第108話 紅月骸覚醒
「成程、これが件の巨人ですか」
突如地面を突き破り現れた巨人。
少なく見積もって力も速度も自分以上の圧倒的強者。
そしてそれ以上の問題が一つ。
「…………人、なんでしょうか」
たとえ魔物に転じようと骸に人は攻撃できない。
ましてただ巨大なだけで人型で知性もあるとなれば攻撃されても攻撃など出来るはずがなかった。
悩んでいると拳が飛んでくる。
その早さと巨大さを前に避けることは出来ない。
後ろに飛びながら両腕を交差させ防御する。
ぶっ飛ばされるも大したダメージもなく地面に着地し滑っていく身体を止め、ぶっ飛ばされた勢いを完全に殺した。
既に攻撃は終わっている。
既に攻撃は防ぎきっている。
既に動けるにも拘らず骸は俯いたまま。
「そうなのですか?」
小さく呟き顔を上げた。
拳に触れた際に感じたもの、それはあの日全てを奪った男によく似ていた。
「貴方は、神の眷属なのですか?」
神程の圧はない、だが神に近しい存在なのは間違いない。
ただ弄ばれただけだが、神と正面から戦ったことのある骸だから気付くことが出来た他とはまるで違う圧。
「そうですか。それなら…………私も存分に戦えるというものです」
相手が人でないというのなら、まして神ないしそれに近しい存在であるというのなら握る拳にも力が入る。
迫る巨大な拳に、骸は正面から拳をぶつけた。
力だけの押し合いだが、骸の身体が押し負け少し後方にズレる。
その瞬間に押し合いで勝てないことを理解し拳を引きながら防御の体勢へと移行し後方へと跳びダメージを最小限に抑える。
それでも一度正面からぶつかった後の動きでは限界があり多少の負傷を許すこととなった。
大きく息を吐き意識を切り替える。
試すことはせず、堅実に、それでいて挑戦的に戦う。
格上相手に冒険もせずに勝てるとは到底思えない。
だからこそ攻める。
死地を駆け抜け、向かいくる拳に飛び込み、身体を回転させ勢いをつけ回避しながら拳に掌底をぶつけ無理やり軌道を逸らした。
「何とか攻撃は逸らせそうですね」
何とか、本当に何とかだ。
攻撃を逸らすことに注力すればできる程度、反撃は出来ない上いずれどこかで失敗するに決まっている。
攻めなければ勝ち目はない。
地面を殴り砂煙で視界を遮る。
その隙に近くの瓦礫を持ち上げ巨大な眼球を狙い両手で弾き飛ばした。
砂煙を飛び出した瓦礫はすぐさま砕かれたが、視線はそちらにむきより動きやすくなった砂煙の中から外の瓦礫を転々とし出来る限り視界に入らないように背後まで回り込むと瓦礫を弾き飛ばし巨人の身体を越えて砂煙の中に落とした。
再び砂煙に意識を向けさせると素早くビルの壁を駆け上り巨人の肩に飛び乗りその眼球を全力で殴った。
手応えはあった、しかし、眼球がつぶれど巨人は止まらない。
速度を上げた巨人の腕が空中の骸を地面に叩き落す。
辛うじて防ぐもクレーターを作る一撃を前に大きく意識を刈り取られる。
頭を振って意識を覚醒させて見た光景は絶望であった。
目の見えない巨人がその両腕を骸へ向けて放つその瞬間。
攻撃よりも先に気付いた、これは連撃だと、一撃逸らすのに苦労した彼の攻撃がこれから連続で放たれるとそう理解した。
だからといって、諦める骸ではない。
骸が狙う首は、この巨人とは比べ物にならない程に強く、ここで躓いている暇などないのだから。
私がここで倒れれば街はどうなる、人はどうなる。
署長がいる?ボスがいる?だから何だ。
私が、ここで倒す‼
気合を入れ直し、暴れる巨人の攻撃に備える。
速く強い連撃を一つ一つ丁寧に捌いていく。
後方に下がり少しでも攻撃が届くまでの時間を延ばしながらほんの少しだけ作り上げた時間で身体を逸らし、身体を回転させ、ギリギリの所で避け流れるように蹴りを入れ、掌底を叩きこみ、拳を捌く。
ギリギリもギリギリではあるが、それでも堅実に一つ一つを丁寧に捌いていく。
三十、四十と終わりの見えない連撃を捌き続け、息が上がってくるが一層気合を入れ、神経を研ぎ澄ませ、なおのこと攻撃を捌く動きにキレが出る。
だがしかし、それらは全てここで限界を超えるという覚悟の上で成り立った限界を超えた動きであり、それは決して長続きするものではなかった。
突如骸の左脚から力が抜けた。
ガクリと身体が落ちたとき、同時に集中力も途切れ巨人の拳を防ぐことが出来ずもろに食らい地面を抉りながら殴り飛ばされた。
何か壁にぶつかり止まるが、近付いてくる巨人の足音が聞こえる。
視界がぼやけ意識が朦朧とする。
身体を動かそうとして落ちた瓦礫の音で巨人が骸の居場所に気付きその位置に向かって再び叩き付けるような連撃を放った。
深く深くなっていくクレーターの中で巨人は何度も何度も何度も何度も骸を殴りつけ、弾かれるようにして後退りをした。
未だ意識のある骸には、何が起きたのかがわからない。
ただ、ぼやけた視界の先で、巨人の手から流れる赤い血が見えた。
攻撃していたはずの巨人が傷を負っている。
何が起きたのかがわからなかったが、自身の身体を包み込むようにして飛び出した巨大な骨を見て理解した。
「お爺様」
既に死した師匠ドレークの遺骨。
神の手によって消されそうになった遺骨を異能によって体内に保管していたが突如外に突き出し骸を護っていた。
「使えと、そう言うのですか?」
ぼやけた視界、朦朧とする意識、瓦礫に寄りかかるようにして立ち上がり、力の入らない足で地面を踏みしめる。
なんとなくだがわかっていた。
この祖父の遺骨には祖父の異能である異能無効化の力が残っている。
唯一の例外が愛弟子骸の異能であり、その骸の異能も遺骨以外には作用しなくなっていた。
考えたことが無いわけではない。
異能を無効化する強靭な遺骨は紛れもなく強力な武器になる。
しかし師匠の、恩人の遺骨を武器になど出来るはずがない。
だが、確かにドレークの遺骨は今骸を護るべく鎧となった。
「わかっています」
全てを救うことなどかなわないことだと。
それでも全てを救いたいのなら全てを利用しろとそう言うのでしょう?
「わかっています。お爺様、貴方を使います」
覚悟は決まった。
大恩人を武器とする覚悟。
そして、この先決して
「骸‼」
ぼやけた視界で判別は出来ないが、その声は確かにソルトの声だった。
焦りと安堵が混じった声。
心配していることがよくわかる声。
そして、この先の行動もよくわかる声。
きっとソルトは巨人と戦う。
そして勝つのだろう。
けれど今は違う。
「今は私の番だ。ソルト、悪いがこいつは私の敵だ。そこで見ていてくれ、私の戦いを」
慎重に、フラフラとしながら一歩足を出し構えをとる。
両腕から骨を突き出し外骨格のように纏う。
振り下ろされる拳を正面から受け止めた。
足がミシミシと音を立てる。
私自身の肉体に変化はないのだから押し合いでは何も変わらないか。
胴体や脚から骨を突き出し地面に突き刺し身体を固定する。
骸の肉体にかかる負担は確かに減った、しかしそもそもその衝撃に地面が耐えられない。
沈んでいく身体、複数の場所に穴を空けた結果地面が崩れた。
正面からの防御には使えない。
基本は攻撃用か。
足場が崩れるも骸は冷静に迫る拳を腕の骨で切り裂いた。
落ちる指、血を浴びながらに遺骨の性能を確認する。
「大丈夫。お爺様はとても強い」
痛みに叫ぶ巨人を前に大きく呼吸をして再び構えをとった。
一度で決める。
一度だけで問題はない。
力の入らない脚に力を籠める。
見据えるは胸。
折れても構わないと、全力で地を蹴った。
「竜爪・貫」
骸は飛んだ。
一直線に、頑強な皮膚も、阻む手も、分厚い胸も、全てを貫き血を浴びながら空に出た。
骨は体内へと呑み込まれ、全ての力を出し尽くした骸は力なく地面へと落ちていく。
駆けるソルトが飛び込むようにキャッチしすぐさま治療を開始した。
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