第15話 ─閑話─ 何か言ってた?

「あー、私もコンビニ行きたかったぁ!」

私しかいない家で、私は独り言とは言えないような大きな声を出した。

ほぼ同時に鍵を開ける音がして、有希の「ただいまー」という声が聞こえた。

遅い!

家を出てから一時間くらい経っている。

いったいどれだけハルヒラと喋ってたんだ!

……私も、ハルヒラと話したかったなぁ。

こんな時間に妹一人でコンビニに行かせるのは少し不安だけど、アパートの廊下からコンビニまで見通せるし、往きは有希が店に入るのをちゃんと確認した。

帰りは……どうせハルヒラは有希が家に入るまでを見届けてくれてるはずだ。

あのお節介焼きの変態、今度会ったら徹底的に無視してやるんだから。

……今度って、いつ会えるんだろう?

私がコンビニに行けばいいだけのことなのに、何故かそれが難しいことのように思える。

だって、あんなことしちゃったし……。

「お姉ちゃん?」

「あー、お帰りー」

私は大して興味も無さそうに、寝そべったままだるそうな声で迎える。

ん? 興味も無さそうにって、何に?

「しゅんぺーが、これ、お姉ちゃんにって」

もしかしてブラ!? と思って飛び起きるが、いつものようにサラダとデザートだった。

「……ハルヒラ、何か言ってた?」

別に興味は無いけど、まあ日常会話? 世間話的な?

「仕事を休めたら劇を観に来てくれるってー」

「へー」

たぶん、遠回しに断ったのだと思う。

だって身内でもない小学生の演劇なんて見たって、退屈でつまんないだけだし。

そもそも姉である私ですら、断るためにハルヒラを条件に出したくらいだし。

「期待はしない方がいいよ」

「しゅんぺーはきっと来るからー」

「どうしてそう思うの?」

「その場でオジサン……西村さん? に代わってもらえないか訊いてたもん。その日は無理って言われてたけど」

そっか、断るための建前じゃなくて、仕事が休めたらホントに行くつもりなんだ。

人好ひとよしのお節介。

もしハルヒラが観に行くことになったら私も行くことになるし、それってメンドクサ──あれ? それってデートみたいじゃない?

妹の劇を観に、っていうのがあんまりロマンチックじゃないけど、コンビニ以外で見かけることはあっても会うことなんて無かったし?

ちょっと早めに待ち合わせして公園お散歩とか?

寒いからホットドリンク買って、二人並んでベンチに座っちゃったり?

いつもみたいな、ちょっと自信無さげな笑顔に、あの優しい声で、寒くないか? とか言ってきたり?

いや言う。

アイツは言う。

お節介でお人好しで世話焼きだから、絶対に言う。

そこで私がもし、寒いなんて答えたら、ハルヒラはどうするだろう?

もしかしたらハルヒラは、自分の首に巻いているマフラーを私に……。

私は私で、胸に着けているブラをハルヒラに……って、なんでよっ! ブラを渡すとか常軌をいっしてるでしょうが!

寒いからブラ着ける? なーんて言う女、世界初でしょ!

私、頭のおかしな痴女って思われてるかも……。

それどころか、自分を棚にあげてハルヒラを変態呼ばわりした嫌な女だ……。

「お姉ちゃん」

「な、なに?」

「さっきから脚をバタバタさせたり、ゴロゴロ転がったり、下の階の人に迷惑よ?」

「ご、ごめん」

妹にたしなめられるとは情けない。

それによく考えたら、ハルヒラは「行けたら行く」と言っていたわけで、事前に待ち合わせとか有り得ない。

となると、どっちにしても私は現地を見に行かなきゃならないのか……。

「それで、ハルヒラは私のこと何か言ってた?」

あれ? ついさっき同じようなことを訊いた気が。

有希がニヤニヤする。

「な、何よ?」

「姉ちゃんはどうしたー、って言ってた」

「そ、そう」

錯乱さくらんした変態暴走女って言われてなかった。

それなのに、歯を食いしばってしまうのは何故なんだろう?

「どうして来ないんだーって、仲良く二人で来てほしいって」

「そ、そう」

あ、そうか、歯を食い縛っていないと口元が緩んでしまうからだ。

私が店に顔を出さないと、少しは寂しいと思ってくれてるのかも……。

えへ、そろそろ行ってやろうかなぁ。

「お姉ちゃんってホント馬鹿」

「な、何よ?」

口元が緩んだからって、妹にバカにされるいわれは無い。

「私がしゅんぺーの家にいた時、お姉ちゃんがお父さんと喧嘩してるって言ったら、しゅんぺーはとーっても心配してたのに」

「え?」

「なのにしゅんぺーに変態なんて言って、今になってしゅんぺーが何を言ってるか気にするなんてホント馬鹿」

「……そこまで、言わなくてもいいじゃない。私だって判ってるわよ」

「お姉ちゃんは判ってないー」

「判ってるって」

「だったらサラダ食べてみて」

「サラダって……私あんまり生野菜は好きじゃないのに、サラダが何だって言うのよ?」

「いいから食べてー」

あのお節介の世話焼きのせいで、私は週に何度かサラダを食べる羽目になる。

貰ったものを残すわけにはいかないし、嫌々だけどちゃんと食べてる。

そのお蔭かどうか知らないけれど、有希も私も、最近は風邪をひかない。

まあたまたまだと思うけどね。

でも、以前ほど野菜が苦手じゃなくなったかも……。

「食べたわよ。だから何?」

「賞味期限ー」

賞味期限が何だって言うのよ。

だいたい廃棄の商品を貰ったって、有難くも何とも──え? 朝の七時?

私は時計を見た。

今は深夜の二時だ。

「今日はサラダの廃棄が無かったからだってー」

「アイツ、期限切れ前の商品を廃棄に──」

「お姉ちゃんバカー?」

「バカバカって、さっきから何なのよアンタは!」

「しゅんぺーが買ったに決まってるのにー」

……何なのよ。

どうせ元カノに執着してるくせに、優しさなんか見せんなっつーの!

「お姉ちゃん? 畳をドンドンしたら下の階の人に怒られるよ?」

「あーもう、うるさい!」

「うるさいのはお姉ちゃん」

元カノさんは、綺麗で大人びた人だった。

どう足掻あがいたって追い付けそうになかった。

ハルヒラのスマホから元カノさんの画像を削除しているとき、その人とは対照的な自分の子供さ加減に気付いた。

そのことで更に腹が立って、ハルヒラに八つ当たりした。

あのとき、ハルヒラは微笑んでいた。

……結局、子供扱いされてるんだ。

なのに私は、自分が嫌になりつつ子供っぽく叫ぶのだ。

「ハルヒラのアホー!」



※仕事が忙しいので更新頻度が落ちます。

すみません。

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