8.祈り
「なんてことだ!ぶつかるぞ!」
我らが勝利号のブリッジに不吉な警報音が響く。
「キャプテン、回避しますか?減速は間に合いませんが回避ならまだ....」
「駄目だ、Gで船が分解する。畜生‼︎何か良い方法はないのか。」
キャプテンは額の汗を拭う。
彼女は幼い頃、弱いせいでバカにされながらも努力で困難を乗り越えてきた。自分より強い先輩や友達が次々と倒れていくなか、彼女は生き残った。
今度は自分が死ぬ番なのか?
いや、だめだ。今の彼女には守るべき仲間がいた。
キャプテンは冷静になって考える。
「いや待て、たかが商船の乗員のことだ。思い切ったことはしないだろ。加速して真っ直ぐ突っ込め。すぐに怖気付いて回避しようとするはずだ。今こそ、狩る側の威厳と俺たちの意志の強さと言うものを見せつけてやろう。」
「了解です。」
「船長、光による信号を出しましょう。」
「そうだな、頼む。」
レナは信号灯を操作する。これは電波による通信が使えないときによく用いられる交信の仕方で、ドートで使われていたものを発展させたものである。そのため、翻訳機を使わなくても、この辺りの船同士なら問題なく交信できるだろう。
「ワレワレハ、トマリマセン。ソチラガヨケテクダサイ。クリカエス、ワレワレハトマラナイ。」
サムはレナに感謝している。
中学生時代に失敗して以来、目標を持つということを諦めかけていた彼を救ったのが宇宙船乗員訓練校で出会ったレナだった。
ずっとレナに恩返ししたいと思っていた。
サムは祈る。
アルシア3号が無事太陽系に戻れるように。
サムはレナが心に深い傷を負っていたことを知っていた。けれど、何もできなかった。
もし、生きて帰ることができたら今度こそ恩返しする。サムは誓った。
海賊船、我らが勝利号は加速する。そうするしかなかった。
我らが勝利号は最高の武器をこれでもかと搭載していたが、船自体は古く、ガタが来ていた。修理やオーバーホールは何度も行ったが、船の骨組みが弱っていて、大規模な修繕が必要なのだ。
それなのに重い武器を搭載したものだから、少しでも急な挙動をすれば、船体がミシミシ言うのだ。
回避などできるわけがなかった。
今回の任務も修繕費を稼ぐために参加した。あの武装集団からは、コンピューターウイルスで身動きを取れなくした商船を襲うという簡単な任務だと聞いていた。
だからこんな船でも出撃できる勇気があったのだ。
「話が違うではないか。」
念のため、非常用の船内用宇宙服を着る。脱出ポッドには乗せられるだけの乗員を乗せている。しかし、攻撃力と運動性を重視した海賊船に全員分のポッドはなかった。
キャプテンは思う。いつから自分は、自分が1番なりたくないような人になってしまったのだろう。
仲間を大切にすると誓ったのに。
ヘルメットの内側には写真が貼ってある。
唯一残った母の写真。キャプテンは目に閉じる。涙が一筋頬を伝う。
幼い頃、住んでいた惑星が武装集団と宇宙海賊に占領された。
幼き日のキャプテンは母と逃げていた。周りの人にも助けられ、武装集団を避けて町から脱出することはできたが、1か月程逃げたところで宇宙海賊に捕まってしまった。
監禁され、気を失い、いつの間にか別の海賊グループの船に乗っていた。助けられたらしい。でもそこに彼女の母はいなかった。
彼女はその海賊グループに育てられ、自らも海賊となった。人を襲うのに最初は躊躇したが、慣れれば何のことはない。人を殺すことにもすぐに慣れた。
弱かった彼女は瞬く間に頭角を現し、年老いたキャプテンが死期を悟った時、次期キャプテンに任命された。
海賊のキャプテンは大変だったが、信頼し頼ることができる仲間がいたことでなんとか続けることがができた。
その仲間たちは今、若い者に脱出ポッドを譲り、彼女と運命を共にしようとしている。
キャプテンはゆっくりと目を開ける。
絶対に仲間を守らなければならない。
彼女は目標を失いかけていた。ただ人を傷つける生活にも、死の恐怖に怯えながら生きることにもうんざりしていた。
でも今は違う。
なんとしてでも、仲間を生きて帰す。
彼女は目の前の商船を睨む。
「めげない、生きて帰ってみせる。」
あと2分30秒程で衝突する。回避できる最後のチャンスだ。しかし、どちとも回避しようというそぶりを見せない。
それぞれの船のコンピューターの自動的に衝突を回避しようとするが、船長とキャプテンがそうさせない。
アルシア3号のコンピューターは乗員に必死で警告する。船内の照明が淡いブルーから燃えるような赤色に変わり、黄色い警告灯が点滅する。
船外でも赤い信号灯が点滅し、周囲に異常を示す。
我らが勝利号では異常を示すブルーの警告灯が点滅する
警告灯の色は宇宙船によって違う安全上の観点から統一した方が望ましいとされる。
しかし、造った人が皆、自分の生まれた星、育った星の文化に基づいて造るから今でも統一できてない。
警告灯の色も統一できない。
だから宇宙は平和にならないのだろうか?
キャプテンの頭の中に一瞬だけそのような考えが浮かんだが、すぐに振り払った。
キャプテンはもう一度神を信じようとした。
かつて、母が神様を信じていた。
幼い頃のキャプテンも当然のように信じていた。
でも海賊に捕まったその日から神様など居ないと決め付けてしまった。
「神様、いらっしゃるのなら一度だけ私たちをお見逃しください。」
アルシア3号では、信心深いサムが祈っている。
「神よ、私たちの罪をお赦しください。」
「神様、いらっしゃるのなら、私たちをお助けください。」
「頼む、避けてくれ。」
「すまぬ、避けてくれ。」
「ケイコク、カイヒデキルサイゴノチャンスデス。」
「頼む…」
「避けろ!避けてくれ‼︎」
「ケイコク、サイゴノチャンスデス。」
「嫌だ‼︎死にたくない‼︎回避‼︎」
「止せ!!!!」
我らが勝利号の操縦士がパニックになった。操縦桿を思いっきり左に倒す。
バルブが開放され、燃料タンクからヒドラジンが勢いよく流れ出す。
それらはパイプを通って、姿勢制御用のエンジンに送られる。
常用の電気推進エンジンでは、ヒドラジンが電気の力で加速され、ノズルから噴射される。(比推力可変型プラズマ推進機、キセノンを使うアルシア3号のものとは仕組みが違う)
専ら、衝突回避とドッキング時の微調整に使われる化学エンジンでは、エンジン内部の触媒でヒドラジンは高温のガスに変わり、ノズルから排出される。
我らが勝利号は鋭く旋回する。
船体に取り付けられた武器が外れ、開いた穴の周りから装甲が剥がれていく。
脱出ポッドが最後のチャンスとばかりに次々とエンジンを吹かし離れて行く。
船の背骨にあたる部分が悲鳴を上げ、折れ曲がる。
船体の右側中央部で爆発が起こる。
船体が変形したとき、漏電で小規模な火災が発生。そこに運悪く、割れた酸素タンクから液体酸素が流れてきたのである。
近くには別の酸素タンクと燃料タンクがあり、他の箇所でも爆発が起きる。
これらの爆発の反動で、我らが勝利号は船体の一部を撒き散らしながら完全にアルシア3号の進路から外れていった。
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