第20話 毒リンゴの呪いの解呪法 ①

 ゴールデンウィークも終わり、久しぶりの学校ということに気だるさを感じながら、下駄箱で靴を履き替える。

 そのまま通い慣れてきた教室までの道のりを急いだ。階段を上り、廊下を曲がったところで足を止めた。

 一年C組の教室の前に人だかりができていて、騒然としていたからだった。


「ウソ……だろ?」


 渡瀬が言ったことが現実になり、俺の希望は彼方へと霧散した。思わず廊下の陰に身を隠すと、突然、ガっと肩を掴まれた。思わず大きな声を出しそうになるのをこらえて、おそるおそる肩を掴んだ主を見ると、そこには吉野がいた。吉野は口元で人差し指を立て、静かにしろと伝えてくるので頷くと、腕を掴まれて、階段を上がり、近くの空き教室に押し込まれた。

 その強引さに苛立ちを覚えながら、顔を上げると、教室内には見慣れた顔が並んでいた。その人たちが、突然わっと集まって口々に話しかけてきた。


「白崎! 高校に来て早々にやってくれたな!」

「お前、去年の中学の文化祭でも問題起こしたのに、懲りてねえな」

「北高に入学したんだったら、声掛けに来いよな、お前」


 そうやって頭をもみくちゃにされる。そこにいたのは中学時代にお世話になった先輩たちだった。

 ひと学年上のサッカー部のキャプテンをしていた須波すなみ先輩、野球部の長浜ながはま先輩、陸上部の神辺かんなべ先輩をはじめ、お世話になったり、かわいがってもらった人が集まっていた。


「先輩方、どうしたんですか?」


 先輩たちは目配せをして須波先輩が咳払いをする。どうやら、代表して説明してくれるようだった。


「白崎さ、自分の教室の前はもう見たか?」

「ええ、なんかたくさん人がいてすごいことになってました」

「そうだろうな。あのアンケートは毎年恒例で、あそこで注目度が高い人イコール学校で注目度が高い人って扱いになるんだ。で、今年、一番注目を集めたのはお前らだったってわけ」

「そうみたいですね」

「それでな、あれは冗談はあまり通じないタイプのイベントでな――」

「そこに俺みたいなふざけた格好をした後輩が出てきたと」

「そうだよ。それで心配になって、かくまってやろうと思ってな。今、もう一人の方も中田が確保しに行ってるから」


 その話を聞いて、自分達が作り出した波紋の大きさを今さらながらに実感する。きっとクラスの中でも今まさにこの話題で持ちきりなのだろう。

 そして、この反響を上手く利用できれば、シイナが王子の仮面を外し、ありのままのシイナでいられる環境を作りたいという俺のわがままに過ぎないかもしれない願いを叶えることの足掛かりになるのではと思った。


「それで先輩」

「なんだ?」

「あの記事読んで、どう思いました?」


 須波先輩の急に何を聞いてくるんだという視線を受けながら、それを真っ直ぐに見つめ返す。そして、根負けしたのか困ったように頭をきながら答えてくれた。


「別に俺はどうも思わないよ。ただ白崎が男だと知ってても、悔しいけどちょっとかわいいと思った」


 他の先輩に目をやり、同じように答えてほしいと促すと、渋々口にし始める。


「男だと知らなかったら、勘違いしちゃうかもな。守ってあげたくなる女子感すごかったし」

「俺はぶっちゃけると、けっこう好みの女の子なんだよな。女じゃないのが、心底残念だけど」


 それ以外にも肯定的な意見が返ってくる。それはきっと好みの差はあれど、だいたいの人が似たような感想や印象を抱いているのだろう。そうでなければ、教室前の光景の説明がつかない。

 そして、そのことは自信につながる。あとは踏み出す勇気と覚悟だけだ。


「それで、白崎。お前はそれを聞いてどうしたかったんだ?」


 須波先輩の質問に答えようとしたとき、教室の扉が雑に開かれる。そのことにその場にいた全員が驚き、扉の方に目を向けると、シイナが連行されてきたところだった。

 佑二が制服のブレザーをシイナの頭にかけ、顔を隠しながらさながら逮捕した容疑者を連れてきて、緊急車両、もとい教室に押し込んだというのがピッタリな文字通りの連行で。


「ねえ、そろそろ説明してもらってもいいかな? 中田君」


 シイナはそう言うとブレザーをぎ取り、すっと背筋を伸ばす。


「あれ? シロ君? どうして?」

「佑二、お前、どこからシイナを拉致ってきた?」

「拉致って言い方はひどくないか? まあ、軽く暴れる椎名さんを校門で拘束して、今は黙って付いてきてくれって強引に連れてきたけどさ」

「じゃあ、シイナはまだ状況が分かってないんだな」


 俺が代わりに今、学校内で起こっていることを説明すると、シイナは顔色が変わる。


「そんなことになってたんだね。それで顔を隠して……じゃあ、中田君には逆に感謝しないといけないのかもね、ありがとう」


 その相変わらずの理解力と順応力の高さにはため息が出そうになる。そんなシイナを見た、先輩たちも驚いたような表情を浮かべ、


「この容姿でその柔軟さを持ってれば、『王子』って持ち上げらるのも分かるし、そこらの男子ではかなわないのは納得だわ」

「実際に見ると、写真よりかっこいいというよりきれいという感じだな。これで女子か……白崎は身長含め、泣いて悔しがりそうなものばかり持ってる感じだな」


 と、思い思いに感想を口にする。そして、さりげなく比較されておとしめられたのは聞かなかったことにしよう。ここで反応しては器まで小さいと自ら証明してしまうようなものだ。


「それで、シロ君、中田君。この先輩たちは?」

「ああ、シイナさんには当たり前だけど初めましてだよね。ここにいるのは俺とシロの中学からの先輩だよ」

「そうだったんですか。改めまして、椎名央子と言います。この度はお世話になったと言うか迷惑をかけたと言いますか。ありがとうございます」

「そんなかしこまらなくていいって。白崎の友達なら、俺らにとってもただの後輩ってだけじゃないからな」


 そう長浜先輩は笑いながら口にする。シイナも緊張が和らいだのか、少しだけふっと笑みがこぼれる。そうやって、少しずつ笑えるようになればいいのにと俺は願っているが、シイナがそれを望んでいるのか分からない。本当のところはまだ何も分からないのだ。

 そして、予鈴が鳴ったタイミングでC組から流れてくる人の流れと合わないように校舎をぐるりと回り、教室に向かった。

 しかし、いつまでも逃げ続けるのは不可能で、これからの身の振り方を考えるところにまで来ているのだろう。

 そのためにはシイナの気持ちを聞くところから始めなければいけない。シイナの気持ちをおざなりにしては意味がないのだから。


 こうして、『C組の白雪姫と王子』は『北高の白雪姫と王子』にランクアップを遂げることになった。次はどうなるかはまだ分からないところが多いが、そのなかで自分たちで選び取れる未来への扉の鍵はこの段階で揃いつつあった――。

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