第26話 南条
天文十八年(一五四九年) 四月 但馬国二方郡芦屋城
城から戻って来て驚愕した。五郎左衛門が本当に我が家への仕官者を連れて来ていたのだ。昨年までは因幡国に滞在していた御仁とのことである。早速だが会う手筈を整える。
すると既に五郎左衛門とその御仁が待っていた。既に五十代を超えていそうな凛とした男性である。無精髭がとても似合っている。横に五郎左衛門がいるから余計に凛然と見えるのかもしれない。部屋に入り正面に座る。
「こちらの手違いでお待たせしてしまい申し訳ござらん。某が塩冶彦五郎と申す」
「某は南条勘兵衛国清と申す」
そう言って深く頭を下げる。五十代が一桁の餓鬼に頭を下げるなど到底できる所業じゃないぞ。それだけでこの御仁の人となりがわかると言うものだ。早速だが本題を切り出す。
「我が塩冶家に仕官いただけると、そう考えてよろしいか? しかし、何故また……」
「某、昨年までは山名左馬助にお仕えしており申した。そして山名右衛門督との戦にも参戦し……。実を申せば、御父君を討ったのは某にござる。そんな某にお声をかけてくださるとは、なんと御心の広いお方だと、感銘を受け馳せ参じた次第。そもそも南条家は塩冶家の分家なればーー」
え、こいつが養父殿を討ち取ったの? 初耳なんだけど。そのあとの言葉が全然頭の中に入ってこない。ってかお前、なに連れて来てんだよ。五郎左衛門をジト目で見る。
するとアイツ、露骨に視線を逸らしてやがる。俺じゃなかったら刃傷沙汰だぞ。正直、俺は養子だし恩義はあるが思い入れが強いわけではないから良かったものの。全く、あとで折檻だな。
「勝敗は兵家の常。水物にございます。過去の遺恨は忘れ、当家のために尽くしていただけるのであれば是非に」
「ははっ。微力ながら塩冶家のために死力を尽くさせていただく所存にございまする」
深く頭を下げる南条勘兵衛。俺は勘兵衛を召し抱えることに決めた。彼に弥太郎とともに少年たちの調練に当たるよう命じる。この半年、弥太郎がみっちりと基礎訓練をこなしてくれていた。体力は十分にあるだろう。ここからは兵を二つに分ける。
槍兵と弓兵だ。いや、それだけじゃ足りないな。工兵も用意しよう。この三部隊に分け、それぞれ弥太郎、勘兵衛、五郎左衛門に率いてもらう算段だ。
「それでは稽古場へ案内いたす。五郎左衛門、其方も来い」
「うう、はい」
何かを察したのだろう。五郎左衛門が項垂れながら俺たちの後を付いて来た。案の定、稽古場では弥太郎が少年たちを走らせていた。もう稽古場に少年たちは居ない。
「弥太郎。新たに召し抱えた南条勘兵衛だ。そろそろ本格的な訓練に切り替える。彼らを九十、九十、十に分けよ。そして九十を弥太郎が率いる槍隊に。残りの九十は勘兵衛が率いる弓隊にする」
「かしこまってござる。して殿。残りの十は如何するお積もりで」
「うむ。残りの十は五郎左衛門に率いらせよ。役割は追って伝える。それからな――」
「ほうほう。委細、承知仕った」
五郎左衛門の失態も告げ口してやったわ。これから五郎左衛門は九十人の少年たちと立ち代わり入れ替わり槍の地稽古よ。別に意趣返しと言うわけではない。五郎左衛門にも強くなってもらわねば困る。
槍兵達はすぐにある程度は物になるだろうが、弓は難しいだろうな。訓練と称して鹿や野ウサギでも狩って来てもらおう。お肉は重要なタンパク質だ。
彼らの訓練に最低でも三ヶ月はかけたい。理想を述べるならば基礎訓練に半年、専門訓練に半年の合計一年はかけたいところだが、世情がそれを許してくれるか。
とはいえ、この時代の常備兵は強みだ。時期を選ばずに戦を行える。また、農民兵も併せれば兵数は三百五十に届くだろう。仮想敵としている田公氏の石高は七千にも満たない。動員できて二百といったところか。
「それにしても殿はお金がありますな。常備の兵を二百近くも雇うなど」
これを見ていた勘兵衛が呟く。なるほど。外から見るとそう見えるのか。公方様に本願寺、お金などもう残ってはおらんぞ。まあ、他よりも裕福なのは認めるがな。
「別に雇っているわけではない。禄は無く、飯代しか出しておらんからな。それに女衆が頑張ってくれているのも大きいだろう。我らの財源はこれよ」
そう言って干し椎茸を一つ、勘兵衛に投げ渡す。そう。干し椎茸だ。この干し椎茸というものは良い。俺が狙っている層の需要、つまり公家衆や僧侶との相性が良いのだ。
そんな会話をしていると弥太郎が申し訳なさそうにこちらに近づき、ぼそぼそと耳打ちをし始めた。どうやら憚られる話らしい。ホント、武士は体面を保つよな。そんなもん犬にでも食わせておけ。
「殿、食料がそろそろ底を……。残りはソバしかござらぬ」
俺は奴隷達に一日三食しっかりと食わせている。成長期だ。体を大きく厚くさせる必要がある。戦は兵の質にも依るのだから。
なので、食料がすぐに減る。また買い足さねばならんな。四郎兵衛を呼ぶか。それまでは残り少ない玄米とソバの実、それから弓隊が狩ってくるであろう鳥獣で凌ぐしかないな。
「稗と粟の入った玄米を減らし、味噌汁にそばがきを入れよう。それで凌いでくれ」
「ははっ」
国を強くするのも楽じゃないな。あっちが立てばこっちが立たず。何事も程良いバランスの上に成り立っているのだ。
そして、俺は今からこの但馬国のバランスを崩そうとしている。うん、覚悟はできている。滅びたくなければ泥水を啜ってでも強くなるしかないのだから。
「さて、四郎兵衛と弥右衛門を呼ぶとするか」
蒲殿衆との繋ぎ役として残されている女中に扮した少女である菊にそう手配させたのであった。
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