第201話 けっせん

 つばめと蘭との決戦の前にしておかねばならない事がある。


「もぉ、カイちゃんは油のオジサンに連れて行かれるし、つばめちゃんと御影はワープで何処かへ行っちゃうし、雷は凄いし地震は治まらないしで、俺一生牢屋ここで放置されるかと思ってたよ…」


 つばめと蘭の戦い、その勝者の景品トロフィー『沖田彰馬しょうま』である。彼は魔界に来てから、会う人物会う人物にことごとく質問をスルーされ続け、程々にやさぐれてしまっていた。


「ごめんね沖田くん、でもこれで本当に最後だから。もう日本に帰れるから…」


 蘭から牢の鍵を預かったつばめが解錠し、沖田もようやく解放される。しかし世界の崩壊は間近に迫っており、あまりのんびりと歓談している暇は無さそうだった。


「中庭に来て。貴方にもこの戦いを見届けて欲しいの…」


 再びウマナミ改のマスクを装着した蘭が、つばめと沖田の会話に割り込んできた。ウマナミ改の露出の高い衣装の時に、沖田に素顔を見られたくないらしい。


「見届け…? 一体何の…?」


 またしても何の説明も無く、一方的に状況を押し付けられた沖田は不信感を隠すこと無く蘭に詰め寄った。

 対して蘭は無言のままきびすを返し、その場を後にした。そしてアグエラも蘭に続く。


「事情は後でゆっくり教えてあげる。今はとにかく時間が無いから協力して。お願い…」


 魔王城に来てからまともに食事も与えられず、栄養不足の為か足取りをふらつかせる沖田。つばめはその介助として彼の腕に掴まり、蘭とアグエラに続いて中庭への道を進んだ。


『前は暗くてよく見えなかったけど、沖田くんの瞳、本当に綺麗な青色をしている… 魔族にする薬って目の色を変えるだけじゃないよね…? 体の他の部分にも何か変化があるのかな…? わたしが巻き込んだばかりにこんな酷い事になってゴメンね…』


 今のつばめは沖田の顔を見ても幸せな気分にはなれなかった。むしろ見れば見るほど自責の念が強くなって涙が溢れてくる。


 そしてその気持ちはつばめだけでは無かった。

 

「つばめちゃん、ゴメンな。訳の分からないゴタゴタに君まで巻き込んで… そのカラコン入れてるみたいな紅い目は、あの化け物達に何かされたのか…? だとしたら俺は…」


 沖田の、事情が分からないなりにつばめを心配する言葉に、つばめの心は少し温まった。もし立場が逆だったら自分つばめは相手を責め立てて、怒鳴り散らしていただろう。


「沖田くんは何にも悪くないよ! 悪いのはわたし… これまでの状況もちゃんと沖田くんに話して来ていれば、ここまで拗れる事も無かったと思うし…」


 今、つばめの手の中には沖田がいる。公園で死にそうな目にあったり、魔族に捕まって拷問されたりしながらも、若干やつれて疲れ切ってはいるが、五体満足で生きていてくれている。それがつばめにはとても嬉しかった。


「もうすぐ全部終わるからさ… 日本に帰ったら全部話すよ、何もかも全部。もう沖田くんに隠し事はしない…」


「つばめちゃん…」


「でも… だからこそ沖田くんにはわたしが何処かへ飛び出してしまっても、帰ってくる目印になって欲しい… 『ただいま』って帰れる場所になって欲しいの… 『変な事』はわたしが何とかするから、沖田くんは変わらず日常を歩んで欲しいの…」


 沖田はつばめの言葉の半分も理解できなかったが、つばめの表情からその気持ちの強さだけはしっかりと受け取っていた。

 

 ☆


「ゆっくり話せた? これで私の抜け駆け分をチャラにしてくれると嬉しいんだけど…?」


 中庭に到達したつばめと沖田。一足先に来ていた蘭は、小物や石が散乱していた中庭を片付けていた。ついでに沖田とアグエラが観覧しやすい様に椅子も並べていた。


「まぁまぁかな? 別に貸しとか借りとか思ってないから気にしないで」


 つばめが蘭の正面に歩を進める。その顔は気負いもなく穏やかであった。

 

「分かった。で、どうやってケリを着けるの?」


 質問した蘭に対して、つばめはニヤリと不敵な顔をして見せた。

 

「挑んだのはわたしだから、勝負の方法は蘭ちゃんが決めていいよ。わたしはそれが何であろうと従うよ」


 蘭は訝しんだ。つばめは下手に策を弄してくるタイプの人間では無い。かと言ってこの様な場で勝負の方法を対戦相手に丸投げでは無防備にも程がある。

 

「本気なの? もしわたしが殴り合いを選んだらつばめちゃん死んじゃうよ?」


 そうなのだ。ゴリラの力を移植された改造人間である蘭の力で殴られたら、比喩でも何でも無くつばめを殺してしまうだろう。

 そして『ちょっと痛め付けて諦めさせよう』としても、つばめはきっと『死ぬまで諦めない』であろうと容易に予想出来る。


「それでも良いよ… 蘭ちゃんがわたしを殺したいくらいに憎いのならそれも受け止める」


 これはつばめが上手うわてだった。こう言われて『じゃあ殴り合いで』と言えるほど蘭の神経は太くもないし、何よりそこまでつばめを憎んでいる訳でもない。

 

 ただそうなると勝負の仕方を考えるのは蘭の仕事になってしまう。少しの時間、蘭は目を閉じて黙考した。


「ふぅ… じゃあ決めた、『鬼ごっこ』にしようか。私が逃げるから、つばめちゃんが体の一部でも私に触れられたら勝ち。エリアはこの中庭の中だけ。制限時間は… 『世界の終わり』までかな…? 沖田くんを助けたいならもっと短くなるけど?」


「分かった、それで良いよ… じゃあ行くよ。『変態メタモルフォーゼ!』」


 蘭の決めたルールに一切の不満を漏らすことなく、つばめは『マジカルスワロー』に変態する。

 対する蘭も、祖父繁蔵の造ったウマナミ改の翼と尻尾とマントを排除パージする。これは「空を飛んで逃げない」という意思表示と「少しでも触られる面積を減らす」作戦だ。


 そして沖田は何の前触れも無く目の前に現れた『ピンクの魔法少女』を見て、唖然と固まってしまっていた。

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