おいでませサウスポート


 朝早くにサウスポートに向かって出発した俺達、つい1時間くらい前まで熊肉を肴に大宴会をしてたのに、カニンガムさんとエルバスさんは全く酔ってないと言うか、酒に強過ぎ。


 俺はと言うと馬車の揺れが気持ち悪い。仔狼に熊の肝臓を洗った物を餌に与えつつ、痛む頭と胸焼けと格闘中。


「西部出は酒に弱いんじゃったのゥ」


 馬車を操りながら酒臭い息だけどシャキっとしてるカニンガムさん。


「南部人は男も女も酒は浴びるほど呑むけェ、兄ちゃん合わなさそうな時はちゃんと断らなァ」


 村の宴会は俺達が出発しても続いてた。南部人の宴会にフルで参加したら大変な事になりそうだと思う。


 すいませんと断りを入れて、1度馬車から降りて吐いた後に野草を探す。何処にでも生えてる野草だけど、酔った時に気持ち悪いならコレってのがあるんだ。


「兄ちゃん、そんな雑草の根なんかァ食うて腹ァ壊さんのかい?」


 俺が手で揉んでくちゃくちゃにした野草の根を食べてるのを見てエルバスさんに聞かれた。


「これは二日酔いの薬になるオオビコ草ですよ。地元では、宴会の時に出される料理に必ず入ってる野草です」


 飲む前に食べておけば二日酔いにならない。飲み過ぎて気持ち悪い時に食べれば30分間くらいで効いてくる。


「そんな草は南部人じゃったら誰も食わんのゥ」


「酔う為に飲んどるんじゃけェ」


 南部人恐るべし……



 サウスポートに来たのは2回目だけど、前回来た時に疑問だった事が、やっぱり今回も疑問だ。


「なんで北門に、おいでませサウスポートなんでしょうか?」


 城壁に垂れ下がってる垂れ幕。


【おいでませサウスポートへ】


 なんて書いてあるんだ。


「そりゃァ誰かを迎え入れる門だからじゃろぅ」


「昔っから掛かっとるけェ、疑問に思った事なんか無かったなァ」


 時間がある時に垂れ幕の由来を探してみようと心に決めた瞬間だった。


「それじゃ兄ちゃん、ここまでだが、また何時かじゃのぅ」


 2人は西門に回るらしい。サウスポートに外から来たなら必ず北門から入れなんて言われたから、2人とはここでお別れ。


「ありがとうございました。また会いましょう」


 2人と握手して、檻の中の仔狼達をひと撫でして俺は城門に向かう。


 北門には王都へ向かうキャラバンや旅人達、王都へ向かう人達が集まってて、それなりに賑やかだったけど。


「おいでませサウスポートへ。お兄さん観光かい? 観光ならサウスポート丸ごと楽しんで行ってくれ」


 まだ30前くらいの衛兵さんにそんな事を言われて。


「いえ、仕事で来ました。長期滞在する予定です」


 冒険者ギルド発行の移動証明書を見せて、サウスポートの冒険者ギルドに所属する旨が書いてある書類を読んだ衛兵さんは……


「なんじゃ家族ファミリーになるんかいや。それなら同じ仕事をする時もあるじゃろう。兄ちゃん、よろしくな」


「ええ、こちらこそよろしくお願いします」


 通行料は銅貨3枚、賄賂なんて要求もされないし、エストックを背負っていても文句すら言われない。


 門番と言う職業は、その町で目にする最初の人なわけで、きちんと仕事しているのを見ると、治安と言うか秩序と言うか、しっかりしてんだなって思う。




 北門から入れって言われた理由だけど、北門から町の中に入れば一目瞭然なんだ。

結構広い広場になってて、所狭しと屋台が並んでる。


 どれもこれも食べ物を扱う屋台で、昼飯は屋台で済ませるのが南部流らしい。


 城門に近い所に屋台が出てるのは北門だけらしくて「外から来たなら北門をくぐって魚を食え、そしたらサウスポートの良さが分かる」風な事を、学生時代に来た時のガイドさんに言われたのを覚えてる。


「エビカツを挟んだ黒パンと海鮮スッペをお願いします」


 俺が選んだのはエビ料理の屋台。大きなエビを三本並べて衣を付けて揚げたカツをパンに挟んである物と、小さな木の器にはみ出さんばかりに乗せられたエビと貝のスープ。


「あいよ、銅貨6枚だね。すぐ出来るから待っててくんねぇ」


 屋台のおっちゃんの威勢のいい言葉と、手際の良さを見ながら、アツアツのエビカツをパンに挟む所を注視してると……


「兄ちゃんエビ好きかい?」


「ええ、この世で1番美味しい食べ物だと思います」


 本気でそう思う。だから正直に答えたら……


「大袈裟だけど嬉しい事言ってくれるねえ、エビチリも1個オマケに付けてやるよ、食ってくんねえ」


 真っ赤なソースを掛けられた剥き身のエビを1つオマケして貰えた。



 屋台の前の長椅子に座って、腰に付けた魔法鞄から匙を1つ取り出す。小さな椀に盛られた大きなエビを匙の先で半分に割りつつ小さく割れた方を1口……


「ハフハフ……あぁ……美味い……」


 なんて名前の貝か分からないけど大銅貨くらいの大きさの貝をスープから掬って1口……


「熱いけど美味い」美味いと自然に声が出る。


 エビと貝と香草スッペの味が口の中に広がっている所に、エビカツをはさんだ黒パンをひと齧り。


 少し塩気の効いた黒パンの味と、エビのプリプリした食感、衣のザクザクした食感が、まだ味の残ってた口の中を新しい味に書き換えてくれる。


「あぁサウスポートって幸せだな……」


 こんな美味いものが銅貨6枚で食えるとか、王都だったら銀貨2枚くらい出さないとだし。


 この真っ赤なエビも美味いのかな……そう思って小皿から匙で持ち上げで口の中に放り込む……


「辛い!」真っ赤なのは唐辛子の赤で、口の中に火が着いたようになった、でもそこに黒パンだけを噛みちぎって入れると……


「辛いのに美味い……」


 メニューの中にエビチリを挟んだパンもあったし、他の人がソレを頼んでいたのを見たから、不味いわけ無いと思っていたけど、口の中で混ざった塩気の効いた黒パンと、辛さの中にエビの味がするエビチリの味が混ざって、これもまた美味い。


「幸せそうな顔して屋台飯なんか食ってるなんて、ちょっとビックリだよ」


 この声は……


「やあライル。長旅おつかれさま。俺達も一緒に座っていいかな?」


 後ろから声を掛けられた2人組……いや、3人組。


 俺が聞いた事のある声の持ち主はサウスポートにそう多くない。


「クルトさん、ビスマ姉さん。お久しぶりです、ついさっき到着しました」


 クルトさんの足にしがみついてる小さな子供……


「セラちゃんかな? 初めましてライルです」


 挨拶したら後ろに隠れちゃった……


「ライルみたいなイケメンと会うのは初めてだから恥ずかしいのさ、ほらセラ、挨拶しなよ」


 ビスマ姉さんは昔から俺の事をイケメンと言ってくる。最初の頃は意味が分からなくて、南部の方言だろうと思ってたけど、どうやら顔の良い男の事を言うらしい。


 別に普通だと思うんだけどな……


「ほら、セラ。普段遊びに来る奴らより怖くないだろ? 出ておいで」


 普段どんな人が遊びに来てるのか、クルトさん宅がどんななのかは分からないけど、クルトさんの左の太ももの横から顔をのぞかせて……


「しぇら、にちゃい」


 なんて挨拶して貰った。


 3人増えた長椅子は少し小さいけど、ビスマ姉さんの膝の上に乗ったセラちゃんが、美味しそうに小魚を骨ごと噛み砕いて食べてるのを見ながらちゃんとした挨拶をした。


 【南風】の2人から帰って来た答えは……


「おいでませサウスポートへ。俺達は今じゃ海専門になっちまったから、仕事で一緒になる事も少ないと思うが歓迎するよ」


 クルトさんにそう言われ。


「いつまでも金級の2人に頼ってばかりも居られませんから。今回はパーティーメンバーでも見つけてみようと思ってます」


 これからどうしたいかを伝えて。


「おいでませサウスポートへ。あんた住む所も決まってないんだろ? ウチに来な、部屋なんて余ってるし、食い詰め共が宿屋替わりに使ったりするんだから遠慮なんてしなくていいよ」


 ビスマ姉さんに住む所を心配されたけど。


「一応ですが定宿にしようと思ってる宿があるんです。金額的にも大丈夫そうですし、冒険者ギルドからも近いそうなので」


 サウスポートにしようと決めた理由の1つだもんな。


 お腹が膨れて眠そうにしてるセラちゃんをビスマ姉さんが抱き上げてあやしてる。


「ビスマ姉さんが母親になってる……」


 豪快なのがウリだったビスマ姉さんが、我が子を抱く姿は、優しそうな母親にしか見えなくて、つい口に出してしまった……


「この子が産まれる前から、柔らかい物で練習したからね」


 なんて軽口を言われて……


「豪快だったのは王都でだけさ。やっぱりビスマも女だよ」


 大きな魚の中骨までバリバリ食べてた、ドワーフの血が混じって顎の力も人間離れしてるクルトさんには軽く惚気られた。



 3人と一緒に冒険者ギルドまで歩いて来た。

 サウスポートの町は王都と比べると小さくて、北門から15分くらい歩いただけで町の中心部。


「俺達と一緒に入るか?」


 金級の2人と一緒に入れば、何も問題なんか起きないだろうけど、この2人に相談以外で頼るのは出来るだけしたくない。


「いえ、最初なので1人で入ってみたいです」


 ビスマ姉さんなんか、俺やクルトさんを待たずに先にズカズカ入ってくし……


「ああ、そうか、、じゃあ中で待ってる。どうにもならなさそうな時は助けるが、自分でなんとかしてみろ」


 サウスポート出の冒険者は王国内で一番気性が荒いって言われてるんだ。命懸けな海の仕事で一般人ですら毎日が冒険みたいな人も沢山居るらしい。


 クルトさん一家が冒険者ギルドに入って5分くらい待ったかな……


「うっし!気合い入れて行こう」


 風の強い港町独特の平屋の建物な冒険者ギルドの、大通りに面した大きな片開きのドアを開けて……


 中が見えたら……入口付近が酒場になってるみたいで。


 そこに座ってた、真っ黒に日焼けした大勢の冒険者が一斉に俺を睨み付ける。


 受付カウンターは入口から入って右側みたいで、建物の中をぐるっと見回した後にカウンターに向かう。


 クルトさん一家は酒場のカウンター側、受付カウンターと真反対で俺を見てた。


「王都から移動して来ました。これが移動届けです」


 受付カウンターに座って俺を見ていた中年の女性に移動届けを渡す。


「手続きが完了したら呼ぶけェ。そこの酒場で待っててくんさいや」


 せめて手続きを待つ間に座るベンチくらい用意しといてくれなんて、その時は本気で思った。


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