第9話 弱すぎる
おいおい、マジかよ。
俺様はそう思うと同時に地を蹴っていた。
慎重派だと思っていた青年は只々弱く、魔獣でもない狼にすら勝てないほどの貧弱君だったのである。
俺様が200m以上離れた青年の元まで走るまでの短い間にも青年は狼に覆い被られて、今にも牙で喉を掻ききられそうな勢いだった。
このままじゃ間に合わんか。仕方ない。
俺は剣で斬り殺すのを諦め、走りながら剣を振るって第3級魔法【ウィンドブレード】を行使する。
剣の刃から飛翔した3つの風の刃は凄まじい速度で草原を駆け抜け、瞬く間に寸分違わず青年に覆いかぶさった3体の狼の首を斬り落とした。
あーぁ、狼如きにウィンドブレード使わせんなよ。コスパわりぃな。
本来ならば最下級である第7級魔法ファイヤーボールですら狼に行使する事はあまりない。
理由は明快。狼なんぞ魔法どころか剣すら使うことなく素手で殴り殺す事が出来る程の雑魚だからだ。
別にそれは俺様が強すぎる勇者だからというだけではなく、賢者のエメルですらそれが可能なほど魔獣でない狼は弱い。
つまりそんな相手に剣を持ちだしてまでまるで刃が立たなかった俺様の目の前でへたりこんでいるこの男は雑魚中の雑魚だということだ。
「おいおい、大丈夫か?」
俺様は狼3体の返り血を浴び、血みどろになっている男の手を引っ張り無理やり立ち上がらせてやった。
「まさかここまで弱っちいと思わんかったぞ。まぁ助けてやったんだから許せよ」
この場合許しを請うのは男に声援を送って気を逸らせたセラな気がするが、男があまりにも惨めだったので俺様が代わりに謝罪してやった。
それから少し遅れて俺様の手下2人もやってくる。
「すいません! まさか本当にピンチだったとは思ってもみなくて!」
「いやー、ここの人って本当に魔法使えないのね。まぁなんかそれ以前の問題だった気もするけどさ」
セラ、エメル共に酷い言い様だった。
どうやら俺様のように人を気遣う心がこの女共にはないようである。
そんな心ない女共の言葉に反応したのか男はビクリと体を震わせると口を開いた。
「あっ、ありがとう。アンタは命の恩人だ」
狼如きで大袈裟な話だが、この男にとって狼との戦いは正に生と死の狭間を行くような死闘だったのだろう。
恐らくセラが声をかけずともあのまま戦っていた場合、命を落としたのは狼ではなく男の方だったに違いない。
「ふはは、貴様は運が良い。絶体絶命のピンチに俺様という偉大な勇者が偶然通りかかったのだからな。分かっているなら話が早い。さっさと謝礼を……」
と俺様が続きを言いかけた所でふと男の服装に目がいった。
ふむ。
男を見ると異世界人である俺様から見ても見るからに貧乏人が好んで着ていそうなちゃっちぃ服を身につけていた。
オマケにそのちゃっちぃ服ですら継ぎ接ぎだらけ。恐らく新しい服に買い替える金も持っていないのだろう。
馬車なんぞを引いているから商人かなんかだと思っていたのだが、ただの貧乏人だったようである。
男は俺様が言いたかった続きを予想できたのか「あ、あぁ、すいません、礼をしないと!」などと言って血みどろとなったちゃっちぃ服のポケットに手を突っ込むが。
「あ、やっぱいいわ。貧乏人からはした金を毟るのは俺様の趣味じゃない」
そう言って俺様は男からの謝礼を辞退した。
どうせ出てくるのは銅貨数枚とかその程度だろう。
そんなはした金を貰った所で俺様の懐が潤うわけがない。
一日ぱーっと遊ぶ金にすらなりはしないだろう。
そんなクソの役にも立たん金を貰うくらいなら情報を貰った方がいい。
せっかくの第1異世界人なのだからな。
道案内くらいはできるだろうし、この世界の常識なども知れるかもしれない。
すると男は安堵したのか手に持っていた硬貨らしきものをポケットへとしまい込んだ。
命を救ってやったのだから押し付けてでも礼を渡すのが普通だと思うが、余程金に困っているらしい。
「ありがとう。せめて俺に何かできる事はないか?」
流石に異世界人にもそれくらいの常識はあるらしい。これでなんも言わずに立ち去ろうもんならいくら器が大きすぎる俺様といえどこの世界を救うのを止めていた所だ。
「そうだな、俺様はとある国から旅してきたんだが、ドレアス王国の王都とやらまで案内してもらおうか?」
「そんなことでいいのか?」
「言っただろ、貧乏人からはした金を毟るのは俺様の趣味じゃないと。いいからさっさと俺様を王都とやらまで案内するがいい」
こうして、俺様と手下2人は弱っちすぎる第1異世界人の男と馬車でドレアス王国の王都へと向かう事になったのである。
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