FHチルドレン養成所の話

山川海のすけ

第1話 出会い

ファルスハーツ支給の黒い戦闘服に身を包んだそいつは、いきなり握手も無しで言ってきた。


第一印象はすごく可愛い子。

肩のあたりで切りそろえた黒髪と、キュっと締まった身体。

そのくせ身体のラインは女性として合格点。

目が大きいのが特徴的で、パッと見は清楚な印象すらあったんだが。


シャバにいたときに、同年代女子にこんな子は居なかったな。

そのとき、僕はそう考えていたのだが。


「アタシ、佛野徹子。ここに10歳のときから居るから。同い年だけどアンタの4年先輩。ところでアンタ童貞?童貞捨てる?」


こいつ、頭を掻きつつそんなことを真顔で言ってきやがったのだ。


はぁ?

僕はそういうイジリが嫌いだったので、「やめてくれるか?そういう冗談。不愉快だ」と伝えると。


「え?男の子って、女の子をみたらやりたくなるもんなんじゃないの!?」


と驚かれた。

どういう常識で育ってきたんだこいつは。


……まぁ、それを言うのはちょっと残酷かもしれないが。

ここ、ファルスハーツチルドレン養成所……どこかの山奥に構えられた訓練施設。

ここには、世界中から集められた訳ありの子供たちが日夜一人前のFHエージェントになるべく訓練を積んでいる。

ファルスハーツは犯罪組織。その「訳あり」のレベルは推して知るべしだ。

かくいう僕もろくなもんじゃない。


この先月、僕は事件を起こし、表の社会に居られなくなった。

事件自体は衝動的に起こしたものではなく、今も後悔もしていない。でも話したくないので伏せる。


その結果については覚悟はしていたのだが、未来を見失っていた僕の前に、ファルスハーツのスカウトマンを名乗るエージェントが現れ


「お前のようなものでも、ファルスハーツは必要としている。ウチに来い。頂点に立つ喜びを教えてやる」


と言ったのだ。

乗る以外の選択肢がそのときの僕には無く、提案を受けて、今ここにいる。


で。


ここに連れてこられて、紹介されたルームメイトが、彼女だった。

何で女なんだよ。おかしいだろ。普通男だろ。


……まぁ、後から聞いた話によると、モノにならなかったときに訓練生たちに非情さを獲得させるための生贄として。

同室で生活している二人組の、優秀な方に落第生を殺させる。

その際、異性の方がより効果が高いだろう。

そういう目論見があったらしい。


このとき、すでに徹子はコードネームを獲得しており、優秀だったから。

僕は生贄要員だったんだろうな。

というか、僕もコードネームを獲得したときにそう言われた。

「良かったな。これで生贄要員お役御免だ」と。

自分が居るのは犯罪組織。それを自覚した瞬間だった。


そうならなくて済んで、良かったのか悪かったのか。




彼の、下村文人……現在の相方の第一印象は、真面目そう、ってところだった。

あとわりとかっこいい。

眼がね、鷹みたいだったんだ。凛々しさ?それを感じたのかな?


背丈はわりと高め。

服装は、まだ連れてこられたばっかりなのか。

白いシャツに、黒いズボン。

シャツは、少し血で汚れていた。

どういう状況でここに連れてこられたのか、なんとなく分かる。


で、「真面目っぽい」ってところでアタシの最初の行動は決まっていて。

まず、童貞かどうかを確認し、肉体関係を持ち掛けた。


……今では知恵をつけて「積極的な真面目君を増やすために」なんて理由をつけているけど。

当時はもっとシンプルだった。


アタシを9歳で女にした、現在地獄で苦しんでいるはずの大嫌いな豚が他の男にマウントを取る要素を無くしてやりたい。

あの豚と正反対の属性の男に抱かれれば、それだけあの豚が地獄でマウントを取れなくなる。

女と経験あるくらいしか自慢できるところが無いあの汚らしいクズの。

ちょうどアタシはそんなクズについていった卑しい牝豚から生まれたゴミだし。アタシの貞操なんて価値が無いから。

ちょうどいいんだ。


オスの動物的本能からなのか。

アタシの誘いに大体最初は驚くけど、最後は結局受け入れて。

終わった後、たまに「ありがとう」とか言ってくれるコも居て。

それがちょっと嬉しくて。


ますます、その行為を習慣化するようになっていた。

だって、童貞を捨てさせてあげるだけで感謝されるなら、やらない理由無いじゃん。


だから、彼の返答は予想外だった。


「やめてくれるか?そういう冗談。不愉快だ」


やせ我慢とかじゃなしに、本気でそういう返答をしてきたんだよね。

え?と思ったよ。


驚いて真偽を問いただすのは居たけどさ。不機嫌になった男の子は居なかった。今まで。


今まで居ないタイプだった。

ちょっと気になってしまった。


立ち振る舞いもあまり見ないタイプで。

すっごく本を読んでる。


辞書ぐらいに分厚いやつ。

アタシは国語の時間くらいしか本を読まないので「よくそんなの読めるね」って言ったら「昔からの習慣なんだ。空き時間は本を読んでしまう」って。

聞けば、彼、元々警察官僚の子だったとか。高級なお役人の家の子か。なるほど。そりゃそうかもね。

そのとき、アタシはそう思った。


で、アタシはそんな彼に肉体関係持ち掛けて、見事断られて。

何回も言うけど、はじめてだったんだよ。断ってきた男の子。


だからさ、なんか悔しくてさ。


部屋のキッチンで、ご飯作って出してやったの。

チャーハンだったんだけど。

鶏胸肉と、卵とキャベツのチャーハン。


牝豚は家事が全くできなくて。男とヤることしか頭にないクズだったから。

アタシ、5歳で牝豚に連れ去られたから短い記憶だけど。

父さんとまがりなりにも夫婦してたときは、専業主婦のくせに家事を全部父さんに丸投げしてて。

自分は綺麗にいることが仕事と、ほとんどなーんもしなかったよ。やったのは不倫だけ。最低だ。

だからアタシはアイツとは違うと思い、それなりに努力したら、結構なもんになった。

父さんの遺伝子のおかげだよ。きっと。あの腐った牝豚にこんなことできるもんか。


この、水分が多いキャベツ使ってべチャッとならないチャーハン作れるのは密かな自慢だ。

食べてみろよ。ホラ。


「食べて」


言ったら、読書やめて食べてくれたんだけど。


「いただきます」


口に入れた瞬間、表情変わったね。


ざまぁ、思い知ったか。

どうだ美味いだろう。


思わずニヤリと笑ってしまった。

肉体関係を断られたことに対するマウントを、取り返してやった気分だったな。


いや別に、見下された態度なんてとられてなかったんだけどね。

気分的に。


一緒に生活をはじめると、わりと気が合うやつだってのがすぐにわかって。

仲良くやれた。


まぁ、そこから恋に発展するとかは全くなかったんだけど。

アタシ、一生恋はしないって決めてたし。


今までもルームメイトは何人か居たけれど。

運が良かったんだか悪かったんだか。

皆、数か月で訓練中の事故で死んでしまった。


後から文人に聞いたんだけど、落第生はルームメイトに殺させるのがファルスハーツのやり方らしく。

アタシはそれまでの人生で、ルームメイト殺しだけはやらずに済んでて。

もし、やってたら、今以上に壊れたヤツになってたかもしれないね。


正直、すごく楽しかった。

ご飯作ったらちゃんと食べてくれて、いただきますとご馳走様を言ってくれるし。

「美味しかった」って毎回言ってくれて。

誰かと一緒に生活するのって最高だと思ったよ。


「今日も美味しかった。ありがとう。ごちそうさま」


文人が食器を流しに下げて、桶につけているのを見つめて。

アタシは何気なく言った。


「何で毎回美味しいって言うの?」


「はぁ?」


流しに居た彼が、何言ってんだこいつ?て顔で振り返ってきた。


「美味しいからだけど?」


「そうじゃなくて」


同じこと言うの面倒じゃ無いの?


そう言ったら。


「作ってもらっておいて?」


僕、何様になるのかね?


そう、彼は呆れたように言ってきた。


……正直、恥ずかしくなってしまった。

自分、幼少期を過ごした環境が彼とまるで違うんだなぁ、って気づいちゃって。


あのクズ、牝豚に何をやってもらっても礼なんて言ってなかったし。

牝豚も父さんに感謝してるの見た覚えが無い。


それに、アタシも染まってちゃってたんだなぁ。

ホント、嫌になるよ。


アタシ自身の手でぶっ殺してやって、地獄に送ってやった相手に影響されてるなんて。

悔しかったな。

しっかりアタシに爪痕残してやがんの。ただじゃ殺されないってか。




出会い頭の一言のせいで、最初は「こいつ、淫乱なのでは」と思ったんだが。

しばらく一緒にいると、どうも違うらしいというのは分かった。


別にしつこく肉体関係を迫ってきたりはしてこなかったから。

目の前で裸になるだとか、身体を触ってくるとか。

一回こっきり。あれだけだ。


だとすると、何かあるんだろう。

女子のことをそれほど知ってるわけじゃないけれど、あの一言が異常なのは分かる。

追求はやめといた。ろくなことにはならんと予想できたからね。


ろくでもない挨拶を済ませ、一緒の部屋に取り残され。

僕が床に腰を下ろして、読みかけの中国の歴史書を読んでいたら。


なんかを刻む音、炒める音。良い匂い。換気扇が回る音。

料理している音。


……あの子、料理する子なのか?

開口一番のイメージが酷すぎて、全く想像できなかったけど。


しばらくすると、完成した料理を皿に盛って持ってきた。


「食べて」


どん、とテーブルに置く。

チャーハンだった。

すっごくパラリとしていた。


巷の食堂でもなかなかこんなの出てこない。

しかもキャベツをかなり使っている。

水分が多い野菜のキャベツをだ。


料理の知識はそんなにないが、これが相当なレベルのチャーハンなのは分かった。


……この子……やるな?


ちらりと顔を見ると、ふふんと挑戦的な顔で見てくる。

何なんだ?ひょっとしてムカついたのか?


誘いを断ったから?


はっきり言って言いがかりなんだが。


まあ、ムカついたからと嫌がらせではなく、こういう形で報復に出てくるあたり、こいつは人間としては悪い部類では無いとは思うけども。

一緒に居て不快になるタイプの人間じゃあ、無いんだろ。


僕はちょうど腹が減っていたこともあり、いただくことにした。


「いただきます」


手を合わせて、レンゲに一匙掬って口に運ぶ。


塩加減、火の通り具合が絶妙だった。

具材のキャベツも、甘みとシャキシャキ感がちょうどよく残されていた。


もう一回、彼女の顔を見たら、今度はニヤリと笑っていやがった。

僕の反応を予測していたのか。


……可愛いじゃないか。


ちょっと、思ったが、即座にそんな思考は握り潰す。

そんな浮ついた思考を持って生き延びられる環境じゃないだろ。きっと。ここは。

それに、そんな資格も無いしな。


「美味い」


そう言うと、彼女はガッツポーズをとりやがった。

そういうの、やめてくれないかな。




そうして共同生活が半年ほど過ぎた頃。


夕食のときに、一緒のテーブル囲んで、彼が、アタシの作った鶏と根菜の煮物を食べながらこんなことを言った。


「あ、今日、僕もコードネームを貰ったから」


ちょっと、びっくりしたね。

アタシは1年かかったのに、彼は半年でコードネーム貰うなんて。


「すごいね。アタシの半分の期間じゃん」


素直に称賛する。

そして続けて、何てコードネーム?明日何かお祝いしようか?何か食べたいものある?って聞こうとしたら、彼は続けて


「……そのとき教えてもらったんだが、どうも、僕はお前に殺されるの前提でルームメイトにされたらしい」


「へ?」


初耳だったから、間抜けな声を出して聞き返してしまった。


「どうも、落第生判定された訓練生は、同室のそうでない方のルームメイトの手で殺されることになってるらしいんだ。ここでは」


彼、何も深刻なことを言ってる風でなく、落ち着いた様子でアタシにそう言った。


で、僕はものにならなかったらお前に殺される予定だったんだと。


平然と、茹でたほうれん草にポン酢をかけながら。。


「……何のために?」


ちょっと、ショックだったね。

ファルスハーツは犯罪組織だって分かってたけど。

豚二匹をなぶり殺しにして、途方にくれていたアタシに手を差し伸べてくれて今日まで養ってくれたのもファルスハーツだったからさ。


だから、理由を聞いてしまった。


「誰でも殺せる精神性を身に着けさせるために、だとさ」


……アタシが知らないだけで、訓練中脱落していった子の中には、そういう理由で間引かれた子も居たってことか……。

オーヴァードとして優秀なら、比較的自由にやれるし、こうやって、ルームメイトとも楽しく暮らせる。

いいところじゃないか、なんてちょっと思ってたんだよね。正直。


でも、本当はそんなに甘くなかったんだね。


「予想されるのは、さ」


口の中のものを飲み込んで、彼は言った。


「部屋替え、あるかもしれないぞ」


アタシの顔を正面から見つめて。

冗談でも何でもなく、真剣に言ってくれている。


理由は?

さすがにわかる。


二人ともコードネームもちになったから、生贄要員として不適格。

だから二人をばらばらにして、別の新しい生贄要員と組ませる。


そういうことだろう。


そうなったら、どうしよう?


アタシはこの半年、彼と一緒に生活して、すっかり彼が気に入ってしまっていた。

今更、他の子と組まされるなんて。


しかも、その子、将来的に殺すかもしれない子なのか……。


嫌だな……辛いな……どうしよう……


そう思っていたら。


「そこでだ」


彼は言った。深刻な状態になってるアタシとは対照的に、平然と。


「もしそんな指令が来たら、二人で、部屋替えに関して拒否しないか?」


へ?

またアタシは間抜けな声を出してしまった。


「そんなこと、していいの?許されるの?」


「そりゃ、良いか悪いかでいえば良くは無いが、そもそもルームメイト殺し自体が必須科目じゃ無いからな」


彼は落ち着き払っていた。


「絶対に乗り越えないといけない壁として設定しているなら、貧しい地域から子供を買ってきて、チルドレンにあてがって一定期間後に殺させるとか」


「そういう手を使うはず。でもそうじゃないから」


あくまで、落第生の有効活用なんだろ。

だから


「コードネームもち二人の不評を買ってまで、強行することじゃ無いだろ。明らかに高くつく」


彼の言うことには説得力があった。


うん、じゃあ、そうしようかな。

アタシはそう思ったんだけど……


それって……


「あのさ……」


「何?」


アタシの呼びかけに、彼が反応する。


アタシと一緒に生活したいってこと?

これからも?ずっと?


それってさ……


「ひょっとして、アタシのこと、好きなの?」


どうしよう。

今までにね、そんなことを言われたこと無かったわけじゃないんだ。

特に、させてあげて「ありがとう」なんて言ってきた子の中には「恋人になってほしい」って言ってくれた子も居たんだけど。

アタシは「アタシ、きっとアンタのこと裏切ると思うから、恋人にはしない方がいいと思うよ」って断ってたんだよね。


でも、どうしよう。もし彼に、そんなことを言われたら……

ちょっと、平静で居られる自信が無かったんだ。

アタシはろくでもない女の子供だから、そういう気持ちは封印しなきゃいけないのに……


でも、彼は。


「ん?違うけど?お前に友人以上の感情は無い」


すっごい真顔でそう斬って捨てられてしまった。


「そう……」


内心、ホッとした。

ここでそうだ、って言われてたらアタシどうなってたか分かんない。


でも……


なんか、ムカツク!


「今日も美味しかった。ありがとう。ごちそうさま」


席を立ち、使った食器を下げながら、彼は言う。


喜ばせるかムカつかせるか。

どっちかにして欲しい!

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