24-2

 ――3周目 『カイ』VS『ハナ』

「さ、次はあたしの番だよ。よろしくね」

「ああ」

 観覧車の2周目が終わり、再び交代の時間となった。最後の相手はハナである。


「それで、今『出ている』のは『戒』でいいの?」

「ああ、そうだけど」

「そう……なら、いくつか聞きたいことがあるの」

 乗り込んでくるなり聞かされたハナの問いに答えると、彼女は神妙な様子で口を開いた。


「――ずっと思ってたのよ。あんたの記憶、なんか変だって」

「変って……何がだ?」

 ハナの言うことがイマイチ読み取れず、問い返す。


「上手く言えないんだけど……昔の話をする時、なんだか記憶がぶつ切れだなって思ってたの。中途半端に覚えてるのに、一部分だけすっぽり抜けてたりとか、その出来事だけみたいだったりとか……」

「……」

 実感の籠ったハナの言葉を黙って聞き続ける。

 ――薄々感じていたが、ハナはずっと昔から他人格あいつらの存在を感じ取っていたようだ。まさか多重人格だなんて思わないだろうし、違和感止まりではあったみたいだが。


「それってつまり……単純に『戒』あんたが知らなかったっていうことなんだよね?」

「まあ……そういうことだな」

 続けて出てきたハナの問いに答える。

 ――多重人格という事実を知っただけでここまで辿り着けるのは、正直凄いと思う……要はそれだけのことをよく見てくれていた、ということなのだろう。



「だからさ、話をしてやってくれよ、ハナ」

「え……?」

 そのを、『俺』は知っている。二年ほど前に伝えられた、ハナの気持ち……それがどれ程真剣だったのかは、直接聞かされた『俺』が一番よく分かっている。そう、よりもだ。


「……ずっとお前と話したかったのに、話ができずにいた奴がいるんだよ。他と違って、いつもすぐ近くにいたっていうのに、さ」

 だからこそ、『ソレ』がに伝わらないのはダメだと思う。


「えっと……とりあえず全員と話をするんじゃなかったっけ?」

「いいよそんなの。他の奴らもみんなお前と今更話すことなんてないって言ってるし」

「なんか引っ掛かる言い方ね……」

 俺の発言が気に食わなかったのか、若干ハナが不機嫌になる。


「悪い悪い。でもホントのことでな」

「……?」

 一応謝罪はするが、実際のところハナが個別の人格に用事がないのでもない限りは、こういった二人きりの場で彼女と必要以上に話そうとは思わない。

 なぜなら『俺たち』がハナと話すと、の機嫌が悪くなり、迷惑極まりないからだ。

「つーことだ。積もる話はあるだろうが、そんなに時間ないから気をつけろよ、『乖』」

「……随分と言ってくれるな」

 ――そうして、他人格あいつらから散々に言われる中、身体の主導権は『僕』へと委ねられた。



 ――幕間3 『ユキ』VS『ルナ』

「あの……少しいいですか?」

 観覧車内での待ち時間――特にすることもないので外を見ていると、突然天橋さんが話しかけてきた。

「……なんですの?」

「ハナと二人の時、何か話をしました?」

 どうやら彼女は2周目にわたくしとハナさんが交わした話の内容を知りたいようだった。

「なぜそんなことを聞くんですの?」

「いえ。あの子、少し悩んでいたみたいなので……」

 問い返すと、天橋さんがなにやら歯切れの悪いことを言い始める――そこまで聞いたところで、大体の話は読めた。


「ああ……ハナさんたら、天橋さんとも似たような話をしていたのですね?」

「似たようなって……じゃあやっぱり」

「ええ。彼女、少々悩んでいましたわ。自分の気持ちの在りかについて……それがどうかしたのですか?」 

 天橋さんの回答は想像通りであり、その意図を確認するべく問い返す。


「どう思います? わたし、なんて言ったらいいか、わからなくて……」

「……」

 ――それを聞いた正直な感想は、他人の事情に構う暇があるなんて随分と余裕があるんだな、というものだった。当然質問に答えるつもりもなかった。

「知りませんわ、そんなこと」

「え……?」

「好きにすればいいんですわよ。彼女も貴方も……大事なのはあくまで『自分の気持ち』なんですから」

 しかし気がつくと、自分が思ったありのままを口にしていた。

「そう……ですね」

 ――それを最後に会話は終わりを告げた。




「……あんたは、『乖』なの?」

 目の前の人物に確認する。改めて見ると、雰囲気が変わったことが分かる。

「ああ、そうだ。サトルの一件以来か。元気だったか? ハナ」

 ――真っ直ぐにあたしを見つめ、『乖』そいつは頷いた。


「うん……」

「どうした? 聞きたいことがあるのなら早くした方がいいぞ。時間もないしな」

 戸惑うあたしをよそに、『乖』は勝手に話を進めていく。

「待ってよ……こっちにも心の準備があるんだから」 

「そうか、なら準備ができたら言ってくれ」

 それだけ言うと、『乖』はあたしから目を離し、外の風景を眺め始めた。


「……聞いてもいい?」

「ああ、なんだ?」

 1分ぐらい過ぎた頃だろうか。あたしが口を開くと、即座に『乖』が聞き返してきた。


「あんたは、あの『約束』を覚えてるの?」

 ――単刀直入に尋ねる。

 『戒』は『約束』を覚えていなかった。いや、今を思えば明らかに。だったら、あたしと『約束』を交わしたのは……


「そうだ。十年前にお前にそのネックレスを贈ったのは、『僕』だ。それがどうかしたのか?」

「どうかしたのかって……」

 間髪入れず告げられた『乖』の返しに、あたしは言葉を詰まらせる。


「ああそうか、今も僕が同じ気持ちなのか知りたいのか?」

「なっ……」

 そんなあたしを見て何か気がついたのか、『乖』が質問を重ねる。


「なんだ、違うのか?」

「……違わない」

「ならなぜそう聞かない?」

「だって……」

「お前が好きなのは『戒』だから、か?」

「……!」

「僕の気持ちを知ったところで応えられない……だから聞くに聞けないってところか」

 そうして『乖』は、まるであたしの心を見透かすのように、あたしの考えを言い当てていった。


「なんで……」

「見くびるな。何年お前のことを見てると思ってる?」

 尋ねるあたしに、『乖』は呆れた様子で言い放つ。


「いいから思っていることを言ってみろ……今さら何を気にする必要がある?」

 そう告げる声は、あたしの気持ちなどお見通しだ、と言わんばかりだった。 


「あたし……『カイ』が好き。はっきりそう自覚したのは、十年前のあの『約束』を交わした時なの」

「ああ」

「だからきっと……あたしが『好きになった』のは、『乖』あんたなの」

「ああ」

 ――独り言のように、想いの内を告げる。

 そうだ。あれ以来あたしはずっと『カイ』を想っていた。けど……


「でも、あたしがずっと一緒にいた『カイ』は『乖』あんたじゃなかった」

 『約束』をした人と、今まで一緒にいた人が別々だっていうなら……


「それならあたしは……この十年間、誰を好きだったっていうの?」

 この気持ちは一体、どこに向ければいいというのだろう?



「……どうでもいいな」

「え……?」

 しかし、それに対して返ってきたのは、完全に予想外の言葉だった。


「どうでもいいと言ったんだ。お前が誰を想っているかなんてな」

「何よそれ……!」

 余りに無神経なその発言に思わずカチンときて言い返そうとする。


「バカ、よく聞け。別に『お前の気持ち』がどうでもいいって言っているわけじゃない」

「え……?」

 だが、次に発せられた言葉の意味がよくわからず、首を傾げる。


「考えてみろ。まさかお前、二年前に失恋したのは自分だけだとでも思っているのか?」

「……!」

「お前が『戒』アイツに告白した時点で……いや、お前が『戒』アイツを好きになっていったその時点で、僕の想いもとっくに敗れているんだよ」

「それは……」

 言葉が詰まる――『乖』の言う通りだった。厳密に言うのならば、恐らく先に『約束』を破ったのはあたしの方になる。


「ああ、別に責めてるわけじゃない。僕が言いたいのは、『僕』にとってあの『約束』は既に過去のものだ、ということだけだ」

「……何が言いたいの?」

 『乖』の言葉の意図が掴めず、問い返す。

「わからないか?」

 そうして『乖』は――

っていうだけだ。『約束』なんか関係なしに、僕はお前が好きだってな」

「……えっ?」

 まさに不意打ちとばかりに、自身の想いをあたしに告げてきた。

 


「僕にとっても、あの『約束』は大事なものだ……だがそれはあくまでとしてに過ぎない」

「えっ、えっ……」

 何か言おうとするも、余りの衝撃に頭が追い付かない。

「……お前が『約束の子』だから好きなわけじゃない」

「え、えと……」

 そうやって慌てふためくあたしをよそに――

「お前がお前だから、好きなんだ」

 目の前のソイツは恥ずかしげもなく、そんなセリフを連発する。


「だから、別にどうでもいいんだよ。お前が十年間誰を想っていたかなんてな」

「待ってよ、あたし……」

「言いたいことはそれだけだ。もう下に着く時間だな……さあ、話は終わりだ。僕は降りるぞ」

「ちょっ……『乖』!」

 ――引き留めるも、返事はない。好き放題言い散らすと、『乖』はあたしに背を向けて、観覧車を降りていってしまった。


「なんなのよ、もぉ~!!」

 夕暮れの商店街に、戸惑うあたしの声が木霊していた。

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