カルラ・コールマンはボクっ娘


 同級生の実家の宿屋で受付すらして貰えず、突然食堂のテーブル席で同級生の母親とさし向かいで話す事になった俺。


 ハンセンと同じコールマンって家名の同級生で、ハンセンとは又従兄妹。学生時代にハンセンがアレやコレや世話をしてたのが懐かしい。


「ほぼ1年ですか……」


 どうやらカルラは王都の錬金術工房を10日ともたずに辞めて実家に帰っていたらしい。噂すら聞かないわけだ。


「あの子が部屋にずっと籠ってるのも心配でねぇ」


 体格も小さく、ハンセンと並んで歩くと大人と子供に見えたし、2人で並んで歩いてる時に後ろからコールマンって呼んだら、2人とも振り向くのが少し笑えたのが懐かしい。


「男の俺が女性の部屋に押し掛けても良いんでしょうか?」


 ハンセンは実家から通ってたけど、俺やカルラは学園の寮生活。女子寮には1度も入った事はない。


「あら、うちの娘を女として見てくれんのかい? それはそれで嬉しいねェ」


 んー……


「無理ですね……」 だって……


 父親は人間、母親はドワーフのハーフドワーフで、背が低く、凹凸のない体つき、同い歳と思えないほどに幼い顔立ち。引っ込み思案な性格のせいで、小動物としか思えなかった。


「あの娘にも髭が生えりゃドワーフの婿でも貰えんだろうけどねェ。まあそんな事より何より、試してみちゃくんないかねェ」


 なんでもトイレの時しか部屋から出て来ないそうだ、食事は毎回母親に運んで貰ってるらしい。


 風呂をどうしてるか気になるが、そこは気にしないでおこう。


「ええ、一応ですが嫌われてはいないと思うので」


 2階全部が住居になっている宿屋で、2階の1番奥の部屋に引き篭っている旧友、錬金術工房を辞めた理由も、引き篭っている理由も、なんとなくだけど分かる気がする。


「私らを部屋に入れてもくれないんだ、食事だけは空いた皿を廊下に出してあるから食べてるんだろうけど……」


 とりあえず試してみよう……


「お〜いコールマン。久しぶり、ライルだ。今日からサウスポートで働く事になった。久しぶりなんだし顔くらい見せろよ」


 ドアをノックしてから部屋の中に呼び掛けてみた、そしたら……


 ガチャってドアノブが動いて少しだけドアが開く……


 んで、バタって音と共に扉が閉まった。


「ライルってあのライル?」


 多分母親には聞こえてなかったと思う、耳のいい俺だから聞こえた小さな声。


「そう、卒業前に紹介状を書いてもらったライルだ」


 母親は俺が独り言を言ってると思ってるんだろう、キョトンとしてる。


「ホントにホント? ホントにライル?」


 何時もハンセンに言われてたな、声が小さいって。

俺は耳がいいから気にならなかったし、ハンセンは常に探索魔法全開で生活してたから聞こえてた。


「そんな事を嘘ついてどうするんだよ。お前が3回生の時に攻略出来なくて困ってた学園ダンジョンの森で、鳥の羽音にビビって座り込んだハンセンを起こそうとして一緒に潰れて、真っ白な制服の背中にゴブリンのフンくっ付けてた時に一緒にいたライルだよ」


 ふふふ……色々あるぞ……


「その後にフンのシミが取れなくて困ってたお前の制服のシミ抜きをしてやったライルだよ」


 部屋の中では声すら出せてないな。


「まだあるぞ……4回生に上がる直前……」


 そこまで言ったら……ドアが勢い良く開いて……


「ダメ! それは誰にも言わないでっ」


 たぶん普通の人の話し声と変わらない大きさ、でも本人にしたら叫んでるつもりな声量で、大慌てで部屋から出て来て俺を止めようとするカルラ。


 相変わらず小さいな……


「よっ! 久しぶり」

 

 見た所、服装は綺麗にしてるし髪型も整ってる。

 開け放たれたドアの向こう、部屋の中も整理整頓されてて、ずっと部屋に籠ってたとは思えない感じだ。


「ホントにアレはだめだから…………」


 クリクリの黒い瞳が印象的な女の子、俺が初めて正式にパーティーを組むことになる付与術師兼冒険者だったりする。


「すまん、懐かしくてつい。最近何してたか少し話さないか?」


 母親は驚いてる、たぶんこんな大きな声で話すカルラを見た事が無かったんだろうな。


 とりあえずは最終手段を試さずに済んで良かった。


 最終手段ってのは、1度俺がトイレに行って、最小限効果範囲を抑えた腹痛魔法を使って全てを出し切ってから、カルラの部屋のドアの隙間からカルラを狙って腹痛魔法をかけてやろうって思ってた。


 部屋にトイレは無いそうだから、嫌でも出て来るだろうし。




 夜の仕込みも終わった親父さんが、カルラの部屋に2人分の食事を運んでくれた。

「よろしく頼んまさァ」なんて元気なさそうに呟いたのが印象的。


「綺麗にしてんだな、1年くらい籠ってた感じがしないけど、この1年何してたんだ?」


 冒険者ギルドの宴会で腹いっぱい食ったつもりだったけど、海鮮スープの中にむきエビを見つけて食べてみたら凄く美味くて、食べながら話してる。


「ボクはそんなに大それた事はしてないよ、ライルはどうしてたのさ?」


 まぁ俺は野草採取だよな……


「野草採取とランク上げかな。祓魔師連盟を辞めて、自称祓魔師の冒険者をやってる」


 ドアの外では両親が聞き耳を立ててるけど、たぶんカルラは気付いてない。


「ライルらしいね。ボクは毎朝ソコから出て海産物加工ギルドの仕事をしながら付与術の勉強をしてたよ」


 ソコと言われた場所を見たら、それは窓で、縄ばしごが下に置いてある。


「なんでまた窓から? 普通にドアから出て行けばいいじゃんよ」


 多分来る……いつものアレ……


「だって……………………」


 こんな時に自己主張と言うか、言い淀むんだよな。


「だって?」


 掠れた小さな声でも聞こえてるって示さないと次を話さない奴。


「お客さんに毎朝挨拶されるんだけど、ちゃんと挨拶返してるのに、凄い大きな声で、挨拶も出来ねえのか、なんて言われるんだもん、宿に迷惑掛けたく無いから……」


 あーあ……俯いちゃった。


「んじゃそれを両親に教えないと。心配してたぞ」


 2回頷いたカルラだけど……


「とりあえず食おう。せっかく美味い飯なのに冷えたら台無しだし」


「このスープは冷えても美味しいよ。宿の目玉なんだから」


 ニコッと笑うとエクボの出来る同い歳の小さな友人との夕飯は、満腹だった腹の何処に入るんだろって思いながら過ぎてった。




 カルラの両親にカルラの現状を伝えたら、めちゃくちゃ感謝されて、宿代を安くするって言われたけど、そこは正規の値段にして貰った。


「長期滞在するんですし、通常料金で構わないですよ。住民証を取らせて貰えるなら十分です」


 それだけで城門を潜る往復6銅貨が要らなくなるんだし。


「それなら毎日1品、飯のオカズをおまけしてやるよ」


 俺が借りたのは1階の1番奥の部屋。毎月金貨6枚で夕食付き。


「明日からカルラを誘って森に行ってみようと思います。森歩きは慣れてるんで心配しなくても大丈夫です」


 コールマンって呼ぶと、親父さんもお袋さんも反応するから、カルラって呼ぶ事にした。


 カルラの部屋の作業机の上には、作り掛けの魔道具が所狭しと並んでて、今作ってるのは足の裏から風魔法を出す泳ぐ時に履く靴らしい。


 でも明日からは違う。


 2人で夜飯を食ってる時に話した内容ってのが「どうせなら声を大きくする魔道具作れよ」確か、王族が演説する時とかに使われてるってハンセンから聞いた事があって、付与術師なら自分で作れそうじゃね? って事で提案してみたら……


「エコー草が必要で、エコー草は滅多に見つかる物じゃ無くて……市場にも出回ってなくて……」


 なんて言われたんだよな。


「エコー草ってアレだろ、真緑の気持ち悪い形した魔草。森に行けば生えてそうな場所くらい見当が付くけど?」


 王都近辺でも何回も見掛けたな、買取価格が出てなかったから売れないと思ってたら、そこそこいい値段で取引きされてるらしく、勿体ない事したなって思える。


「やっぱりエルフは凄いね」


 ハンセンからも良く言われてたな。森に関しちゃ万能すぎるだろって。


「ドワーフだって凄いだろ、俺なんかどうやって物に魔法を掛けるか全く分かんないし」


 錬金術師がやってる事はある程度理解出来るけど、付与術師がやってる事は触りの部分すら分からない。


「それは魔法陣を刻んだプレートで転写させて、転写する時は反転するから効果を…………」


 物作りに関しては饒舌になるカルラ、でも声量は小さくて、普通の人なら聞こえないぞって思う。


「とりあえず明日、冒険者ギルドにカルラも登録して、一緒に森を探索するか」


 あまり遅くまで女性の部屋に居るのも気が引けたから、2時間ほど話して部屋を出る時に、伝えたら。


「ボクも冒険者の資格は持ってるよ、こう見えて銅級なんだからね」


 意外だった……カルラが俺と同じランクだと……


「あっ、ライルってボクの事をちびっ子と勘違いしてるでしょ? 毎回言うけどこう見えても成人してるんだからね」


 学生時代からよく言われてたな、そりゃ俺と同い歳だから成人してるだろうよ、でも……


「ちびんなよ」4回生の時のアレは不可抗力と言われても、忘れられない思い出だし……


「本当にソレは誰にも言わないで」


 困った顔してお願いしてくるもんだから。


「ハンセンとなら大丈夫だろ?」

 

 あの時一緒に居たハンセンと話すなら大丈夫だろ? って聞いたら。


「それもダメ!」なんて顔を真っ赤にして言われた。




 海馬亭のベッドは柔らかくて、思いの外疲れてたんだろう、少し寝坊してしまった。


 完全に夜が空けて、太陽が登ってる。


 井戸の場所は、俺の部屋の真正面にある勝手口を開けたらすぐで、顔を洗って歯を磨きながら今日の予定を考えてたら。


「おはようライル。良く眠れたみたいだね、ボクはもうひと仕事して来たよ」


 肩掛けの鞄を井戸の横の棚に置きながら、手を洗い始めるカルラ。


「おはよう。昨日到着したばかりでギルドの洗礼を受けてさ。やっぱり疲れてたみたいだ」


「ああ、アレはびっくりだよね。ボクみたいに子供の時からサウスポートのギルドに在籍してたら、そんな事も無いんだけどね」


 今でも子供に……


「今でも子供に見えるって思ったでしょ?」


「ああ、ごめん」


 手を洗った後に、肩掛け鞄から試験管を数本取り出して腰ベルトに付けるカルラを見ながら、ハンセンと並んで歩くと親子みたいだったぞ、なんて考えてた。


 

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