#5 情報交換

 たくさんの人影はピクリとも動いていない。

 いくつかの人影の顔に光を当ててみるが、無表情……というよりは人形?

 その姿自体には動きがあるし、どれもリアルな表情なんだけれど。


 僕は部屋の中に足を踏み入れ、それぞれの人形に素早く次々と光をあててゆく。

 半裸で踊っているみたいな……でも、どれもちゃんと人形だ。


「エイスケです」


 少年の声が聞こえた。

 そういえば僕らはまだお互いの名前すら教え合っていなかったな。

 とにかく慌てて彼の後ろ姿を探し、近づいた。


 部屋の中央には大きな鍋があり、その横に黒ヤギの頭をつけた大男が立っていた。

 エイスケ君は、その大鍋のすぐ近くに立っている。

 警戒しながら辺りを見回すと、半裸の人形達はこの大鍋を中心にして二重に取り囲むような位置に配置してある。

 サバトという単語が頭に浮かんだのは、アトラクションの一つに「魔女」という名前が付いていたのがあったな、と思い出したからかもしれない。

 部屋の大きさや、リフトっぽいロープなどの構造は前の部屋と同じようだ。

 そしてすすり泣きは……いつの間にか止んでいる。


 エイスケ君は続けて、かかとで床を鳴らし始める……6回、2回、3回。

 それに応えるように声が聞こえた。


「……ごめん、ちょっと待って……メイク直すから」


 大鍋の中から女の声。

 もしかして例の隠れている人?

 隠れているのに泣いちゃったりするの?

 しかもメイク優先って……必要以上にビクビクしてしまった分、僕の心のツッコミが若干トゲトゲしている気がする。


 この状況で待つ数分はとても長く感じる。

 念のためマグライトはさっきの警官持ちのまま、そして周囲の物音に気を配りつつ……長いな……まだかな。


 それから更に何分か待ち、ようやく鍋の横がカパリと開いた。


「きゃっ!」


 鍋の中から這い出してきたのはまずゴスロリの方……と思った次の瞬間、彼女は自分の持っていたバッグを振り回しながら僕の方へ走り出した。


「大丈夫! この人は大丈夫だから!」


 エイスケ君が制止しなかったら、バッグは僕の顔面に炸裂していたかもしれない。

 そしてマグライトを振り下ろすなんてのは、頭で理解できていてもそう簡単にできることじゃないのだな、と実感もする。


「え、誰? ツアーの中に居なかった人だよね?」


「すみません。僕は……ツアーへは仕事で参加できなかったのですが」


「なんでここに来れたの? 伝説の遊園地廃墟の場所、知っていたの?」


 美人なのに攻撃的だなというマイナスの第一印象は、こんな時でもメイクを欠かさないほどの彼女の、服や腕のあちこちに汚れや細かい傷がついていることで少し和らぐ。

 追い詰められた状況だったのだろう。

 反対の立場ならば僕だって詰め寄ったと思うし。


「おにいさんを誘った人はツアーに参加していて、その人はここの場所を知っていた人なんだって。おにいさんはその人を探しにここへ来たって教えてもらったよ」


 エイスケ君、ナイスフォロー。


「ありがとう……エイスケ君。僕は赤間あかま風悟ふうごと言います。僕が探している友人は、相模さがみトリーネです」


 あいつがライターとして参加しているならば、多分ペンネームの方を名乗っているはず。

 トリーネというのは、僕らが出会った学生時代にはまだあいつのあだ名だった。

 本名は治恵はるえなんだけれど、苗字の相模を相撲すもうと間違えて読まれることが多く、相撲取りをもじって「相模トリーネ」にしたんだと言っていたっけ。

 よほど気に入っているのか仕事上の名前もトリーネだし、僕も普段あいつのことをトリーって呼んでいる……もう長いこと本名で呼んでないな。


「トリーネってあの子か。ツアー参加者に取材とかしていた子。んでフーゴってハーフ? あなたたちハーフ仲間?」


「いえ、僕もあいつもれっきとした日本人です。フウゴというのも風に孫悟空の悟で風悟って書きます」


「そ。男手が増えるのは嬉しいわ。あたしトワセツナ。見ての通り廃墟マニアです」


 見ての通りって……ゴスロリイコール廃墟マニアという組み合わせは初耳。

 それにトワセツナって……本名?

 トリーネみたいにペンネームだったり、SNSのハンドルとかなんだろうか。


「オレはナラエイスケ。小5です。そういえばお兄さんの名前、聞いてなかったでした」


「わたくしはネイデと申します」


 エイスケ君のナラは奈良県の奈良かな?

 一方、ネイデさんは眼帯の女性。見るからに日本人だからきっと漢字なんだろうけれど、どんな字だろう。

 落ち着いた雰囲気で、年齢的にはアラフィフくらいだろうか。

 その眼帯も、ものもらいなんかでつけるような白いやつじゃなく材質のもっと良さそうな黒いもの。

 彼女も全身、黒い衣装。

 彼女たち二人が並んでいると何かの撮影かと思わせるような雰囲気がある。


「トワさん、なんで場所移動したんですか? あっちの方が探しに来ないだろうって言ってたのトワさんじゃないですか」


 エイスケ君、トワさんを責めるような口調。

 というかトワセツナじゃなくトワ・セツナなのか。


「あの時は、ね。でも、服に臭いつきそうだったから。臭いついたら他の場所に隠れても焦げた臭いたどってバレちゃいそうだし」


「あんな風に声出してたら、臭いしなくてもバレちゃいますよ」


「だってしょうがないじゃない。ネイデさんの話聞いて泣かずにいられたらあんた人じゃないわよ」


 この短いやり取りだけで、彼女のフリーダムさが十分推し量れる。


「あ、そうそう。トリーネさん? あの人、無事の可能性高いんじゃないかな。あの人と一緒に逃げてた男の人……エナガさんって言うちょい暗イケメン、小さい頃にここにお客として来たことあって、その時お姉さんがミラーハウスで別人になったって言ってたから。ミラーハウスには近寄らないんじゃないかな」


 希望が少しだけつながった。

 一緒に逃げているのが男ならばヤツラに襲われた時に逃げられる確率も増えるだろうし、その人がこの場所にもミラーハウスの危険性についても詳しいかもしれないっていうならなおさら……。


「情報、ありがとうございます」


「でさ、風悟さんの知っている情報も詳しくちょうだい。どうしてここの場所知っていたの? 廃墟マニアのあたしだって細かい場所までは知らなかった所だよ」


 やっぱり、それ気になりますよね。


「トリーネがここの場所を知っていたみたいなんです。もしかしたら取材ということで事前に情報をもらっていたのか……どうかってところまでは教えてもらってなくて。ただ、地図を」


「地図? ほんと? それ、あとで教えてもらうって可能?」


 トワさんの地図への食いつきハンパない。


「あたし、自分でもここ来たいんだ。仲間連れて撮影旅行とか。ほら、これ見て!」


 そう言って彼女が取り出したのは……累ヶ崎ホラーランドの当時のパンフレット?

 しかも色褪せてもいない。


「奈良さんご夫妻がね、くれたの。当時、多めに持ち帰ったから一部あげるって。これ、マニア垂涎の超レアもの! アトラクションが全部載ってるの! 上がるわぁ……だけどね、ここ見て。裏。普通の遊園地なら住所とか連絡先とか書いてあるところに、何もないでしょ」


 黒地に赤い文字で描かれているパンフレット。園の全景も描かれている。

 ここのアトラクションのだいたいの位置関係を把握したい僕は、彼らと話をしながら描き写させてもらう許可を得る。


「ね、ここへは何で来たの? 車? バイク?」


「車です」


「じゃあさ、地図教えてもらえないならせめて今度運転手してくれない? あたしら目隠しとかしたままでもいいし、ちゃんとお礼も出すから」


「トワさん」


 エイスケ君の助け舟でトワさんのテンションはちょっと落ち着いた。


「ごめんね。ちょっとスイッチ入っちゃって。話、戻すね」


 その後、僕らはお互いの情報を共有した。

 トワさんは廃墟マニアということで、ここについてとても詳しかった。

 彼女の話によると、ネット上でもクローズドな情報交換の場所があり、そこではちょっと検索したくらいでは見つからない情報がかなりあるのだとか。

 それでも場所についての情報だけは詳しく知っている人が誰も居なくて、ずっと来たくて来たくてたまらなかったところにこのツアーの情報を入手できたとのこと。


 彼女自身は廃墟で写真を撮る趣味があって、それで色々詳しくなったらしい。

 写真を何枚か見せてもらったが、ゴスロリと廃墟という組合せは妙にマッチして感じる。

 奈良家については彼が持っていたスマホ内の情報……ご両親、そして瑛祐君の姉である中学一年生の明日香ちゃんの写真までも見せてもらった。

 ネイデさんは一人で参加だけど、奈良夫妻と同じように開園当時ここに来たことがある……あまり多くは語らない人だ。


 来たことがある人がこれだけ世の中に居ても、所在地が分からないってのはすごい。

 当時チケットは完全前売り制で、一日の来場者は上限が決められており、どのアトラクションも並ぶことなく楽しめるというのも売りの一つ。

 しかも唯一の送迎バスが新宿から発着していただけ、そのバスも窓の外が見えないという徹底ぶり。

 今回のツアーも当時にならって窓を塞がれた状態のマイクロバスで、当時と同じように三時間くらいかかったようだ。


 英祐君が来る途中のバスの車内での写真を見せてくれた。

 奈良ファミリー以外に、ツアー参加者数名が映り込んでいる。

 ああ、この後ろ姿はトリーだ。

 やっぱりここに来ているんだ。

 胸の奥に熱いものがこみ上げてくる。


 そういえば彼が僕と最初に会ったときに言った謎の暗号もトワさんの提案だと教えてくれた。

 彼女が言うには、ネイデさんと一緒に隠れているとき「変わってしまった」と思われる人物二人がドイツ語っぽい言葉で会話していたのを聞いたのだそうだ。

 だからドイツ語で話しかけてとっさにドイツ語が帰ってきたらアウトとみなして逃げる……という作戦なのだとか。


「あの古城、ドイツから移築してきたって話だからさ、きっとドイツに何か秘密があると思うんだ」


 ドイツか……そういえば、東京ドイツ村って名前の施設があったな。しかも東京じゃないどこかの県に。

 残念ながら、僕が知っているドイツに関する知識なんてその程度だ。

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