第2話 はじまりは定番の「空から女の子(?)」が ①
まだ自分に馴染んでいない制服の着心地の悪さを感じながら、
教室に入る前に扉の脇の壁に貼られていた座席表を見ていたので、自分の席の場所は分かっている。出席番号順に割り振られていて、廊下側から二列目の一番後ろの自分の席に向かう。
半分くらいの生徒がもう来ていて、同じように真新しい制服に身を包み、談笑している姿や一人静かに席に座っていたりと、新しくクラスメイトになる面々をさっと見渡した。地元の公立校だけあって、見覚えのある気がする人も何人かいた。
自分の机に通学用にと新調したリュックをどさっと無造作に置き、ひと息ついていると、
「よう、シロ!」
いつものように無遠慮に肩を組み、体重を掛けながら
「佑二か。また、お前と同じクラスかよ。てか、重いんだけど」
「そんなわざとらしく嫌そうな表情すんなよ。あと重いは余計だ。シロを基準にしたら軽いやつ探す方が難しいだろ?」
「うるせえ。まあ、高校でもよろしくな」
そう言いながら、佑二の腹を数発小突く。佑二も「
「で、シロもさ、高校でもサッカー続けるよな?」
「無茶言うなよ。中学レベルでもフィジカル面で苦しんだのに、高校レベルではきついって」
「そう言わずにさ、一緒にサッカー部入ろうぜ?」
「だーかーらー」
そんな風にサッカー部に入る入らないというやり取りをしていると、
「サッカー? あっ! なあ、お前さっ!」
と、突然後ろを歩いていた新しくクラスメイトになるだろう男子に声を掛けられ、佑二と肩を組んだままの状態で振り返ると、背がやたらと高いやつがそこにいた。
佑二が「俺?」と言いながら自分を指差す。それを「違う違う」と否定するので、「じゃあ、こっち?」と俺の方に指差す向きを変えると、「そうそう」と目の前の大男は頷いて見せる。
「で、俺に何か用?」
佑二の手を振りほどいて、真っ直ぐに声を掛けてきた大男を正面から見上げる。まじまじと見ると本当にでかいやつだ。そして、どこか見覚えのある気がしないこともないが思い出せない。
「お前さ、
「ああん? 初対面で喧嘩売ってんのか?」
「喧嘩売りたい気もあるけど、そうじゃない。ただの確認」
そう言いながら俺のことを腰を曲げてまじまじと見てくる。こいつは中学時代のサッカー部だった俺のことを知っているのだろう。そうでなければ、俺の付けていた背番号で呼んでくるはずもない。そして、『ドチビ』と身長を揶揄されて先に臨戦態勢になったのは俺の方だが、それはこの大男の言葉に悪意を感じ取ったからだった。
この状況で佑二は隣で必死に笑いをこらえているのが、少し腹立たしい。そんな佑二に気付いたのか大男は今度は佑二の顔を真っ直ぐに見据える。
「ああ、お前もなんか見覚えあると思ったら、北中のキャプテンだろ?」
「俺のことも知ってるんだ。ということは、サッカー部だった? どこ
「
そこまで聞いて、やっとピンときた。この大男とは中学校最後の夏の地区大会で試合をして、そのなかで何度かマッチアップした相手だ。そして、同点で迎えた終了間際に目の前のこいつがゴール前に抜け出した俺を止めるためにユニフォームを
「チビって言いすぎだ。それにあれはお前がバテバテで足が動かないからって手を使ったのが悪い」
「まあ、実際そうなんだよなあ。負けた側は今さら何言っても言い訳にしかなんないからなあ」
その殊勝な言葉とは裏腹に視線をぶつけ合っていたところに、佑二がすっと話に入ってきた。
「引きずってた、って言ってた割には意外と切り替えできてんじゃん」
「そうなんだけどさ、でも、そこの小さいのを見たらさ、ファールで笛吹かれたあの瞬間を思い出してな」
「そっか。まあ、こっちからすればスタミナやスプリントでシロが負けると思ってないから、終盤でのやらかし待ちは作戦の一つではあったわけだけどな」
「はあ? まじで? 試合中ずっと走り回されてたのはたまたまじゃなかったのかよ。けっこう雑なロングパス多かった記憶あるんだけど。そんなのでもそこのチビが飛び出すからカバーで付き合わされてきつかったんだよな」
大男はきっと試合中の疲労を思い出したのか大きくため息をついている。それを見て、いい気味だと少しだけ気分はよくなる。
「まあ、俺らが三年のときのチームはロングパスが上手いの佑二くらいしかいなかったからな。最後もこいつのグラウンダーのスルーパスからだし。だからさ、大きく前に蹴るときは俺のいる左サイドか、ディフェンスの裏にってのが決めごとだったわけよ」
「それって、お前だけ走り回されてきつくないか? まあ、それに付き合わされたこっちもやばかったけどさ」
「まあ、俺は人より“ほんの少し”だけ小さいからな。走ることくらいでしかチームに貢献できないし、それにお前みたいなでかいやつがカバーに来て、ラフに当たってきたらファール貰えるしな」
「たしかに、その通りだったけどな」
そう言い大男は一つ頷くと、笑い出した。その顔を見ていると言動の端々に腹立たしいところもあったが、悪いやつではないのかもしれないと思った。つられるように一緒になって俺も佑二も笑っていると、「
「ああ、よろしく。俺は
佑二もついでに紹介すると、隣で軽く手を挙げながら「よろしくー」と笑顔を向けていた。そのまま佑二は気楽なトーンで、
「それにしても吉野は背が高いけどさ、身長何センチあるの?」
と、興味本位で尋ねる。それは俺も気になっていたが、自分から身長のことを切り出して墓穴を掘りたくなかったので、内心ではよく聞いたと何度も頷く。
「最後に測ったのは秋くらいだけど、そのときは182だったかな」
「でかっ!」
思わず口をついて本音が漏れてしまった。それを聞きもらさなかった吉野はニヤニヤとこちらを見下ろしてくる。
「それで、白崎はかなり低く見えるけど、身長は?」
「いちいち嫌な言い回しすんなよな。俺は160だ」
「見た目の印象寄りは大きいんだな」
「ああ、吉野。それ嘘だから。シロは155だよ」
「それなら納得だわ」
「155じゃねえ! 俺は156だ! 勝手に俺の背を縮めるんじゃねえ」
「でもさ、白崎。そんなん誤差の範囲じゃん」
「うるせえ。巨人からすれば、誤差の範囲かもしれないけどな、俺からすれば重要なんだ」
吉野と佑二が同じタイミングで噴き出し、ゲラゲラと笑い始め、俺だけがむすっと表情を歪める。そこにタイミング悪く、
「ああ、ユキちゃん! 高校でも同じクラスなんだ。それにしても高校生になっても、相変わらずかわいいね。またこれからもよろしくー」
と、同じ中学で三年生のときのクラスメイトだった
「お前、女子からはユキちゃんって呼ばれてんのかよ?」
「ああ、それはな――」
佑二が俺が『ユキちゃん』と呼ばれる理由を話そうとしているのを察して、先回りして、
「佑二、余計なことは言うなよ?」
と、釘を刺すも、
「どうせ遅かれ早かれ知られるだろ?」
「それでもだよ。今話すならサッカー部には絶対に入らないからな」
「それは脅しになってなくないか? そもそも入る気ないって言ったのシロじゃん」
「あっ……じゃあ、テスト前とかで勉強教えないでどうよ?」
「分かったよ。分かったから、それは勘弁してくれ」
佑二が笑いながら顔の前で手を合わせる。吉野は「結局なんなんだよ?」と文句を言っているが、今はこれでいい。
「てかさ、白崎は高校でサッカーやんないのかよ? お前らとだったら高校でもサッカー続けるのも面白いかもと思ったのに」
「まあ、シロはこんなんだけどさ、俺はサッカー部に入るつもりなんだ。よかったら一緒に入ろうぜ」
「じゃあ、俺もサッカー部入ろっかな」
それからしばらく話していると、担任であろう先生が入ってきた。そして、すぐにチャイムが鳴り、自分の席に着くように促された。
俺は去年の秋以来、不本意ながら定着してしまった立ち位置を、高校入学を機にリセットして、小柄でもかっこいいやつと思われたいのに、佑二や渡瀬のせいで出鼻をくじかれた気分だった。
教壇で先生が今日の予定について話し始めたので視線を前に向けると困ったことに気付いた。
前に座ってるクラスメイトが大きくて、そのせいで黒板はおろか前が見えにくいのだ。吉野と同じくらいの背がありそうで、しっかりとした肩幅や体の厚みが見て取れるので、何かスポーツをやっているのかもしれない。
どうして、こうも俺の周囲には、俺の一番欲しい身長を持っているやつが次から次にと現れるのだろうか。
しかし、だから何だと言うのか。まだ高校生活初日で、全てがこれから始まるのだ。
まだこのクラスでの立ち位置すら定まってもいないし、これから劇的に身長が伸びることもあるかもしれない。
俺のことをかっこいいと思って告白してくるような人に巡り合えるかもしれない。そんな人が現れたら恋をしてみるのもいいかもしれない。
とにかく、絶対に後悔のないように、高校生活を全力で
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