第30話 その日見た花の名は
「トウヤくん、重くないですか?」
「だいじょーぶ!ママとアリツちゃんは大丈夫?」
「ママも大丈夫だぞ」
「私も大丈夫ですよ、心配してくれてありがとうございます」
早朝、ろっじの廊下を歩いているのは、キングコブラとその息子トウヤ、そしてアリツカゲラ。3人の手の中には、折り畳まれた真っ白なタオルが数枚あった。ふんわりとした感触で、柔軟剤の良い匂いが感じられる
トウヤはろっじの業務の手伝いをしていた。今しているのは、タオルや雑巾などの軽いものを所定の場所に運ぶ仕事である。これなら落としても怪我の心配はない、彼でも簡単に出来る仕事だ
最近、トウヤは手伝いを自主的にすることが多くなった。その相手は両親だったり、ろっじの三人だったり、遊びに来たフレンズだったり。食器を片付けたり軽い荷物を運んだり掃除をしたり。誰これ関係なく、自分の出来る範囲のことを積極的にしていた
「よーい…ドンッ!」
「たああああああ!!!」
「おりゃああああ!!!」
「ゴール…どっちが速かった?」
「ジョフちゃんの方が少し速かった気がするわ~」
「やったでち!これで2連勝でち!」
「むむむぅ~くやしい~!」
中庭から、ジョフロイネコ、オセロット、ミナミコアリクイ、インドゾウの仲良し4人組の声が響く。そびえ立つ大木を前に、誰が一番速く天辺へ登れるかの勝負をしているようだ。パークスタッフから借りたのか、インドゾウがストップウォッチを使いタイムを測っている
「一緒に遊んでてもいいんだぞ?」
「ううん、僕はこっちをやる。だからもっと頼っていいよ!」
「…フフッ、なんだか、キングコブラさんに似てきましたね?」
「僕がママに?」
「ええ。自分から誰かの為に動くところとか、もっと頼りにしてほしいって思うところとか。将来が楽しみですね」
『トウヤは母親似』とは知人からよく言われ、またキングコブラも彼女の夫もよく言っていること。尻尾やフードが出た息子の姿のイメージを、キングコブラはぼんやりと浮かべていた
「あっ、いたいたアリツさん!荷物が届いてたわよ!」
「荷物ですか?ありがとうございますキリンさん、今確認しに行きますね」
「にもつ?どんなの?」
「気になるなら一緒に行きますか?」
「うん! あっ、でもこれ…」
「ふむ…それならトウヤには新しいお仕事を頼もう。ママに後で荷物が何だったのか教えてほしい。代わりに、タオルはママが置きに行く。役割分担というやつだ」
「! そーいうことならまかせて!アリツちゃん、いこっ!」
「はい、ではよろしくお願いしますね?」
先に行ったアミメキリンを、手を繋いで追いかけるトウヤとアリツカゲラ。楽しそうな二人の背を少し眺め、三人分のタオルを持ち直し、キングコブラは当初の目的地へ。お互い業務完了までに、そう時間はかからないだろう
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「これは…なんの修行ですか…先生…!?」
━━腹筋を鍛えるのと同時に、お腹回りの耐久を鍛える特訓よ
「本当にそうなんですかこれ!?似たような拷問見たことあるんですけど!?ほら膝に石重ねてくやつ!これそれに使いそうな石!」
━━勿論それモチーフよ。その証拠に…ほら
「ぐえっ!?す、隙間から落とさないでください!威力が!威力が2倍どころか2乗に!?」
━━まだ余裕ありそうね?倍プッシュよ…!
「おっふぇ!?何してんだこの妖怪!?せめて乗せるなら普通に乗せろや!それと自分もやれ!最近太ったんだから丁度いいんじゃないですか!?」
━━ふぅ~ん?女性に向かってそういうこと言うのね?なら…!
「あっ待ってごめんなさい!すみませんでした!だからやめて!あああああああ!?!?」
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「ウーン…ハッ!? …夢か…」
ハッキリと覚えている夢を思い返す。こんな修行はしたことないぞ…なんでこんな夢を見たんだか…
「スゥ…スゥ…」
「…原因解明…と」
お腹辺りに、コアラの赤ちゃんのようにしがみついているのは我が娘シュリ。何がどうなってこんな形になったのかは何も知らない。分かるのは、全体重を俺に預け、ぐっすり寝てることだけ。分かってしまえばそうでもないけど、あんな夢を見るくらいには重く感じているらしい。でもそれは成長してるってことだ。もうすぐ4歳になるし、父親としてこんなに嬉しいことはない。この重さが今は心地好い
「やっと起きたか、おはよう」
「おはようキングコブラ。トウヤはどこに?」
「トウヤは今アリツカゲラと一緒だ。もうすぐ戻ってくると思うが──」
「ママー!」
噂をすればなんとやら…だ。まるで目覚まし時計だ、シュリも目を擦りながら起きた
「今日は一段と元気だな?何か良いことあったか?」
「うん!だから僕ね、今日行きたいところあるんだ!」
「どこに行きたいんだ?」
「えっとね──」
*
バスに揺られて数時間、やってきたのはへいげんとジャパリ図書館の中間当たりに位置する場所。ここには新しく出来た施設があり、トウヤが来たがっていた場所はここだ。他のお客さんの後に続いてバスを降り、受付を済ませていざ中へ
「こんにちはー!『ジャパリ花壇』へようこそー!」
『ジャパリ花壇』と名付けられた植物園のようなここには、ろっじ周りで見られるようなものから他のちほーへ行かないと見れなさそうなものまで、様々な花がここに集まっている。工事中の看板があるので、まだまだ大きく改装されそうだ
サンドスターは天候や地形すらも再現することは分かりきっていること。サバンナの隣にジャングルがあったり、穏やかな気候であるろっじから少し先に雪山があったりと、このキョウシュウエリアだけでも証明は十二分に可能だ。ここはそれを再現した施設であり、サンドスターの実験を行っている施設でもある
勿論見るだけでなく、花の種やドライフラワーをお土産として買うこともできる。値段がお手軽なためかお客さんに好評で、客足はじわじわと伸びてきているらしい
「荷物、ろっじに届いたよ。アリツカゲラさん凄い喜んでた。これお礼にだって」
「わぁ…!こんなにいっぱい!ありがとうございます!」
「あとで焼き芋にでもいたしましょう。作るのはお任せを」
「はい!よろしくお願いします!」
ここを管理しているのは、モリコキンメフクロウの “リコ” さんとヘビクイワシさん。ろっじに届いた荷物は、この二人が送ってきてくれた花だ。ろっじのエントランスに飾る花を、アリツカゲラさんは季節に合わせて定期的に変えている。春夏秋冬それぞれで咲く花も、ここなら豊富に揃っているからね
「あれ?ツチノコちゃんだ!」
「あん?なんだお前達も来てたのか」
「ついさっき着いてな。珍しいな、お前がこういう場所に来るなんて」
「スナネコの付き添いだ。あいつが珍しく行きたいって言ってな。まぁ、例によってどっか行っちまったんだが…見てればいずれ会えるだろ。あいつも勝手に見てるだろうし、迷子の呼び出しをするほどじゃないな」
「なら一緒にいこっ!」
「一緒ならもっと楽しいよ!」
「…ま、断る理由はないな。行くか」
「よし決まり。さてトウヤ、ろっじに届いた花が何だったか、ちゃんと覚えているか?」
「バッチリだよ!えーっと…あった!こっち!」
というわけで、ツチノコさんをパーティーに編成し、小さなガイドさんに案内を頼む。案内板の写真を確認して、向かった先は春のエリア。どんな花が届いたのか俺は聞いていないので楽しみだ
「あっ!あれへいげんで見たやつ!イヌガミちゃんが咲かせてたよね?」
「その通り。名前はなんだったかな?」
「えーっと…さくら?だったと思う!」
「正解は~?…おっ!当たりだ!トウヤに1ポイント!」
「やったー!」
目的の花の前に見つけたのは、大きく立派な桜。そして唐突にあげた特にこのポイントに意味はない。が、こういうのがあると楽しく覚えられるはずだ。後でなんのポイントか聞かれたら、おやつか何かが貰えるやつと言おう
「へいげんで何かしてたのか?」
「守護けもの達と秘密の会議と花見を少々ね。ああ、ヤマタノオロチさんも来たよ」
「なんだと!?あいつは今どこに!?」
「とっくに担当エリアに帰ったが…」
「くそっ…!コウ、次にあいつが来たら俺に連絡してくれ。ちょっと用があるからな…!」
また何かやったのかあの蛇神は…。たぶん罪状は…ツチノコさんのお酒を勝手に飲んだか盗んだか…かな。本当だとしたら、これはちょっとお灸を据える必要がありそうだな
「あった!これが来てたんだ!」
「これは…チューリップか。ハハッ、綺麗に咲いてら」
桜から少し離れた場所に咲いていたのは、色とりどりのチューリップ。なるほど、アリツカゲラさんが今年選んだ春の花はこれか。多くの人が知っていて、カラフルで眼を惹く良いチョイスだ
「あれ?これもチューリップなの?おうちの色と全然違うよ?」
「花によっては、いくつか色の種類があるんだ。家には何色があるんだ?」
「赤色!すっごく綺麗だよ!」
「でも赤しかないの。他のもきれーなのに」
「赤か…相変わらず仲がよろしいこって」
「いやぁそれほどでもあるかな」
「改めて言われると…少し照れるな…」
「はいはい…嬉しそうな顔しやがって…ごちそうさまだな…」
「「???」」
自分で振ってきたのに呆れた顔しないでよ…。まぁ知識豊富なツチノコさんなら、赤いチューリップが何を意味するかはよく理解しているか。子供達が理解するのは…もっと先かな
「ツチノコちゃんもチューリップ好きなの?」
「嫌いじゃないが、特別好きってわけでもないな。『も』ってことはシュリは好きなのか?」
「うん!可愛いお花だなって!」
「なら育ててみたらどうだ?種が貰えるかもしれないぞ?」
「そうなの!?私やってみたい!パパ!ママ!」
「ちゃんとシュリもお世話するならいいぞ…と言いたいところだったが、今はないようだな」
「あらら残念。シュリ、チューリップを育てるのはまた今度だな」
「えー…分かったぁ…」
いくら季節を無視して花を咲かせていると言っても、配布する種は本来の植える時期に合わせているらしい。チューリップは秋に植えて春に咲く花だから、種が貰える時期も秋になるだろう。その時にまだシュリが育てたいと思っていたら、また来て種を貰うとしよう
「早々に目的は達成したが…どうする?」
「まだ見てたい!」
「私も!だっていっぱいあるんだもん!」
「ならそうしよっか。急いでるわけでもないしね」
*
春の花はじっくり見終えたので、そろそろ次のエリアへ向かうとしよう。案内板の写真を確認し、向かった先は夏のエリア。暖かい陽射しが天窓から降り注ぎ、全体を明るく照らしている
「うわぁ!?すっごくおっきいー!」
「いっぱいある!きれー!」
目の前に広がっている、とある一種類の花。日の光に照らされたそれは、トウヤとシュリよりも背が高く、中には俺とキングコブラすら見下ろすものまであった
「シュリ、これは何か分かるか?」
「えーっと…『ヒマワリ』?」
「正解だ、凄いぞ。今度はシュリに1ポイントだ」
「いえーい!」
夏の代表と言っても過言ではない花、ヒマワリ。もちろん小さいものはあるのだが、やはり大きいものに眼がいってしまう。子供達もそっちに釘付けで、周りをぐるぐる回ったり手を伸ばしてみたりしている
「凄いなぁ~。僕もヒマワリみたいに大きくなれるかな?」
「なれるさ、きっとな」
「ツチノコちゃんよりも?」
「まぁ、なれんじゃねぇか?なれなかったら…そん時は慰めてやるよ。頭撫でながらな」
「むぅー!絶対大きくなって、僕がツチノコちゃんをなでなでしてあげるからね!」
「ハッ、そりゃあいい。楽しみにしてるぜ?」
なにやら、変な約束事が二人の間に交わされた。トウヤがツチノコさんになでなでかぁ…。ツチノコさん、きっと恥ずかしがるだろうなぁ。それもまた面白…ゲフンゲフン
「む?どうやら、ヒマワリの種は貰えるらしいな」
「ホント?どうする?育ててみる?」
「やってみたい!」
「おっきいの見たい!」
元気な二つ返事を受けとったので、迷うことなく種を包んでもらった。花を育てることは、二人にとって大切な経験、思い出になるはずだからね
*
その後、秋のエリアに向かう途中で、ひょっこりと姿を現したスナネコさんと合流し、皆で時間の許す限り施設を堪能するのだった
*
「あら、おかえりなさい」
「あれ?ただいま、サーベルタイガーさん1人?」
「ええ、たまにはね。どこか行ってきたの?」
「ジャパリ花壇にね。トウヤが行きたいって言ってさ」
「へぇ~トウヤが?お花に興味でも出てきたの?」
「うん!それでね、いっぱい見てきたんだ!これも借りてきたんだよ!」
得意気に取り出したのは、帰る前に寄った図書館で借りた花の図鑑。分厚いものからそこそこのまで、二人が気になった本はとりあえず全部借りてきた。図鑑って結構重量あるよね、次からは少しずつ借りることにするよ
「そうだ!いっぱい咲いたら、サーベルちゃんにもプレゼントするね!」
「それは楽しみね。因みにどんなお花なの?」
「咲くまでないしょ!」
「あら残念。なら代わりに、植える時は一緒に植えてもいいかしら?」
「いいよ!約束ね!」
「楽しみだね!」
「ええ、とってもね」
一緒に植えたら、咲く前にどんな花なのかバレてしまうのでは?とは言わなかった。サーベルタイガーさんは分かっても言わないでくれるだろうし、二人が楽しそうだしね
「にしてもヒマワリ…『憧れ』…か」
「花言葉か。確かに合っているかもしれないな」
「やっぱりそう思うよね~」
ヒマワリの花言葉を、そっと言葉にして呟いた。トウヤがサーベルタイガーさんに向ける感情としては、現状だとこの上なく合っている。この歳で彼女に弟子入り希望するくらいだし。大きくなっても、きっとその想いは持ち続けるだろう
ただ、花の本数で、花言葉はだいぶ変わってくる。こっちに関しては…どうだろ?もしこの花を渡すとして、トウヤはそれに気づくのだろうか?もしそんな意味を込めてプレゼントしたとして、サーベルタイガーさんはどんなことを想うのだろうか?
…そこまで考えるには、あまりにも早すぎるな。未来なんてどうなるか分からない。トウヤもシュリも、そんな想いを誰に持つかなんて、本人にすら分からないことなのだから
願うことはただ1つだけ。大きく満開の花を、光輝く太陽のように、綺麗にたくさん咲かせて欲しい。あの子達が笑顔になれるような、そんな素敵な花をね
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