32:降谷一星の一生

 11月になると肌寒く、なぜか人恋しくなる季節になる。だが、今年の俺は違う。文化祭も終わり、俺、如月信男という男はハーレムを形成しつつ青春を謳歌している。灰色だった人生はすべて色づき、きっとこれからも彼女たちと共に歩んでいけるのだろう。邪魔さえ、入らなければ…

 虎視眈々と降谷一星は自分の保身と野心のため、生徒会長への躍進は始まっていた。多くの生徒は彼を尊敬していた。だが、俺たちは違う。


「俺たちは降谷を止めるために彼らと接触していたけど、彼ら自身も俺のハーレム道がよくないと思っている節があるよな?」


信男は家庭科室でそれぞれの放課後を過ごしている廉達に漠然と聞き出した。すると廉が気だるそうに返してきた。


「あ? ああ、藤田とか羽生は確か元々降星会だったもんな。会長になったらどうするつもりなんだ?」


廉が考え込んでいると一番降谷に近かった御笠麗美がミシンを進める手を止めて神妙な面持ちで語った。


「あの人、メンバーを信用しているようには見えなかったわ。ていうより、ペキュラー自体を憎んでる?みたい。なんかそんな雰囲気がいつもあるのよねぇ。」



信男たちが会議を進めている頃、降谷一星らもまた、作戦会議を行っていた。


「甲斐くん、天河くん、いよいよ私が信じられるメンバーもこれきりになってしまった。」


降谷が声色を重くして話すと甲斐が自信満々に答えた。


「降谷さん、お任せください! 如月一派は必ずや選挙の前までに声をあげなくして見せます。」


「君の戦績を見る限り、その言葉は頼りにならないがなぁ? 」


「し、失礼しましたっ…!!」


「もういい、君は私と同等の立場にいられる個性ではない。 <現出魔(イマジカ):ブラックドルフィン>!!」



「あああ!! たすけっ」



その瞬間、闇に紛れたイルカを模した現出魔が甲斐を襲い、そのまま闇に引きずっていった。甲斐はその場からいなくなり、残りは降谷と天河のみになった。


「やはり、こうなる運命か。天河君、君ならできるはずだ。如月信男率いるハーレム集団を何とかしろ。あれは、学校の恥だ。粛清せねばならない。」


「心得ております。学則を乱し、女の敵となる如月信男は私が確実に仕留め、学校の未来をあなたに…。」


すっと立ち、教室を去ると孤独が影を落とす降谷だけが椅子に座っていた。彼は誰もいないはずの教室でひとりでに話し始めた。


「…ああ、それでどうだった? …お前も失敗したか。仕方がない。引き続き調査をしてくれ。俺のイマジカも使わせてやるが、今はお前の個性が頼りだ、禅至。」



降谷 善治(ふるや よしはる)は引っ込み思案で地味な性格だった。ただ、彼は人一倍に正義漢があったのだ。子供のころ、友人のいじめを見て彼はいじめを止めようとしたが、その行動が仇となり彼自身がいじめの標的となったのだ。いじめは日に日にエスカレートしていった。初めは彼も抵抗し、教師にも訴えていたが、教師もそれを無視、さらにはいじめから守った友人でさえも彼を無視し、いない者としていった。彼は親がいず、祖母だけがよりどころだったが彼は誰にも頼ることができず、彼は彼を失った。そして彼は松村禅至となり、降谷一星となって行き過ぎた正義感の基、人気者となり生徒の圧倒的カリスマへとなったのだ。彼の信条は人を信じず、自分だけを信じることだった。


「すべては私が一番であるために。」


教室で独りつぶやいているとそこに一人純白な女性が降り立った。


「部屋、暗いと心も暗くなるよ。」


「なんで俺のもとへまた戻ってきたんだ。天使月姫…。」


「あなたを救いに来たの。」


「今、来たってもう遅い! お前は俺を裏切った…。そして、あいつのもとに!!」


「違うの、全部誤解なの!」


「うるさい!! 君は僕の…!!」


彼が天使に手をあげようとした時、その手をぐっと掴み一星をにらみつける男がいた。降谷は掴んだ男の方を振り向き、激高した。


「如月信男ぉおおおおおお!!!」


「天使ちゃん、またどっかに行ったと思ったらこんなところにいたのか。今日は一緒に帰ろう。」


如月信男は激高する降谷に対して気にも留めず天使に話していた。それは今にも降谷の腕をへし折りそうな力の加え方をしている体とは違って穏やかなものだった。降谷は掴まれた腕をどうにかして信男の首を掴んだ。さすがの信男も無視するわけにも行かず冷めた目で話し始めた。


「降谷一星。あんたは上に立つべきじゃない。そういう器じゃない。」


「黙れ!! お前たちはただモブであればいいのだ。 個性のある人間はただ一人、私だけで十分だ! 他は誰もいらない一等星なのだよ私は!!」


降谷の叫びに気づいたのか天河が戻ってきた。降谷が鬼のような形相で始末するように指示した。


「天河ぁ! こいつらをどうにかしろ!!」


「如月信男!! 私の眼をかいくぐって降谷に手を出すとは卑怯だぞ!!」


教室中に文字通り暗雲が立ち込め、落雷が信男めがけてピンポイントに撃ってきた。天河は天使と信男両方に落雷を仕掛けたが、信男はマジックステッキをイメージで伸ばし、避雷針のようにして落雷を阻止していた。

天河は女性と思えないような怒りのこもった顔と声で


「おのれぇ、小癪な真似を!!」


「ヒュー、対策しててよかったぁ! 天使ちゃん、ここは一旦帰ろう。」


「分かった! じゃあ、ね!!」


天使が手を床にかざすと閃光が教室中を覆い、降谷たちが目を開けたときには誰もいなかった。


 信男は一度家庭科室に戻り、全員に今日は二人で帰ると言った後、いつもより早めに帰路に着いた。終始彼らはぎこちなかったが、信男が気を使ってその重たい口を開けた。


「その、降谷とはなにか因縁があるの?」


「まあ、ね。彼は、ほんとは優しい子なんだ。でも、今間違った方に行こうとしてる。だからこそ、私が、、ううん私だけじゃできないからモブ君を巻き込んじゃったのかも…。なんか、ごめんね。」


「いや、俺はこの個性ができてから楽しいことばかりなんだ。だから、この気持ちを忘れたくない。そして、降谷にもいい青春を送ってほしい。だから、あいつにお前の思いを絶対届かせる。」



「ありがとう!!」


「でも、、」


如月が頭を掻きむしり、悩んだ表情を見せてばつが悪そうに口を開いた。


「いやぁ、でも今の俺では降谷を倒せなさそうだなぁ。現出魔(イマジカ)もなんか出ちゃったけどあれ以来コツわかんないんだよね。 はぁ、やれやれってやつだな。」


「じゃあ、明日はお休みなんだし一日中特訓だぁ!!」


無邪気な笑みを浮かべた後、天使月姫は信男の手を引っ張り、帰りを急いだ。彼女の笑顔は信男を包み、こわばっていた顔もいつしかほころんで二人手をつないで走って信男の家へと戻るのであった。



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