アルテナネイス

春嵐

84

なぜだか分からないけど、分かる。


自分の人生。残り84分。


いや、そうじゃない。


未来予知とか明晰夢とか、そういうものではない。


しにたくなったんだ。


そして、だいたいしぬまでの準備に必要なのが、84分。


「なんの84分なんだろ」


とりあえず、ラップトップを開いた。これからしぬときにも、SNSとか動画とかは見たくなる。


「あっ」


出てきた。


「これか」


ラップトップの中身を更新する時間。おおよそ80分。


「ラップトップのデータ消すとかではないんだな」


更新が終わるまで80分。


「たぶん、更新終わらせて動画一個見るとか、そんな感じかな」


何着て、しぬか。


「やっぱ」


お気に入りのスカートだよなぁ。このふわふわしたやつ。


上。


上どうしよ。


面倒だから何も着なくていいか。


服を悩んで、結局上は何も着ないという決断に、普通に30分かかった。


残り50分。


「遺書?」


といっても、それほど仲の良い相手がいるわけではない。恋人はいるけど、結婚したり親密になったりというほどでもない。 家族もいない。


「あっ」


仕事の引き継ぎ。やっておかなきゃ。


資料をまとめて、部屋の隅に置いておいた。ついでに、お部屋の掃除。


「おっ」


更新が終わった。80分予定が、65分で終了。ラップトップ更新は、だいたいこんな感じ。


しぬまで、残り4分とちょっと。


「何の動画見ようかな」


いくつか探して、結局、いつもの作業BGMをかけた。


「よし」


いい人生だった。


「いい人生だった?」


うそじゃん。


いい人生を送った人間が、唐突に84分後しのうとか思わんでしょ。


なにが問題だったんだろう。


なんで、しのうとおもったんだろう。


「だめだ」


何も思い浮かばなかった。なんでしのうとしてるのか、自分でもわからないし、意味も見えてこない。


作業BGM。音楽が後半に差し掛かる。


「あ、そういえば今何時だっけ」


享年、じゃないや。しぼうじこく。知りたい。


「午前四時」


カーテンを開けて、外を見た。


藍色。


「さて、しぬか」


作業BGM。


終わる。


84分。


「あっ」


足がもつれる。


転ぶ。部屋の隅に置いたはずの仕事の資料。まだここにあったのか。


まとめ直して、もういちど部屋の隅に置いておく。これで全部。


「やり直しやり直し」


もういちど、作業BGMを掛ける。


「あっ」


ラップトップ。


84分。


過ぎた。


「だめじゃん私。ちゃんとしなないと」


なぜだか分からないけど、すごい爽快感がある。


「これか」


しにたいひとが、何回もしのうとしてしにきれない理由。はやくしねよって今まで思ってたけど、いざ自分でやってみると、まったく違う。


しねなかった今。


なぜか、すごく世界に受け入れられたような気分になる。


なんで部屋の隅に片付けたはずの資料があったのか。それすらも、自分をころさないために神様が設定したような気分になる。


「すごいなぁ、これ。謎の達成感」


よくわかった。確かにこれは癖になる。たのしい。


「それはそれとして」


おなかがすいたから何か食べようっと。

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