アーバイン魔法学園編2

思い出


 東に向かって1人走る俺。

王都に入らず、人の少ない北の城壁沿いを抜けて東に向かう街道まで辿り着いた。


 目の前に広がるのは人の手の入った森。

その奥は学生時代に色々とあった魔物の巣が点在している手付かずの森に繋がる。


 ダズの所に行って何を手伝うかは、現地に着いてみないと分からないから、無駄な事ばっかり思い出すわけで……


「懐かしいな……」


 確か初めての夏季休暇だったよな……


 今じゃ王都に近付いた目印にもなってる、街道沿いに転がる真っ二つに分かれた大岩。


 鞭で大岩を真っ二つに出来るなんて考えてもいなかった。


 やったのはクルトさん。あの時のクルトさんの表情は今でも忘れらない……


「ここで怒られたんだよな……」


 それまでも怒られるなんて事が無かった訳じゃない。

でも、殆ど面識の無い人に、あそこまで真剣に怒られたのは初めての事だった。


 あの日から、あの二人に色々と教えて貰ったな……






「ほれよ、お前さんの採取して来る薬草なんざ半分は使い物にならねえ。それと根っこまで抜いて来るんじゃねえよ、次が生えなくなっちまうだろうが」


 受け取った納品書には減額された金額が書いてあった。


「1つずつ説明されてぇか?」


 何が悪かったのか知りたいから。


「お願いします」


 ちゃんと頭を下げておいた。


「アマセンブリ草は茎がポーションの素材になるんだ。お前さんの取ってきた物は葉が付いたままだろ? これじゃ葉を毟って茎だけにするのにひと仕事だ」


 なるほど必要なのは茎なんだな。


「それにニガヨモギ草だが、こっちは葉が解熱剤になると言っても、若芽部分の柔らかい葉だ。こんな、根に近い硬い葉じゃ買い取りなんて出来ねえよ」


「覚えました。それと根っこまでとは?」


 そっちも気になる……


「根っこまで毟りゃ次にいつ生えて来るか分かんねえだろ。根を素材に使わない薬草は根を残すのが常識だぞ。先輩冒険者に聞きゃわかるんだが、知り合いくらい居ねえのか?」


 買い取りカウンターの中から、天秤ごしに僕を睨みつけるおっちゃん……可哀想なモノを見る目になってる……


「って、お前さん地方の出だったな。いるわけねえか」


 一学期の実習では食肉になる獣を狩ってたから、薬草採取はしてない。でも1人じゃ沢山運べないから採取をしてみたんだ。


「2階に資料室があってな、そこに買い取れる素材一覧が絵付きで書いてある図鑑があるからよ。貸し出しは出来ねえが、読むのも写本するのも自由にしていい。ちゃんと覚えろよ、次からゴミなんか持ってくんじゃねえぞ」


 今日の売り上げは銅貨8枚。

1日頑張って採取してこれじゃ、狩の方が良いかな? なんて、思えてしまう。


 学園に向かって冒険者ギルドからトボトボと歩いていると、ちょっと油断しただけで人とぶつかりそうになる。


 ひっきりなしに行き交う馬車や荷駄専用の道路のワキ。人が歩くようになってる部分はそんなに広くない、そんな、広くて狭い道を落ち込みながら帰ってる。


「毎日こんなに物を運んで……それだけ沢山の人が住んでるんだな……」


 村で馬車を見る事なんて滅多に無かった。


 たまに来る行商人のポンセさんの乗ってる、小さな馬車くらいしか見た事がなかったし。


 王都の中央通りを走る馬車はどれも大きくて、2頭ないし3頭の馬が引く大きな物ばかり。


 何時もなら同級生の誰かと一緒に帰る道も夏季休暇で誰も居なくて、1人で歩くと学園までとても遠く感じてしまう。


 王都には色んな物が売ってる。

大通り沿いは僕が買えそうな物なんか1つもなくて、キラキラしてるガラスの窓の付いたお店がならんでる。


 足早に寮の自室まで帰って着替えて食堂に向かう。


 夏季休暇だからって全員が実家に帰る訳じゃないから、話した事ない人ばかりだけど、それなりに残ってる。


 パンやベーコンには慣れた、でも周りの人達の食べる量の半分くらいしか食べられない。


「半分サイズでお願いします」


 毎回注文する時に、そう言って注文してる。


 部屋に戻って明日の予定を確認する。

明日はボーウェン先生の特別講習が午前中、ヨシフおじさんの祓魔師講座が午後にある。


「次に外に行けるのは3日後か……」


 3日後は朝早く出かけて、冒険者ギルドの2階で図鑑を読んで行こうと思う。


「1日銀貨6枚を目指さないとな……」


 ちょっとだけ重くなった財布を引き出しにしまう。


 座り心地の良い椅子に座って今日の日記を書いてたら、疲れてたんだろうか……


 机に突っ伏してそのまま朝まで寝てしまった。




「はははっ。そうかそうか、銅貨8枚にしかならんかったか。残念じゃったのう」


 次の日の朝、何も話してないのにボーウェン先生にはバレてた。その後に何があったか話したんだけど。


「次に行く時は、ちゃんと図鑑を確認して行こうと思ってます」


「うむ。それがええのう。若いうちは自分で出来る事は人任せにせんと、ちゃんと1つずつ覚えて行きなさい」

 

「はい」って返事して、その日の特別講習が始まる。


 僕が今教えて貰ってるのは魔法基礎学。魔法陣に使われる文字の種類や意味、配置や制御に関すること。


 魔法が使えない僕だけど、魔法陣に干渉する事は……


「ほれ、書き換えてみなさい」


「この部分を適当に変えたら発動しなさそうですけど」


 ボーウェン先生から借りた小さな魔石の付いたタクト、それを使えば書き換える事が出来るんだ。


「やってみなさい」


 火を示す魔法文字を適当に書き換えてみた。

因みに書き換えた文字は僕の名前から1文字『ラ』って変えてみた。


「それじゃ起動するぞい」


「うわっ危ないっ!?」


 書き換えたけどちゃんと炎の玉が飛んで来た。

僕に当たる直前でボーウェン先生が止めてくれたけど、目の前で燃える炎の玉が僕の肌をチリチリと焦がす。


「その部分はダミーじゃよ。ファイヤーボール位は中央の陣だけで十分に制御が出来るでのう」


 炎の玉が消えた後にもう一度魔法陣を読む。


「あっ! なるほど、同じ術式が他にも2つ書いてあります」


「それを瞬時に判断出来るようにならんとな。実戦ではもっと複雑な魔法陣を使う者もおる」


 様々な形に変わっていく魔法陣を眺めてると……


「発動に必要な魔法文字は離して書いても発動するんですか?」


「良い所に気づいたのう。この部分は無意味なんじゃよ、この文字はあっても無いモノと覚えなさい」


 ボーウェン先生の魔法陣の中には何種類か同じ文字が書いてあって、その文字は無いものと考える……


「あっ! 炎の玉が15個生成出来るようになってます」


「惜しいのう、16個じゃよ。少し離れてよく見てごらん」


 教室の端まで行って魔法陣を見てみる……


「あっ! 全体で1つの炎の玉を生成する陣になってる」 


 たまに姉さんが使ってた10連魔法より複雑な魔法陣なのに、サイズは姉さんの魔法陣の半分で、パッと見ただけじゃ何の魔法か分からないように偽装してある魔法陣を見て……


 純粋に綺麗だと見とれてしまった。




 午後からの特別講習はヨシフおじさんの歴史学。

「祓魔師たるもの己の護るモノを把握しておかねばならぬ」なんて言われて、この国の歴史を学んでる所。


「ライル、銅貨8枚とはヘボい収入だな。講習の前に顔を洗って来なさい」


 昨日の事は何も話してないのに、ヨシフおじさんまで銅貨8枚って知ってた。ボーウェン先生に聞いたいのかな? って思ったけど……


「はははっ。そりゃわかるわけだ……」


 顔を洗いに来てびっくり、左の頬に日記の1部が写ってる……机に突っ伏して寝たから、頬の下にあった日記帳の文字が写ったみたいだ。


 鏡の中の文字を読むと「銅貨8枚じゃご飯食べたら無くなっちゃう」って書いてあった。


 朝寝坊したのは珍しかったけど、顔を洗わず急いで教室に向かったのがダメだったな。



「我々祓魔師の完成させる魔導書が無ければ、国は国としての体が保てなくなるのは理解したか?」


「はい。人の住む領域を護る為の結界、空気や水を綺麗にする大型の魔道具や神殿の動力になるのはわかりました」


 祓魔師が持ってる魔導書を100の悪魔を封じ込めて完成させたら、教会で祝福を受けて魔水晶になる。


 魔水晶ってのは、魔石の数百倍も濃縮された純粋な魔力の塊らしくて、それを利用して様々な事に使われてるんだ。


「いいか、我々祓魔師が優遇されているのは、魔水晶を作れる、ただそれ1点だけだ」


 天然の魔水晶なんて滅多に見つかる物じゃなくて、もしか見つかったとしても、とても小さな結晶らしい。


 魔導書が魔水晶に変化すれば、人の頭程もあるとても大きな魔水晶に姿を変える。


「我々祓魔師が魔水晶を作り出すのが少しでも遅れれば、王族の誰か1人の命が失われる。そんな事は二度とあってはならぬ」


 王家に連なる人達は特殊な血筋の生まれらしい。


 身の内の魔力を最大限に放出すれば、魔水晶数個分の魔力を生み出す事が出来るらしくて、いざと言う時は命と引き換えに国を保つ為の人柱になるそうだ。


「もし魔水晶を確保出来てなかったら、ハンセンが人柱にならなくちゃいけないんですか?」


「そうだな……今の国王陛下は老齢だ。子や孫を先に逝かせるよりは己の命を先に使うだろう。だが、それの後には継承順位の低い順に使われる」


 継承順位か……


「だがしかし、今現在継承順位が最も低いのはハンセン殿下だ。順番でいけば人柱になるのはハンセン殿下が最初だろうな」


 すごく渋い顔をしながらヨシフおじさんに言われた事……


 すごく理不尽だとしか思えなかった。




「あれが戦乙女の弟ねえ……どこにでも居そうな生っ白いガキだったがな」


 数年前に王都を襲った魔物の大軍、西側から押し寄せる魔物達を、たった1人で惨殺して行った戦場の乙女。


 たった一戦で飛び級して銀級まで上がったのは後にも先にも戦乙女1人だけ。今じゃ伝説扱いされてる勇者の遺品を受け継ぐ乙女の弟にしては……


「あの子は祓魔師らしくてね、魔法が使えないんだから見た目は普通だろうよ」


 なるほどねえ……戦乙女は魔力の塊に見えたが、祓魔師ってなら納得だ。


「しかしビスマ、もうちっと言葉使いはどうにかならんのか? 仮にもギルドマスターだぞ」


 昼間っから飲んだくれやがって……


「ギルマスが買い取りカウンターで通常業務に勤しんでるなんて世も末だよ」


「誰もやりたがらねえから仕方ねえだろ。なんならお前がやるか?」


 目の前の金級冒険者は北から押し寄せる魔物を500人を超える冒険者を率いて殲滅して行った奴で……


「ビスマ。サウスポートから手紙が来てるぞ」


「あんたあ、アタイが字が読めないのわかってんだろ? 代わりに読んでくんねい」


 いつまで経っても読み書きを覚えようとしない熊の獣人に呆れているのは、もう1人の金級冒険者クルト。


 こいつは、南から押し寄せる魔物達を対魔騎士団と協力して殲滅して行った奴。


「次にアイツか依頼を受けたら俺達に教えてくれねえかな? 恩人から頼まれてんだ」


「教えるくらいは良いけどよ、何するつもりだ?」


 見た目は女に見えそうな華奢なガキに何するつもりだよ……


「さあ? 必要な事を教えるつもりだが、何をすりゃ良いのかサッパリだ」


「クルト、お前ももう少し俺を敬えよ」


 全く、口の利き方がなっとらん。


 

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