第26話 月が綺麗ですね

「ツカサちゃん、お疲れ様。

 ゴミ出しが終わったらもう休んでいいよ」


「うっす!」



ツカサはゴミを出す為に外へ出ると、

夜空を見上げて背伸びをした。


昨日は突然2人から殴られて驚いたが、

今日は一日平和に終わってホッとしている。


空には満月が輝いていた。



「月が綺麗だな……」



”今日は満月だから、一緒に居たくて……”


「?! なんだ、今の声は……」



警戒しながら周囲を見渡したものの、

誰もおらず特に変わったところはない。


気のせいだったのだろうか?

とても綺麗な声がしたのだけれど……



”貴方の髪は、月の光を映し込んだかのようで……

 風が優しく、そこに櫛を通す……”


「誰だ!!!」



やはり気のせいではない。

しかし、周囲には相変わらず人影がなかった……


溜息を吐いた後、

ふと違和感を感じてツカサは自分の足元を見る。


そこには、赤い糸のようなものが絡み付いていた。

ゴミを出す時に、付いてしまったのだろうか……?



"私の足は、まるでガラスの靴みたいに脆く……"


「……なんだ、これ……!!!」


”戦いの鐘で、魔法が解けてしまうのが怖い……”


その声が聞こえるたび、ツカサの身体に何かが纏わり付いた。



これは表現だろうか?

しかし相手がいなければ、戦う事も出来ない……


ツカサはその糸を払おうと必死に足掻いたが、

それはツカサに絡み付いて、決して離れなかった。



"伏せたまつ毛が艶めいて……"



ツカサの脳裏に、何かの映像がチラつく。



"こんな月夜の晩は尚更だ……

きっと一生、忘れる事はない……"



蒼い瞳に映り込む満月は、現実のものだろうか。

それとも、脳内を駆け巡るワンシーンなのか……


ツカサには、精神と肉体の境界線が分からなくなっていた。



"空から満天の星が降り注いだ……

胸から溢れて止まらない、この色彩はなんだろう……"



その赤い糸は遂に手足を全て覆い、ツカサを拘束する。

もはやツカサは、身動きひとつ取れそうになかった。



"募る想いが星空に届き、月夜を越えて虹を架ける……

何者でも抗えない、運命の渦が見えた……"



ツカサの記憶に、誰かの面影が映った。



"星々のスポットライトに、望月の映写機……

紡がれた想いが色褪せず、鮮やかに……"



俺はその顔を知っている。

その笑顔は、俺の大切な……



「運命に囚われて、死になさい」



その言葉と共に、

ツカサの視界に人影が飛び込んできた。


全身が黒いローブで覆われており、

その姿をはっきりと捉える事は出来ない。


しかし、その手に鋭いナイフが握られている事を

月明かりが教えてくれた……


身動きの取れないツカサに、成す術はない。

ただ痛みに備えて、目を固く瞑るのが精一杯だ。


きっとすぐにでも、

ナイフは自分へと突き刺さるに違いない……!!



「ツカサ……!!!!!」


「……っっ!!」



瞼を閉じてから、どれだけの時間が経っただろう。


いくら待とうとも、

ナイフの感触はツカサを襲って来なかった。


ほんの数秒だろうが、

死の訪れを待つ時間は永遠の様に感じる……



ツカサは恐る恐る、瞼を開けた。


すると再び、彼の世界は動き出したのだが……



目の前に広がる光景は、

とても現実と信じられるものではなかった。



「なん……で……」



その蒼色の瞳に浮かぶのは。


黄色い満月と、鮮烈な赤……


スローモーションの様にゆっくりと、

女の子の影法師が舞う。


その背からは、

月に届かんばかりの血が吹き出していた。



「あっ……はははははっ!

 ハテシナユメコ……!!

 ハテシナユメコじゃないか……!!

 良い獲物!! 今夜は良い夜だ!!!」



ユメコはその声を睨みつけると、

すぐさま双刀を手元へと呼んだ。


深手を負ったというのに、

悲鳴も溢さずに敵影へと刃を走らせる。


片方の刀が標的を捉えたものの、

どうやら決定打には至らないらしい……


ローブの切れ端と共に、僅かながらの血が飛んだ。



「男を縛り付ける、この運命がお前だったとはね……!!」



怪我をした時でさえ歪まなかったユメコの顔が、

その言葉には大きく歪んだ。


自分の身体が傷付くだけならば良い。

運命がツカサを苦しめる事の方が、ユメコは辛かった。



「運命、か……」



ユメコはツカサを、もう運命から解放してあげたかった。


だから運命が消えて良かったと思っていたのに……

まさかそれを、敵に利用されるなんて。



文字を削っただけではダメだ。


深層意識の奥に潜む、言葉に出来ない感情すらも。


全てを白紙に戻さなければ……



「縛り付けるだけの運命なんて、

 こっちから願い下げなのよ……!!」



ツカサを苦しめるものは、絶対に許せない。


この赤い糸を全て断ち切る為ならば、

どれだけ傷付こうとも刃を振るおうと、ユメコは決めた。



「いいのかい?

 こんなに美しい運命なのに……

 ズタズタに切り裂くなんて、勿体ないねぇ」


「……そうね。

 とっても綺麗な赤い糸……


 だってあの時、私は確かに愛されていたもの」



あの満月の夜は、

かけがえのない大切な想い出だ……


けれどそれは、

自分だけが覚えていれば良い事だとユメコは思った。



「何故その愛を、自ら捨てる?

 いらないものを、どうして守るんだい?」


「……あんたには分からないでしょうね。

 本当に大切なものが、なんなのか……」



たとえ運命が消えようとも。


あの時にツカサから貰った気持ちは、

決してユメコの中では消えたりしない。


ツカサが忘れている事なんて、関係ないのだ。

ツカサのお陰で、どれだけ強くなれた事か……



ツカサに伝えたい言葉が、ユメコの心から溢れ出した。



ねぇ、ツカサ。


私、国を作ったんだよ?信じられる??


大切なものを、守れる位に強くなったの。


それはね、ツカサが逃げない事を教えてくれたからだよ。


ツカサ、出会ってくれてありがとう……


それだけは私、運命に感謝してるの……



「私は、好きな人を不幸になんてしない!!」



ツカサがくれたものは、全部私が覚えてる。


だから私は、最強なんだ……!!!



「馬鹿だねぇ。

 男なんて捨てて、逃げればいいのに……

 2人仲良く、甘い運命に囚われて死にな!!」



ユメコは最初の深手が響いており、

幾重にも飛んで来るナイフを全て弾き返す事が出来ない。


けれど身動きが取れないツカサを庇うかの様に立ち、

懸命にその赤い糸を解こうとしていた。


それは目の前の敵を倒す事よりも、

ただツカサを運命から救いたい一心に思える……



「や……め……っ!!」


ツカサは必死に声を上げようとするが、

糸の締め付けによって満足に息も出来なかった。


けれど呼吸よりも、

女の子が自分を庇って傷付く事の方がよっぽど苦しい……


朦朧とする意識を必死に繋ぎ止めて、

もう逃げてくれと祈る事しか出来ない自分が情けなかった。



このままでは、本当に共倒れになってしまう……!!!



パシュンッ



「あっははははは…… は?」



闇夜を静かに駆け抜ける、断罪の弓矢。


それは2人が縺れた赤い糸を道すがらに切り裂くと、

ユメコを痛ぶって高笑いしていた影へと突き刺さる。


その懐かしい音だけで、

ユメコはもう大丈夫だと安心する事が出来た。


私とツカサの間には、

いつだってこの弓矢が通るのだ……



そしてその主は、決してこんな敵に負けたりしない。



「フローラちゃん、来て……」



その言葉と共に、ユメコの身体が淡く光っていく。

その輝きが現れた瞬間、ユメコの手から双刀が消えた。

やっと回復に専念出来るという事なのだろう……


ユメコは最後まで、

ツカサに纏わり付く赤い糸を払っていた。



「ツカサ……ごめんね……」



限界を迎えて気が遠くなるツカサの耳に、

か細い声が響いた。



何故謝るんだ……

その身を捨てて助けたくせに。

どうしてそんなに悲しい声をしているんだ。

俺はただ、守られてばかりで終わるのか……?



意識を失う寸前。

ツカサの視界に、満月が過ぎった。



きっとこの満月を、俺は一生忘れない。


あの満月に誓おう。



俺は勇者になって、必ずお前を守ってみせる……

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