第15話 無礼者
「あぁぁぁぁぁぁ! 間に合わなかった! アッシュさん! まだ間に合う! いいから今すぐに頭を下げるんだ!」
グレイスがなぜかそんなことを言いだして俺様の頭を掴んで無理やり下げさせようと力を込めているが、もちろん俺様の頭はぴくりとも動かない。
間に合うのか間に合わんのかどっちなんだ? と思いつつ俺様は「ぎぎぎ、力つえぇ」と呻き声のようなものを上げているグレイスに指摘した。
「おい、グレイス、よく見ろ。俺様達の事じゃないようだぞ」
俺様がそう言うと怒声だけに反応し、大名行列のような集団に目もくれていなかったグレイスがようやく大通りの向こうを確認する。
どうやらルシードとかいう王子の馬車が行く進路上に子供が飛び出してきたようだった。
既に甲冑を着た騎士らしき集団に囲まれ、子供の姿を見る事はできなくなっているが、その様子だけで何者かが粗相を起こしたことがよく分かった。
「……お、俺達じゃなかったのか。誰だか分からないが助かった。さぁ、今の内に隠れよう」
グレイスはそう言って、路地の方へと向かっていく。
俺様はそんなグレイスを横目に甲冑の騎士の集団のいる大通りの向こうへと歩き出す。
少しして、グレイスが「ちょ! アンタ何してんだ! 戻れぇぇぇ!」などという声がしたので俺様がちらりと振り返すと、俺を引き戻そうとするグレイスを取り押さえているエメルとセラの姿が半分だけ路地の影から見えた。
まぁそんなことはどうでもいい。
そんなことには目にもくれず俺様は誰もいない大通りの道の中心を堂々と歩いて行く。
時折、頭を地につけた住民が恐る恐る俺の姿をちらりと覗きあげて、衝撃の表情を浮かべているが、それでも声を上げる者はなかった。
そんな感じで少し歩いていると、甲冑の騎士集団の1人が俺様に気付いたのか大声を上げた。
「おいっ! 貴様! 止まれぇぇぇ! 何者だ!」
1人の騎士の怒声に周囲の騎士も俺様の存在に気づき、子供への包囲を解いた騎士のほぼ全てがこちらへと目を向けてきた。
俺様は騎士の忠告を無視し、ずんずん大通りを前に進んで行く。
普通に会話するには未だそれなりの距離があり、大声を上げなければまともに会話が成立しなさそうだったからである。
俺様は偉大過ぎる勇者だ。
こんな道端で大声を上げる無粋な真似はしないのである。
「おい! 貴様聞こえているのか!? それ以上近づくなら力づくで排除するぞ!」
だというのに、今度は先程とは違う騎士の男がそんな暴言を俺様へと上げてきた。
ただの暴言ならまだしも俺様を排除?
そんなものは魔王だろうが不可能である。
それをただの一国の王子の護衛の騎士風情がのたまうものだから笑い声を上げてしまいそうにすらなる。
笑い声を上げそうになりつつも、俺様は更に歩みを進めていくと甲冑の騎士達は続々と剣を抜き始めた。
ちょうど大声を上げなくても会話できそうな距離になったので俺様は歩みを止める。
「おー、お勤めご苦労さん。えらく殺気立っているようだが何かあったのかな? 騎士の諸君」
俺様が日頃のしょうもないお仕事へと労いを入れながら甲冑の騎士達にそう問いかけると、騎士の一人が剣を俺様へと向けながら怒りの籠った声で言ってきた。
「貴様、何者だ!? ルシード殿下の御前でこんなことをしてタダで済むと思っているのか!?」
「あぁ、自己紹介な。心して聞くがいい。俺様は偉大過ぎる勇者アッシュ。この世界に救いをもたらす者だ」
「はぁ? 勇者アッシュ? 知らんな! おい! こいつを斬り捨てろ!」
偉そうな騎士がそう言うと、傍にいた騎士が4名ほど斬りかかってきた。
何の冗談だろうか?
魔王軍四天王が4人同時にというのなら勇猛果敢だと褒めてやったことだろう。
だが、俺様相手にただの王子の護衛騎士程度がたったの4人がかりだというのだから冗談だとしても笑えない。
思った通り——というか思った以上に騎士達の動きは遅い。
クソ重いだけの甲冑を着ている所為だろう。
そんなものは魔獣相手には何の役にも立たないだろうに何のために来ているのかすらよく分からない。
あぁ、こっちには魔獣はほとんどいないんだったな。
とそんな事を思いつつ、俺様はいつまで経ってもやってこない4人の騎士に斬り込んだ。
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