011 モンスターテイム
「ポヨー……」
スライムは落ち込んでいた。どうして自分はテイムできないのに、いきなり現れた妖精はテイムに成功してしまうのか。
そんな哀愁的なオーラが、これでもかと言いたくなるほど湧き出ていた。
「そう落ち込むなって」
マキトが苦笑しつつ、スライムを優しく宥める。
「別にお前のことが嫌いになったワケじゃないんだからさ」
「……ポヨー?」
「ホントさ。俺はお前のことが大好きだよ」
「ポヨ」
ほんの少しだけ落ち着いたかのように見えたスライムだったが、ラティと視線が合ったことで、またしてもむくれた表情と化してしまう。
「ポヨー、ポヨヨ、ポヨポヨポヨー」
「あ、うん。なんでラティがテイムできたのかは、俺にも分からないけど」
「……ポヨッ!」
「あぁもう! だから拗ねるなってのに!」
顔を背けてしまったスライムに、マキトは思わず声を荒げる。その姿を見ていたラティが、不思議そうな表情を浮かべていた。
「マスターもスライムさんの言っていることが、分かるようになったのですか?」
「いや。分かんないけど、今のだけはなんとなく分かった」
正確には『気がした』程度であるが、それでも会話は通じており、間違ってはいないだろうと思った。
と、ここでマキトは一つ、ラティの言葉のある部分が引っかかる。
「……ラティ」
「なんですか、マスター?」
「その『マスター』ってのは一体何なんだ?」
「ふや? マスターはマスターなのです」
「いや、答えになってないし」
サラッと答えるラティに、マキトはますます意味が分からず首を傾げる。そこにアリシアが苦笑しながら口を開いた。
「結果的にマキトはラティのご主人様になったってことだから、それでマスターって呼び始めたんじゃない?」
「そうなのです! 流石はアリシアなのですっ♪」
「……だってさ」
割と冗談のつもりだったために、大正解をもらったアリシアは軽く驚いた。マキトに促したのも誤魔化す意味合いが強い。それに気づかないマキトは、戸惑いながら頬をポリポリと掻いていた。
「うーん……まぁ、別にいいっちゃあいいんだけどな」
実際、マキトの本音でもあった。どうしても嫌かと言われれば、別にそうでもないという程度だったが。
それでもラティからすれば、その言葉はとても嬉しい部類に入ったのだろう。
「だったら問題はありませんよねっ♪ マスターで決定なのですっ!」
ラティは満面の笑みで、マキトに詰め寄りながら言った。
「分かった。分かったから落ち着けっての」
その勢いに押されたマキトは、そのまま折れることとなった。
ちなみにラティがあまりにもマスターと呼ぶために、マキトも割とすぐに慣れてしまうのは、ほんの少しだけ先の話である。
(まぁ、何はともあれ――)
ラティやスライムとじゃれつくマキトを見ながら、アリシアは改めて思った。
(マキトは本当の意味で、魔物使いとしての第一歩を踏み出したのね)
思いもよらぬ形ではあるが、それ自体はめでたいことである。これで、マキトの未来が光り出したといっても過言ではない。
しかしアリシアは、どうにも分からないことがあった。
(でも……マキトの【色】の件が、やっぱり引っかかるわ……)
いくら魔物使いといえど、その【色】に該当しない魔物は、どう頑張ってもテイムはできない――前にとある魔物使いの冒険者が、そう豪語していたのを聞いたことがあった。
最初はできないことに対する言い訳かと思われたが、腕利きに該当する冒険者からも同じような証言を得られたため、恐らく本当なのだろうと思っていた。
冒険者にとって、【色】というのは絶対である。
それはアリシアも身をもって知っていることであり、魔物使いも決して例外でないことは明らかとされていた。
それが【色無し】ともなればどうなるか。
とどのつまり、マキトはどの【色】の魔物も、テイムできないのではと、そう感じずにはいられなかった。
(それでもスライムぐらいはと思ったけど……無理だったものね)
アリシアは心の奥底で、本当にひっそりながら思っていた。役に立たない肩書きだけを背負う――それがマキトの人生となってしまうのかもしれないと。
(けれど、マキトは成功させた。それもスライムじゃなくて妖精を――)
流石にこれは、予想外にも程がある。アリシアはできる限り、彼の前では落ち着く素振りを見せていたが、心の中では戸惑いに満ちていた。驚きが一周して、逆に落ち着いていると言える気さえするほどであった。
果たしてこれはどういうことなのか――アリシアは考えに没頭していく。
「マスター。もう一度、スライムさんのテイムを試したらどうですか?」
「あぁ、そうだな。もしかしたらできるかも」
「ポヨッ!」
アリシアが思考に耽る中、マキトは再びスライムのテイムを試していた。しかし結果は変わらずだった。
「……ダメか」
「ポヨー」
マキトとスライムが揃って項垂れる。分かり切っているつもりではあったが、やはりその場面を見ると、肩を落とさずにはいられない。
「他の魔物さん相手だと、どうなのでしょうか?」
ラティが悩ましい表情で問いかけると、マキトは軽く肩をすくめる。
「さぁな。まだ試したことないし」
「じゃあ試してみるのです!」
「……そうするか。やってみないことには分かんないしなぁ」
「ですです♪」
嬉しそうに頷くラティを一瞥し、マキトは窓の外を見る。
「もうすぐ夕方だし、今からってのは無理だな」
「じゃあ明日にするのです」
「だな」
「ポヨッ」
そしてラティとの話がまとまり、マキトはアリシアのほうを向いた。
「とゆーわけでアリシア。俺たち明日、ちょっと森に行ってくる」
「……えっ? あ、ごめん、何?」
今までずっと思考に耽っていたアリシアは、ようやく我に返った。マキトたちのやり取りなど耳に入っていないことは、言うまでもなかった。
◇ ◇ ◇
「マキトのテイムを試す、ねぇ……」
翌日、改めて森に出向きながら、アリシアは呟いた。
「確かに私も気になっていたし、確かめてみるのは大いに賛成だわ」
「ですよねっ♪」
ラティが嬉しそうに羽根を動かして飛び回る。ご機嫌よろしい状態なのは結構なことなのだが、如何せん妖精というより邪魔な虫を連想させるため、あまりしてほしくはないというのが、アリシアの率直な感想であった。
「でも、いくらマスターでも、魔物さんと接するのは簡単じゃないと思うのです」
するとラティがピタッと羽ばたくのを止め、宙に浮いた状態となる。それがどういう原理なのかは、ひとまずアリシアも置いておくことにした。
「魔物さんは基本的に、周囲の気配にはビンカンですから」
「そうね……近づいたら襲われるのが普通だもんね」
アリシアも頷きながら納得する。確かに敵意がない相手を襲うことはないが、少しでも敵意を感じれば、容赦なく襲い掛かる。
それが魔物という存在なのだ。
全ては自分が生き残るためという、一種の防衛反応に過ぎない。魔物も好き好んで襲っているかと言われれば、それは大きな間違いである。
「魔物さんがヒトを襲ったりするのも、ヒトからは常に、黒い何かを感じ取るからだそうなのです」
「……魔物がそう言ってたの?」
「はいです。何回かため息交じりに話しているのを聞いたのです」
「そう」
アリシアはなんとなく分かるような気がした。特に冒険者という存在が身近にいるだけあって、余計そう思えてならない。
冒険者というのは基本的に、魔物狩りをして生計を立てる職業だ。
魔物が金そのものに見えるといっても過言ではないだろう。
だからこそ魔物も、そんな人々の邪念を感じ取り、恐怖を覚えて襲ったり逃げ出したりしてしまうのかもしれない。そしてそれは魔物使いという存在も、決して例外ではないと思えていた。
「あくまで、私が聞いた話なんだけどね……」
アリシアが無意識に声を潜めながら切り出した。
「魔物使いの冒険者も、従えている魔物を単なる戦いの武器とか、そーゆー便利な道具としてしか見ていないみたいな……そんなケースも少なくないみたい」
「やっぱりそうなのですか」
「えぇ。まぁ、マキトの場合は少なからず違う……って、あれ?」
おもむろに周囲を見渡すと、マキトとスライムの姿がいないことに気づいた。ラティも全く気づいていなかったらしく、慌てて周囲を見渡している。
「マ、マスターッ! どこに行っちゃったのですかーっ!?」
あちこち飛び回りながら叫ぶも、姿も見えなければ声も聞こえない。どうやら本格的にはぐれたようだ――そう思われた瞬間だった。
「……んっ?」
ホーンラビット――額に大きな角を携えた兎の魔物が二匹、楽しそうにアリシアたちの傍を横切って行った。更に数匹のスライムも、同じ方向にぴょんぴょんと飛び跳ねていく。
鳴き声を上げていた。まるで『急げ急げ』と言わんばかりに。
アリシアとラティは無言で顔を見合わせる。そして互いに頷き合った。
きっとあの先に何かがある、と。
もしかしたら、姿を消したマキトとスライムに関係しているかもしれないと。
二人は魔物たちを追って、森の中を駆け出した。アリシアは走りながら、その先に何があったかを思い出していく。
(うーん……特に珍しいモノはなかったような……)
しいて言うなら、ずっと前に切り倒された大木跡――すなわち大きな切り株が、ポツンと存在しているくらいだろうか。
しかし魔物たちがわざわざそこを目指すとも思えない。
どのみち行ってみなければ判断がつかない――アリシアはそう思った。
「あっ、何か見えてきたのです!」
ラティが飛びながら叫んだ。アリシアも走りながら目を凝らす。
やがて森が開け――それは明らかとなった。
「ほーれ、モフモフー♪」
マキトが切り株に座り、ホーンラビットの背中を撫でている。ホーンラビットはのほほんとした表情で彼に身を預けており、とても気持ち良さそうであった。
それだけなら別に驚くことはない。
問題は別にあった。
「な、なんなのですか、あれは……?」
ラティは唖然としてその光景を見つめていた。アリシアも同じくであった。
スライムやホーンラビットなど、たくさんの魔物が、切り株に座るマキトに群がっていた。それもこぞって、嬉しそうにすり寄っている様子である。
マキトといつも一緒にいるスライムも、しっかりと彼の頭の上を陣取り、他のスライムたちと楽しそうに話している姿が見かけられた。
まさに平和な光景だ。マキトが魔物に埋もれているという状態を除いては。
(いや、ホントマジで、何これ?)
ちょっと目を離した隙に起こっていた出来事。一体何がどうしてこんな状態となってしまったのか――とりあえずそれが知りたいアリシアであった。
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