第30話 ぎくしゃくした関係
翌日、案の定網香先輩と琢磨の関係は、明らかにギクシャクとしていた。
「杉本君。これ、お願いできるかしら?」
「はい……承知いたしました」
まるで、今日初めて会った社員さん同士のような堅苦しいやり取りをしている。
端から見ても違和感に気づいている人は多いらしく、網香先輩と琢磨に視線が交互に向けられるものの、誰一人として尋ねてくる者は現れなかった。
このチームでいわばキャプテンとエース的存在の二人がギクシャクしていたら、それは誰も声をかけるのは憚られるというものだ。
しかし、一人だけその恐怖を恐れないチャレンジャーが琢磨に近寄ってくる。
「先輩、書類の整理終わりましたけど、次は何をすればいいですか?」
「んぁ? あぁ、そうだな。それなら、次はこの案件の資料まとめておいてくれ」
「了解でーす」
軽い口調で返事を返すと、谷野はちょいちょいと琢磨を手招きした。
何だよと思いつつも耳を近づけると、谷野が恐る恐る尋ねてくる。
「部長と先輩、何かありました? さっきから凄い何というかその……場が重いといいますか……」
ちらりとデスク周りを見渡すと、皆がこちらに視線を寄せて、聞き入るように耳を傾けている。
琢磨は眉間にしわを寄せて一つため息を吐くと、谷野の肩を軽く叩く。
「なんでもねぇ。ほら、さっさと仕事に戻れ」
「なんですかその雑な扱いー」
ぷくーっと頬を膨らませ、明らかに不満そうな表情をしていたものの、琢磨がこれ以上何も聞くなと目で威圧をかけると、渋々と言った感じで谷野は自身のデスクへと戻っていく。
こんなところで言えるはずがないだろ。網香先輩に、もっと男として自分を見てくださいと半ば怒り気味に言ってしまった事なんて……。
それに、明日納期の仕事もまだ片付いていない。
気を取られていないで、さっさと目の前の仕事を終わらせてしまうことにした。
※※※※※
ギクシャクとした関係が相変わらず続いたまま、なんとか案件を当日に無事納期し終えて、社員全員、疲れ果てた様子で机に突っ伏していた。
客先から何かしら問題個所が指摘されない限り、今日は定時で帰ることが出来るだろう。
そこでふと、スマートフォンの画面を見て、今日が金曜日であることを思い出した。
先週ドライブ彼女をやめると宣言されて以降。彼女からのアクションは何もない。
琢磨は何か文面を送ろうか迷った挙句、『今日はどうするんだ?』と送った。
由奈がどうしてドライブ彼女をやめるなどと言い出したのか。
先週の出来事をよくよく思い返してみれば、琢磨が由奈を差し置いて、網香先輩とドライブデートに行ったことに原因があるのは間違いないだろう。
由奈との約束を差し置いて、他の女性とデートに行ってしまったことは申し訳ないと思うけれど、別に由奈と琢磨は付き合っているわけでもないので、怒られる筋合いはないはず。
ドライブ彼女であり、それ以上でもそれ以下での関係でもない。
けれど、あの時の由奈の言葉を思い出せば、彼女は何かもっと他のことを求めていたような気がする。
もしかしたら、彼女は琢磨が思っている以上の何か他の感情を琢磨に対して抱いていたのではないか。そんな浅はかな疑念が浮かぶ。
結局、モヤモヤと考えが浮かんでは消えを繰り返しているうちに、終業時刻を迎えた。
由奈からは既読無視され、返信が返ってくることはなかった。
やはり、琢磨が何か間違いを犯してしまったらしい。
そのことも含めて、今日は退社してから一人で色々とドライブしながら考えようと決めた時、ふと後ろから肩を叩かれる。
振り返ると、そこにいたのは後輩の谷野だった。
「せーんぱい! もう帰るんですか?」
「あぁ……今日はもうやることないしな。それに、今週は連日残業だった疲れを早く癒したい」
「なら先輩、私と一緒にドライブデートしてください!」
「はぁ?」
後輩からの誘いは、琢磨の想像の斜め上をいくものだった。
※※※※※
『今日はどうするんだ?』
一週間、何もアクションがなかったクセに、当日になってなんとも素っ気ないメッセージが届く。
私は先週、胸の中に生まれたモヤモヤを吐き捨てるように、衝動的に琢磨さんを叱責してしまった。
すぐに後悔の念に苛まれた。琢磨さんは何も悪くないはずなのに。
でも、仕事が忙しいにしても、一週間ドライブ彼女をこうして放置しておくのはいかがなものかと思う。
少し琢磨さんを困らせたい。
私は、既読を付けて返信を返さず、そのままスマホをベッドの上に放置した。
「はぁ……ホント何やってるんだろう」
自分がバカみたいに思えてくる。
勝手に期待して、勝手に浮かれて、勝手に失望して、勝手に幻滅して・・・・・・。
まるで、駄々をこねている子供みたいだ。
これで、私はまた独りぼっちだ。
何もかもが無気力で、他の人に劣っている、特技も魅力もなに一つない平凡な女子大学生。
そんな可愛そうな人に手を差し伸べてくれる人なんて、いるわけがない。
もしかしたら、琢磨さんが最後の希望だったのかも。
けれど、私から勝手に琢磨さんを遠ざけてしまった。
他の女の人とドライブデートしたって、琢磨さんの自由なはずなのに……。
私はそれが許せなかった。
「ははっ・・・・・・私、どこまで琢磨さんのこと信頼してたんだか……」
琢磨さんにとっては、私は海ほたるで偶然出くわした不思議な女子大生に過ぎないのに、私の中ではそこに別の特別な感情を持ち合わせていたのだから。
それは、どこか琢磨さんに特別扱いされているという優越感。そこに、恋愛感情があるのかは自分でも分からない。
「はぁ……ホント、何やってるんだか。私」
また同じ言葉を繰り返し、ベッドに仰向けに寝転びながら、腕で目元を抑える。
今まで一人でもへっちゃらだったのに、私の心はいつの間にこんなにも脆くなっていたのだろう。
琢磨さんとのドライブデートが、自分にとってどれほど心の支えになっていたのかを痛感する。
唇を噛み、湧き上がる悲しみの感情を必死に抑える。
私は、また一人になってしまった。
孤独はもう怖い。
誰か・・・・・・私を助けて。
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