第35話 一人の救いの手
外に出て、待ち合わせ場所の横浜駅前まで出向いたのはよかったのだけれど……。
「早く着きすぎちゃったなぁ……」
由奈は待ち合わせの30分以上前に着いてしまった。
これじゃあまるで、ドライブを望んでいたと思われてしまいかねない。
待ち合わせ時間までの間、辺りをうろつくことにした。
一人で駅回りをぶらぶらと歩いていても、他の人は誰も私を気に掛ける人はいない。
酷い時には、すれ違いざまに肩がぶつかってでも我が道を行くと言ったような人もいる。
外の世界で、由奈は誰にも気づいてもらえない存在。
そう思ったら、急に琢磨さんが運転している姿が目に浮かぶ。
終わりにしようとしているのは、由奈の本音ではないのではないかと、心の中で気づかされたような気がした。
「それでも……私は……」
気付けば、由奈は立ち止まって地面を見つめていた。
この世界のどこに立っていても、湯根を見つけてくれるな人がいなくなってしまうような感覚に恐怖さえ感じてくる。
「どうしたの? そんな道の真ん中で立ち止まって」
そんな時、ふと男の人の声が聞こえて、希望の光を見つけたかのように顔を上げた。
しかし、その希望はすぐに打ち砕かれる。
目の前にいたのは、いかにも肩身が軽そうな男三人組だった。
「君、今一人? こんなところで何してるの?」
金髪のお兄さんが由奈に尋ねる。
「いえ……特には何も……」
細々とした声で答えると、金髪のお兄さんは優しい笑顔を向けながら由奈に近づき、目の前に立つ。
「君、結構見たら可愛いね。彼氏とかいるの?」
由奈は何とか首を横に振る。
間違いなくナンパをやり慣れている口ぶりだった。
「それじゃあさ、今からお兄さんたちと楽しいところ行かない?」
気づけば、隣にいた二人の男たちが由奈の左右を塞ぎ、取り囲まれていた。
由奈は恐怖心を覚えつつ、金髪のお兄さんに向き直る。
「大丈夫、悪いことはしないからさ」
嘘だ。絶対変なところに連れていかれるに決まっている。
周りを見ても、他の人は私の身に何事も起こっていないように無視して通り抜けていく。
あぁ、こうして無理矢理下衆な男どもに連れ去られて、非行の道へと進んで行ってしまう運命なのか。
絶望感に苛まれながらも、由奈は一抹の希望を望むように、心の中で彼の名前を叫んだ。
怖い、助けて琢磨さん!
その時だった。
キィィィっというタイヤの擦れる駆動音が鳴り響き、シルバーのミニバンが由奈の元へ近づいてくるのが見えた。
ミニバンは由奈が取り囲まれている歩道のすぐ横に停車して、カーウィンドーが開かれる。彼はまだ、由奈を見捨ててなどいなかったのだ。
彼は眉間にしわを寄せ、明らかに不信感を抱くような表情で男たちに怒鳴りつける。
「俺の女に何してんだテメェら」
琢磨さんが来てくれた途端、由奈の心の中が安心感で満たされる。
あぁ、まだ見捨てられていなかったのだと心の中がふわりと幸せな気持ちになった。
※※※※※
由奈は三人ほどの男に取り囲まれて、ただならぬ雰囲気を纏っていた。
明らかに仲の良い友達と一緒にいる構図には見えない。
そして、男どもの間からちらっと見えた由奈は、怯えていて絶望に伏したようにも見えた。
琢磨は瞬時に危機感を覚え、すぐさまハザードランプを消して、右のウィンカーを出す。
後ろから走ってくる車がいないのを確認して、対向車線からも車が来ていないのを確認して、琢磨は車を少し前進させてから一気にハンドルを切ってUターンする。
きぃぃぃっとタイヤのチューブが擦れる音が聞こえつつ、対向車線の左車線、歩道側で由奈を取り囲んでいる軍団の横に車を横付けさせた。
琢磨は助手席のカーウィンドーを開けて、軽くクラクションを一度鳴らす。
その音に反応して、男どもが顔をこちらへ向ける。
琢磨は助手席に手をおいて、覗き込むようにしながら、怒気の強い声を上げた
「俺の女に何してんだテメェら」
「ちぇ……彼氏持ちかよ。タイミング悪いな」
金髪の男がわびれもせず舌打ちした。
「由奈、何してんだ。早く乗りこめ!」
琢磨の鋭い呼びかけに、男どもに取り囲まれて困っていた由奈は、はっと我に返ったように首を縦に振り、男どもの間をすり抜けて車の方へと向かってくる。
やはり、男どもの目的はナンパだったらしい。
まあ、由奈は見てくれは美人だから、一人歩道で車道を眺めながら佇んでいたら声を掛けられてもおかしくないだろう。
「お待たせ、ごめんね琢磨さん」
「いいって、ほら、シートベルト締めろ。とっとと出発するぞ」
面倒事にならぬよう、由奈を急かして助手席に乗せてシートベルトをさせる。
その間に、助手席のカーウィンドウを閉めて、野蛮な若者の声を遮断した。
由奈がシートベルトを閉めたことを確認して、すぐさまドライブにギアを動かして、ウィンカーを出して後ろから車が来ていないことを確認して出発してしまう。
立ち去る車を呆然と眺め、男三人衆は立ち尽くしていた。
ようやく二人だけの安心した空間が生まれて、空気が弛緩する。
「大丈夫だったか?」
「うん……助けてくれてありがとう琢磨さん」
「いいって。むしろ気づくのが遅れてすまん」
「ううん、助けてくれただけでうれしいよ」
「ならよかった」
ひとまず、由奈があの若い男どもに変なことをされていなくて良かったとほっと胸を撫でおろす琢磨。
「来てくれてありがとな。返信なかったから、もう来ないのかと思ってた」
琢磨は運転しながら、由奈に感謝の意を述べる。
「うん……私も琢磨さんに話したいことあったから」
「そうか……それじゃあまあ、今日はちゃんと話そうか」
琢磨の車は高速の入り口をくぐり、首都高速へと入る。
「今日はどこへ行くの?」
「まあ、ちょっと綺麗なところだ」
そう言ってお茶を濁してから、琢磨は一つ喉を鳴らして別の言葉を口にする。
「ごめんな由奈」
「えっ? 何が?」
「この前、由奈を差し置いて他の女の人とデートにしに行ったこと。自分でも改めて考えてみたら、軽薄だなと思った」
「そんなことないよ。だって琢磨さんはその人が好きで……」
「そういうことじゃないんだ。俺が言いたいのは、由奈のこと、何も理解できていなかったんだなってこと」
「えっ……」
「谷野から聞いたよ、俺が他の人とデートしていることを由奈に伝えたって。そのうえで問われた、どうして俺は由奈とドライブデートをしてるのかって」
「うん……」
「俺がドライブ始めたきっかけってさ、自分の新たな夢を探すためだったんだ」
「夢を探すため……?」
「そう、俺昔俳優目指してて、それが叶わないって分かった時に、自分の指針を示せなくなった。その時に始めたのが、一人ドライブだったんだよ」
琢磨はちらりと由奈の聞き入る様子を見てから話を続ける。
「でも結局、未だに新しい目標は見つけられてなくて、結局、他の女の人にかまけて他人に夢を押しつけてた。だから、由奈をドライブ彼女として受け入れたのは、由奈と自分の境遇が似てたから、夢を何か見つけ出すことができるんじゃないかって思ったからなんだと思う」
「……」
「だから、由奈も話してほしい。俺と一緒にドライブをして、何を得たかったのか。ドライブに対して何の価値を求めているのか、教えて欲しい」
「私がドライブに求めている価値……」
琢磨は自分の身の内を由奈に話した。
人の本音は話さないと分からない。
だから、今度は由奈のことを聞かなければと思った。
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