第7話 復讐のカップメン

 昼過ぎという中途半端な時間帯だからか、町の酒場には客はほとんどいなかった。


 窓際の丸テーブルを囲んで雑談している二人組がいるのみ。店のマスターも仕事がなく、カウンターで新聞を広げている。


 だが、来客の気配があると、マスターはすぐに新聞を畳んで顔をあげた。


「やあ、キースさん。今日はずいぶん早いですね」


 店に入ってきたのは町の保安官と、流れ者風の男だった。


 キースと呼ばれた保安官は、軽く手を挙げてマスターに挨拶した。


「ジェフ。こっちにそば2つ。それとやかんね」


「いいんですかい? そんな堂々と」


 そう言いつつも、マスターはすぐに、店の奥からカップそばを2つ取り出していた。


「何をビビってるんだ。まさか非合法品ってワケじゃないだろ?」


 キースは笑いながらそう言うと、カウンターに近いテーブルの席に着いた。流れ者の男は向かい側の席に着く。


 キースは言った。


「さて、と。せっかくだから、君の腕を見せてもらおうかな。その、腰のやつは伊達じゃないんだろ?」


 流れ者の男は何も言わなかった。腕を組み、俯き加減に下を向いている。


 マスターがやってきて、カップそば2つと、やかんをテーブルに置いた。やかんの口からはうっすらと白い湯気が立ち上っている。


 流れ者の男は、機械に動力が入ったかのように、何の前触れもなく動き出した。まずは左手のみで、カップそばのふたを半分開ける。中に入っているかやくは4ピース。粉末だし、乾燥ネギ、かき揚げらしき天ぷら、薬味。


 それらを取り上げると、天ぷらと薬味はふたの閉じている側に置き、だしの袋を人差し指と中指、ネギの袋を薬指と小指の間に挟む。


 それらの袋の口を右手で切り、中身をカップに投入する。その時にはすでに右手はやかんを持っていて、すぐにお湯を注げるように準備している。


 粉末だしの袋の底を親指で叩き、きっちり中身を出し切ると、お湯を注ぐ。きっちりと目安線まで入れると、天ぷらの袋をずらして、ふたを閉じた。


 その動作は特に素早いものではなく、むしろ慎重に、丁寧にやっている様子だった。ただ、流れるような淀みない一連の動作は、見る者をどこなく引き込むような風格があった。


 男はすでに、ふたつめの調理にかかっている。


 キースはそれをじっと見つめていたが、鼻をひとつ鳴らし、椅子の背にもたれ掛かった。


「なるほど。君の腕はわかったよ。それで? ジョーとはどういう関係なんだ?」


 ふたつ目のカップにお湯を注ぎながら、男は言った。


「大した関係ではない。荒野で一度会っただけだ」


「最近か? どこで?」


「東の方だ。小さい町から、さらに東。具体的な場所まではわからない」


 キースは腕組みをして天井を見上げた。


「東の小さい町? ……ああ、たぶんあそこか。あそこより東の荒野? なんでそんなところに……」


 そして、そのままの姿勢で黙りこくってしまう。


 そのうちに、ふたつめのカップの調理が終わり、流れ者の男はやかんをテーブルに置く。そして、言った。


「それで、あんたはあいつに何の用なんだ?」


 キースはその姿勢のまま、顔だけ男に向けた。


「うん? 言わなかったっけか?」


「言わなかった」


「そうか」


 キースは姿勢を戻すと、今度はテーブルに肘を付け、両手で鼻の辺りを覆った。


「……詳細は言えないが、私はフォックス社について調べていてね。会って話をすれば、なにがしか得るものがあると考えている。まあ、そんなとこだ」


「居所については見当が付いているのか?」


 男からそう問われると、キースは思案気に、カップからわずかに漏れ立ち上る湯気を見つめた。



 しばらくそうした後、口を開こうとしたとき。


 表のスイングドアが勢いよく開いた。


 ドアが店の壁に激しくぶつかる音と共に、二人組が店内に入ってくる。入り口から差し込む日差しのせいで、二人の様子はよく見えない。


 二人は店内をぐるりと見渡す。やがて、キースと流れ者の座るテーブルに目を付けた。


 二人の内のひとり、長身の方が流れ者に向かって指を指す。


「おい! そこのお前! さっきはよくも仕事の邪魔をしてくれたな」


 流れ者の男は目線を上げ、そいつの方を見た。


 じっと見つめて、それから言った。


「誰だ?」


「誰だ、じゃねえ! 忘れたとは言わせんぞ!」


 そのとき、キースが振り向いて割って入った。


「まあまあ。そう怒鳴るな、やかましい。いいから、もうちょい右に寄れ、右」


 二人は右に一歩ずれた。


「ああ、すまん。左だ左。左に二歩。……そうそう」


 二人がずれたことによって光の当たり加減が変わり、ようやく姿が見えるようになる。


 長身の方は、黒のキャトルマンに赤いシャツの派手な格好をした男。もう一人はのっぽの頭ふたつくらい背が低いが、似たような格好をしている。ただ、着ているものが全体に少しぶかぶかのようである。


 姿が見えても、流れ者の男は誰だかわからなかったようだが、両腰に帯びた銀色の水筒に目が行ったとき、ああ、と声をあげた。


「あの水たまりのところで会った奴か。なんだ、二度と面を見せるなと言ったはずだが」


「あんな卑劣な騙し討ちみたいなのは認められんなあ。男なら正々堂々と勝負しろ!」


「そうだ! あんなの認められるか!」


 のっぽに続いて、後ろの奴も何か言っている。


 そこで再び、キースが割って入る。彼は帽子の星を指で弾きながら言った。


「まあまあ。お前ら、これが見えるか? これ以上迷惑行為を続けるなら、私としても黙っているわけにいかなくなるんだがな」


 のっぽはキースを鼻で笑った。


「田舎の保安官(シェリフ)は黙ってるんだな。こちとら畏れ多くも連邦保安官(マーシャル)様の代理なんだ!」


 キースはあきれ顔で言う。


「マーシャルの肩書きなんざ、この町じゃゴミだぞ。その代理とくればゴミ以下じゃないか。お前らアホか?」


「なんだと!」


「まあ、待て」


 男はそう言うと、席から立ち上がった。


「お前、勝負といったな。どうするつもりだ?」


 のっぽはキースに食ってかかろうとしていたのをやめると、やや気取ったような調子で服装を整え、それから、なにやら男に向かって投げて寄越した。男はそれを空中で掴む。


 それはカップ焼きそばだった。サンライズ社の旧式モデル。スリーピースの3分。


 それを見た男は妙な笑みを浮かべた。


「ほう。わざわざ古いモデルで勝負か」


 のっぽは言った。


「確かにあんたのドローはまあまあ速い。だが、焼きそばはどうかな? ドローの腕だけでは焼きそばは作れまい」


 それから、不敵な笑みを浮かべる。


 男は息をひとつ吐くと、片手にカップ焼きそばを持ったまま、空いた方の手でテーブルのカップそばを持ち上げた。


 そして、店の隅で成り行きを見守っていた、二人組の客の方へと歩いて行く。傍観者だったはずが、いきなり関係者になりそうになり、二人はおろおろし始める。


 男は二人の席の前まで来ると、言った。


「残念だが、このそばは食えなくなった。良ければ差し上げたいのだが」


「えっ? あっ、はい、どうも」


 その答えを聞くと、男はカップそばをテーブルに置く。そして言った。


「あと1分20秒で完成だ」


 慌ててキースも立ち上がり、そばを持ってやって来た。


「あー、オレのも食ってくれ。ちょうど二人だしちょうどいいだろ」


 そして、答えを待たずにそばを置く。


 振り返ると、すでに三人は外に出ていた。ついでに店のマスターまでいない。キースも後に続く。


 店の中には二人の男と、ふたつのカップそばだけが残された。

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