三章5 『同級生のアイス2』
いきなり教室に行くよりまずは担任に報告すべきだろうと職員室に向かうと、めっちゃ気遣わしそうに色々と励ましのお言葉を戴いた。誰かに親切にしてもらったエピソードを未来に思い返すなら、ベストテンにはランキング入りすると思う。
ホームルームギリギリまで職員室に待機させられ、共に教室に向かうことになった。
さらにはホームルームが始まってもしばらく教室の外で待たせられている。
まるで転校生のような扱いである。
心臓がしきり跳ねており、吸いこむ空気が重たい。
手には汗をぐっしょりかいていた。
「えー……。その、今日はみんなに大切な話があります」
担任教師の声が改まったものに変わる。若干の緊張が混じっているのが少し申し訳なく思えてくる。
「それでは天神さん。どうぞ、入ってきてください」
俺は唾を飲みこみ、戸の引き手に手をかけた。その金属部分がひやりと冷たく感じた。
指紋を検知したドアが、力を入れずともひとりでに開いていく。
視界の中に広がっていく、教室の光景。以前よりも低い視点で見るそれはまったく同じもののはずなのに、どことなく違和感を覚える。
クラスメイトの視線は、珍獣(ちんじゅう)でも見るかのようなものだった。
なんかいたたまれない。
だがその中にアイスを見つけた。彼女はいつものぼうとした顔つきで無感情な目を俺に向けてきている。相も変わらぬ調子だが俺が見ていることに気付くと、小さく一回うなずいてくれた。
なんだかふっと胸の内が軽くなるのを感じた。
室内に足を踏み入れても、それは変わらない。好奇を露(あら)わにした両目合わせて60もの視線を向けられてもなお、気にならない。ただ一人でも、自分の味方でいてくれる人がいるのだと思うと。
俺は担任の横に立ち、背筋をピンと伸ばして室内をぐるりと見やった。
静かだ。隣の教室から聞こえてくる教師の声がよく聞こえるぐらいに。
誰もが俺に注目しているようだ。
そんな空気の中、口を開き微かに震えた声を発した。
「信じられないと思うが、俺は天神ソアラだ」
丸みを帯びた高い声が室内に響いていく。思えば女子になってから大勢の前で話すのは初めてだった。
緊張の質は男と女でも変わらない――いや、俺の場合は以前より身長が低くなって座ってるヤツ等と顔の距離が僅かに近くなったせいで、圧迫感を受けている。若干緊張の割合が増しているかもしれない。
心臓が止まってしまったんじゃないかってぐらい、呼吸が上手くできなくなってくる。
でも口は止めずに話し続ける。
「なんやかんやあって、女になった。自分が望んだわけじゃないけど、その、なっちまったものは仕方ない」
実は可愛い女の子になれたと喜んでいたのは内緒である。
「今は女子寮に一人で住んでる。寮生のヤツは元々男だったヤツが傍にいるのは落ち着かないかもしれないが……。もしイヤだったらエンジュのヤツに苦情を入れてくれ。すぐに住む場所を変えてもらう」
女子達は顔を見合わせたが、特に何か言うヤツはいなかった。
「これからは女子として生活していくことになるけど、できるだけみんなに不快な思いをさせないようには努力する。だからその、……えっと、よろしく頼む」
上手(うま)い言葉が思いつかず、俺はぺこりと頭を下げた。
しんと室内は静まり返る。
やがて女子の一人――ソイツは根路だった――がおずおずと手を上げた。
「あの、えっと。一つ、訊いてもいい?」
「あ、ああ。なんだ?」
「……一週間前、聖霊領域で暴れていたロボットを倒してくれたのは、天神くんと、アイスさんだって聞いたんだけど。それって、ほ、本当なの?」
おそらく体中にパイプを這わせた蒸気野郎のことだろう。
「ああ。そうだけど……」
「ええっ、マジかよ!?」
いきなり他の男子が興奮気味に声を上げる。
そのテンションは次々周りのヤツ等に伝播(でんぱ)していく。
「アイツって軍のヤツでも倒せないぐらい、強かったんだろ!?」
「そんなヤツをたった二人で倒しちゃうなんて、スゴイ!」
な、なんか知らんが……めっちゃ褒められてるっぽい?
「な、なあ、女の子になった天神って可愛くね?」
「オレも思った」
「マジ今の天神って天使じゃん。もう彼氏とかいるのかな?」
「おまっ、マジかよ!? 狙ってるのオレだけだと思ってたのに……」
……なんか知らんが、すごい身の危険を感じるな。
ともかく俺の存在は前向きに受け入れられたようだった。
この時はひとまずホッとしていた。
事件は――というほど大したことじゃないのだが――体育に行く前に起きた。
その頃には俺は疲弊しきっていた。
休み時間の旅にホームルームみたいな調子でみんなに囲まれていたからだ。もうほとほと疲れ切っていて一人になりたいのと、女子更衣室に行くのに抵抗があって、着替えをまとめてトイレに行こうと思っていた。
ところが。
「ねえねえ、天神|さん(・・)。一緒に更衣室行こうよ」
女子の一人がつつつと寄って来て言った。
思わぬ爆弾発言で俺の顔が着火し、瞬間的に熱くなってくる。
「えっ、いや、俺は……」
「着替えるんだもん、更衣室には行かなきゃだよねー」
他の女子も便乗してきやがる。
こっ、これが女子の同調圧力ってやつか……!?
万事休すである。このままでは俺は乙女の園へ連行されてしまう。
助けを求めるように俺はアイスの方を見やった。
いない。
どこへ行ったのかと見回すと、彼女はこそこそ教室を逃げようとしていた。
「アイス、お前もかっ……!」
史実とは若干違った用法で呼びかけると、気付いた女子の一人がアイスの前に立ちはだかりとおせんぼうしてしまう。
「ふっふっふっ、逃がさないよ」
「っ……!!」
アイスはジロッとこちらを唇を噛んで睨んでくる。死なばもろとも、道連れである。
かくして俺達は二人そろって、乙女の園へドナドナされることになった。
ああ、南無三……。無神論者だけど。
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