第4話 謁見 002

 そして、夜が明けた。

 リュージュは兵士の後ろを歩き、王が待つ謁見の間へと向かう。

 謁見は普段ならそれなりの地位に立つ人間としか行うことが出来ない。

 にも関わらず、魔女リュージュはそれを行うことを許された。


「……どうして、いきなり謁見なんて許可してくれるのかしらね?」


 兵士の一人に、リュージュは訊ねた。

 リュージュの言葉を聞いた兵士は、顔を前に向けたまま、


「知らぬ。大方、陛下の温情によるものだろう。普通ならば、魔女のような伝承でしか見かけたことのない、いわば『まやかし』のようなものは、陛下にお会いすることすら不可能なはずだ。だが、陛下はそれを良しとした。魔女と出会って、何を話そうとしているのか……」

「一般兵士には知るよしもない、と?」

「知らなくて当然のことだからだ」


 つまらない人ね、とリュージュは呟くと、そのまま外の景色を眺めていた。

 廊下には、等間隔に窓が設置されており、そこから外の景色を眺めることが出来た。

 外の景色は、雲一つない青空だった。


「……まあ、魔女が人間に何を話すか、って……一つに決まっているのだけれど」


 その言葉に、兵士は答えなかった。

 聞こえなかったふりをしたのか、ほんとうに聞こえなかったのかは、分からなかった。



   ◇◇◇



 謁見の間には、兵士のほかに誰も居なかった。

 リュージュは指定の席に座るよう促され、その通りにする。


(魔術絡みの鎖でも用意しているものかと思ったけれど……それは杞憂だったようね。まあ、魔女のことを何処まで理解しているのか分からないが)

「お待たせして済まない、魔女リュージュ」


 リュージュの思考を途絶えさせるかのようなタイミングで、一人の男がやって来た。

 男は赤いマントと金色に輝く王冠を頭に被っていて、いかにも不細工という言葉が似合うような顔立ちをしていた。

 リュージュの向かい(リュージュと男の間には長いテーブルがあり、直ぐそちらへ向かうことが出来ないようになっている)に座ると、男は恭しい笑みを浮かべて話を始めた。


「魔女リュージュ、先ずはお会いすることが出来て光栄だよ。君のような、伝説にも近い存在を、まさかこの目で見ることになろうとは」

「……伝説とは、少し仰々しい言い回しではないか?」

「いや、伝説だよ。そうとしか言い表しようがない。魔女はかつて何人も居て、この世界を裏から操ろうとする傾城の魔女も居れば、世界に興味を持たない仙人のような魔女も居た。はて、魔女リュージュはどちらに該当するかな?」

「リュージュで良い。それが嫌ならさん付け辺りで結構だ」

「……魔女と呼ばれるのを好ましく思っていない、と?」

「世界唯一の称号だ。簡単に言われるよりも、恐れ多い立場であった方が良い。そうだろう? お前だって、このハイダルクを長い間統治してきたのだから、それぐらいは理解が早いと思うが」

「ほほう……それも確かにその通り。ならば、敢えてリュージュと呼ぶことにしよう。相違はないね?」

「ないね。そもそも私は、あまり人と関わりたくないんだ」

「どうして?」

「一匹狼というのが、性分に似合っているからな」

「ほうほう。そう言われたら……確かにそうかもしれない。魔女というのは、伝説にもこう記されている」


 そう言って、男は伝説の何処かに書かれていたであろう、魔女についての説明を話し始める。

 魔女というのは、高貴で、高潔で、貪欲で、美麗で、妖艶で、それでいて面倒臭い生き物だ――と。


「……誰が言ったか知らないが、的を射ているじゃないか。その通りだよ。魔女というものは……皆が全員集まったのも、もう遠い昔のような感じがあるが、皆人付き合いは苦手だった。……私だってそうだ。今でさえ、人間とはどのように話していたかどうか、思い出しながら話している。手探りの状態だよ」

「そんなリュージュ殿に、一つお願いがあるのだが」


 今まで呼び捨てにしていた男が、急に敬語を使い、さらに殿まで付けてきた。

 これはいったい何があったのだと思っていたリュージュだったが――なるべく表に出さないようにして、話を続けた。


「お願い?」

「私の弟とお見合い……つまり、婚姻をしてくれないだろうか?」

「へ?」


 魔女リュージュ、ここで初めて気が抜けてしまった。



   ◇◇◇



「簡単に言えば、弟は学者気質なところがあってだな……」


 男――とどのつまり、国王陛下――の弟は、学者のようだった。


「学者ならば、別に良いのではないか? 王族なら、相手も選り取り見取りだろうよ」

「それがそうではないのだ」


 男は息を荒立てながら、答える。


「……どういうことだ?」

「学者であることは確かだ。『喪失の時代』のことも調べていて、それに関する論文も出している。国から補助金も出しているぐらいの優秀な学者だ。……しかし、しかしだな。あいつにはちょっと……奥手なところがあるというか、研究に突っ走るところがあるというか」

「奥手な男なんて、ごまんと居るだろう。別に、陛下の弟に限った話ではない」

「こちらが色んな女性を見合いに出して、交際に発展したこともあった。しかし、研究に没頭するあまり……その存在を忘れてしまうのだ。一度だけではなく、何度も。最早病気と言っても差し支えない」

「具体的には?」


 例えば――と言って話を始めた男、その内容はこんな感じだった。

 ある貴族の女性と付き合った際、古代遺跡でのデートになったが、そこで見つけた化石に興味津々となって、彼女が居ることを忘れてずっと化石の調査をしていたり。

 また他の女性でも、そのようなことがあった、別の女性でも、別の女性でも――。

 そんな話を延々と聞かされた後、男はこう言った。


「……という感じで、普通の人間ではもう無理なのだよ」

「普通の人間が駄目だったら、魔女にやらせてみようと?」

「……駄目だろうか?」

「駄目に決まっておろうが。何で私がそんなことしないといけないんだ。てっきり私は……」

「世界を統一するための戦争を仕掛ける、その準備を任せるとでも思ったか?」


 男の言葉に、リュージュは目を丸くする。


「……残念ながら、というべきなのかは分からないが、今はそんなことをする余裕は何処の国にもないのだよ。良くも悪くも平和にならざるを得ない、という訳だな」

「……で、その男は?」

「引き受けてくれるか!」

「話だけは聞いてやる。話はそれからだ。良いな? 未だ私は了承した訳ではない。それだけはきちんと理解してくれよ」


 それだけでも有難い、と言って男は何度もうんうんと頷いた。

 リュージュはそれを聞いて内心溜息を吐くことしか出来なかった。


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