英雄となった魔法使い編

第116話 星降る夜

その日、夜空から一筋の光が森へ落ちた。

木々をなぎ倒し地面にクレーターを作ったのは赤子であった。

すぐにその近くに住んでいた村人たちの手によって拾われるが、村へと戻ると赤子はするりと腕を抜けて落ちていく。

地面に付く頃には、その姿は赤子のそれとは大きくかけ離れたものへと変わっていた。

少し長めの翡翠色をした髪。

身長は周りの村人よりも大きめだが、村一番の大男よりはずっと小さい。

少し幼さの残る顔だが、既に子供とは到底思えない姿であった。

男は自身が裸であることに気付くと指を少し動かして自身の周囲に風を起こし、風に巻き込まれるようにして出現した真っ白の布を纏っていく。

ただの布切れ一枚に思えたそれは、いつの間にか立派な服へと変わっていた。


「ここは何処だ?」


「ま…………ま、魔術師様だぁ」


口をあんぐりと空けて村人たちは驚いている。

その意味を理解せずに男は続ける。


「何か対価が必要ならば払おう。お金は一切持っていないが」


「そんな、魔術師様に何かを差し上げることはあっても何かをいただくことなど」


村人の話を聞いていると、村へと入ってくる何かに気付いた。

まだ見えてはいなかったが、すぐさま捕縛し引き寄せる。


「これはなんだ?」


「獣です。動物よりもずっと凶暴で、かといって魔物と違って村の男たちで何とかなる相手、そして何よりも、獣がいるおかげで野盗も滅多に現れない。いたら困るがいなくなられても困る相手ですよ」


「…………そう。それなら結界を張ろう。獣と、害意、悪意ある者は通ることの出来ない結界。そして、通ることの出来なかった者は結界の内側からの質問に真実のみしか答えることができなくなるというものだ」


「なんと‼ありがとうございます。ありがとうございます」


何度も頭を下げ感謝の意を述べる村人たちを他所に、自身の考えに不備がないかどうかを確認していく。

問題がないことを確認し終え、男は村を覆う結界をいとも容易く張って見せた。

張られた結界はすぐに不可視のものへと変わり、そこに在る事すら気付かせないよう隠される。


「これで結界を気にすることなく日常生活を送れるだろう。私はこれから森を出て街へ向かう。私にしてほしいことがあるのなら今の内だ」


「魔術師様にしてほしいことなどなにも。魔術師様は世界で最も自由な御方、ただ為されたいことを為すだけでいいのです。ただ一つ、どうか名前だけでも教えていただければ」


「そうか。それだけでいいのか」


男は呟き、村人たちを見回す。


「私はベル。魔法使いのベルだ」


命を懸けて誰かが何かを託したことだけは、この胸の想いが教えてくれる。

私は何を為せばいい。

何を為すために、この世界に生まれ落ちたのだ。


星空の下、男は翡翠の髪をなびかせる。

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