第7話 本当の告白 前編

 それからは平日休日問わず、カレンとアユミはそれぞれが口に出した所へ片っ端から足を運んだ。ネットで噂になったスイーツを次々と食べ歩いた。最近行っていなかったカラオケで流行りの楽曲をうろ覚えでも歌い尽くした。どうしようもなく無計画で無軌道な日常だったが、あらゆる過程も無駄な迷いも、一言一句、一抹の思いまでが永久に保存したい出来事だった。時には事情を知らない友人たちにそれらを不可解に思われることがあったが、二人はその視線すら笑い飛ばした。

 それは終わりがわかっているからこその日々であり、その時は夏の終わりとともにやってきた。


 「すがすがしい」という言葉を空で表現したら、きっとこのような景色になるのだろう。部屋の窓のカーテンを開けたとき、カレンはそう思わずにはいられなかった。隣で眠っているアユミも、きっとそう思うだろう。

 今日はアユミが新天地へ旅立つ日。彼女の一家の引っ越し先は都内の大病院のすぐ傍で、何回か下見に行ったアユミによれば「湿布と煙の匂いがする」らしい。カレンにはわかるような、でもやっぱりわからない感覚だった。アユミの両親は先にその湿布と煙の匂いがする地で引っ越し作業をしているそうだ。二人の嘆願により、アユミだけはギリギリのところまで残ることができた。おばさんは渋そうな顔をしていたが。

「向こうに行ったら家の手伝いをたくさんしろってさ」

 そうして最後の最後までカレンとアユミは同じ時間を過ごすことができた。伸ばしに伸ばした別れの時だが、今日、その日は昇ってきてしまった。

 しかし昨晩も、そして今になっても、カレンはほとんど寂しいという気持ちがなかった。なぜかと聞かれてもはっきりとした言葉にはできない。悔いのないほどに思い出を作ったのか、それとも未だにアユミと離れ離れになってしまうことの実感がないのか。親友が転校するというイベントは、こうも複雑な気持ちを思い起こすものなのだろうか。

 アユミの肩へ伸ばした手が、一瞬止まる。

「……アユミ、起きて」

 別れの朝が来た。


 アユミを新天地へ運ぶのは新幹線だ。カレンの地元からだと確実に座れるようにと、アユミの母が口を酸っぱくして言っていたのを思い出す。

 カレンはアユミのキャリーケースを引っ張りながら、人混みで溢れる駅の構内を進んでいた。少しの着替えと小物しか入っていないのでアユミは自分で持てると主張したが、カレンも持たせてほしいと言い張った。結局は「変なの」と笑ったアユミが折れた。そしてずっと手放さないと思われるくらいの力加減でその取っ手を握りしめた。

「新幹線に乗るのは初めてだなあ」

「いやいや、中学の修学旅行で乗ったでしょ」

「そうだっけ。よく覚えていないな……トランプとかした?」

「あのときは違う班だったからわかんない」

「……今回も離れ離れだね」

「ちょ、いきなりしんみり方面に向かうのやめてよ」

 その時である。

 ぐらり、とアユミの身体が大きく傾いた。踏みとどまろうとする様子もなかったので、傍らにいたカレンはとっさにその体を支えた。アユミの全体重がのしかかってくる勢いに、カレンは二、三歩よろめいてしまった。

 横倒しになったキャリーケースが鈍い音を立てた。振り返って見てくる人もいたが、そのまま通り過ぎていき二人に近付く者はいなかった。

「大丈夫!?」

「うん……ちょっと足がしびれただけさ」

 うっすらと笑うアユミだったが、それは立てたコインのように不安定な強がりだというのは目に見えて分かった。

「ええと、一一九、一一七ってどっちだっけ……あれ、一一〇?」

「どうどう。カレン、落ち着いて」

「落ち着けるわけないって!」

 カレンが慌てるのは仕方がないことだ。今の今までは話には聞いていても、症状が現れに立ち会ったことはなかったのだから。

 今の彼女の両足には全く力が入らないのか、ただのゴムの塊になってしまったように全く動かない。アユミにしがみつかれたカレンは魔法のような出来事にひどく心を乱された。

「薬を飲んで座っていれば大丈夫だから」

 あまりにもアユミが強がるので、カレンは偶然にも近くにあったベンチに彼女を座らせた。よく見てみると足だけでなく両手の動きもぎこちないアユミに代わり、カレンは彼女のカバンの中からピルケースを出し、その中から二種類の錠剤をアユミに飲ませた。続けてペットボトルの水を口にした後、「吐き気止めの薬も一緒に飲むんだけど、苦くて嫌なんだよね」と彼女は弱々しくも穏やかに愚痴をこぼした。

 その様子をカレンは恐れることなく、必要以上に騒ぐこともしなかった。ただ、これが今のアユミであるとして全神経を集中させて受け入れていた。

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