第52話 木と炎

木々の間を縫う様に飛行する。

速度は落とさない。

今も戦っている者達がいて、そんな者達の為に急ぎユリウスを止めなくてはならなかった。


流石に遠いな。

仕方ない。

頭を下げて傷付けよう。


身体を捻り回転させ、木々を貫き一直線に突き進んだ。

ほんの数十秒で目的の大樹へと辿り着く。

その大樹すらも抉るように貫いた。


喰らえ。


フレイは止まることなく視界に映ったユリウスへと殴り掛かる。

背後の壁を突き破っての完全な不意打ち。

だが、振り返ったユリウスは片手で軽々と受け止めた。

包み込むように拳を握り掴もうとする。

単純な力で勝てない以上捕まれば逃げられない。

炎を噴射し地面に着地すると、跳ね返るようにしてユリウスの顔に膝蹴りを叩きこんだ。

するとユリウスに触れている部分に枝が巻き付いてきた。

炎で断ち切り距離を取る。

驚愕と困惑。


「ほんとにそれ、お前が操ってんのか?」


枝が突き出たその身体は、もはやユリウスが木を操っているのではなく、木がユリウスを操っているのではと感じさせるものであった。


「まぁどっちだろうと、お前は止めるがな」


角度を変え、タイミングをずらし、背後へと回り込み、速さと駆け引きでフレイは攻める。

だがどの攻撃もその頑強な肉体を突破できない。


「燃えろ‼」


ただの打撃では足りず、燃やせど木は再び生えてくる。

今までの火力では足りない。

隙を作り攻撃を振らせ、ギリギリで避けると懐へと潜り込み、右手に纏わせた炎を爆発させるように顔へと放った。

一瞬の油断。

咄嗟に防いだもののユリウスの拳をもろに喰らう。

吹き飛ばされるように壁に激突するフレイは顔を上げ息を吐く。


「今のでも足りないか」


ユリウスの顔からは煙が上がっている。

だがそれだけだ。

既に炎は消え、大した傷も付けれてはいなかった。

圧されている。

だが、焦りはなく冷静だった。


大丈夫。

多少痛むが問題じゃない。

炎は……問題なし。

火力はまだ上げられる。

自分が為すべきことは理解している。

まだ俺は、死なない。


ユリウスはその大木の如き腕で薙ぎ払う。

腕の後を無数の枝が追いかけ、その攻撃範囲はさらに広がる。

重心を後ろへと下げ手に纏う炎の火力を上げる。


逃げるのか?

まさか。

まだ死なないなら、ギリギリを攻めるに決まってる。


フレイは地面から足を放すと倒れるようにして振り抜かれた腕を避け、炎を噴射し空中で身体を回転させながら枝を全て断ち切った。

全ては一瞬の内、フレイは振り切ったユリウスの大木のような腕に取り付くと攻撃後の隙に挟み込めるだけ火力を上げていく。

音を立て、ユリウスの腕が地面に落ちた。

静かに着地すると、腕を掴み距離を取り呼吸を一つ、笑みを浮かべる。


「くっつけられても困るからな。左腕はもらった」


手に持つユリウスの腕を焼き尽くした。

左腕は失った。

だが、ユリウスの表情は変わらない。

失くした左腕の代わりに木で腕を形作っていく。

指の先まで滑らかに操作できる生物の手と遜色ない義手。


だがそいつはただの木だ。

奴の一番厄介な部分はその頑強さ。

わざわざ大きな隙に攻撃しなきゃ一向に効かないその丈夫さだ。

木で作られた腕なんざ焼けば関係ない。


突然目の前に拳が迫った。

咄嗟に腕を間に挟むが勢いよく吹き飛ばされ壁を突き破り木々をなぎ倒し地面に転がる。

ふらつき咳き込みながら体を起こす。


木を操作して腕の間合いを伸ばした。

前と戦った時よりずっと強かったが、ここでさらに上がるか。


どう攻めるか思案していたフレイの背後、木の中からユリウスが追撃を繰り出す。

予想外の位置からの攻撃に反応が遅れる。

完全な不意打ちを腕で防ぐも身体を地面に叩きつけられる。

そこからすぐさま反撃へと転じ炎によって空中で姿勢を無理やりに変え顔面へ蹴りを叩きこんだ。

足を掴もうと伸ばす手を避けると、ユリウスを飛び越えるように背後へ回り込み背中に炎をぶつける。


どうせ効いてない。

だからもっとデカい一撃を。


振り返るもそこにフレイはいない。

辺りを見渡せど見つけられない。

炎を上げ突然背後に現れたフレイを右腕で薙ぎ払う。

それが最短であったから。

左腕を、木で作られた腕を使うよりも早かったから。

フレイの狙い通りとも知らずに。

地面ギリギリまで身を屈ませ薙ぎ払いを避ける。


咄嗟の攻撃は大振りで隙が出来る。

お前の腕は、かなり邪魔だ。


ユリウスの右腕にフレイは掴まり、太い腕を両手で挟み込むと炎を放った。

無理やりに熱で焼き切ると、ユリウスの顔を殴りつけ視線を外して再び離脱する。


準備完了。


雪の様にひらひらと葉が落ちる。

葉の一枚に火が着くと、引火するように他の葉にも次々と火が着いていく。

どこかでパチンと音が鳴る。

炎は繋がり壁の様にユリウスを取り囲む。

壁によって視界が悪い。

全方位を警戒し待ちの姿勢を取る。

炎を割るようにして現れたフレイを殴りつけ地面に叩きつけた、つもりだった。

実際に殴ったものはただの炎であり実体は無く、それどころか殴った腕に炎が燃え移る。

背後から気配を察知し燃えていない腕で殴り掛かる。

確かに今度はフレイがそこにいた。

身体を回転させながら飛び込んできた。

今まで以上の速度、だが、捉えきれる。

そう確信したとき、回転するフレイから放たれた炎が腕へと直撃し爆発を起こす。

殴るはずの腕は、突如止まった、止められた。

腹に伝わる重い衝撃。

足が地面から離れる。

ユリウスの巨体が今、空を飛んだ。

フレイ全力の噴射。

二人の全身が燃え上がり、速度は上がり続ける。

木も何もかも、無駄と言わんばかりに止まらず突き進む。

それはまるで隕石のようだった。

地面に足がつかない。

ユリウスがこれを止めるにはフレイをどうにかするしかなかった。

しかし両腕は木、炎の中で炎の化身に触れることなど出来ない。

ならばと近くの木を掴み止めようとするが、止まる筈もない。

なにせその木々すらも砕き突き進んでいるのだから。


「燃えろ、燃えろ、燃えろ、燃えろォォォオ‼」


飛び続け、燃やし続け、街に帰ってきていた。

街の上空、巨大な爆発。

皆が見上げる中、地面に落ちる二つの影。

全てを出し切り立ち上がることも出来ないフレイに対し、ユリウスはふらつきながらも立ち上がった。

燃え尽き既にない腕をフレイへと向ける。

辺りの木が、枝が、フレイへと向けて動き始めた、

そこに一人の男が歩み寄る。


「よく頑張った。良いとこもっていくようで悪いが、あとは任せろ」


剣を腰に、ソルがフレイの頭を撫でる。


「その……腕………」


失ったはずのソルの腕が、フレイの髪に触れていた。

治すことが出来ないはずの腕、だが確かに治っていた。

間に合わなかったのだ。

ソルがその選択をするよりも前にユリウスを仕留められなかった。


「命を棄てれば、治すくらいはできる」


本来であれば治癒が出来る。

だが、ユリウスに力をせき止められ、治せばそこで力を、命を使い果たすようにされていた。

腕がなくても生きられる。

腕がなくても戦える。

そう思っていたのだが、今、この国の危機を前に自分の命をまで守っている場合ではなくなっていた。


「お前のせいで早まったんじゃない。あれに負けた時点で俺は死ぬはずだったんだから、お前のおかげで少し長生きできたんだ。だからまぁ、気にすんな」


ソルが剣を抜き前へと出る。

互いにいつ倒れるかわからない状態。

だが、命を削りきられた者と、命を燃やし尽くした者とでは大きな差があった。


「お前には、炎が効くんだろ?」


ソルは剣に炎を纏わせる。

治癒は妖精が有する再生能力でしかなく、ソル本来の力は炎であった。

地を蹴り、向かい来る枝を次々と斬り落としながら距離を詰める。

そして……ユリウスの首を斬り落とした。

空中を舞う頭を、欠片すら残さず切り刻み燃やし尽くす。

エルフでも妖精でもないユリウスに再生でもされてはかなわないから。

胸に剣を突き刺し身体を押し切った。

炎を上げるユリウスを見つめ、剣を落としソルは笑った。


ああ、良かった。

何とかもってくれた。

別れの言葉くらい、先に言っとけばよかった。

最後に少しだけ失敗したな。


ソルは力なく地面に倒れ、そのまま息を引き取った。

それを地面に伏しながら見ていたフレイは、立つことも這って近づくことも出来ず、最後の瞬間を目に焼き付けると意識を途切れさせた。

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