出来た!」


「2人とも凄いわ!」


「このまま崩しちゃうのは勿体ないね。せっかくだし、皆で写真撮ろうか」


「うん!パパとママに見せる!」


「それは良い案だ。ボス、頼んだよ」


「ラッキーちゃんお願い!」


「任セテ」


正面から、斜め上から、見上げるような角度から。創作物だけだったり、全員が映り込んでいたり。両親に見せる為の写真を、これでもかと保存した


「おにぃ、おにぃ」

「なにかあっ…わっ!?つめたーい!」

「まだまだー!そりゃー!」

「やったなー!」


砂遊びを作り終えても、トウヤとシュリは止まることを知らない。今度は波がギリギリ届くところで、水を掛け合いながらの追いかけっこの始まりである


「…子どもって凄いですよね。あんなに動いてもまだまだ元気ですし」


「すくすく成長している証拠だね。良いことだよ。混ざってきたらどうだい?」


「いえ、少し休憩します…」


それを木陰で眺めているキリンとオオカミと、録画モードのラッキービースト。これもまた、2人の成長記録として残るのである


「にしても…ふふっ、本当に良いお兄ちゃんをしているよ、トウヤは」


「そうですね。今もシュリのお願いを聞いているようですし。ちょっと妹を優先し過ぎてるとは思いますけど…」


「それはきっと、あの子が『お兄ちゃん』だからだろうね」


「…お兄ちゃんだから?」


「そう、お兄ちゃんだから。まぁ、両親をよく見ている結果とも言えるかもね」


「…なるほど?」


納得したような、そうでないような表情とは対照的に、嬉しそうな表情を浮かべるオオカミ。彼女の言う『良い顔』が頂けたようだが、発言の真意の説明はなかった


「キリンちゃん、オオカミちゃん、見て見て!」

「綺麗な貝殻拾ったの!いいでしょー?」


「へぇ、良いもの見つけたね」


「こんなお宝を見つけるなんて…名探偵としての素質が育ってきている証拠だわ!」


「えへへ、パパとママにあげるんだー!」


両手いっぱいに広がる、キラキラとしたお土産。思い浮かぶのは、両親の笑みと優しい言葉。今日のお話を合わせれば、サプライズプレゼントとしては十二分だ


「…お土産も出来たし、そろそろ帰ろうか。良い時間だしね」


「そうですね。トウヤー!シュリー!帰るわよー!」


「「はーいっ!」」


楽しい時間というものは、時にあっという間に過ぎていく。どんなに名残惜しくとも、必ず終わりが来てしまう。各々が帰り支度を始め、忘れ物がないかを確認する



────そこに訪れた、大きな違和感



「トウヤ?どうしたの?」


「ラッキーちゃん、何か変になってる」


『マ…マ…マママママ…』


「ホントだ、何か変だよ?」


「いったいどうしたのかしら?先生、何か分かりますか?」


素朴な疑問。何の変哲のない、キリンの問いかけ。しかしそれは、隣にいるオオカミに届かなかった


「…先生?」


「っ…まずい!キリン、2人を連れt」


気付いた時には遅かった。オオカミの号令は、最後まで言葉になることはなかった


何故なら “それ” は、もう既に、彼女達の前に姿を現してしまったのだから


オオカミの耳にも、トウヤの耳にも、もしかしたらその予兆は届いていたのかもしれない。気付かなかった…いや、気付けなかったのは、調子の悪いラッキービーストに気を取られていたから


“それ” の存在については、彼から知らされていた。もしかしたらまた現れるかもしれないと、注意喚起がなされていた。しかし、それが纏う異質さと威圧感までは、こうして対峙するまで分からなかった



【ハンターセル】 黒き死神が、再び顕現した



『━━━━━━━!』


「くっ…ガルァッ!」



黒が哭く。獲物を見つけて歓喜している。上質な食べ物が4つもあると、興奮の意を顕にする。攻撃をかわしたオオカミが反撃するも、その身体に傷はついていない


「キリン!私が時間を稼ぐ!その間に2人を連れて逃げろ!」


「わ、私も…」


「ダメだ!」


キリンは、戦闘が得意なフレンズではない。彼女の蹴り技は強烈だが、それは当たればの話である。ハンターセルを相手にするには、残念ながら彼女には荷が重い


対してオオカミは、守護けものであるコウに稽古をつけてもらう時もあるだけに、実力はパークの中でも上位に位置する。オオカミ連盟という1つの群れのリーダーという立場でもあった為、皆を護れるようそれなりに戦闘訓練を積んできたと自負している


それでも、ハンターセルという存在は脅威という他ない。オオカミよりも実力のあるセルリアンハンターですら、これと戦う際は必ず複数人で相手をするよう言われている。それをたった1人で相手にするというのは、無謀と言わざるを得ないだろう


4人で逃げられるのであればそれが良いのだが、逃走しながらハンターセルの猛攻を防ぐのは至難の技であり、最悪全滅もあり得る。そもそもとしてスピードもハンターセルに分があり、逃げ切れるかどうかすら分からない


それならば自分が残り、他3人への意識を反らした方が確実だとオオカミは考えた


「…トウヤ!シュリ!行くわよ!」


「でもオオカミちゃんが…」


「先生なら大丈夫よ!大丈夫…!だから…!」


「キリンちゃん…」


一緒に行きたいというシュリの想いは、当然ながらキリンも同じ。それを彼女は必死に抑え込んでいると、トウヤはなんとなく感じていた



『━━━━━━━━!』


「…うそ、でしょ!?」



キリン達の行く手を遮るように現れた、もう一体のハンターセル。3人の想いを嘲笑うかのように、死を纏う鉤爪を容赦なく振り上げる



「危ないっ!」


『━━━━━━!?』



まさに間一髪、咄嗟にハンターセルを蹴り飛ばすことが出来たキリン。しかし、大したダメージが入った様子はなく、直ぐに体勢を整えられてしまう


「トウヤ、シュリを連れて逃げなさい!」


輝きを即座に奪い、自らの糧とする、当たれば終わりの厄介極まりない能力。嫌な汗が全身を包み、嘗てない程の緊張感が、キリンの身体を駆け巡る


それでも、キリンはオオカミと同じく、トウヤとシュリを逃がす為に戦う。真っ直ぐハンターセルを睨み付け、全力の野生解放で迎え撃とうと構える


『ありがたい申し出だけど、今回は遠慮しておくわ』


「…え?」


『私達も戦うからね!』


「な、何が…?」


オオカミとキリンは困惑するしかなかった。何故なら、2人から発せられた言葉と口調は、明らかにいつものとは違っていたからだ


トウヤの光は青く、シュリの光は白く。その小さな身体から、見たことのないサンドスターの輝きが溢れ出し、同時にそれは姿を変える



『リミットは?』

『多く見積もって…1分くらいかしら』

『そっか、充分だな!』

『ささっとやるわよ』



強大な敵を前に飛び交う呑気な会話。その少しばかりの無防備な時間を、ハンターセルは見逃さない。ターゲットが目の前にいるオオカミとキリンから、より輝きの強いトウヤとシュリへと移る



『あら、元気なことね』

『そこだけは褒めてやろう!』



トウヤ(?)が左手を、シュリ(?)が右手を前にかざすと、水と風の防壁が生まれた。分厚く頑丈なそれはハンターセルの攻撃を容易く防ぎ、いとも簡単に奴等を弾く


時に滑らかに、淑やかに。時に力強く、荒々しく。攻めては退いて、翻弄する。あのハンターセルを相手に、戦いを優位に進めていた


ただ、思った程ダメージが入っていない。押してはいるが、決定打が足りないのは火を見るより明らかだった。このまま戦っていても、待っているのはタイムアップによる敗北だ



『やるわよ』

『ガッテン!』



よって、作戦変更。内容を言わなくても、どうやら意思疎通は完璧なようだ。駆け出し、2人は対角線上に立つ。その間にいるのは背中合わせのハンターセル、挟み撃ちという形を取った



『『せー…のっ!』』



そして、繰り出される激流と烈風。避ける暇も与えない速度で放たれた技は、ハンターセルを吹き飛ばし、その勢いのまま2つを衝突させた



『『━━━━━!?』』


『オオカミ!キリン!今よ!』

『思いっきりやっちゃって!』


「っ…キリン!いくよ!」

「は、はいっ!」



お互いの固さが仇となり、ヒビが入る黒い身体。衝撃により地面を転がる無防備なハンターセルに、オオカミの突進と、キリンの踵落としが直撃した。野生解放によって強化された攻撃は、トドメを刺すには十分すぎた


『よくやったわ。上出来ね』

『もっと褒めてあげればいいのに』


「君達は…いったい…」


『それは──ごめんなさい、時間だわ』

『この子達のこと、よろしく頼んだよ!』


「え?えっ!?」


急に出て来たと思ったら、急にいなくなった謎の存在。残されたトウヤとシュリは、いつもと変わらない様子で眠っていた


「…なんだったんでしょうね」


「私にもさっぱりだ。コウとキングコブラが帰ってきたら考えよう」


「そうですね…。はぁ、どっと疲れました…」


「私もだよ…」


その場にぺたんと座り込むオオカミとキリン。お礼も言えず、質問の答えも貰えず。すっきりしない形ではあるが、突然の危機は去った。あとはろっじに帰り、ゆっくりと休養すれば今日1日は終わりだ



────そう、2人は思っていた



緊張の糸が切れた瞬間。大きな隙が生まれるその瞬間。2人が宙に浮いた。状況を理解する前に視界に飛び込んできたのは、球体に4つの触手が生えた、1体の黒き大型セルリアン


ようやく現実に追い付いた瞬間、2人の顔が絶望に染まった



「こ、この…離しなさい…!」


「こんなもの…くそっ…!」



必死に身を捩らせるが、黒い触手はびくともしない。爪を出そうにも脚を動かそうにも、ガチガチに拘束されては出来るわけもなく。喰われるのは時間の問題だった



「っ…!トウヤ!?」


「な、なんで…!?」



眠っていた筈のトウヤが、突如として立ち上がった。先程までのよりは弱いが、それでも眩い輝きを放ちながら


セルリアンの意識が、捕らえた餌から小さなフレンズへ移る。残った2つの触手が、極上の獲物目掛けて空を裂く



「僕は、お兄ちゃんなんだ」



右手が、自身を護るべく触手を弾く



「僕が、妹を。シュリを、護るんだ!」



左手が、妹を護るべく触手を弾く



「お前なんか…お前なんか、怖くない!」



黒き死が、もう一度トウヤへと構えられる



「僕が、やっつけてやる!」



もう力は残っていない。立っているのが不思議なくらいの、彼のただの強がり。何も出来ないのは、彼が一番分かっている


それでも、たとえそうだとしても。彼は敵から眼を背けなかった




────だからこそ、彼は見た。彼は見れた。絶望を断ち切る、一筋の希望の光を




空から舞い降りた、1人のフレンズ。球体セルリアンが気付くよりも早く、軽々とそれを真っ二つにした彼女は、周囲の警戒を怠らずも、ゆっくりとトウヤの元へと歩く



「ふぅ…。良かった、どうにか間に合って」



トウヤの瞳に、そのフレンズだけが映される。その刀身は、その凛々しい姿は、彼の記憶にいるどの彼女よりも輝いていて



「…サーベル、ちゃん」


「頑張ったわね、トウヤ。もう、大丈夫よ」



涙を拭い、撫でてくれたその手は、いつも以上に大きく、そして優しかった

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