怒りのち呆れ
シャルルの首を掴む右手に力が入る。
「ルイス! やめて! 死んじゃう!!」
お嬢様の声がした。シャルルの首を締め上げていく指の動きが止まる。
「は、話! まずは話、聞かないと! ね! それに私は大丈夫だから! ね! だからまずは落ち着いて、話そう!」
一瞬、左拳に力が入る。歯をグッと噛み締め、唾を飲み込んだ。
大きく息を吐き、一本一本、徐々に指の力を抜いていく。シャルルの首が手から離れた。
ドサリと音を立て、まるで紐の切れた糸繰り人形のように、シャルルが地面に落ちた。
動かない――。
が、少しして、死んだふりをやめた動物みたいに急に、シャルルが動いた。意識を取り戻したようだ。
左手でお嬢様を庇いつつ、少し前傾姿勢になりながら右手を前に構えた。
「カハッ――!」
起きざまに、一度大きく空咳をするシャルル。
「カホッ! ゲホッ! ゲホッ、ゲホ――!」
その後も、シャルルは続けて何度も何度も咳を繰り返す。
やがて、少し落ち着きを取り戻してきたのか、咳は治まりを見せ、シャルルの目がゆっくりと開いていく。互いの目が合う。瞬間、徐々に開かれていたシャルルの瞼が一瞬で大きく開かれた。
「な――!」
シャルルが声を上げるのとともに、再び首に手をかける。
「ぐっ――ッゲェエッ!」
苦しそうに嘔吐きながらも、視線を外さないシャルル。薄目ながら、その目はこちらを睨んでいるように見えた。
自然と指に力が入る。
「くぁかーはっ、くぁかーはっ」
再び喉を押さえつけられ、必死の呼吸を続けながらもこちらを睨み続けるシャルルだったが、やがて限界が来たのか、視線が外れた。
シャルルの呼吸が段々と弱まっていく。
「……ス! ルイス! ねぇルイス! 死んじゃう! 死んじゃうよ!」
お嬢様の声が聞こえ、ハッとする。
内心、少し焦りを感じながらも冷静を装いつつ、慌てて指の力を緩める。
「はーぁーあッ! はーぁーあッ! はーあっ、はーぁっ、はーぁ――――」
大きく口を開け、必死に肩を揺らしながら呼吸を繰り返していたシャルルだったが、時間とともに段々と呼吸の頻度が落ち着いていった。
「どうだ? もう十分だろう、頭も回るはずだ。今度こそ答えてもらうぞ――」
こんな状況になりながらも性懲りも無く、こちら睨んでくるシャルル。思わず指に力が入りそうになるのをなんとか堪え、言葉を続ける。
「お嬢様に何をしようとした! 答えろ!!」
喉を押さえ込む手をグッと奥に押し込み、顎を持ち上げる。
シャルルは小さく口をぱくぱくとさせるのみで返事をしてこない。
「ル、ルイス、あ、あの、もしかしたら、なんだけど、その……しゃべれないんじゃ……」
お嬢様の言葉に、思わずハッとする。
首を絞めている手の位置を下げ、腕をほんの少しだけ後ろに引き、口を動かせるだけの余白を作った。
「さぁ! 言え!」
「知、るか……!」
再び、一瞬にして沸点が上昇した。無造作にシャルルを木の幹に押し込む。
「グ、ッ……――! 知、るかッ! ッてンだろうが!」
「そうか、状況が正しく認識できてないようだな――」
シャルルの首を絞める手の指の一本を折り曲げ、爪を立て、首筋に掛ける。
「ッ――! い、くら強がったってなァ……! 無駄だろうがクソが……! テメェ、追手の奴らの方に向かッてッたくせにさっさと尻尾巻いて逃げやがって。直前でビビったンだろうがよ、なら全員終わりだろうが。じゃあオレにとっちゃなんもかわンねェンだよ!」
言葉を吐き捨てるとともにシャルルはこちらの顔めがけて唾を吐いた。唾が頬に着地し、毛先を伝う。
「なにか勘違いしているようだな。そのことだが、もう心配はいらない」
「は?」
「わからないか? 心配入らなくなったと言ったんだ」
シャルルは相変わらずアホ面を掲げている。
「――、全部片付いたということだ」
「は!? 片づけたって、全員殺ったッてことか?! エ!?」
わざわざ使わずにいたんだがな――。お嬢様の前で殺ったなどと……堂々と吐きやがって――。
思わずため息が漏れる。
「嘘つくンじゃねェ! 時間だって! たいして経ってねぇはずだ! できるわけがねェ!」
「まぁ、どう思おうが貴様の勝手だが、事実は変わらん」
言い終わるとともに、口角の端を上へと持ち上げ、シャルルに向かって歯の先端をチラリと見せる。
「ま、さか、テメェ食ったのか! 人間を!」
「な――!」
予想だにしていなかった伝わり方に思わず声が出る。
「クソが! やっぱテメェら
「食うわけがないだろう! 片を付けただけだと言ったろうが! 何をどうとったらそう受け取れるんだ!」
シャルルの言葉に被せるようにして、即座に言葉を返す。だが、シャルルはなぜか急に、先ほどまでのやり取りに対して興味を失っているようで、視線を外し、虚空を見つめなにか考えているような素振りを見せ始めた。
そして、なにか合点がいったのか、さっきまで半開きだった口をぱくぱくと忙しなく動かし、捲し立てるようにして言葉をつなげていった。
「テメェまさか、煙に撒こうとしてんのか? わけわかんねぇこと言ってよ。――そうだ! テメェがどう殺そうが、こんな早く殺し切れるわけがねェ。結局終わりなことに変わりねェンだよ!」
しかし、吐き出されたその答えは、なに一つとして合ってはいなかった。
「……まぁ、そう思いたければそう思い続けていればいい、だが。どれだけ待とうがどうせもう誰もこない。それに私も、この状態を解く気はさらさらない。それでも嘘というならどうぞ、好きなだけ待ってみればいい……――――」
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