025 助けたスライムに連れられて
赤いスライムに連れられて、マキトたちは森の奥へと進んでいく。
マキトは勿論のこと、アリシアでさえ殆ど足を踏み入れることのない場所に差し掛かっており、互いに緊張が浮かびつつあった。
やがて一行は、森が小さく開けた場所に辿り着く。
その中央には大きな古ぼけた切り株が存在していたのだった。
「ここって……」
アリシアは軽く目を見開いた。それに対して、隣にいるマキトが振り向く。
「なんかある場所なの?」
「うん。この先に進むと、いつの間にか元の場所に戻ってしまうのよ」
神妙な表情で話すアリシアに、マキトは首を傾げる。
「……グルグル回って元に戻っちまうとか?」
「私も最初はそう思ったんだけどね」
どれだけ注意してまっすぐ進んでも、どれだけ目印をつけても、いつの間にか元の切り株の場所に戻ってしまう。それはアリシアだけでなく、この森に暮らす人々ならば誰でも知っている、不思議な場所なのであった。
切り株の場所から森の中へ入っていくとそれが始まるのだ。
うっそうとした木々は完全に屋根と化しており、空の様子も分からず、完全に薄暗くなっている。気がついたら周囲は先の見えない森と化しており、来た道すらも消えてしまったような感覚に陥る。
どんなに注意深く歩いても何故かそうなってしまう。
立ち止まれば不安が襲い掛かるから、足を止められずに歩き続ける。
そしてようやく森が開けたと思ったら、最初の大きな切り株のある開けた場所に出てくるのだった。
迷いの森――いつしかそう呼ばれるようになり、今でもその名は健在である。
「ここら辺は特に木が生い茂っていて、空なんかまともに見えないでしょ? だから方向が掴みにくいのも確かだったりするのよ」
アリシアが語りながら肩をすくめる。
「もはや謎過ぎてお手上げ状態。今じゃ誰も解明しようともしていなくて、森の不思議な名所の一つと化しているくらいなのよねぇ」
「それがこの場所か……」
マキトが周囲を見渡しながら呟く。そしてあることに気づいた。
「でも、何で赤いスライムは、俺たちをここに連れてきたんだ?」
「隠れ里がこの先にあるからなのです」
「あ、そーゆーことか」
ラティの言葉にマキトはすぐさま納得する。しかしそこに、慌てて待ったをかける声が出てきた。
「ちょ、ちょっと待って! この迷いの森の先にそれがあるっていうの?」
「そうですよ。何せわたしもそこから来たのですから」
サラリと答えるラティ。その反応にアリシアは、ますます戸惑いを募らせる。
「ラティが……この向こうから来た?」
「そうなのです」
やはりラティは、なんてことなさげに頷く。
「普段はヒトが入ってこれないように結界が張られているのです。でもわたしたちみたいな妖精や魔物さんは、すり抜けられるのですよ」
「……そうだったのね」
ラティの説明で、アリシアもようやく合点がいった。しかしここで、新たな疑問が浮かんでくる。
「でも、私たちがこのまま隠れ里へ行くことってできるの? 私たちだけが結界に阻まれたりするんじゃないかしら?」
「大丈夫だと思うのです」
しかしラティはアッサリと答える。
「わたしみたいな妖精や、それに準ずる魔物さんと一緒であれば、マスターたちでも問題なく通り抜けられる仕組みらしいのです」
「へぇー。そりゃまた不思議なもんだな」
マキトが感心したように驚く。
「魔物使いなら楽勝で行けるかと思ったけど、そうでもないってことか」
「あぁ、そういうことになるわね。一緒にいるのが普通の魔物ちゃんの場合は、結界に阻まれて通れないってことになるワケでしょ?」
「なのですっ!」
驚きながら言うアリシアに、ラティは胸を張って頷いた。
「まぁ、わたしもあくまで、そう教えられただけなのですけどね。だから理屈は殆ど分かってないのです」
てへへ、と照れ笑いをするラティ。とにかくこのまま一緒に進めば問題ないということだけは分かり、アリシアもふぅと息を吐く。
「話は大体理解できたわ。他の人が来ないうちに早く行きましょう」
「ですね。それではスラちゃん、道案内ヨロシクなのです」
「ピキーッ!」
そして再び、マキトたちは赤いスライムに連れられる形で、切り株のある開けた場所から森の奥へと進みだす。
結界があるせいか、それとも気持ちの問題なのか。
マキトとアリシアには、周囲の音がさっきとまるで違うような気がしていた。
「……そう言えば思ったんだけど」
しばらく進んだところでマキトが気づいた。
「ラティも、その隠れ里からやってきたってことになるんだよな?」
「えぇ、そうですよ」
「だったら別にラティが先頭でもよくない? 場所知ってるってことなんだし」
「言われてみれば確かにそうね」
マキトの指摘に、アリシアも軽く驚きながら頷く。わざわざ赤いスライムに連れられる形を取らずとも、率先して自分から『こっちなのですー』とか言って飛び出すこともできたはずなのだ。
しかしラティはそれをしようともしていない。あくまで、赤いスライムの案内に頼ろうとしている。
それはどうしてなのかと、軽い疑問を浮かべたに過ぎなかったのだが――
「え、やーその、これには色々と深い事情が……」
視線を逸らしながらしどろもどろとなるラティに、アリシアは半目となる。
「まさか……森の中を飛んでるうちに、帰り道が分からなくなったとか?」
――ピクゥッ!
ラティが大きく反応する。それだけでもう、答えは分かったようなものだった。
「はぁ……まぁ、とにかく行きましょう」
「そだな」
ため息をつくアリシアに続いて、何事もなかったかのようにマキトも歩き出す。ラティが少しだけ居心地悪そうにしていたが、すぐに復活した。
その際に赤いスライムがひっそりと呆れた表情を浮かべていたのだが、それに気づいた者はいなかった。
赤いスライムは迷うことなく進んでいく。
もはや前後左右全てにおいて、先が見えない状態だった。
アリシアからすれば、以前に体験したのと全く同じ状況であった。
いつもはそろそろ森が開け、先ほどの切り株のある場所に出てきてしまう――そう思っていた時だった。
「あ、見えてきたのですー♪」
ラティがご機嫌よろしく指を指しながら声を上げる。その奥もまた、森が開けた場所であった。
ただし切り株はなく、見たこともない小さなつり橋が存在していた。
そして、赤いスライムがポヨポヨと勢いよく弾んでいき、つり橋の前で止まる。
「ピィーッ! ピピピィーッ!!」
いつもよりも大きな鳴き声を出す。それに反応して、つり橋の先にある木の枝などに隠れていた他のスライムたちが姿を見せる。
どうやら仲間に呼びかけていたようだ。
そして赤いスライムは、更に鳴き声で何かを伝えていく。
マキトとアリシアがポカンとした表情でそれを後ろから見ていると、ラティが小声で囁いてきた。
「今、スラちゃんがマスターたちのことを説明してくれてるのです」
「そっか。入れてくれるかな?」
少しだけ心配する様子を見せるマキトに、ラティが笑顔で胸を張った。
「大丈夫だと思うのですよ。マスターならきっと!」
「その自信はどこから来るのかしらね?」
アリシアが苦笑しながら言うも、ラティには聞こえていないようであった。
やがてスライムたちが会話を終えたらしく、赤いスライムが振り向きながら勢いよく飛び跳ねてくる。
「ピィピィ、ピィーッ♪」
「あ、どうやら隠れ里に入れてくれるみたいなのです」
「そっか」
「門前払いにならなくて良かったわね」
それぞれが安堵しつつ、マキトたちは歩き出す。そして再び赤いスライムに連れられる形で、つり橋に足を踏み入れた。
つり橋が初めてなマキトは、その揺れに思わずビックリしてしまう。
「うわ、結構揺れるな」
「気をつけて渡ったほうが良さそうね。かなり古い橋みたいだし」
「あぁ」
「ポヨッ」
アリシアの言葉にマキトとスライムが返事をしつつ、一行は慎重につり橋を渡っていくのだった。
そんな彼らの様子を、ずっと観察していた者がいたことに気づくこともなく。
◇ ◇ ◇
「――戻ったぞ、ブルース」
「よぉ。どうだった、エルトン?」
音も立てずに木の上から降りてきたエルトンに、ブルースは全く驚かない。それはドナも同じくであった。
しかし――
「……いきなり現れるなよ。ビックリするじゃねぇか」
新たに加わった魔物使いのダリルが、心臓部に手を当てながら息を吐く。それを見たドナが、にししと意地悪そうに笑い出した。
「慣れたほうがいいよー。それがシーフである彼の真骨頂なんだから♪」
「マジか……」
再び大きな息を吐くダリル。それを横目で見ていたブルースは、戻って来た彼に視線を戻した。
「それで?」
「あぁ、例のウワサは本当だということが分かった」
迷いの森の奥には、魔物だけが暮らす隠れ里が存在する――冒険者の間では有名な噂話であった。
まさかそれが真実だったとはと、言葉を聞いた一同が驚きを示す。
特にブルースは、どこか悔しそうに顔をしかめていた。
「マジかよ。長いこと森を拠点にしてるけど、知らなかったな」
「無理もない話さ」
エルトンが小さな笑みを零す。
「隠れ里へ行くには妖精……もしくはそれに準ずる魔物が必要らしいからな」
「つまり『精霊』に属する魔物ってことね」
エルトンの説明にドナが割り込む。
「アリシアたちは妖精ちゃんが一緒にいたから、一緒に入れたってことでしょ?」
「――あぁ、そのとおりだ。俺も気配を消して傍にいたから、その場所を特定することができたワケだ」
「俺たちが改めてそこへ行くには……」
そう言いながらブルースは、ダリルを見る。
否、正確には――
「ダリルが連れてきた『ソイツ』が、役に立つってことになるわなァ」
ニヤリと笑いながら一行が視線を向けたのは、ダリルの足元にある小さな檻。その中には小さな白い生き物が捕えられ、気を失っていた。
ドナが四つん這いで檻に近寄り、生き物の様子をマジマジと見る。
「フェアリーシップとか言ったかしら? 妖精とかと同じ『精霊』に属する魔物なんだって?」
「あぁ。とある伝手を辿って手に入れた珍しいヤツだ」
ダリルがニヤリと笑いながら答え、そしてブルースに視線を向ける。
「で、どうする?」
「決まってんだろうが。今からその隠れ里とやらに行くぞ!」
促されたブルースは勢いよく立ち上がった。
「そこにはきっと、色々と面白そうなもんがある。俺たちが第一発見者となって報告すれば、ギルドでの株も上がるだろう」
ブルースの言葉に、エルトンとドナ、そしてダリルが、ニヤッと笑う。
面白くなってきたじゃないか、望むところだ――そんな無言の肯定を示していることは明らかであり、ブルースも嬉しそうに頷いた。
そして改めて表情を引き締め、腹に力を込めて声を張り上げる。
「行くぞ! 目指すは魔物たちの隠れ里だ!」
『おおぉーっ!』
ブルースの掛け声に三人が威勢よく返事をする。フェアリーシップがわずかに反応を示したが、目を開けることはなかった。
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