魔王の義眼

鉄化タカツ

東京危機‐トウキョウクライシス‐

地獄の始まり


































 魔王の義眼。それは遥かなる太古、この世界で初めて魔王と名乗った者が右目に宿した義眼である。その眼は万人を幸福に導くと魔王は謳った。しかし、多くの者はその眼を疑い、魔王に異を唱えた。

 時の勇者『リヴァル』は魔王に決起する。魔王が義眼を用いて全種族を支配する事を知ったリヴァルはかつての仲間と共に魔王に立ち向かう。長きにわたる戦争の末、リヴァル率いる人類軍は勝利を収めた。そして全ての元凶魔王の義眼は消滅し、この世界『地球』は平和に導かれたのである――





 東京渋谷。いちしずは着飾った服装で、トートバックを肩にかけて友達を待っていた。今日は合同コンパ。つまり、合コンに参加する為、ハチ公の前で待ち合わせをしていた。

 静乃は都内に住む女子大学生である。出身は東北であり、東京に住み始めて二年目になる。時は五月の正午過ぎ、黄金週間のおかげで人はごった返していた。

 静乃は茶髪のセミロングを靡かせて、友を探す。約束の時間はとっくに過ぎているのに友達は一向に姿を見せる気配はない。



「遅いな……」



 静乃の友である佐藤里香は遅刻常習犯であった。里香は今どきのギャルと言う女子であり茶髪で厚い化粧に施したどこにでもいそうな女子であった。そんな女子は現代の渋谷にはいくらでも見かけるので、静乃は探すのに苦労する。



「待った~ごめん?」



 その声で振り向く静乃。そこには着飾った里香が立っていた。合コンである為か今日は人一倍着飾っているのを静乃は見て分かった。



「でさ静乃~」



 ギャル独自の言い回しで静乃に問う里香。



「何?」



「急で悪いんだけど~合コンの場所変わったから」



「えっ? 渋谷じゃないの?」



「うんー。六本木」



「そう。じゃあ電車だね」



 そう言って歩き出す2人。静乃は里香に歩きながら例の件について問いただす。



「聞いたよ……彼氏と別れたんだって」



「あーあそれ~? あいつ前の女とやってた。マジ、むかつく」



「そう、なんだ……」



 里香が付き会っていた彼氏はもとは違う女子と付き会っていた事と、それを里香が無理矢理略奪して彼氏にした事は静乃は知っていた。それなのに半月もしないうちに別れた事に静乃は少し嫌悪感を抱いた。



「で? 今日こそ彼氏出来るといいねシズ~」



「うん……」



 静乃は高校以来、全く彼氏を作ってこなかった。その理由は最初の彼氏に言われた一言が未だにトラウマになっているからだ。

 二人はそんな会話をしつつ、ハチ公改札口を抜けた。そして山手線のホームに向かおうとした時、地獄は始まった。



「キィーーーーヤアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーー!!!!!」



 けたたましい奇声が駅に響く。それは人の声であったが、その場にいた誰もがぞっとして立ち止まる。「なんだ?」「事件?」周囲の人々が騒ぎだす。



「何? 超笑えるんですけど?キィヤァって」



 里香は笑っていた。しかし、静乃は少し恐怖を感じていた。



「いやあああぁああああ!!!辞めて!辞めてよ!」



 人込みの向こうから女性の悲鳴が聞こえてきた。どうやら事件の様だと二人は思った。



「マジ? 事件かな?」



「やばいよ里香」



 静乃は一瞬、人ごみの隙間から血が見えた事に気付き、逃げ出そうと思った。しかし、次の瞬間、ただの事件ではない事に気付く。



「この野郎!!!」



 一人の男性が裸の子供に蹴りを食らわした。女性を襲っていた裸の子供は蹴り飛ばされ、床を転がる。



「大丈夫か?」



 女性に寄る男性。女性の胸は服を噛み千切られ、出血していた。



「痛い! 痛いよ!」



「誰が救急車呼んでくれ!」



 男性が叫ぶが、周囲の人々は蹴り飛ばされた裸の子供を見ていた。男性もその裸の子供に目を向けた。



「キィイイイ……」



 苦しそうであるが、裸の子供はゆっくりと立ち上がった。そして、顔を周囲に見せた時。人々に戦慄が走った。



「なんだこいつ……」



 人であるが、人でなかった。性器が無く、異常に痩せ細り、顔はミイラの如く、髪は全くない、シミだらけの体は見る者に嫌悪感と恐怖感を与えた。

 裸の子供は男と目が合った瞬間。再び、奇声を発した。



「キィヤアアアアアアアアアアア!!!!!」



 それと同時に飛びかかる。男性に飛びかかり、噛みつき、殴り、引っ張り、むさぼる。



「やめろっ!やめてくれ!」



 凄まじい力で男性の髪の毛を引っ張る。男性は必死に引きはがそうとするが、裸の子供の力は異常だった。ついの男性の髪の毛は限界を迎え、盛大に抜かれた。血が頭から流れる。



「いてぇぇええええ!!!!! 誰か助けて!誰か!」



 誰も助けなかった。人々は我先にと逃げていく。胸を食われた女性も必死に逃げる。



「えっ……何あれ」



 静乃は呆気に取られていた。里香は静乃の手をとり、走り出す。改札口に人が集中し、人々が立ち往生していた。ある者は改札口を乗り越え、ある者は改札口のフラップドアを蹴り壊して進んだ。事情を知らない人が何事かと見ていた。

 静乃達も人込みに紛れながらも、外に出る事に成功した。



「何あれっ~?」



「さあ……はぁはぁ……」



 しかし、安心したのは束の間だった。既にあの裸の子供の別の個体が外にもいたのだ。遠方から悲鳴が聞こえ、逃げてきた人々と駅構内から逃げて来た人々がぶつかり、人が押し合いになった。



「邪魔だ! どけよてめぇら!」

「うるせぇ! そっちどけよ!」



 我先にと逃げる人々が互いに蹴落とそす様な勢いだった。駅の方から銃声が聞こえた。渋谷駅前交番の警官が、あの裸の子供に発砲したのだ。見事、眉間に直撃した銃弾は裸の子供の動きを止めた。



「やった……」



 しかし、それもつかの間だった。次々駅構内から裸の子供が現れ始めたのだ。既に渋谷駅構内は大量の裸の子供により、地獄絵図と化そうとしている寸前だった。あちこちから悲鳴が聞こえ、助けを呼ぶ声が段々と聞こえ初め、人々は我先に逃げ惑った。その光景はまさに地獄である。



「何よこれ……」



「きゃあ!」



 里香に一匹の裸の少年が飛びついた。里香の周りにいた人々は避けていく。しかし、ただ一人怯えながらも静乃だけは避けなかった。



「里香!」



「離せコラ! 痛い! 誰か!」



 裸の子供は里香を押し倒し、馬乗りになって仰向けの里香の服を食い破る。鋭い爪が付いた手で里香の柔肌を強く握り、ブラジャーも噛み切って、胸をむさぼり食い始めた。



「いやあああああっ!!!!! 痛い! いだぃよお! 静乃!」



 里香の手が静乃の足を掴んだ。それは必死の求めだった。凄い力で掴んでいた。しかし、静乃は目の前で起きている事が理解できず、何もできずにただ恐怖に駆られて突っ立っていただけであった。



「痛いよ静乃! 助けてよ! 私まだ死にたくない――」



 情けなく泣き、血まみ始めた里香の顔を静乃は気持ち悪いと感じた。そして最後、静乃は最低の選択をした。



「いやああああっ!!!!!」






































 里香を見捨て、まだ襲われずにいる人々と逃げる静乃。しかし、既に渋谷はどこに逃げても裸の子供が闊歩し始めていた。無傷の人々が段々と減り始めている最中、一人の女の子が人に蹴られ、転ぶ所を偶然、静乃は目撃した。その子は泣く事なく、我慢した様子で小さな声で必死に「お母さん! どこ!?」と叫んでいた。

 その姿に感激したのか。母性本能が働いたのか、静乃は駆け寄り、女の子を立ち上がらせた。そして笑みを小さな女の子に見せた。



「おっお姉ちゃんと逃げようね!」


「……うん」


 我慢していた女の子は静乃に助けられ、つい泣きそうな顔を見せた。すぐ隣で男の人に裸の少年に飛びかかり、二人は驚きながらも、その場を離れた。しかし、もう周囲は完全に地獄であり、逃げ道など無かった。

 どこか隠れる場所はないかと周囲を探す静乃。ふと渋谷駅前交番が目に入る。その場から一番近いのは交番だった。静乃は幼い子供を抱え、交番へと逃げこもうとする。裸の子供に見つからぬ事を願い、走った。

 運よく交番に辿りついた二人。交番の中は争った痕があり、血が壁などに付いていた。その血を見て嫌悪感を感じしてしまう静乃。しかし堪え、机の下に身を隠した。



「……そういえば名前は?」



「レイナ……」



「レイナちゃんか。大丈夫、きっとお母さんは無事だよ」



 何の根拠もない言葉だ。しかし、静乃にはこれぐらいしかできない。静乃は警察が来るまでここで隠れていく事に決めた。外からは未だに悲鳴、奇声、銃声が未だに聞こえてくるのであった。レイナが耳を塞ぐ、静乃もつられて耳を塞いのであった。






































 最初の奇声から四時間はたった。交番の机の下に隠れていた静乃達は少し落ち着きを取り戻した。



「そうかレイナちゃん一年生なんだ」



「うん!今年から」



 小さな声で会話する二人。既に外が静まり返って二時間は立っていた。しかし、念のため誰かが来るまで出ないと決めた静乃はずっと机の下に隠れていた。レイナはやや飽きた感じであった。



「ねぇお姉ちゃん……」



「何?」



「いつまで隠れているの?」



「誰か来るまで」



「ん――」



「どうしたの?」



「おしっ……トイレ行きたい……」



 レイナの要望に困惑する静乃。あの裸の子供がウロウロしているしれない外に出るのは危険である。しかし、何も聞こえなくなって二時間。奇声もしないからすると奴らはどこかへと行ってしまったのではないかと静乃は考えた。



「わかった……実は私も我慢してたの」



「お姉ちゃんも?」



「うん」



「だから一緒に行こう。駅のトイレね」



「うん」



 ゆっくりと机の下から出る静乃。交番の外を覗く。交番の外を見た静乃は驚愕した。



(なっ――!?)



 あちこちに血まだまりが至る所に無数にあった。ハチ公前広場やスクランブル交差点、その場で捌いた様な個所があちこちに見えた。重なり合う血だまりも見え、明らかにあの裸の子供達は捕えた場所で殺して、むさぼり食っていた事を物語る。



「お姉ちゃんどうしたの?」



「レイナちゃん……目隠して行こう」



「えっどうして?」



「ちょっとびっくりするからさ。目をつぶって、お姉ちゃんが抱っこして運んであげるから。いいって言うまで開けちゃダメだよ」



「うん……わかった」



 レイナは素直であった。目を瞑り、静乃に抱っこされた。静乃は少し怯えながらも、恐る恐る交番を出た。そして周囲を最善の注意を払いながら、ハチ公口に向かう。幸いハチ公口の通路に例の裸の子供はいない。



(ふう――)



 心の中で一安心する。が、それは束の間であった。入って右手の自動券売機にて券売機を破壊していた裸の子供が静乃の臭いに気付き、出て来たのだ。目と目が合う。



「キィヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」



 再びあの奇声が響く。驚く静乃、慌てるレイナ。



「どうしたのお姉ちゃん?」



 目を開けてしまうレイナ。裸の子供を見て悲鳴を上げる。



「きゃあああ!」



 静乃は逃げようとしたが、ハチ公前広場のあちこちからどこからともなく裸の子供が次々現れた。皆、静乃を見定めると、走り出す。その走りは短距離スプリ選手ンターの走りで、細くて弱々しい体に似合わない走りは異様かつ不気味だった。静乃はそれを見て、気持ち悪いと感じたが、もう逃げ道はない。後ずさりし背中を壁にぶつけ、その場に力が無くなったのごとく座り込んだ。

 気付けば涙を流していた事に静乃は気付く。レイナは強く静乃の体にしがみつき、恐怖で体が震えていた。

 裸の子供達は二人を囲む。まるで追い詰めた獲物を皆で甚振る肉食動物である。



「きぃやあああああっつー!!!!!」



 ほとんどの裸の子供は口の周りを血を染め、体のあちこちに血を浴びていた。それは人を食らった証拠であり、獰猛な人ならざる者だと言う事を証明する。



「お姉ちゃん……」



 レイナが弱々しく声を出す。そしてその声の直後、おなかのあたりが生温かい液体に包まれた事に静乃は気付いた。



(レイナちゃんお漏らししちゃたのか……わっわたしも……もう)



 貰い泣きならぬ、貰い漏らしで静乃も黄色の液体を出してしまった。二人の周囲に黄色い液体が広がって行く。



(私、二十歳になるのに……恥ずかしくて死にそう)



 泣きながら、漏らした静乃。恥ずかしいが、もうそんな事は関係なくこれから食い殺されるのだ。異様な訳の分らぬ子供に無残に殺されるのだ。



「きぅいいいやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



 一匹が意を決して二人に飛びかかった。その光景を見て、最後だと確信した静乃。強く目を瞑った。



(お母さん――!)



 その時だった。どこからともなく飛んできた原付が飛びかかった裸の子供にクリーンヒットした。見事に命中した原付は裸の子供を吹き飛ばし、駅構内へと叩きつけた。



「きぃ?」



 感嘆符を付けて鳴いてしまう裸の子供達。皆、吹き飛ばされた仲間を見る。その間にすぐ横に立った男に裸の子供達は気付かない。



「生存者か……」



 男は緑色のミリタリーコートに身を包んで、ショルダーバックを背負い、右手に日本刀を握っていた。コートのフードを深くかぶり、顔は良く見えない。

 凶暴な裸の子供たちを前に男は日本刀を握った右手を大きく振りかざした。





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